第十四話 帰宅と出発準備
ロント小隊長に託された文書をディアの腹部にある収納スペースに収める。拠点にしている港町を出発した時には食品が収まっていたのだが、大部分を食べてしまったためスペースにはまだまだ余裕があった。
野営地を出発して半日で拠点に着いた俺たちは借家に帰る。
「芳朝は整備を頼む。俺はこの文書をギルドに届けてくるから」
「私も行くよ」
「いや、一人で十分――」
「私も行くの」
何、その笑顔。怖いんですけど。
理由が分からないわけでもないので、整備を後回しにして一緒に借家を出る。
しかし、芳朝が一緒だとあの買い物ができない。
番犬代わりのプロトンが尻尾を振って俺たちを見送ってくれた。
……尻尾を振る機能なんかついてたっけ?
記憶になかったので芳朝を見ると、彼女はプロトンを見て楽しげな笑みを浮かべていた。
「可愛いでしょ。二人で出かけるときには尻尾を振るようにしてみたの」
「そりゃあ可愛いけど」
「機能美もいいけど遊び心がないとロボットはつまらないのよ」
技術的に遊ばれているプロトンに見送られてギルドに向かって歩く。
そろそろ改修してほしいなと思って久しいピンク系統のホテルに見えるギルド館に足を踏み入れ、じろじろと不躾な視線を浴びながらカウンターへ。
「ロント小隊長から文書を託されたので、お届けに参りました」
俺が近付いてきたことに慌てている受付に先手を打って声を掛けるとあきらめたように肩を落とした。
気持ち悪がられる精霊獣機に乗る俺と芳朝との関わりは薄いに越したことがない。そう考えているのが手に取るように分かるし、俺もこの手の人間と仲良くなろうとはすでに思っていない。
さくっと渡して、さくっと帰って、さくっと整備して、さくっと出発、ついでにクッキーを食べたい。
ロント小隊長の名前が出るとさすがに受け取らざるを得なくなったのか、受付が愛想笑いをうかべて文書が入った筒を受け取る。愛想笑いは俺や芳朝へ向けた物ではなく、この場にいる開拓者へのアピールだろう。誰だって汚水をぶっかけられたくはない。
「確認しますので、しばらくお待ちください」
言うが早いか、距離を取った受付は奥へ引っ込んだ。
俺たちは壁際に寄って受付が戻るのを待つ。
「ところで芳朝さんや」
「なんですか、赤田川さんや」
「なにゆえに手を繋いでおるのかのぉ」
「離れたくないからに決まっていますよ。ボケたんですか?」
「何それ、あざと可愛いセリフが最後で台無しだろ」
芳朝がにっこり笑って肩が触れるほど身を寄せてくる。
「私と仲良くしている姿をみせていれば、赤田川君に悪い虫がつかないから」
「人類すべてをひっくるめて悪い虫扱いするんじゃありません」
日本語で言葉を交わしている俺たちを、回りの開拓者が気味悪そうに見ている。芳朝の企みが大成功している事に気付いて、俺は口を閉じた。
受付が戻ってきて、俺たちを手招いた。
「こちら、新規の依頼書になります。内容の確認をお願いします」
受付が出してきたのはロント小隊長からの追加依頼だ。マッカシー山砦の司令官ホッグスに文書を届け、後にホッグスからの指示に従って行動するようにと書かれている。期限は五日間、期限の延長はホッグスと相談しろとの事だった。
ちょっとした傭兵契約だが、その実ただの郵便配達である。場合によってはマッカシー山砦からロント小隊の最終目的地である防衛拠点ボルスへ手紙を届ける必要があると備考欄に記載があった。
事前にロント小隊長から聞いていた内容と齟齬がないのを確かめて、依頼を受けた俺たちはギルド館を後にした。
この港町からマッカシー山砦までは車両で一日、精霊人機で飛ばせば半日ほどで到着する。森を突っ切ることができる精霊獣機ならば精霊人機と同じく半日程度だろう。
しかし、マッカシー山砦に着いたとしてもすぐに司令官との面会が叶うはずもない。
「マッカシー山砦司令官のホッグスって黒い噂があったよな」
以前、回収屋デイトロさんたちと出向いたデュラでの依頼でもマッカシー山砦のモノと思われる回収部隊に出くわしている。所属を明かしていない事から何か後ろ暗いところがありそうだというのがデイトロさんやギルドの見解だった。
いまのところ証拠はないが、警戒しておいた方が良いだろう。
芳朝が頷いて、口を開く。
「今回のデュラ偵察任務でも、マッカシー山砦主導で寄付金を募る話があったよね。結局どうなったんだろう?」
「さっき開拓者が噂しているのを聞いたけど、寄付金は募ったらしい。あまり集まらなかったみたいで、依頼を受けた開拓者が軍人に怒鳴られたって愚痴を言ってた」
「そんなこと話してる人が居たんだ。赤田川君って案外、地獄耳だね」
「褒め言葉を聞いた事が無いんだ。地獄耳のはずがない」
本当、どこで俺の良い噂が流れてるんだろうね。気味悪いって陰口ならよく耳に入って来るんだけど。
長い依頼になりそうなので、食材を色々と買い込む。半年以上この港町を拠点にしているだけあって、俺たちが相手だからと足元を見るような店は避けていた。
俺たち相手に足元を見る店は普通の客にも避けられているのが面白い。客次第で態度を変えるような店は信用できないのだろう。
食材を買いこんで借家に帰ると、プロトンが出迎えてくれる。出迎え時にはしっぽを振らないようだ。
「芳朝は風呂に入ってこいよ。俺はコーヒーを淹れておくから」
「一緒に入る?」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと入ってこい」
軽く背中を押して芳朝を追いやってから、俺はキッチンでコーヒーを淹れる。
白いコーヒーもどきを飲みつつ物資に足りない物がないか確認していると、芳朝が長い黒髪にタオルを当てながらリビングにやってきた。
白地に青い線が袈裟掛けに入った片側オフショルダーのTシャツにデニムショートパンツという露出の高い恰好だ。それにしてもなんだあのTシャツ。
「遠山の金さんごっこでもしたのか?」
声を掛けつつ白いコーヒーもどきを渡す。
「遠山の金さんって桜吹雪の人だっけ。でも、なんでいきなりそんな話題を振るの?」
芳朝は一瞬わからないというように小首を傾げたが、ソファに座って自分の着ている服に気付くとじろりと俺を睨んできた。
「白州に引っ立てるよ?」
「それには及ばない。これから流刑地に行くから」
というわけで汗を流しに風呂場へトンずらした。
依頼の疲れを流して娑婆に戻ると、芳朝はまだ不機嫌そうに白いコーヒーもどきを啜っていた。それ、何杯目だ。
芳朝がジト目で睨んでくる。
「額に犬って書かれる覚悟はできた?」
いきなりリーチ掛かってるじゃねぇか。もう一回何か不用意な発言したら死罪かよ。
芳朝がむすっとしてコップを両手で包み、細い足を前後に揺らす。
「せっかく勇気のいる格好をしたのにさ。これをこの夏の部屋着にしようと思ってたのに、ケチがついた気分だよ。パンサーに乗る時は怪我をしない様に布面積が多くなるし、赤田川君だけだよ? 私のこんな恰好を見れるの。それなのにさ」
「悪かったって」
平謝りしながらソファに座る。
芳朝が無言でコーヒーの入ったコップを差し出してくる。それ、さっき君が口をつけてたよね。
「私のコーヒーが飲めないの?」
聞き覚えのあるフレーズで絡んでくる芳朝の笑顔に気圧されて、俺はコップを受け取った。
「飲み過ぎて気分が悪くなってきたところだから助かったよ」
どうしてそんなになるまで飲んだ。いや、俺のせいですね。
地球のそれと同じく、この白いコーヒーもどきもカフェインか何かが入っているらしく、飲みすぎると気分が悪くなるのだ。
俺は気分ではなく立場が悪くなっているのだが、一杯のコーヒーで持ち直すのなら安い物だ。
「これを飲み終わったらディアとパンサーの整備をして、マッカシー山砦に向かうぞ」
砂糖でも入っているのか、微妙に甘い白いコーヒーもどきを飲みながら予定を立てると、芳朝が頷いた。
先に整備をしてくるという芳朝を見送って、俺は飲み干したコップをキッチンに持って行く。
コップを洗って、棚に戻してから、俺はガレージに向かった。
部品交換を始めていた芳朝と手分けしてパンサーから整備を開始する。
今回のデュラ偵察任務で得たデータをもとに少々の改良を加えていく。
「もう少し出力を上げたいよな」
「もっと質のいい魔導鋼線が買えれば出力を上げても焼き切れないだろうけど、この町だとなかなか手に入らないよ」
魔力を伝達する魔導鋼線は一定以上の質になると価格が急上昇する。安定供給されているものでもないため、大きな開拓団と買い取り競争になる。
ない物ねだりをしながらもパンサーの整備を終えた俺は、ディアの整備を芳朝に任せた。
ディアの魔導核に刻んでおきたい魔術式があったのだ。
魔導核へ慎重に魔術式を刻み、ディアに接続した。
試運転をして問題なく発動することを確かめてから、改めて調整を施す。
最後に物資を収納スペースに放り込めば完成だ。
準備を終えた俺たちはプロトンに留守を任せ、マッカシー山砦へ出発する――前に、
「芳朝、少し市場に寄るぞ」
「何か足りない物でもあった?」
「まぁな」
言葉を濁して、行商人が集まる港近くの市場に向かう。ゴザを敷いた露店が大半だが、簡単な屋台を作っている行商人もいた。
精霊獣機は二機ともガレージに置いてきているため、俺たちの事を良く知らない行商人たちは威勢のいい掛け声で俺たち相手にも客引きをしてくる。
俺は芳朝の部屋着を思い出しつつ屋台を覗いて回る。
「――もしかして、誕生日プレゼントを選んでくれてたりする?」
「察しが良いな。まぁ、部屋の中でつけられる小物になるだろうけど」
精霊獣機のように激しく動く乗り物に乗っている俺たちがブローチやネックレスをつけても邪魔になる。
「忘れてなかったんだ。やるじゃん。ご機嫌取りを兼ねてなかったらもっと評価高めだったんだけどね」
「それは言わない約束だろ」
本当は遠山の金さんネタで機嫌を損ねる前から誕生日プレゼントを買いに行くタイミングを探っていたのだが、芳朝はあまり俺と離れたがらないのでこんな形になったのだ。
いまさら言っても言い訳にしか聞こえないから言わないけど。
芳朝は露店をざっと眺めてから、何を思ったのかにやりと笑う。
「赤田川君、お耳を拝借」
「とらないだろうな」
「私は芳一じゃなくて芳朝だよ」
芳一は取られる側だろ。
「いいから、貸す!」
「はいはい」
耳を向けてみると、芳朝は口を寄せてきた。温かな吐息がこそばゆい。
「誕生日プレゼントに下着を選んで」
「却下。言いたいだけだろ、お前」
「ばれたか。下着売り場で恥も外聞もなくはしゃぐバカップル風リア充ごっこしたかったのに」
なんだそのシチュエーション。
「というか、芳朝って前世でも彼氏いたことないのか?」
「それって今このタイミングで聞く事かな? ちなみにいなかったよ。生徒会長って案外忙しいし、部活もやってたし、塾は行ってなかったし」
「塾に行ってなければ時間があるんじゃないのか?」
「逆だよ。時間がないから塾に行けなかったの。女子テニス部だったし、生徒会メンバーは私に仕事押し付けるし。せめて塾に行けばいい人にも出会えたのかもしれないけどね」
いまさらどうでもいいけど、と芳朝は露店を再度見回して、腕を組む。
「良い物ないね」
「日本語で呟くのは自重してるのかしていないのか、判断に困る所だな」
「どうしようかな」
俺のツッコミはスルーされたようだ。
「……よし決めた」
芳朝は腕組みを解く。
俺が財布を出そうとすると、芳朝に手を掴まれた。そのまま腕を引っ張られる。
店の前まで行くのかと思えば、市場を突っ切ってしまった。
「どこまで行くんだ?」
「帰るのよ。良い物なかったし」
まさかの保留か。行商人さんたち、冷やかしてすまない。
「せめてどういう物が欲しいかを言ってくれれば、俺も探すけど」
水を向けると、芳朝は人の気配が途絶えたタイミングで俺を振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「それじゃあ、プレゼントとして赤田川君に名前で呼んでもらいたいな」
なにこれ――可愛いじゃねぇか。




