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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第二章  だから、彼も彼女と諦める

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第十三話  追加の依頼

 ギガンテス〝首抜き童子〟と〝二重肘〟の二体は魔術を使いながらロント小隊の精霊人機を一機中破に追い込み、竜翼の下の精霊人機ガンディーロに対しても一進一退の攻防を見せていた。

 大型魔物が放つ強力な魔術に耐えているガンディーロの後方でロント小隊の精霊人機が反撃の機会を窺うが、二体の魔力袋持ちの大型魔物を相手に近付けずにいる。

 開拓学校の卒業生とはいえ、実戦経験が不足しすぎていて上手く隙を見つけられないでいるようだ。

 そうしているうちにまた新手のギガンテスがやって来る。


「撤退を開始する。歩兵は整備車両に乗り込め。竜翼の下、バッツェを先行させ、退路を確保しろ。シカの、ヒョウの、整備車両の護衛をしつつ並走しろ」


 ロント小隊長の命令が飛び、素人開拓者が我先にと整備車両に逃げ込む。統率なんて全く取れていなかった。

 もしもゴブリンたちが〝二重肘〟の攻撃に巻き込まれる事を恐れずに近付いてきていたら、後ろから襲われて二、三人食われていただろう。

 竜翼の下の戦闘員たちは速やかに移動して整備車両や運搬車両に乗り込んだ。

 同時に、竜翼の下の精霊人機バッツェがいち早く南門へ走り、退路の安全を確認する。

 重装甲のバッツェが弁慶もかくやという立ち姿で南門の前に立っているのは心強い。

 撤退の気配に気付いたのか、遠距離からロックジャベリンの投擲攻撃を続けていた首抜き童子が距離を詰めてくる。

 ロント小隊長を乗せた整備車両を真ん中にして、車両組がいち早く南門を抜ける。

 俺と芳朝も臨戦態勢のままそれぞれの精霊獣機で車両に併走し、脱出を図る。

 車両と俺、芳朝が南門をくぐって僅かに距離が開くまで待ってから、残ってギガンテスたちと交戦していた精霊人機四機も撤退を開始する。

 逃がすまいと追いかけてくるギガンテスたちに対抗しながら退く竜翼の下の精霊人機ガンディーロたち四機は、かなり苦戦しているようだ。

 魔術を使用できる首抜き童子や二重肘は遠距離からでも十分に威力のある一撃を放ってくるため、迂闊に背中を見せて撤退することもできないでいるらしい。

 距離を詰められて肉弾戦に持ち込まれるといよいよ撤退が難しくなると分かっていても、慎重に下がるしかない精霊人機の操縦士たちに掛かる重圧は並大抵のものではないだろう。

 南門のそばまで来ると、ガンディーロが後退の速度を緩めた。

 度重なる攻撃で足や腰にダメージが蓄積したのかと思ったが、どうもそうではないらしい。

 ロント小隊の精霊人機が南門をくぐって距離を取った。

 南門に陣取っていたガンディーロが、ギガンテスたちの攻撃の合間を縫って動く。

 タワーシールドを持ち上げるとその縁を掴み、足を肩幅に開くとわずかに腰をかがめ、タワーシールドを地面と水平に構えた。


「投げはこっちも得意なんだよ!」


 ガンディーロの拡声器から操縦士の気合の入った声が響く。

 鐘が鳴るような音を奏でながら、ガンディーロは強化されている足と腰を利用してタワーシールドをフリスビーのようにギガンテスたちへ投げつけた。

 全高七メートルの精霊人機が全身を隠せるほど巨大なタワーシールドが地面と平行に飛んでいく。大質量のタワーシールドを飛ばす繊細な操縦士の技術は神業だった。

 追撃をしようとしていたギガンテスたちがタワーシールドを避けようと右往左往する隙をついて、ガンディーロが身を翻してデュラの町に背を向ける。


「全速力で撤退しろ!」


 整備車両の拡声器からロント小隊長の命令が響き渡った。

 言われるまでもない。

 整備車両のタイヤが一瞬空回りしたかと思うとフルスロットルで走り出す。

 精霊人機がその長大な脚で整備車両を追いかける。

 俺もすぐさまディアを加速させた。

 デュラから延びる整備された道を一気に走る。

 縄張りであるデュラを離れる俺たちを見逃すことにしたのか、ギガンテスたちは追いかけてこなかった。首抜き童子や二重肘も同様だ。

 それでも、デュラの近くで野営をする勇気などないため、しばらく道を走り続けてから森に入り、ようやく偵察部隊は停止した。

 ロント小隊長が俺を見て、索敵を指示してくる。もう腕を軽く振るだけの簡単なジェスチャーで指示内容が分かってしまう。


「芳朝、パンサーの方でも索敵魔術を頼む。今回の二重肘の攻撃でディアに異常が出てるかもしれないから」

「分かった」


 芳朝と一緒に索敵魔術を一度切ってから範囲を最小にし、少しずつ拡大して周辺に魔物がいない事を確かめる。

 魔物の反応がない事をロント小隊長に伝えると、ようやく休憩時間となった。

 しかし、今回の戦闘は精霊人機の消耗が著しかった。整備士たちは休憩する暇もなく、すぐに点検作業に移っている。

 操縦士たちも疲労困憊の様子で地面に座り込んでいた。

 俺は芳朝と手分けしてディアとパンサーの点検作業に移る。

 二重肘の蹴りの余波である石礫を受けてディアの角に幾筋もの傷が付いていた。角の強度にさほど影響はないため後回しにして、首回りを見る。

 首のクッション性は俺の対物狙撃銃の反動を軽減する重要な機構だけあって頑丈に作っている。だが、今回は石礫を効率よく防ぐために迎撃システムをフル稼働して首をこまめに動かしていたため、確認が必要だった。キリーの父親を運んだ時にも負荷がかかっている。

 ひとまず問題はないか。

 脚の関節はこのところの戦闘で摩耗してきているが、まだまだ余裕はある。


「芳朝、そっちはどうだ?」

「もうちょっとかかるけど、たぶん大丈夫。魔力切れが少し心配かな」

「込めとけ」


 精霊獣機を動かす魔力は蓄魔石から供給される。蓄魔石は空気中の魔力を少しずつ溜め込む性質があるが、人が魔力を注入することも可能だ。

 ただし、人が魔力を注入する場合はまじりっけなしの純粋な魔力を生成するのに時間がかかる。今のような休息時間でもないと込めるのは難しい。

 俺は枯枝を集めて火を起こし、水を入れた鍋を掛ける。

 バタバタとあわただしく動く整備士たちをどこか遠くに感じながら、お湯が沸くのを持つ。

 竜翼の下はさすがに足や腰の調整に定評がある整備士たちだけあって仕事が早く、きびきびと動いている。大まかな分担がされており、手が足りないとすぐに別の誰かが応援に駆け付ける。

 対して、ロント小隊の整備士たちは連日の戦闘で少し疲れが出ているようだった。

 もともと、ロント小隊の整備士たちは開拓学校を卒業したばかりの新米も多く、手探りで現場の動きを学んでいる段階だ。段取りが悪くなるのは仕方がないのだろう。

 精霊獣機と違って、精霊人機は多くの整備士が必要で自然とチームで行動することになる。新米が一人混ざっているだけで動きの一つ一つに質問が挟まるから時間を多く取られ、一つのチームが遅れると他のチームの動きにも遅れが出る。悪循環だ。

 ロント小隊には中破した機体もあるため仕事量が多い。ストレスがたまって空気が張りつめているのが分かった。

 竜翼の下の整備士に協力してもらえばいいのにと思うが、軍の機体である以上機密もあるのだろう。民間の開拓団に機密情報は渡せない。

 まぁ、精霊人機周りの人たちの事は他所に置いて、問題があるとすれば。


「素人開拓者の雰囲気が最高潮に達したなぁ」


 もちろん悪い意味で。

 ロント小隊長がキリーの父親たちを懲罰部隊にしたため、表だって不満を言う開拓者はいない。

 しかし、開拓者たちは明らかに不信感を募らせている。

 妙なことをしなければ捨て駒にされることはないのだが、同じデュラ出身者の目もあって妙なことをしないという選択肢が取れないのだろう。

 住む場所も貯えもなく身一つで生活している彼らは、同じデュラの出身者から見捨てられる事態を避けねばならず、芳朝につらく当たることで自らの立場を保つしかない。それは今日助けた三人の開拓者の様子を見れば明らかだ。

 俺と芳朝に助けられたというだけで、素人開拓者の中でも一つ下に見られ始めているらしいキリーの父親たちが俺に恨みがましい目を向けてくる。自業自得だ。鏡でも覗きこんでろ。

 俺はお湯で白いコーヒーもどきを淹れる。


「芳朝、コーヒーを淹れたぞ」

「のむー」


 日本語で声を掛けると、とぼけた日本語が返って来た。

 白いコーヒーもどきを淹れたカップを芳朝に渡し、隣に腰を下ろす。

 パンサーの蓄魔石に魔力を込めていた芳朝は作業を中断してカップに口をつけた。


「なんで日本語で話しかけたの?」

「聞かれたくなかったから」

「なるる」


 何語だよ、それ。

 白いコーヒーもどきをちびちびと飲んでいると、天幕へお呼びがかかった。

 気は進まないものの、コーヒーを飲み干して芳朝と二人、立ち上がる。

 天幕の中は静まり返っていた。

 ロント小隊長が重苦しい空気の中心で、竜翼の下団長ドランさんや副団長リーゼさんもあまり機嫌が良くないようだ。


「任務の途中だが、撤退を決めた」


 ロント小隊長がいきなりそう宣言する。

 俺は椅子に座りつつ、ロント小隊長に訊ねる。


「二重肘の出現と関係がありますか?」

「あぁ、魔力袋持ちのギガンテスが二体、それも戦い方がやや洗練されている。経験の浅い新兵の手には負えない事も今日の戦いではっきりしている」


 凄腕開拓者がため息交じりに口を開く。


「情けない話ですが、自分も撤退に賛成です。素人開拓者の面倒をこれ以上みられませんからな」

「戦力どころか足枷でしかないからな。これ以上の任務続行は無理だ」


 ロント小隊長が凄腕開拓者の言葉に賛同し、改めて撤退の意思を伝えてくる。

 戦力としても、ロント小隊の精霊人機が一機中破し、他の二機も関節部の損傷が激しい。操縦士の疲労も考えるとまともな戦闘には大きな危険を伴うという。


「威力偵察が任務の主旨だが、新兵の教育もこの任務の意義だ。無駄死にさせる事は出来ん」


 ロント小隊は元々、リットン湖という新大陸の要地を攻略するために編成された部隊の一つであり、今回の威力偵察は行き掛けの駄賃でしかない。

 デュラの偵察程度で戦力を失うわけにはいかないという判断らしかった。

 この場で意見を述べていない重要戦力の一つである竜翼の下の団長ドランさんに目を向ける。

 ドランさんは不満そうな顔で腕を組んだ。


「タワーシールドの予備がない。撤退には賛成だ。赤字だけどな」


 リーゼさんが隣で頷いて眼鏡を人差し指で押し上げる。


「二重肘か首抜き童子、どちらか一体でも倒して魔力袋を手に入れれば黒字になったのですが、今回は仕方がありませんね」


 天幕内の意見は一致した。

 デュラ偵察任務は中途半端な形ながらも今日をもって終了し、一晩休んでから港町へ帰還することが決まった。

 素人開拓者には凄腕開拓者とロント小隊長が説明するとの事で、解散となる。

 ディアに乗って野営地の端に移動し、芳朝の手料理を食べる。

 バジルっぽい香りのするハーブとピーナッツを砕いて、オリーブオイルを混ぜたジェノベーゼソースをペンネに絡ませたものだ。

 周りが干し肉と固いパンを齧っている中、俺と芳朝の食事だけはまともだった。料理人芳朝ミツキに感謝。

 普段なら車両に食材を積んでいるロント小隊や竜翼の下もそれなりの料理を食べているのだが、今日の戦闘の疲れや精霊人機の整備で手が離せないらしく、もそもそとパンを齧っているだけだ。


「帰ったら何が食べたい?」


 芳朝がにこやかに聞いてくる。

 持ち運べる食材に限界がある以上、どうしても保存のきく物しか手元にない野営と違って、港町に帰れば使える食材も豊富にある。


「何でも作るよ。ご希望は?」

「メンチカツかな」

「わかった。それとエビカツも作ろう」


 カツレツ三昧にしよう、と上機嫌に抱負を語る芳朝に話を合わせる。


「ポタージュもほしいな。ジャガイモとか」

「グリンピースのポタージュって言うのもあるね」

「グリンピースは青臭くって駄目だ」


 あとはさっぱりした感じのサラダが欲しい。柑橘系のドレッシングをかけて、みずみずしいレタスなんかを頬張りたい。

 このところ、野菜といえばピクルスばかりだったからな。

 献立を考えていると、素人開拓者たちに説明を済ませたロント小隊長が歩いてきた。


「ここだけ良い匂いがするな」

「優秀な料理人がいるので」


 二人前しか作ってないからロント小隊長の分はない。

 ソースだけでも貰いたかったが、とロント小隊長は無表情に呟いた。本音かどうかいまいち分からない。


「君たち二人に追加の仕事を頼みたい」

「ギルドを通してくれませんか?」

「ギルドには文書で伝える」


 ロント小隊長が筒を二つ差し出してくる。文書が入っているらしい。一つがギルドに宛てた物だ。

 もう一つは何だろうかと首を傾げると、ロント小隊長が整備車両を指差した。


「精霊人機の修理が必要で到着が遅れる報告だ。マッカシー山砦司令官ホッグスに直接渡してもらいたい」


 マッカシー山砦と聞いて、芳朝がピクリと反応する。

 マッカシー山砦は俺たちが調べている精霊研究者バランド・ラート博士が滞在した軍事施設だ。前々から入る機会を窺っていたし、今回の任務が終わり次第、ロント小隊長に精霊獣機を売り込んでマッカシー山砦まで付いて行くつもりでもあった。

 向こうから切り出してくれたのは幸いだが、なぜ俺たちに伝令役を頼むのかが分からない。

 静かに話を聞いていた芳朝が素人開拓者たちに目を向ける。


「不和の原因になっている私たちを遠ざけてデュラ出身者の溜飲を下げ、統率を取りやすくしたいんですか?」

「あぁ、その通りだ。もっとも、素人開拓者などどうでもいい。問題は我が隊にも君たちの精霊獣機を快く思わない者が多い事だ。それに、我が隊の斥候に経験を積ませなくてはならない」


 なんだ、厄介払いか。

 納得して、俺は芳朝に意見を求める。

 芳朝は興味を失ったように食事を再開する。


「いいんじゃない? マッカシー山砦に公然と入れるのはありがたいし」


 日本語で話した芳朝にロント小隊長の無表情が一瞬崩れ、不可解そうな顔になる。日本語を理解できないからだろう。

 芳朝の同意も得られたことで、俺はロント小隊長に向き直る。


「いいですよ。その依頼受けます」


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