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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第二章  だから、彼も彼女と諦める

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第十一話  身から出た錆

「――各部隊の損耗状況は精霊人機一機が要整備、開拓者が二名軽傷です」


 副官の言葉にロント小隊長が会議机を囲む俺たちを見回した。


「聞いての通り、第一回の威力偵察は文句なしの大成功だ」


 そう思うなら少しは笑えばいいのに。

 ロント小隊長の感情を排した無愛想な顔を眺めつつ、俺は今日の威力偵察を思い出す。

 序盤こそ整備車両周辺に近付くゴブリンは少なかった。

 だが、竜翼の下開拓団が所有する精霊人機ガンディーロに投擲を行って足止めしているギガンテスを見た他のギガンテスが、それを真似するようになってからは苦戦することになった。

 ギガンテスが三体を数えた時点で緩やかに撤退を開始、戦闘の続行を希望する素人開拓者を凄腕開拓者が宥めつつの撤退は遅々として進まず、西門を抜けた時点でギガンテスは五体に増えていた。

 それでも、素人開拓者の撤退を優先したために軽傷者が出るに留まり、全体の損耗としては軽微だ。無視してもいい。

 それでも、いまは凄腕開拓者の片方が素人開拓者を怒鳴りつけている。結果的に死者が出なかっただけで、撤退の遅れにより精霊人機がギガンテスの投擲にさらされて整備が必要になったためだ。

 精霊人機が倒れれば、ギガンテスへの対抗手段を失った俺たちは蹂躙されて骨も残らず食べつくされるだけに、凄腕開拓者の怒りも分かる。

 会議机を囲むもう一人の凄腕開拓者が疲れた顔をしていた。心労がたまっているのだろう。

 ロント小隊長が俺と芳朝に目を向ける。


「各隊の撃破数を見たが、君たち二人だけ歩兵としてはずば抜けた戦果だな」

「精霊獣機があるので」


 俺と芳朝の戦果は、中型魔物であるゴライアの単独討伐数二体、共同討伐数十二体、小型魔物のゴブリンはおそらく二十弱。

 一度の戦闘で歩兵が挙げる戦果としては異常らしい。

 単純に、騎兵と歩兵を一緒にしているから異常な戦果に見えるだけだ。精霊獣機を使えばかなりの人が同等以上の戦果を出す。

 ロント小隊長は竜翼の下団長ドランに視線を移す。


「竜翼の下も良く働いてくれた。おかげで損耗は軽微だ。ギガンテスの投擲を最も長く受けていたのは君たちの精霊人機のはずだが、大丈夫か?」

「あぁ、慣れてるんでな」


 竜翼の下の精霊人機は二機とも守備特化型の調整を施された機体だ。操縦士も整備班も各部の負荷を軽減し、損耗を分散させる術に長けている。

 防衛戦は長丁場になりがちだから、今回のような短時間の戦闘で機体を壊すような使い方もしないだろう。

 ドランさんの隣で副団長のリーゼさんが眼鏡を押し上げる。赤縁の細フレーム眼鏡が照明の光を反射した。


「ロント小隊の精霊人機こそ、無事でしたか? 魔力の過剰供給による青い火花を見ました。無茶な動きもありましたし、操縦士の精神状態が心配です」


 リーゼさんの指摘にロント小隊長は痛い所を突かれたようにため息を吐いた。


「素人なのは何も開拓者ばかりではないという事だ。開拓学校でいくら学んでも、実戦で気がはやる者もいる。格闘戦ともなればなおさらだ」


 俺は今日、ギガンテスを小剣で斬り殺した精霊人機を思い出す。強かったが、実戦を知る人々から見ると無茶な動かし方だったらしい。

 ロント小隊長が顔を上げた。


「機体も操縦士も問題ない。明日の第二回威力偵察にも参加させる」


 実戦経験が少ないから気が逸るのなら、実戦を経験させるしかない。

 理屈としては理解できるものの、不安要素が多すぎるために会議机を囲む一同は知らず苦い顔になった。俺も同じ顔をしているだろう。

 しかし、精霊人機が一機減るだけで戦力がガタ落ちするため、不安を押し殺して出陣してもらうしかない。

 ロント小隊長が全員を見回して、明日の作戦を説明してくれる。


「明日の配置も今日と同じだが、日を重ねるにつれて疲労がたまり、ミスも多くなる。加えて今日の作戦でギガンテスが投擲の有効性を認識している可能性が高い。遠距離からの攻撃に対応できるように装備を整え、各人に通達を出すように」

「了解」


 ロント小隊長の命令を承諾し、会議が終わる。俺は芳朝と一緒にすぐ天幕を出ようとしたが、後ろからドランさんに呼び止められた。

 無視するわけにもいかず、天幕を出たところでドランさんとリーゼさんに向き直る。


「なんですか?」

「態度に棘があるな」


 苦笑したドランさんだったが、すぐに真顔に戻った。


「明日、素人開拓者が暴走する可能性が高い。助力を頼めるか?」

「暴走するという根拠は?」

「今日の被害が少なすぎた」


 素人開拓者は二人が怪我をしただけ、撤退時に多少もたついたものの、遅れによる危険を感じたのは殿を務めたロント小隊と竜翼の下の精霊人機乗りだけだろう。

 つまり、素人開拓者たちは魔物の群れをなめてかかる恐れがあるらしい。

 今日とは違って実際に戦闘を経験して気が大きくなっている事もあり、暴走すると手が付けられない。

 だが、素人開拓者の暴走を俺と芳朝がどうにかできると思ったら大間違いだ。開拓者歴は俺たちだって大差がないのだから。


「適度にゴブリンを通して開拓者たちが前に出られない状況にすればいいですか?」

「あぁ、そうしてくれると助かる。こっちでも戦闘員に話を通しておく」


 そう言って、ドランさんが竜翼の下の整備車両へ歩いて行く。

 面倒なことを押し付けられたなぁ。

 芳朝が素人開拓者の一団を横目に見る。


「ゴブリンと素人開拓者の戦闘をコントロールするって事でしょ? 責任重大だね」

「そうだな。でも、コントロールしないと暴走するってドランさんの見立てには納得できる」


 貧乏くじではあるが、俺たち以外に手が空いている者もいない。

 やるしかないな、と諦めてディアに騎乗した時、天幕から凄腕開拓者が出てきた。

 疲れた顔で夜空を見上げた時、俺たちに気付いたらしく軽く頭を下げてくる。

 ディアとパンサーを見て一瞬嫌な顔をした凄腕開拓者は、頭を横に振って嫌悪感を振り払うと、俺に声をかけてくる。


「今日は何度も助けられましたな。明日以降もよろしく頼んます」

「こちらこそ、よろしくお願いします。それと、開拓者が前に出過ぎないように、適度にゴブリンを通して戦闘させるべきだと竜翼の下の団長から言われています。何か要望はありますか?」

「……ドランさんから?」


 険しい顔をした凄腕開拓者は頭をポリポリと掻いた。


「参りましたね。私から話をしようと思ったんですが。ゴブリンは二体ほど通してくださいな。それ以上は犠牲を覚悟せにゃならんので」

「器用に数を調整できるほど俺たちも余裕はありませんから、今のうちに覚悟だけは決めておいてください」

「ははっ。そりゃあそうですな」


 笑い声にも覇気はなく、凄腕開拓者は俺たちに別れを告げてトボトボと竜翼の下の整備車両に向かう。明日の任務でゴブリンをどれだけ通すかの話し合いをしに行くのだろう。


「あと二回も偵察任務があるのに、いまからあんなに疲れてるなんて体力持つのかな」


 芳朝が他人事のように言って、凄腕開拓者から視線を逸らしてパンサーを進める。

 俺は凄腕開拓者の背中が整備車両に消えていくまで見送って、芳朝の後を追った。

 会議前に陣取っていた場所に戻ると、たき火をするために集めていた小枝が湿っていた。


「……水を掛けられたみたいね」

「犯人は会議に出ていなかった誰かってことになるな」

「推理が必要?」


 どうせわかってるんでしょう、と言いたげな瞳を向けられて、俺は素人開拓者の一団に目を向ける。

 こちらをちらちらと見ては笑いをかみ殺している開拓者の姿に、ため息さえ出ない。


「詰まらない嫌がらせだな。もっと独創性というか、創造性というか、個性が欲しい所だ」

「小枝に燃やすのも躊躇うくらい立派な彫刻を施すとか?」

「そういう嫌がらせなら大歓迎だ」

「そんな才能があったら嫌がらせなんてしないと思うけどね。今回の嫌がらせの動機は劣等感だと思うよ。私たちの方が戦果は上だから、悔しいんでしょ。私たちの方が強い事も今日の戦闘で身に染みて分かったから面と向かって喧嘩を売れない。だからこうして陰でこそこそ嫌がらせをして、正面対決を避けようとしているのよ」


 芳朝の勝手な分析が耳に届いたのか、素人開拓者たちの顔が真っ赤に染まる。羞恥で染まるのなら更生の余地もあるのだが、おそらく馬鹿にされたと思って怒っているのだろう。

 怒っていても俺たちにくってかからないところから見て、芳朝の分析もあながち間違ってはいないらしい。

 まぁ、どうでもいいか。

 ディアを駐機状態にして夕食の準備に取り掛かろうとした時、呆れたような目で俺と素人開拓者を眺めながらリーゼさんが歩いてきた。


「開拓者を煽りましたね?」


 怒りの形相で俺たちを睨みつける開拓者を見て察したらしく、リーゼさんは開口一番そう言った。


「煽ったというか、もう二度と嫌がらせしてこないように牽制したんですよ」


 効果はなかったようだけど。


「そんな態度だから嫌がらせをされるんですよ」

「時系列も理解できていないなら口を挟まないでください」


 根菜の酢漬けを取り出した芳朝がリーゼさんの見当違いな忠告を一蹴する。

 精霊獣機を気持ち悪いと言われて以来、芳朝のリーゼさんに対する態度は冷たい。

 リーゼさんが俺を睨む。無実だ。俺は悪くない。

 俺が何を言っても聞く耳を持たないのはリーゼさんも素人開拓者も同じなので、自己弁護は諦める。


「それより、ご用件をどうぞ」

「それよりって――いえ、そうですね。明日の件ですが、ゴブリンを二体まで素人開拓者の防衛線まで通してください。三体目以降は指揮を執っている開拓者が片付けるそうです。手が足りない場合に備え、私たちも戦闘員を出せるよう準備しておきます」

「分かりました」


 事務的に返して、俺は皿を取り出す。もちろん俺と芳朝の分だけだ。リーゼさんと食卓を囲むなんてぞっとする。

 俺たちの態度に不快そうな顔をしたリーゼさんが口を開きかけた時、開拓者の一団から声が上がった。


「――納得いかないと言っているだろうが!」


 素人開拓者が凄腕開拓者に何か抗議しているらしい。

 芳朝が俺の前に薄いハムとチーズを挟んだパンを差し出してきた。


「スープもあるから、ちょっと待ってて」

「芳朝、マイペースなのはいいけどあの騒ぎも少しは気にしろよ」


 開拓者たちを指差すが、芳朝は微笑んで口を開く。


「食事の方が大事でしょ。腹が減っては戦は出来ぬってね」

「それもそうか」


 パンを口にくわえて、俺はディアの角に板を置いて簡易テーブルを作る。

 俺と芳朝のやり取りに唖然としたリーゼさんが正気を取り戻して慌てたように口を開く。


「夕食よりも隊内の不和を解消する方が大事です。なに呑気に食事なんてしようとしているんですか。周りにもっと目を向けなさい!」


 目を向けていないのはリーゼさんの方だ。

 開拓者たちを少し観察すれば、揉めている原因が俺と芳朝にある事にすぐ気付くはずだ。

 俺たちが注目したら、負けん気を燃やした開拓者たちは引っ込みがつかなくなる。しかし、凄腕開拓者が折れて素人開拓者の要求を呑むのはもっとまずい事態を引き起こす。

 下がごねれば要求が通る武装集団なんて統率がとれなくなっておしまいだ。

 したがって、俺と芳朝は普段通りに行動し、開拓者たちを完全に無視して不干渉を貫く方がいい。

 俺は芳朝と和やかに夕食を開始しつつ、開拓者たちのもめ事を耳から拾った情報だけで整理する。

 簡単にまとめれば、隊の中央付近という一番安全な場所で遠距離攻撃ばかりをしていた俺が天幕内の会議に呼ばれて、命がけで戦った自分たちが呼ばれないのはおかしいという話だった。

 天幕内の会議はこの偵察任務における作戦の決定を行っている。つまりは指揮官クラスが集まっている。

 その上位者の中に俺と芳朝が入っている事が気にくわないというのが本音だろう。

 俺たちを叱ろうとしていたリーゼさんも素人開拓者たちの言い分に呆れてしまい、俺たちに何か言う気力も失せたようだった。

 俺たちが天幕に呼ばれているのは索敵能力が高い上に機動力に優れ、威力は低いながら銃を使うために攻撃範囲が広く全方向へのアシストができるからだ。

 他のメンバーにはない特徴を持っているため、自然と作戦時の役割も個別に割り振られる。だから伝達しやすいように天幕に呼ばれた。

 だが、素人開拓者にとっては役割なんてどうでもいいのだろう。


「努力はしたくないし責任も負いたくないし比べられるのも嫌だから同じ土俵に立たないけど、足を引っ張る事には全力を尽くすのよね。自分に出来る事をやる姿勢は好印象よ」


 芳朝がスープを飲んでからつまらなそうに開拓者を評価した。

 俺は芳朝の手作りスープを飲む。干したキノコから取ったダシが利いている、少し上品な感じのスープだ。


「人の長所を見つける芳朝は良い奴だな」

「そうでしょ」


 皮肉をあっさりと肯定された。

 開拓者たちのもめ事が耳に入ったのか、天幕からロント小隊長が顔を出した。

 素人開拓者たちを見て額に青筋を立てたのはほんの一瞬の出来事で、すぐに冷徹な顔になって開拓者たちへ歩み寄る。

 ロント小隊長に気付いた開拓者たちが直談判しようとロント小隊長に駆け寄ろうとした時、ロント小隊長のそばにいた副隊長が素早く銃を抜いて空に向けて発砲した。

 副隊長は精霊人機に乗っていないはずだから、この騒ぎを聞きつけて銃を借り受けてきたのだろう。


「――動くな。その場に座って頭の後ろに手を組め」


 副隊長が銃を先頭の開拓者に向けて命令する。冷静になろうと努めているようだが、怒りが滲んでいてなおさら怖い。

 さすがの開拓者たちも逆らうと鉛玉をぶち込まれると気付いたのだろう。素直に命令に従った。

 ロント小隊長が凄腕開拓者に水を向ける。


「何の騒ぎだ」

「そ、それが――」


 凄腕開拓者は身内の恥を晒すような顔で事情を説明する。

 予想していたらしく、ロント小隊長の反応は希薄だった。

 ロント小隊長は開拓者を見回し、静かに、かつ反論を一切許さない威圧的な声で言い聞かせる。


「先着三名だ。今すぐ手を上げろ」


 ロント小隊長が命じると、素人開拓者たちは顔を見合わせた。

 ロント小隊長の思惑が分からず、誰も手を上げようとしない。手を上げる事で何かが起こることは確実で、その何かに対する責任を誰も持とうとしない。

 ロント小隊長は手を上げない開拓者をしばらく眺めると、舌打ちして適当に三人を指差して立たせた。

 立たされた三人の開拓者の中にはキリーの父親の姿がある。

 ロント小隊長がキリーの父親たちに向かって有無を言わせぬ口調で命令を下す。


「お前達三人は明日、精霊人機の随伴歩兵として最前線に配置する。遺書の準備をしておけ。書き方程度は教えてやる。他の者も我こそはと思うなら天幕に来い。最前線に配置してやる」


 開拓者たちの顔から一斉に血の気が引いた。

 その夜、天幕に赴く者は誰一人いなかった。


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