第十話 第一回威力偵察
石畳をディアの金属の足が踏みしめる。
後ろへ引き倒そうとする力に全身の筋肉で抗いながら、ディアを加速させる。
港町デュラの西門、南側の壁は瓦礫の山に成り果て、立ち並んでいた家々も巨大な脚に踏み潰されたように崩れている。
偵察部隊に先行してデュラ西門から町に入った俺と芳朝は精霊獣機にまたがり高速で町を駆けていた。
周囲に魔物の姿はない。
「この辺りで良いだろ。芳朝、合図を」
「分かった」
芳朝が空に向けて片手をあげ、火の魔術ファイアボールを放つ。
花火のように空へ打ち上がったファイアーボールに応えて偵察部隊からウォーターボールが打ち上がる。
俺はディアの首をめぐらして方向を転換し、偵察部隊と合流するべく加速する。
偵察任務の開始だ。
ロント小隊の精霊人機が三機、横並びで走ってくる。
崩れた家をさらに踏み潰し、隊列を維持したまま走ってくる七メートルの鉄の巨人たちは、俺たちの姿を見つけるとわずかに速度を落とした。
「赤田川君、早く持ち場につこう。そろそろ魔物が来るよ」
芳朝が北を睨んだ直後、パンサーが唸った。
やっぱり、と芳朝が呟く。
俺たちは精霊人機の横を走り抜けて前線を務めるロント小隊の歩兵たちを横目にさらに奥、整備車両や運搬車両が並ぶ場所へ走り込んだ。
整備車両の窓を開け、魔術の発動準備を整えて魔物の襲撃を待っている整備士たちが視界に入る。
整備車両の助手席にいるロント小隊長が俺たちを手招いていた。
「周囲に魔物は?」
「すでにこちらへ近づいてきている魔物がいます。数や種類の確認はできませんでした」
「分かった。至急、持ち場についてくれ」
「了解」
答えて、ディアを操作する。
魔物がやって来る前に西門へ頭を向けておこうと反転している車両から少し距離を取って、魔物の襲撃に備えた。
芳朝が自動拳銃の握りを確かめる。
「赤田川君、帰ったら結婚しましょう」
「おい、縁起でもない事を言うのはやめろ」
「その返しをするのはこの世界で赤田川君だけよ」
そうだろうとも。死亡フラグなんてこの世界の人間は概念さえないだろうよ。というか、今のはある種の誘導尋問だな。
「来たね」
芳朝が顔を向けたのは東、つまりは隊列の正面に当たる場所だ。
十字路を走って曲がって来たゴブリンとゴライアが待ち構える三機の精霊人機を見て動きを止める。
一瞬の静寂の後、ゴライアが大きく口を開いた。
「ガッ――」
雄たけびを上げようとした瞬間、ロント小隊の精霊人機が走り込んでハンマーを横に凪いでいた。
鈍い音がしてゴライアの腰から上が吹き飛ぶ。
ゴライアの肉片を浴びた周囲のゴブリンが恐慌状態に陥る中、突出した精霊人機は隊列に戻った。恐慌状態のゴブリンは眼中にないらしい。
隊列前方で行われている戦闘の合間に、歩兵たちは簡易のバリケードを設置していた。流石は開拓学校出身の兵士だけあって淀みのない動きでバリケードが組み上げられていく。
鉄製のバリケードはゴブリン二体分の隙間を開けて設置されており、小型魔物の浸透の勢いを弱めつつ少しずつ数を減らせるようになっている。
「隊列正面はやっぱ安定感があるな」
「そうでないと困るでしょ。それより、北と南が問題だけど」
素人開拓者が多く配置されている車両側面の部隊には開拓団竜翼の下の精霊人機が配置された第一防衛ラインとその内側で竜翼の下の戦闘員が並んでいる第二防衛ライン、最後に素人開拓者で構成された第三防衛ラインがある。
保険というわけでもないが、整備車両内には魔術の発動準備を整えた整備士たちがいる。
いま、北にはゴブリンらしき一団がうろうろしているのが見えた。
竜翼の下の重武装精霊人機バッツェの重量感ある立ち姿を見て怯えているようだ。
北の側面第一防衛ラインを受け持つバッツェも持ち場を離れるわけにはいかず、ゴブリンへ先制攻撃を加えられないでいる。
「赤田川君、ゴブリンの数を減らせる?」
「べつにアレらを倒してしまっても構わんのだろう?」
「……ノリノリの所悪いけど、まじめにお願い」
え、いまのって俺が悪いの?
はしごを外された気分で肩にかけていた対物狙撃銃を構える。
ディアの黒い角に銃身を乗せ、スコープを覗き込む。
うろうろしているゴブリンの一団が一塊になった瞬間を狙って、引き金を引いた。
強烈な反動にディアの首が縮む。俺へ届く反動は一切なく、ただ銃声だけが俺に発砲の感触を与えてくれる。
水袋がはじけ飛ぶようにゴブリンの体から血が噴き出す。仲間の血を浴びせられたゴブリンが動きを止めた一瞬に、俺は二発目を放った。
二発目はゴブリンの肩をかすめた。だが、ただかすめただけでそのゴブリンは吹き飛び、肩から先を後方に飛ばす。片腕を無くしたゴブリンが悲鳴を上げるに至り、ようやくゴブリンたちが狙撃に気付いて慌て始めた。
俺を指差して仲間に警告を発しているゴブリンに向けて一発、民家の壁を盾にしようとしたゴブリンに一発ぶち込む。
仲間思いのゴブリンは片足を吹き飛ばされてその場にうずくまり、いち早く隠れようとしたゴブリンは吹き飛んだ壁の破片を頭に受けて気絶したようだ。
「この距離だと一発で仕留めるのは難しいな。どうしても少し外れる」
まぁ、銃の威力が威力だから、かするだけでもゴブリンには致命傷だったりするわけだが。
近くにいた竜翼の下の戦闘員が俺を見て唖然としている。
対物狙撃銃なんてこの世界では使っている人間が限られる上に、今回のような遠征で使用する者はまずいない。重すぎて取り回しに向かないし、反動も大きくて使い勝手が悪いからだ。
俺の場合はディアで問題をクリアしているため、今回のように連射までできる。
「俺のディア、すごいだろ?」
無表情な鋼鉄のシカの頭を軽く叩いて自慢する。
「いや、発砲音がうるさすぎる。撃つ前に一声かけてくれ。何事かと思ったぞ」
「……すみません」
対物狙撃銃を使う人間が少ないという事は発砲音を聞いたことがある人間も少ない。すっかり忘れていた。
騒音兵器扱いされ始めた対物狙撃銃の汚名を返上するために、民家の屋根を越えてやってきたゴライアに最後の一発を見舞う。
距離があるため致命傷にはならなかったが、それでも足から血を流して動きが鈍っていた。
俺は弾倉を交換しつつ、芳朝を見る。
「他に魔物は?」
「集結中みたい。ギガンテスは東からくるみたいね」
東に目を向けると、赤黒い肌に包まれた上半身が二階建ての民家の屋根から見えていた。
ロント小隊の精霊人機が一斉にハンマーを構える。
七メートルの巨人が一糸乱れぬ動きでハンマーを構える姿は圧巻の一言だ。右肩に引きつけるように構えたハンマーはどれも直径二メートル高さ三メートルの円筒形。鋼鉄製のそれの重量は推して知るべし。
遊離装甲が擦れて奏でる澄んだ音とは裏腹に無骨な武器を構えた三機の精霊人機は、屋根を跨いで道に出てきたギガンテスの攻撃に備える。
ドンと大地を揺らしてギガンテスが走り出した。決して短くはない道を一瞬で走り抜け、転がる瓦礫をその重量で踏み砕いて周囲に石つぶてを無意識にばらまきながら、ギガンテスは拳で大気を切り裂く。
ロント小隊の精霊人機が前に出てギガンテスの一撃にハンマーを合わせようとする。
拳とハンマーが衝突するかに見えたその瞬間、ギガンテスの拳が開かれ、ハンマーを受け止めた。
ギガンテスの太い腕が筋肉の収縮に合わせて盛り上がり赤黒い肌に幾筋もの血管を浮き上がらせる。
怒張した腕は精霊人機のハンマーを真正面から受け止め、ギガンテスは己の重量を上乗せして押し返した。
押し返されたハンマーに大気が押しのけられて周囲に強風が逆巻く。土煙を上げて地面に叩きつけられたハンマーを手放した精霊人機は左手を左太ももに伸ばした。左太ももには鞘に納められた小剣が格納されている。
刃渡りにして一メートルと少しの〝小剣〟の柄を左手に握った精霊人機がその機械の体で抜刀術でも再現するように勢いよく引き抜く。
精霊人機の踏み込みによる振動がディアに乗る俺まで届く。それほど力の入った踏み込みだった。
逆袈裟に振り上げられた小剣はギガンテスの体を浅く斬り裂くが、致命傷には程遠い。
ギガンテスの反撃は拳ではなく蹴りだった。
精霊人機の右足を狙ったローキック。精霊人機にはない柔軟な筋肉で繰り出される鞭のような蹴りを浴びせられた精霊人機は――びくともしなかった。
あまりの手ごたえのなさにギガンテスが硬直する。
その一瞬を逃さず、精霊人機は斬り上げたばかりの小剣を振りおろし、ギガンテスの肩へ刃をめり込ませる。
ギシギシと音を立てた精霊人機の左腕が魔力の過剰供給による青い火花を散らした。
次の瞬間、精霊人機の腕力は最大の出力を発揮する。
ギガンテスの肩に食い込んでいた小剣の刃が一瞬動いたかと思うと、肉を斬り裂く生々しい音に骨を断つ硬質な音が混ざり合い、ギガンテスを両断した。
己が死に際し悲鳴すらあげられなかったギガンテスの体は二つに分かれ、地面へと落下する。斜めの斬り口からはどくどくと大量の血が流れ出した。
精霊人機が小剣を左太ももの鞘に格納して取り落としたハンマーの柄を握り、二歩下がる。
なんだアレ。かっけぇ。
下がった精霊人機の脚周りに浮かぶ遊離装甲が凹んでいる。
ギガンテスのローキックを受けて微動だにしなかった理由はおそらくあの遊離装甲だ。精霊人機本体との接続部が存在しない独立した装甲である遊離装甲は魔力で維持されており、クッション性が非常に高い。
ギガンテスのローキックはその威力のほとんどが遊離装甲のクッション性の前に殺され、精霊人機の外部装甲に到達する頃にはもはや攻撃と呼べる威力を有していなかったのだ。
からくりが分かると、今度は操縦士の胆力に感心してしまう。
威力が殺せると判断できたとしても、真正面から受けてカウンターを狙う勇気なんて俺には持てない。
生身で戦っているわけではないと分かっていても、相手の攻撃をノーガードで受け止めるなんて無理だ。
「俺、開拓学校に入らなくてよかったかも」
「入らなかった、じゃなくて入れなかった、でしょう?」
「うるさいぞ」
そりゃあ、いまだかつて前例がないほどに適正なしの伝説を打ち立てて入学を断られたけどさ。
俺が自分を弁護しようとした時、南側の素人開拓者から悲鳴が上がった。
何事かと思い目を向ければ、南の民家を突き崩してゴライアが三体とゴブリンの集団が向かってきていた。
「ここまで乱戦じみてくると、もう索敵魔術も意味ないな」
「中型以上に反応するように変更しておきましょ。ついでに距離も、第一防衛ラインまでに絞っておいた方が良いかもね」
「同感だ」
芳朝に言葉を返して、索敵魔術の変更を行う前に対物狙撃銃を構える。
南側面を受け持つ精霊人機は竜翼の下の所有するガンディーロのみ。防衛主体のガンディーロではゴライアを倒せてもゴブリンまで手が回らない。
ゴブリンの数からみても、竜翼の下の戦闘員が受け持つ第二防衛ラインを抜けて素人開拓者の下へゴブリンが浸透してくるのは間違いない。
今のうちにゴブリンの数を減らそうとスコープを覗き込んだ時、巨大な影がちらついた。
「ちっ。ギガンテスがこっちからも来たか」
南側面からギガンテスが精霊人機ガンディーロに狙いを定めて投擲での攻撃を開始していた。
ガンディーロの防御の前ではダメージが通らないものの、投擲から後方の戦闘員を守るためにガンディーロは身動きできなくなっている。
つまり、ゴライア三体が無傷で第二防衛ラインへ抜けてくる。
俺は狙いをゴブリンからゴライアへ変更する。
体高四メートルの中型魔物であるゴライアは本来、訓練を積んだ生身の人間が数人がかりで倒す相手だ。
戦闘経験豊富な竜翼の下の戦闘員ならば倒すことは可能だろうが、ゴブリンまで手が回らなくなる。
「芳朝、ゴブリンが第三防衛ラインまでほぼ無傷で侵入してくる。備えてくれ」
「分かった。ゴライアを近づけないようにしてね」
芳朝を乗せたパンサーが走り出す。
俺はゴライアに向けて狙撃を開始した。
第二防衛ラインに到達する前に手傷を負わせておけば、竜翼の下の戦闘員の被害を抑えられるはずだ。
ゴライア二体に一発ずつ撃ち込む事は出来たものの、すぐに竜翼の下との戦闘が始まったため、同士討ちを避けるために俺は狙撃を止めるしかなかった。
そうしているうちに、第二防衛ラインを抜けてきたゴブリンの集団が素人開拓者の待つ第三防衛ラインに走り込んでいく。
ゴブリンはざっと数えた限り二十近い。竜翼の下がゴライアと同時に相手取っているのが五匹。八割も抜けてきた計算になる。
いまだにギガンテスからの投擲は続いており、ガンディーロは釘づけ状態だ。手負いのゴライアを相手取っている竜翼の下も素人開拓者たちの援護に動く余裕がない。
南側に配置された十三人の素人開拓者は自分達よりも数が多いゴブリンの侵攻に指示もないのに後退を開始していた。完全におびえているのだ。
ただ一人、凄腕開拓者だけがその場に残ってゴブリンを迎え撃とうとしている。
このまま素人開拓者とゴブリンの戦闘が始まればすぐに素人開拓者は総崩れになるだろう。
その時、走るゴブリンの集団に側面から鋼鉄の獣が奇襲を仕掛けた。芳朝を乗せたパンサーだ。
ゴブリンが走っていた道の横に立つ民家の屋根から飛び掛かったパンサーはその爪で集団の中央にいたゴブリンを頭から斬り裂き、石畳に着地するや否や扇形の尻尾を一閃、後方にいたゴブリン二体を斬り殺す。
さらにはパンサーにまたがっていた芳朝が乱入者に浮足立つゴブリンへ自動拳銃の引き金を引く。
セミオートの自動拳銃は引き金を引くたびに次から次へと弾丸が装填され、芳朝の連射を助け、ゴブリンに鉛玉と死を与えていく。
ゴブリンたちが反撃に移る前に、パンサーが文字通り全身のバネを使って跳躍し民家の屋根に舞い戻った。
ゴブリンが悔しそうに石を投げつけても、パンサーの尻尾はハエでも叩くように投げつけられた石を叩き落とす。
芳朝が振り返って石を投げたゴブリンに銃口を向け、引き金を引いた。
屋根の上からの銃撃を受けたゴブリンが肩と腹を打ち抜かれて倒れ込む。
「全部で六匹撃破か」
芳朝の戦果を数えた俺は、残りのゴブリンを数え直す。全部で十三匹いる。
まだ素人開拓者が捌き切れる数ではない。
芳朝が屋根の上で弾倉を交換する間にゴブリンたちが素人開拓者へ走り出す。
屋根の上に乗ったままのパンサーがゴブリンたちに併走し始めると、芳朝は眼下の道を走っているゴブリンたちに上から銃撃を加え続ける。互いに走っているために狙いが甘く、ほとんどの弾丸が外れていたものの、素人開拓者にたどり着いたゴブリンは十匹まで減っていた。
同士討ちを避けるため、芳朝は俺の元へ戻ってくる。
素人開拓者たちの前でゴブリンに備えていた凄腕開拓者が声を張り上げた。
「あんな小娘が魔物の群れに飛び込んだってのに、お前らは及び腰か!? 腑抜けてんじゃねぇぞ!」
凄腕開拓者にその気はなかっただろうが、デュラの住人として芳朝を化け物扱いして常に下に見ていた素人開拓者たちにとってかなり効果のある煽りだった。
凄腕開拓者が向かってきたゴブリンを続けざまに二匹斬り殺すと、ゴブリンの脅威を小さく見積もった素人開拓者たちが気炎を上げて武器を振りかざす。
俺たちにもやれる、互いに言い聞かせるように叫びながら、素人開拓者たちはゴブリンに向かって行った。




