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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第一章  何故に、彼と彼女は手を離さないか
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第二話  身の上話

 少女は芳朝(ほうあさ)ミツキと名乗った。


「あなたは?」


 自己紹介を促す前にすることがあるだろう、と俺は腹に掛かる重圧を腹筋で押し返す。


「ひとまず、腹の上からどいてくれると嬉しいんだが」

「こうされている方が男の子は嬉しいでしょう? それで、お名前は?」


 この女……。

 黒い瞳に見降ろされつつ、俺は諦めて答える。


「赤田川ヨウ」

「本当に日本人なのね。ちょっと驚いた」


 そう言って、芳朝ミツキは俺の腹からようやくどいてくれた。

 俺は立ち上がろうとして、荷物の重さに抗えず一度横になる。そんな俺の努力を見て、芳朝はくすりと笑った。


「ひっくり返ったカメみたい」

「あいつらは硬い信念を背負ってるんだ。馬鹿にするな」

「重荷じゃない」


 くっ、よく口のまわる奴だ。才媛の名は伊達じゃないのか。


「ほら、信念に泥がついてるよ」


 くすくす笑いながら、芳朝が俺の背負った荷物についた泥を払ってくれる。

 ちなみに、ここまでの会話はすべて日本語だ。十三年も使わなかった言葉でも案外すらすらと口をついて出てくる。前世の記憶が邪魔で精霊人機の適性が皆無なだけはある。誰にも自慢できないけど。

 先ほどまでナイフを片手に俺にまたがっていたとは思えない友好的な態度に騙されそうになるが、芳朝はまだナイフを手に持ったままだ。

 俺は斬られた肩口をハンカチで止血して、芳朝の左肩を見る。


「芳朝は止血しなくていいのか?」


 自分の肩口を見た芳朝は「そうね」と呟いて家を指差す。


「訪ねてきたからには理由があるんでしょう? お詫びにお茶でも出すから上がっていきなよ」

「それが襲った相手に対する態度か」

「女の子の一人暮らしは物騒なのよ。攻撃は最大の防御でしょ」

「物騒な女の子の一人暮らし、の間違いだろ」


 言い返すと、芳朝は肩をすくめる。痛みが走ったのか、眉をひそめて家の玄関に向けて歩き出した。

 俺は彼女の背中を追って歩き出しながら、声を掛ける。


「なんで自分のことまで傷つけたんだ?」


 玄関扉を開けて、芳朝は俺が通って来た道を指差す。


「立て看板があったでしょ。この先化け物屋敷って」

「あったな」


 家に入り、芳朝に倣って玄関で靴を脱ぐ。芳朝が金を払って建てただけあって日本住宅と同様のマナーで良いらしい。ご丁寧にも手作りらしいスリッパが二足置かれていたが、来客を想定しないのかサイズは小さい。それでもすっと俺の足が収まってしまう。まだ第二次性徴を迎えていない俺の体は同年代の男子と比較しても小柄だからだろう。

 玄関の横には額縁に飾られた絵があった。男女の二人組が描かれた油絵だが、素人作品なのが丸わかりだ。


「この世界の父と母だよ。私が描いた」


 芳朝が横目で絵を見て、説明してくれる。


「あの看板を立てたのもこの人たち。せめてもの罪滅ぼしだってさ。化け物をこの世界に産んでごめんなさいってね」


 芳朝の声には抑揚がなく、適当に眺めただけのドラマの感想でも話しているのかと錯覚しそうだった。

 リビングに入り、席を勧められる。

 お茶を用意すると言って、芳朝はキッチンでコンロに火をつけた。小さな魔導核を使用して火を起こすファンタジーなコンロだ。

 火に炙られるケトルをつまらなそうに見ていた芳朝がふと視線を外し、窓の外を見る。

 夕日に照らされて赤く染まった庭と塀が見えるばかりだ。


「……ここに来たってことは、私の事情はある程度知ってるのかな?」


 芳朝が呟くように問いかけてくる。


「幼き才媛と呼ばれてたんだってな。今は化け物扱いらしいけど」

「やっぱりこの世界に来てからの事しか知らないか。前世の身の上話から始めてもいい?」

「辛くないなら」


 芳朝が俺を振り返って、くすりと笑う。


「赤田川君の話もいつか聞かせてね」

「気が向いたらな」


 俺の場合、特に重たい身の上話があるわけでもない。唐突に死んでしまったせいで一風変わった対人恐怖症になってはいるがそれだけだ。

 だが、芳朝の口振りは暗い何かが潜んでいるような気がした。

 芳朝はケトルに視線を移し、語りだす。


「死んだのは多分、十八歳の時。肩書上は大学一年生だったけど、半年近く実家に引き籠ってたから、ほとんど授業は受けてない。最後は火事に遭って記憶が途切れてる」


 仮に火事場から救い出されていたとしても、記憶がそこで途切れている以上こん睡状態のまま意識が戻らず死んだのだろう。

 芳朝は壁に背中を預けると、大きくため息を吐いた。


「引き籠る前、つまり高校生だった頃の事なんだけど、結構優秀な生徒だったんだ」

「自分で言うのか」

「生徒会長兼テニス部部長、学内模試で国語と数学はトップだったよ。英語はダメダメだったけど」


 マジで優秀な生徒だった。なんか眩しい。これができる奴のオーラという物なのか。

 前世から文句なしで才媛じゃないか。

 ちょっとした尊敬の念を覚えていた俺の視線に気づいて、芳朝が肩を竦めた。


「そのキラキラした目を向けるの止めてくんないかな。言ったでしょう。私は引き籠ったんだよ」


 それとこれとは別だと思うのだが、芳朝曰く別とは言い難いらしい。


「周囲の期待に応えると、自分の存在が相手の中でどんどん大きくなるような錯覚がしてたんだ。それが嬉しくて頑張ってただけなんだよ。称賛欲求みたいなものかな」


 頑張れば認めてもらえる。期待をかけて仕事を任される。必要としてもらえる。

 それが前世で芳朝が努力を続けた理由であり、意義だったという。

 だが、そんな努力の意義を芳朝は今さっき錯覚だと言い切っていた。


「何が切っ掛けだったのか思い出せないし、そもそも切っ掛けなんてなくてずっと自分の内側にわだかまっていたのかもしれないけど、唐突に〝これ私がやらなくてもいい仕事だよね〟ってはっきり思っちゃったんだ。周りの人はどんどん私に仕事を回してくるけど、本来あの人たちがやるべき仕事まで私に回してきてさ。おかしいなって思って周囲をよくよく観察したんだ」


 芳朝が笑おうとして笑い切れていない歪な笑みを浮かべて、天井を仰ぐ。芳朝が見上げている天井に浮かんでいるだろう光景は見えないけれど、俺にも観察結果がなんとなく見えた気がした。

 芳朝がため息を吐いて笑みを浮かべる事を諦める。


「お察しの通り、私はいくらでも替えが利く単なる雑用係でした。認めてもらえたわけでも、期待されていたわけでもなくて、ましてや誰も必要だとは思ってなかったんだよ。いや、引き籠って半年経つと分かるけど、これ単なる思春期だよね。自分がそんな特別な人間だなんて思い込むなって。馬鹿だよ、ほんと」


 自嘲しておいて、芳朝は重たいため息を吐く。


「それでも、何のために頑張ったんだっけって考えて、これから何のために頑張ろうと考えて、答えが出ないままズルズル半年経つ頃に火事にあって死にました」


 前世の話を終えた時、ちょうどお湯が沸いてケトルが甲高い音を立てる。

 芳朝はお茶を淹れてお盆の上に乗せると俺が待つリビングに運んできた。

 差し出されたお茶を飲もうか躊躇っていると、芳朝が目の前で飲んで見せる。


「安心しなよ。毒は入れてないから」

「悪い。つい――」

「期待しちゃった? ごめん、毒で苦しむ姿を見ていられるほどのSっ気はないんだなぁ」


 芳朝が片手をひらひらさせて、しょうがないドM君だなぁ、などと言ってくる。

 ……謝って損した。

 というか、化けの皮がはがれてるぞ。誰だ、最初にこいつを才媛とか呼んだ奴。才能があればいいってもんじゃないだろう。人格も考慮しやがれ。

 そう考えた時、俺はふと疑問に思った。

 芳朝は努力する意義が見いだせずに死亡して、この世界に転生したはずだ。

 しかし、この世界で芳朝は幼き才媛と呼ばれていた時期がある。

 俺が疑問を抱いている事に気付いたのだろう。芳朝は「続きを話そうか」と言ってお茶を一口飲むと、この世界に転生してからの事を語りだした。


「この世界に転生した時、私はチャンスをもらったと思ったんだよ。前世で努力する意義だった、誰かに必要とされる自分を実現しようと思ったんだ。有体に言えば、自分は誰かに必要としてもらえるだけの力があるっていう満足感が欲しかった」

「思春期を引きずってたわけか」

「こじらせちゃったんだよ」


 苦笑して、芳朝はリビング全体を示すように手を広げた。


「こじらせた結果がこれ。お金が手に入って、才媛と呼ばれてちやほやされたかと思ったら、陰で化け物呼ばわりされました。結局さ、みんな私の知恵とか、知識とか、発明とか、お金を欲しがっているだけで、私は入れ物くらいにしか思ってないんだよ。高性能パソコンとか、そんな感じ。また失敗したんだなって思ったらどうでもよくなっちゃって、こうして森の中で若隠居してるの」


 身の上話は終わり、と芳朝はお茶に手を伸ばす。

 俺は芳朝の話を整理して経緯を把握した。

 肩を斬られた時の芳朝の行動を思い出し、俺は納得できずに質問する。


「結局、俺を襲ったり自傷行為に及んだのは?」


 カップの取っ手に触れるか触れないかのところで手を止めた芳朝は満面の笑みを浮かべた。


「私の事を化け物って呼ぶ人間たちも斬り付けられると痛がって赤い血を流すんだよ。私と一緒。それを見ると安心するんだ」


 とっておきの宝物を自慢するような明るい口調。芳朝の表情も口調と同様に輝いている。

 だが、芳朝の笑顔は俺に馬乗りになったまま「お揃い」と言った時のように、孤独の色が潜んでいた。

 俺はお茶の入ったコップを傾ける。

 芳朝は自身が置かれている状況を正しく認識している。話をする限り論理的に物事を考えるだけの知性や理性もある。

 だからこそ、芳朝は微妙に〝ズレ〟たのだろう。


「なぁ、俺の事を化け物だと思うか?」

「赤田川君は間違いなく人間だよ。だって、私に斬られた時に傷を痛がったし、赤い血も流したもん」


 何を当たり前のこと聞くんだと言わんばかりに、間髪入れずに答えが返ってくる。強く断言するその口ぶりは異論の一切を認めないという固い意思が篭っていた。


「なら、芳朝は人間か?」

「赤田川君が人間なんだから、私も人間だよ。お揃いなんだからさ」


 変なの、と芳朝は笑い、話を打ち切る。

 俺だって、何も芳朝を化け物呼ばわりするつもりはない。

 だが、芳朝は化け物呼ばわりされ続ける事で過去の記憶を持つ自分が人間というくくりに収まるかどうかの自信が持てなくなったのだろう。

 だからこそ、芳朝は自身を化け物呼ばわりする者達を人間と定義して、襲ったうえでの反応から人間は傷つけると痛がり、赤い血を流すという共通項を抽出し、自傷行為に及ぶことで同一化を図ったのだ。

 芳朝の背景を理解してしまうと、俺も襲われた被害者ながら抗議するのに抵抗を覚えてしまう。真に抗議すべき相手は芳朝をここまで追い込んだ町の連中のような気がしてならないからだ。

 芳朝も前世の記憶に今世を台無しにされている、俺の同類だ。

 だからこそ、言わなければならないだろう。


「芳朝、俺たちの転生は計画的なものかもしれない」


 俺が話を切り出すと、芳朝はきょとんとした顔で見つめ返してきた。

 しばらく俺を見つめていた芳朝は首を傾げる。


「どういう事?」

「異世界からの魂は、記憶を消去されないまま生まれ変わり続ける可能性があるってことだ」


 あくまでも可能性だが、芳朝に真剣に考えてもらうためにも脅す。

 芳朝の顔からみるみる血の気が引いていった。


「ちょっと待って、それってどういう――」

「俺もまだ調べ始めたばかりで何もわからない。ひとまず、順を追って説明する」


 俺は鞄から新聞記事のスクラップ帳を取りだし、テーブルの上に広げる。


「何それ?」


 怪訝な顔をする芳朝に、俺は説明する。


「精霊研究者、バランド・ラート博士の殺害事件に関する新聞記事の切り抜きだ。俺が泊まろうとした宿で殺害されて、俺と店主が第一発見者になった」


 興味深そうに新聞記事を覗き込んだ芳朝はざっと記事に目を通し、首を傾げた。


「精霊研究の第一人者バランド・ラート博士暗殺、犯人は精霊信仰者か……。私たちと関係があるように思えないんだけど」

「新聞記事はバランド・ラート博士の人物像を知るために集めている側面が強いからな」


 新聞記事から読み取れるバランド・ラート博士の人物像は、著名な精霊研究者であり、軍に所属している凄腕の魔術師という事くらいのものだ。

 まだ事件発生から十日ほどしか経っていない。新大陸に来るまでに船の上で過ごした三日間を除けば、俺の手元にある新聞記事は事件発生から七日目までの物だ。続報に期待、というところだろう。

 芳朝が新聞記事を読み終わったのを見計らって、俺はバランド・ラート博士の臨終の言葉を伝える。


「異世界の魂が新大陸にあると分かったのに……こんなところで。これが俺の聞いたバランド・ラート博士の最期の言葉だ」

「異世界の魂。それで私のところに来たの?」

「理解が早くて助かる。それで、バランド・ラート博士との面識はあるか?」


 新聞記事を読んだ時の反応からおおよその予想は出来ていたが、芳朝はあっさりと首を横に振った。


「聞いたこともないよ」


 やはりか。

 とはいえ、振り出しに戻ったと判断するのは早計だ。バランド・ラート博士の言葉から考えても、彼は異世界の魂と接触することなく失意の内にこの世を去っている。芳朝と面識がない方がむしろ自然なくらいだ。

 まずはこの町でバランド・ラート博士の目撃証言などを当たってみる必要がある。

 これからの方針を考える俺に、芳朝が真剣な顔で声をかけてきた。


「この転生の秘密を探るの?」

「そうしないとおちおち死ぬこともできないからな。芳朝はどうする?」


 本音を言えば、彼女には協力してもらいたい。

 俺は人と話すのが苦手だ。それは俺の死が人間関係の喪失に直結し、どうしてもあの強烈な喪失感に身構えてしまうからだ。

 だが、俺と同じく前世の記憶を有する芳朝となら、うまく話せている。

 それは、今世の記憶を残したままの次の転生があるかもしれないと思えるからだ。俺が死んでも芳朝が死んでも、記憶を持ち続ける限りこの関係は終わらない。

 他の人とは違い、俺と芳朝は前世の記憶を有したまま転生した実績があるから、死んでもこの人間関係が終わらないという希望を強く持っていられるのだ。

 おそらく、喪失感に身構え続ける俺では証言を集めるための聞き込みを上手くできない。この点を芳朝に補ってもらえればありがたい。

 芳朝は悩んでいるようだった。

 だが、最初から結論は出ている。

 芳朝は前世の記憶を有したまま転生し続ける事と人間の枠組みから外れて化け物になる事を同一視している。

 人間でいたいと考える芳朝にとって、この転生の根本原因を潰さなければ化け物へと近づくために生を重ねることにもなりかねない。

 芳朝は「嫌な人生」と呟くと顔をあげて俺を正面から見つめた。


「協力するよ。またこの記憶を持ったまま生まれ変わるのは嫌だから――」


 芳朝の言葉は、唐突に外から響いてきた轟音にかき消された。

 一瞬の硬直の後、俺たちは一斉に立ち上がって耳を澄ませる。


「……遠い」


 硬い物を破壊するような轟音が響いてくる方角に見当をつけ、俺は芳朝と一緒に窓に取りついた。

 森の木々の向こうに煙が上がっているのが見える。


「あっちは確か、デュラがある方角だったはず」


 俺の呟きに頷いた芳朝は遠目に煙を見つめる。


「魔物襲撃時の避難指示に使う狼煙だよ」


 芳朝は顔を顰め、リビングの奥にある昇り階段に向かう。


「どうするんだ?」

「町の地下通路の出口で避難してくる人たちを待ってから、一緒に近くの港町に避難する。赤田川君も用意して」


 町の様子は分からないが、見に行くわけにもいかない現状では芳朝の判断が正しいだろう。

 町が魔物の撃退に成功すれば、俺たちは地下通路の出口で待ちぼうけを食わされることになるが、何もないのならそれが一番だ。


「分かった」


 俺は芳朝の案に賛成して、荷物に手を伸ばした。


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