第九話 会議という名の押し付け合い
作戦会議と言われても、俺には百人規模の人間がどう動くかなんて想像がつかない。
開拓団を率いているドランさんやリーゼさんならば有用な意見も出るだろうと、自然と視線が竜翼の下開拓団の二人組に向かう。
ドランさんが頭を掻いた。
「とりあえず、今回の偵察任務の詳細から洗い出したらどうだ?」
ドランさんの意見を受け入れて、ロント小隊長が部下に指示を出して会議机にデュラの市街地図を広げる。
「今回の任務は威力偵察だ。デュラに潜入し、門を退路として確保したうえで戦闘を行う。ギガンテスが三体以上集まった時点で偵察を終了してデュラの外へ撤退する。これを北門、西門、南門で一日ごとに行う」
デュラの中にどれほどの魔物が巣食っているのかはまだわからない。
キリーの依頼で忍び込んだ際には首切り童子の他に二体のギガンテスを確認している。他にも相当数が潜んでいそうだ。
デュラの町中に木霊するギガンテスの雄たけびを思い出し、ゾクリとする。
今回の威力偵察には、精霊人機でしか対応ができない大型魔物ギガンテスが集まるまでの平均時間を割り出して、奪還作戦に生かす目的がある。
また、魔物の数が多すぎる場合は付近の村や町に避難を呼びかけたり防衛強化を行う必要が出てくる。
「そろそろデュラの町にあった備蓄食料も食い尽くされた頃だろう。今日遭遇したギガンテスも食糧を見つけるべくデュラを出たと考えられる」
ロント小隊長が締めくくり、凄腕開拓者二人に視線を移す。
「あのど素人共に三日の連戦は可能か?」
「フルメンバーでは無理でしょうな。そもそも、一日目で飛び出し、死ぬ輩も出るでしょう」
だろうな、とロント小隊長が同意する。
素人開拓者の数は二十六、凄腕二人と俺、芳朝を加えて三十名が歩兵としての開拓者だ。
まぁ、俺と芳朝は騎兵みたいなものだが、この場で言う歩兵は大型魔物を相手に出来ないという意味だから間違いではない。
「素人の数は二十六。十人までなら欠けても使い道はあるが、それは戦う意思が残っている場合だ。何人までなら、死んでも戦闘を続行できると考えられる?」
ロント小隊長がどぎつい質問をする。
凄腕開拓者は首を横に振った。
「三人が死亡か重傷を負った時点でかなり萎縮するでしょうな。五人倒れれば闘志は折れる」
「隊列を一列並びにすればどうだ? 端の状況が分からなければもう少し耐えられるだろう」
「実力がない以上、一列に並べても物の役には立ちますまいよ。分断後、各個撃破でしょうな」
ゴブリンに列へ割り込まれて動揺し、次々と倒されていく素人開拓者たちの光景がありありと浮かんできて、俺は思わず顔を顰める。
その時、芳朝が片手をあげて発言許可を得た。
「二つ質問があります。現時点で彼らはゴブリン一体を何人で倒せるのか、それとロント小隊に銃は配備されているか、です」
芳朝の質問に、凄腕開拓者は四対一で素人開拓者の勝利、三人では上手く近づくことができずに時間がかかるだろうと答えた。
ロント小隊長が首を振る。
「精霊人機用の銃ならば配備されているが、人間が扱う銃は三丁あるだけだ。いずれも精霊人機の操縦者が持っている」
聞けば、精霊人機が故障したり破壊されたりした場合に精霊人機から降りて魔物の群れの中を切り抜けて逃走を図るために、操縦士は銃を携帯しているらしい。操縦席に持ち込める大きさの武器が限られるため、銃の他にはナイフがあるという。
素人開拓者への貸し出しは出来ないとの事だった。
銃があれば即席でも戦力になるのだが、芳朝の目論見は外れたらしい。
しかし、素人開拓者とゴブリンの戦力比を出したことには効果があった。
ロント小隊長が凄腕開拓者に視線を向ける。
「あの素人どもは四人まとめて最小単位として運用するとして、問題は配置と指揮官だ。手は足りているのか?」
「素人共はこちらの指示に聞く耳を持ちませんので、指揮官が何人いても無駄でしょうな。今回の戦闘でも命の危険をさほど感じなかったでしょうから、魔物をなめてかかっている節もあります」
「明後日の偵察任務次第か。配置について意見のある者は?」
ロント小隊長が見回すと、竜翼の下開拓団の二人が視線を逸らした。
しかし、ロント小隊長の副官が発言する。
「前線に置くよりも側面に置く方がよいでしょう。威力偵察任務ですからどうしても魔物を相手に背中を晒す撤退戦が含まれます。前線に素人を置くと撤退しながらの反撃は出来ません」
撤退戦を行う際に前後を反転して動くなら、素人開拓者が殿の形になってしまう。右、ないし左に回りながら反転すれば別だが、今日の動きを見る限り素人開拓者は隊列を維持しての方向転換は出来ない。
副官の言う事は理に適っていたが、側面に配置するとお守り役になるのが竜翼の下開拓団だ。
竜翼の下の団長ドランさんがたまらず口を挟む。
「まてまて、そもそもあいつらを今まで前線に配置していた理由を思い出せ。貧弱で使い物にならないからだろ。もしも抜かれてもロント小隊の歩兵隊が食い止める二段構えで安心できたからだろ。側面に配置したら誰が討ち漏らしの処理をするんだ」
竜翼の下開拓団は精霊人機を二機所有する開拓団だ。小型魔物や中型魔物に対しては開拓団の戦闘員が打ち漏らしを処理する形を取っている。
竜翼の下の精霊人機は守備に重点を置いた仕様であり、魔物を殺すことには向いていない。鈍重なため距離を取られると接近も難しい。
そんな精霊人機の欠点を戦闘員との密な連携で補っている。
事情を知らないわがままな素人開拓者を連携に組み込めるはずがない。
ロント小隊長がため息を吐いた。
「分かっている。しかし、我が小隊に至っては兵の実戦経験さえ乏しい。その点、竜翼の下は戦闘員に至るまで経験豊富だ。なんとかできないか?」
「無茶言ってる自覚があるならよしてくれ。側面に配置するくらいなら殿に置いた方が良い。今回の任務に限って言えば戦闘を極力回避できる配置で、撤退時にも安全だ。至れり尽くせりだろうが」
「それこそ無茶だ。殿に連中を置けば撤退時の動きが大きく出遅れる。前線にギガンテス三体以上がいる中で撤退の遅れが何を意味するかなど、開拓団を率いる君が分からないはずはあるまい」
ロント小隊長にぴしゃりと跳ね除けられて、ドランさんが悔しそうな顔をする。
予想していた事だが、会議の内容が足手まといの押し付け合いになっている。
素人開拓者をどう使うかという議題だったはずなのだが……。
リーゼさんが発言の許可を得る。
「側面に配置するとしても、場所は車両横やや後方にしてください。我々竜翼の下は車両横前方の敵に対処しつつ、後方へ戦闘員を並べ、車両と開拓者を守る形で陣を組みます」
リーゼさんの言葉にようやく配置が決まったかとロント小隊長は肩の荷が下りたような顔になる。
ドランさんが腕を組んでため息を吐いた。
「守るとは言ったが、守り切れるとは思わない。戦闘員を薄く長く配置する以上、討ち漏らしがかなりの数で素人共に襲い掛かるだろう。一回の戦闘で半数は死ぬかもな」
暗い予想を立てるドランさんを一瞥して、ロント小隊長は考え込む。
不意に俺へ目を向けたロント小隊長が声をかけてきた。
「索敵に当たっている間、何度か魔物と交戦していたな」
「えぇ、ギガンテスが出るまではこちらで処理していました」
基本的には十匹程度の小規模なゴブリンの群れやせいぜいゴライアが一体混ざっている程度の集団だ。
ロント小隊長の目が光る。
「二人でゴライアとゴブリンの混成群を相手取れるんだな?」
あ、これはまずい流れだ。
確かに、俺と芳朝が揃っていればゴライアとゴブリンを相手に出来ない事もない。それは森の中だけでなく、デュラのような市街戦でも同じだ。
しかし、それは俺と芳朝の二人だけの場合に限る。
「精霊獣機の機動力があるからこそ、距離を開けながら混成群を相手に出来ます。ですが、素人開拓者を守りながら戦うのは無理ですね」
「守る必要はない。車両の左右を見張り、適度に手を貸すだけで構わない。優先順位はゴライアの撃破、次いで十匹以上のゴブリンがやってきた場合の援護だ。できるかね?」
できるかできないかで言えば、できる。
隣の芳朝を見ると、彼女は諦めたように頷いた。
会議机を囲む他の面々も全員で説得する構えを見せている。
「……善処しましょう」
俺も諦めて、ロント小隊長の命令を承諾した。
ロント小隊長が会議の終わりを告げる。
「ご苦労だった。各人、よろしく頼む」
苦労するのはこれからだけどな、と言いたくなるが、俺は口を閉じたまま一礼し、芳朝と一緒に天幕を出る。
入り口の側に駐機していた精霊獣機にまたがり、これ以上注文をつけられないうちに天幕を離れた。
肩越しに天幕の様子を見ると、凄腕開拓者の二人がロント小隊長と話しているのが見えた。
明日以降の行軍に関しての話をしているらしい。
俺たちの場合、明日も索敵を行うことが決まっているので話に加わる必要はないだろう。
さっさと天幕を離れてディアの角とパンサーの尻尾に布を張る。
完成した簡易テントの中に入って、俺はごろりと横になった。
ディアの角を挟んだ向こう側で、芳朝がパンサーの背に寝転がる音が聞こえる。
「キリーのお父さんが睨んでたの見た?」
「いや、気にしてないからな」
嘘だ。天幕を出た直後から気付いていた。
よくもまぁ、あれだけ鋭利な眼つきができるものだ。
もっとも、俺たちを睨みつけていたのはキリーの父親だけではない。
「明後日からはあいつらのフォローが仕事になるんだ。仲良くすることは無理でも、衝突は避けよう」
なるべく波風立てない温和な解決手段を提示したのだが、芳朝は何がおかしいのかくすくすと笑い声をあげる。
「仲良くしろって言わないのね」
「無理だからな」
「キリーの依頼を受けた頃なら、何とかしようと動いていたでしょ?」
芳朝に指摘されるまでもなく、自覚している。
俺は諦めたのだ。
デュラの人々と仲良くするのは到底無理だと、かつて郊外に一軒家を立てて引き籠った芳朝と同様に、諦めたのだ。
芳朝がディアの角に掛かっている布をさらに押し上げて隙間を作り、俺の方を覗き込んでくる。
「赤田川君、引き籠りの世界へようこそ。ゲームにする? 漫画にする? それともネット?」
「どれもこの世界にないだろうが」
突っ込みを入れると、芳朝は嬉しそうに頬を緩める。
「そっちに行ってもいい?」
俺と芳朝の間仕切り代わりになっているディアの黒い角を指先で叩いて、芳朝が首を傾げる。
「駄目だ。狭すぎる」
「だよねぇ」
ディアの背中もパンサーの背中も二人で寝転がれるほど広くない。
芳朝はさして残念に感じていないような軽い口調で納得すると、布を元に戻して顔を引っ込めた。
「……ちょっと安心したかな」
芳朝が呟く。
何に安心したのかは、聞かなかった。




