第八話 デュラへの行軍
素直に使い潰されてやるいわれもない、と俺は芳朝と並んで偵察部隊に先行し、進路上や左右の森を警戒する。
偵察部隊とはいえ総勢百を超え、精霊人機が五機もあるため非常に目立つ。
魔物はひっきりなしにやってきた。
精霊人機が五機揃っている時点で中型魔物は歯牙にもかけないのだが、奇襲を受けると素人開拓者が死んでしまいかねないため、俺と芳朝は早期の敵発見に全力で当たっていた。
本日六度目の鳴き声をディアがあげ、続いてパンサーが唸った。
「北か。芳朝、連絡を頼む」
「了解」
芳朝が魔物の発見を知らせるために火の魔術ファイアボールを上空に打ち上げる。
俺はディアを操作して北に向かった。
森の木々を掻き分けて進むと、魔物の群れを発見する。
小型魔物ゴブリンの群れだ。二十匹ほどいる。
この数のゴブリンが群れているという事は、近くに上位者であるゴライアかギガンテスがいる可能性が高い。
ギガンテスの巨大な足音はしない事から、近くにいるのはゴライアだろう。
俺は一時離脱して、ディアの索敵範囲と精度を変更する。
中型以上の魔物にのみ反応するように変更した索敵魔術で周囲を探ると、反応があった。
肩にかけていた対物狙撃銃を下ろし、スコープを覗き込む。
幹に小指をぶつけて呻いているゴライアを発見した。少し同情しつつ、隙だらけのゴライアの眉間に照準を合わせて引き金に指を掛ける。
いま楽にしてやろう。
ゴライアの眉間を打ち抜き、絶命させる。
発砲音にゴブリンたちが慌て始めた。
直後、芳朝がゴブリンの群れに銃撃を加え、三匹仕留めて離脱する。
芳朝の奇襲を受けたゴブリンがさらに混乱し、四方八方へ逃げ惑う。
こうなってしまえばもうこちらのものだ。
芳朝と手分けしてゴブリンを殲滅した後、生き残りがいないかを索敵魔術で調べ、戦闘終了の合図を送った。
偵察部隊から水の魔術、ウォーターボールが上がる。了解と索敵続行の合図だ。
「今のところ戦闘を経験しているのは私たちだけね」
「第一発見者が俺たちになると、どうしてもな」
大型魔物であるギガンテスが出てくれば俺たちの手には負えなくなるが、ゴライアやゴブリンだけなら偵察部隊が来る前に片付けてしまえる場合がほとんどだ。
特に、森の中は芳朝のパンサーと相性がいいため、ゴブリンなどは抵抗もさせずに殲滅してしまえる。
問題は射線確保が難しい俺の対物狙撃銃だが、ゴライアのような中型魔物は森の中で動きが制限されがちで、索敵魔術で先に発見してから狙撃の機会を待てば何とかなってしまう。
したがって、俺と芳朝ばかりが撃破数を稼ぐ形になっていた。
今回の任務はあくまでもデュラの偵察であるため、戦力を維持しなければならない。だから道中は俺たちで積極的に魔物を狩れとロント小隊長から指示もでている。
「でも、一回くらいは組織だった戦闘を経験しないと、デュラでの偵察任務中に前線に配置されてるデュラの人たちが死にそうなんだよな」
圧倒的な経験不足が見て取れるデュラの人たちを思い出して心配していると、芳朝が首を横に振った。
「死にそうだからこそ、今は戦いを避けた方が良いの。凄腕の開拓者がいま行軍にかこつけて隊列訓練しているから、訓練が終わるまで戦闘は禁物よ」
隊列訓練で少しは様になるのだろうか。
不安が顔に出ていたのだろう、芳朝は「心配性ね」とため息を吐いた。
「別に、戦う力はつけなくてもいいのよ。逃げる訓練ができてればそれでいいの。大型魔物でない限りは私たちや精霊人機で食い止められるんだから」
「最初から戦闘力には期待してないのな」
「期待できるわけないでしょ。精霊獣機が無かったら、私たちも大して変わらないか、酷いくらいよ」
否定できない。
俺が痛む右足をさすっていると、芳朝が身を乗り出して俺の右太ももに手を置いた。
「……また痛むの?」
「我慢できる程度だ。索敵を続けよう」
芳朝の手をどけて、俺はディアを進める。
しばらく鳴りを潜めていた右足の幻肢痛の発症頻度がこの数日間で急激に増していた。
記憶をさかのぼると、幻肢痛の発症頻度が増えたのはキリーの一件があってからだ。
芳朝と出会ってからは少しずつ発症頻度が下がっていたのだが、なぜ今になって増えたのか、俺にも分からない。
芳朝も俺の幻肢痛の頻度が増えている事に気付いているらしく、心配してくれている。
不意に、芳朝が偵察部隊のいる方角を見た。
「キリーの父親も参加してたね」
「……あぁ」
宿の前で俺と芳朝に水を浴びせた中年男、キリーの父親が偵察部隊の開拓者に混ざって前線に配置されているのは見た。
子供のいる身でこんな依頼に参加するなと言いたいが、どうせ聞く耳など持たないだろう。
彼ら素人開拓者は軍と行動を共にして数日戦闘に参加するだけの安全な依頼だと思っているのだから。
実際にはロント小隊長から単なる人間バリケード程度にしか思われていない事など知る由もない。
一度街道に戻って反対側の森を調べようとした時、パンサーとディアが同時に警告音を鳴らす。
また魔物だ。
俺はディアの前足を上げて後ろ脚だけで立たせ、その場で反転する。角が大きいディアは幹にぶつかって音を出すため、斥候中に森の中で即反転するにはちょっとしたコツがいるのだ。
「上手になったね」
「もっと褒めてくれてもいいぞ」
「……まって、足音が聞こえる」
芳朝が瞼を閉じて耳を澄ます。
俺も芳朝に倣って耳を澄ますと、微かに足音が近付いているのが分かった。
ディアとパンサーの索敵に引っかかった直後から足音が聞こえるという事は――
「大型魔物か。芳朝、戻るぞ」
「分かった」
大型魔物の接近を警告するため、俺は芳朝と一緒に上空へファイアボールを放つ。二つ並んで打ち上がった火球に、偵察部隊から了解のウォーターボールが打ち上がった。
すぐにディアとパンサーの全速力で偵察部隊に戻る。
行軍中も魔物を警戒して起動状態だった精霊人機が、大型魔物が来る西に向けてハンマーや盾を構えている。
大型魔物が来ると分かっている以上、その方向に向けて陣形を組み直すのは当然だ。
しかし、素人開拓者の移動があまりにも遅すぎる。
後方の整備車両の助手席に座っているロント小隊長がイライラしてこめかみを指先で叩いているのが見えた。
「ちょっと酷過ぎるね」
遅々として進まない陣形の組み直しを眺めていた芳朝が嘆息する。
奇襲を受けたわけでもないのに浮足立った素人開拓者たちは、誰が誰の隣で武器を構えるかで混乱している。
足並みがそろっていないために隊列を維持したままの移動や方向転換ができておらず、移動中に人の並びが入れ替わってしまったのが原因だろう。
凄腕開拓者が走りまわって一人一人の位置を正す姿は、まるで牧羊犬だった。
小学一年生の行進でもここまでひどい事態にはならないはずなのだが、ただでさえ我が強いデュラの住人はこの依頼が故郷奪還の布石になるため非常に士気が高く、さらには初の戦闘とあって手柄を立てやすい位置に出ようと突出しかけている。
芳朝の言う通り、酷過ぎる状況だ。
整備車両でロント小隊長が俺たちを手招いているのが見えて、芳朝と一緒に駆け寄る。
助手席の窓から苦い顔で前線の素人開拓者たちを見ていたロント小隊長は、近くに来た俺にすぐ指示を出してきた。
「後方と側面の索敵をしろ。大至急だ。問題が無ければ竜翼の下を前線に出す。同業者の死体が見たくなければすぐに動け」
「感謝します」
俺が即答すると、ロント小隊長は面食らったようにこちらを見る。
気にせずに、俺は芳朝に向き直った。
「右回りで頼む」
「赤田川君は左回りだね、分かった」
手分けして側面と後方の安全を確認するべく、俺は芳朝と整備車両横で別れ、ディアの速度を上げる。
左側面に反応は無し、後方に回り込んで芳朝と合流し、左右側面および後方に魔物がいない事を確認してすぐに報告の合図を上げる。
整備車両から了解のウォーターボールが打ち上がり、待ってましたとばかりに竜翼の下の精霊人機二機が車両側面から走り出した。
竜翼の下の精霊人機バッツェとガンディーロは重装甲かつ重武装であるため鈍重だが、ギガンテスの襲撃には間に合った。
巨大な盾を前面に構え、半身となったバッツェが睨む先にギガンテスが現れた。
精霊人機を発見したギガンテスが雄たけびをあげ、雑草でもむしるように傍らの木を引き抜くと投げつける。
人など簡単に圧殺できる大木の投擲に素人開拓者が一斉に悲鳴を上げた。
しかし、竜翼の下は防衛に定評のある開拓団だ。
精霊人機バッツェは飛来する大木を盾で受け止め、神経質なまでに調整を施された腰部と脚部の繊細な動きであっさりと威力を殺す。
バッツェの前に大木が転がった。
「凄いな。なんだあの動き」
魔導工学の粋を集めた精霊人機といえど、大質量の飛来物をいなせるほど微細な動きはなかなかできない。操縦者の技量以前に、精霊人機の構造上、どうしても動きの硬さが取れないからだ。
バッツェの操縦者の腕は確かだが、それ以上に精霊人機の調整が巧みだ。
最初から半身で飛来物を受け止めるために脚部のトー角を弄って足の踏ん張りを利きやすくしてあり、キャンバー角の調整を行う事で反応が多少遅れても足を開きやすくしてある。
道理で鈍重なはずだ。あの脚部の調整は走り回って攻撃するためのものではなく、その場に陣取って長く防衛するために設定されている。
続けざまにギガンテスが投げてくる大木は同じく竜翼の下の精霊人機であるガンディーロが盾で受け止めて威力を相殺し、前に転がした。
竜翼の下が前線にいるだけで、まるで竜の庇護下にいるような安心感がある。
ギガンテスに気を取られている間に、森からゴブリンが走り込んできた。
竜翼の下があっさりとギガンテスの攻撃を防いだこともあり、素人開拓者は安心してゴブリンに向けて武器を構える。
しかし、素人開拓者のさらに前にいるロント小隊の精霊人機三機がハンマーを振り下ろしてゴブリンを片端からミンチにした。
ロント小隊の精霊人機は三機とも目立った特徴のない扱いやすい機体だ。肩に刻まれた機種名と型番が唯一の違いで、三機とも見た目も変わらない。軍用であるため、開拓団が使うような特異な物ではなく、平均化されているのだろう。
だが、開拓団の操縦者とは動かし方がまるで違った。
無駄のない連携と戦闘ではなく作業をしているのではないかと思わせる安定した動き、おそらくは幾度となく反復練習しただろう型を用いてスムーズに精霊人機を動かし、関節の疲労を蓄積させない。
生身の人間よりもはるかに動きが硬い精霊人機に合わせて考案された武術を使い、精霊人機では対処が難しいはずのゴブリンを適度につぶしながら、時折混ざっている中型魔物ゴライアをハンマーで殴りつけて叩き殺す。
前線に配置されている素人開拓者の一団にたどり着けるゴブリンは五匹に一匹程度、ゴライアは確実に精霊人機が殺している。
同士討ちを避けるため、開拓者の一団に近付いたゴブリンまでは攻撃できないが、それでも精霊人機による攻撃は確実に魔物の勢いを減らしていた。
辿り着いたゴブリンも素人ながら三十人の開拓者に対して一匹か二匹で抗えるはずもなく、さりとて逃げ出せば精霊人機に殺される。
戦闘は三十分ほどしてギガンテスの逃走をもって終了した。
素人開拓者の一団に辿りつけたゴブリンの数は七匹、精霊人機に殺された数は把握できない。
ゴライアも十匹ほどが精霊人機に殺されたようだ。
ロント小隊長が魔物の死骸を片付けるよう命じ、素人開拓者が文句を言いながら死骸を一か所に集める。
死骸を燃やした後、しばらく行軍した偵察部隊は早めの野営を始めた。
目標の三分の二程度しか進んでいないにもかかわらず、ロント小隊長が野営を決めたのは素人開拓者たちの体力を考えたからだろう。
テントを買う金もないのか、それとも運ぶ余裕がないのか、素人開拓者たちが寝袋を地面に直置きして寝転がる中、ロント小隊は天幕を張っていた。
俺は芳朝と相談して開拓者の集団からやや離れたところで精霊獣機を駐機状態にして、早めの夕食を摂る。
今回の戦闘は俺と芳朝が早期にギガンテスを発見したことが決め手となって人的被害を素人開拓者二人の怪我だけで済ませる事が出来た。
しかし、デュラへの威力偵察を始めた場合はどうなるか、想像に難くない。
「想像以上の被害がでそうだな」
俺が暗鬱とした気分で呟くと、自分で作った食事をまずそうに食べていた芳朝が頷く。
芳朝の食事は相変わらずおいしいのだが、明日の素人開拓者の末路を考えると味が分からなくなってくる。
「威力偵察は私たちの索敵が機能しても戦闘しないと意味がないし、悲惨なことになるだろうね」
もそもそとパンを齧って、芳朝がため息を吐いた時、後ろから声を掛けられた。
「二人とも、ちょっと来てくれ」
竜翼の下開拓団団長ドランさんがそこにいた。
この期に及んでまだ勧誘してくるつもりかと警戒すると、ドランさんは深刻な顔で素人開拓者を一瞥し、俺たちに向けて静かにするよう唇に立てた人差し指を当てて指示してくる。
「ロント小隊長が呼んでいる。明日以降の作戦を練りたいそうだ」
「……ロント小隊長もデュラの避難民を見て危機感を持ったという事ですか」
「壁の役にも立たないと判断したんだろうね」
芳朝が辛口ながら真実を口にした。
俺は芳朝と一緒に立ち上がり、精霊獣機にまたがる。盗まれるようなものではないが、デュラの連中にいたずらされないとも限らない。
ロント小隊の天幕に着いて、精霊獣機を入り口の前に停めた俺は、ドランさんの後に天幕へ入る。
天幕の中にはロント小隊長とその副官、さらに竜翼の下副団長リーゼさん、素人開拓者を率いている二人の凄腕開拓者が待っていた。
ドランさんがリーゼさんの横に座る。
ロント小隊長が向かいの席を指差した。
「君たち二人はそこに座りたまえ」
俺は芳朝と並んで席に着く。
ロント小隊長が簡易の会議机に両肘を突き、手を組む。
芳朝が俺の耳に桜色の唇を近づけ、囁く。
「ゲンドウのポーズだよね、あれ」
「始まったな」
会議が、ね。
俺たちの内緒話でネタにされているとも知らず、ロント小隊長が口を開く。
「アカタタワとホーアサだったな。お前たち二人の索敵能力は評価している。特に、先ほどの戦闘ではよく働いてくれた。感謝する」
感謝なんてされると思わなかった。
俺の中でロント小隊長の株が上がる。
ロント小隊長が会議机を囲む面々を見回して、ため息交じりに呟く。
「正直なところ、使える開拓者はここにいる者だけだ。他の連中は足を引っ張っている」
素人開拓者を率いている凄腕二人が悔しそうな顔で歯噛みする。君たちのせいではないとロント小隊長がフォローした。また俺の中で株が上がる。これは買いだな。ショートで。
このまま作戦を継続すれば素人開拓者が全滅する恐れがあるとロント小隊長は語り、反論はあるかと周囲を見回した。
あるわけがない。素人開拓者の全滅だけで済めばいい方だ。前線が瓦解して混乱した素人開拓者が四方へ逃げ出し、それを避けようとした精霊人機が転倒したり、後方の車両組をかき乱して組織戦が不可能になる事も有り得る。
そうなれば、偵察部隊そのものが全滅しかねない。
全員が同じ予測を立てている事にロント小隊長はため息を吐いた。同業である開拓者から見ても不良物件ばかりの素人を集めたことを後悔しているのだろう。
募集条件を絞ればよかった、とロント小隊長は呟いて、顔を上げる。
「――明日以降の作戦についてこの場で会議がしたい。君たちの意見も取り入れる。積極的に発言してくれ」




