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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第二章  だから、彼も彼女と諦める

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第六話  諦念の芽生え

 借家に帰って扉を閉め、町を流れる空気を締め出す。

 静かな借家に入り、芳朝に声を掛ける。


「……風呂に入って体を温めろ」

「赤田川君の方が水を被ってたでしょ」

「俺は水を被っただけだ。だから先に入っておけ」


 リビングに入って、照明として備え付けられている魔導核に魔力を通す。

 鬱陶しいほどの明かりがリビングを照らし出して、思わず顔を顰めた。

 コーヒーを淹れる気分にもならず、俺はガレージに足を向けた。

 芳朝が着替えを持って二階の自室から降りてくる。


「温まったら、すぐに出るから」

「ゆっくり入ってろ。俺はディアとパンサーの整備をしてる」

「……分かった」


 二重扉を開けた時、すれ違いざまに芳朝が呟く。


「ぬいぐるみ、洗っておくね」

「あぁ……」


 俺はガレージに入って、ディアとパンサーを見る。

 デュラでの戦闘や首抜き童子からの逃走、道中での泥跳ねなどの汚れも目立つ。

 金属の外装甲には細かい傷がいくつも走っていた。

 濡らした布で泥をふき取り、内部も丁寧に清掃する。

 基礎骨格の歪みはないか、バネや各関節の摩耗状況を点検する。

 やはりというべきか、度重なる全力疾走の影響が随所に見られた。

 まだ交換が必要なほどではないが、予備も含めて部品の追加発注が必要になるだろう。

 発注が必要な部品を一覧表にまとめる。

 魔導銃の弾薬もそろそろ購入する必要がありそうだ。昨日今日の使用分はすべて無駄になってしまった。

 屋内とガレージを隔てる二重扉が開き、芳朝が顔を覗かせる。


「後はやっておくから、お風呂どうぞ」

「整備ならもう終わった。確認は明日にしよう」


 芳朝が開けてくれた二重扉をくぐり、俺は着替えを取りに二階へ上がる。

 もう外へ出る用事もないから、と寝巻を持って一階に下りた。

 キッチンから包丁を振るう音が聞こえてくる。

 芳朝が夕食を作ってくれているらしい。

 俺は脱衣所で服を脱ぎ、洗い物を入れるために用意している網籠へ放り込んだ。

 曇りガラスのはめ込まれた窓のそばに濡れそぼったぬいぐるみが乾かしてあった。

 拾ってきたキリーの母の形見だ。

 俺は目を逸らして浴室に入る。

 芳朝が入った後だから多少床が濡れていた。

 温水の魔術式が刻まれたこぶし大の魔導核に手を触れると、シャワーヘッドからお湯が流れ出る。

 キリーの父親らしき中年男に浴びせられた水のせいでごわついた髪を洗う。さっきは服を洗濯籠に放り込んだが、もしかするとシミになってもう着られないかもしれない。

 別にあの服に愛着があるわけでもないのだが、乾かしてあるぬいぐるみの姿を思い出すと捨てるに捨てられない気がした。

 ガレージでの作業着代わりに残しておこうか。

 体を洗って浴槽に張られた湯に浸かる。


「はぁ……」


 息と一緒に疲れを吐き出す。

 昨日今日と、我ながら盛大に空回ったものだ。

 浴槽の縁に頭を預け、天井を見上げる。冷やされた湯気が結露して、時折滴が落ちてきた。

 いつまで浸かっていても温まらない。

 諦めて、風呂を出る。

 寝巻に着替えた俺は首にタオルを掛けてリビングに入った。

 夕食の支度を終えた芳朝が新聞を広げている。


「隣、座って」


 ポンポンとソファの空間を叩く芳朝に言われるまま、俺は腰を下ろす。

 芳朝がソファに横向きに座り、肘置きに足首を乗せる行儀の悪い姿勢になり、俺の肩に背中を預けてくる。

 静寂に沈むリビングで、芳朝が新聞をめくる音だけがたゆたう。

 あっちへふらふら、こっちへふらふらと所在無げな音は断続的で軽薄だ。まぁ、新聞紙なんてそんな物だろう。

 その時、芳朝が唐突に新聞を丸めて部屋の隅へ放り投げた。いくら軽薄だろうと束になればそれなりに重みを増す新聞は壁にぶつかって情けない音を立てるとどさりと落ちる。


「やっぱり、赤田川君がいればいい」


 それだけ言って、芳朝は立ち上がった。

 キッチンに向かう芳朝は肩越しに振り返って手招く。


「早く食べて寝よう。この無駄な疲れをいつまでも引きずるのは癪だしさ」


 俺はため息を吐いて立ち上がる。

 芳朝の言う通りだ。

 骨折り損のくたびれ儲けなら、宵越しの銭を持つのは馬鹿らしい。



 翌日の早朝、俺は芳朝とガレージで精霊獣機の最終点検を行った後、ギルドに向かった。

 人でごった返しているギルド館に入り、職員が開拓者たちの対応に追われているのを横目に掲示板へ向かう。

 急募、デュラ偵察第一陣、リットン湖攻略隊ロント小隊より、と書かれた募集広告を見上げ、今朝の新聞記事を思い出す。

 以前予測した通り、首抜き童子を始めとしたギガンテスたちによって陥落したデュラを奪還する前段階として、偵察部隊が派遣されることになったという記事だ。

 偵察部隊の中核は主に開拓学校の今年度卒業者で構成されたロント小隊だ。小隊長であるロントという人物だけは実戦経験豊富な四十代の軍人らしい。引率者みたいなものだろう。

 今回のデュラ偵察任務は実戦経験に乏しい卒業したての新人に経験を積ませる意味合いもあり、安全を確保するためにギルドで人手を募集しているようだ。


「この報酬額は渋りすぎだろう」

「小隊長が動かせる程度の資金なんてこんなものなんでしょ」


 芳朝が募集広告を見上げてから周囲に視線を走らせる。


「報酬が少ないと思うのは私たちだけじゃないみたいだけどね」


 ロント小隊長の懐具合には同情するが、命がけで参加するには二の足を踏む報酬額だと考えているのは周りの開拓者も同じだ。

 難しい顔をして腕組みしている開拓者が何人もいる。どの人も開拓団を率いていそうな貫禄のある人たちだ。

 だが、デュラ解放につながるこの依頼を、諸手を挙げて歓迎している開拓者もいる。

 元デュラの避難民だ。

 もう少しで開拓者生活ともおさらばだ、と仲間と手を取り合って喜んでいる。

 デュラが陥落してから半年、開拓者としての活動中に命を落とした者もいる事だろう。

 できる事なら開拓者を止めたいと考えているデュラの避難民は多い。命がけだから無理もない。

 そんな彼らにとって昔の生活に戻るための第一歩である今回の依頼は朗報以外の何物でもないし、もしかすると参加を検討する者もいるかもしれない。


「もしかして、この依頼かなり不味い事になるんじゃない?」


 芳朝も俺と同じことを考えたらしく、眉をひそめて頷いた。

 経験豊富な開拓者や実力のある開拓団が参加を渋るこの偵察任務に開拓者歴半年程度のデュラの避難民が参加したとすれば、死亡率はかなり上がるだろう。


「ロント小隊長は経験豊富な軍人だって話だし、大丈夫だと思いたいけどな」

「軍人がギルドや開拓者をどう思っているかなんて分からないでしょう。捨て駒だとおもっていたら、参加した開拓者はかなり悲惨なことになるよ」


 芳朝の心配も分かるが、俺たちの参加は既に決まっているのだから、ここで何を言っても始まらない。

 俺たちを見つけて、係員が歩いてきた。

 俺と芳朝の会話が聞こえていたのか、顔が引きつっている。


「こちらへ来てください」


 引きつった顔のまま、係員がテーブルに案内してくれた。

 テーブルに着くと、係員は頭を抱える。


「勘弁してくださいよ、ほんと。アカタタワさんたちはただでさえ注目度高いんですから、募集広告に文句言わないでください」

「赤田川です。文句なんて言ってませんよ。相談していただけです」


 それに、俺たちが何か言ったとしても周りの開拓者は聞く耳持たないだろう。

 事実、デュラからの避難民と思われる安物の剣を引っさげた集団がデュラ偵察任務の募集に応募していた。

 見回した限り、開拓団を率いるような開拓者たちは様子見を決めたようだ。

 係員も俺と同じようにギルド内の開拓者の動きを見て、ほっと溜息をつく。


「お二人が同業者にも嫌われているという話は本当なんですね」

「そういう事あまり言わない方が良いと思いますよ」

「……失礼しました」


 係員は取り繕うように咳払いして、テーブルの上で手を組んだ。


「お頼みしていたデュラの各門における被害状況は確認してくださいましたか?」


 俺は頷いて芳朝を見る。

 芳朝は興味なさそうにしていたが、俺からの視線を受けてポケットから紙を取り出した。

 デュラ各門の被害状況を記したものだ。

 係員は芳朝から紙を受け取ると内容に目を通す。


「確かに受け取りました。申し訳ありませんが、これをお二人が調べたというのは内密にお願いします。偵察任務の参加者に知られると面倒事が起きそうなので」


 起きるだろうな、面倒事。

 俺と芳朝が持ってきた情報が本物のはずがない、くらいなら可愛い方だ。偵察部隊を危険に晒すために虚偽の情報を書いてあるに違いない、くらいはデュラの避難民なら平気で言ってのけるだろう。


「ギルドが参加者をふるいに掛けるんですか?」

「そうしたいのは山々ですが、デュラ避難民の方々は当日に押しかけてでも参加しそうな勢いなんですよね。プライドが高いせいか、根拠のない自信を持っている方も多くて……」


 係員がちらりとデュラの避難民を見てため息を吐く。


「アカタタワさんたちの情報は偵察部隊の進路の策定に使われると思います。ギルドとしては、どこかの有力な開拓団に声をかけて開拓者の被害を減らしたいと思っているんですが、受けてくれるところが見つかるかどうか……」


 ため息を零してばかりの係員は紙を片手に立ち上がった。


「上にこれを見せてきます。現地の話を伺いたいので、一緒に来てください」


 促されるまま立ち上がり、係員に付いて行く。

 通されたのはちょっとした応接室だった。ソファは安物だが、壁紙や絨毯はそこそこに高価な物だ。

 上司を呼んでくると言って出て行った係員を見送り、お茶もなしに待たされる。

 それぞれ持ってきた文庫本を読んでいると、ノックもなしに係員と上司が入って来た。

 構わず読み続ける。


「……お二人とも、お話を伺いたいのですが」


 恐る恐るといったように、係員が声をかけてくる。

 俺は片手を突き出して遮った。


「今いいところだからちょっと待って。もう少しで犯人が分かるから」

「ノックもなしに入ってくるような連中だし、ほうっておきましょう。私は後三十ページくらいで区切りがつくから、それまで待ってて」

「なら、俺は読み終えるかな」


 ページをめくるたび、探偵役の推理が進んでいく。

 犯人の名前が出る直前、俺の前に紅茶が入ったティーカップが置かれた。

 仕方なく、俺は文庫本を閉じる。


「ご質問をどうぞ」


 文庫本を膝の上に置いて、俺は係員を促す。

 お茶もお出しせず、すみません、と係員が頭を下げた。

 正直どうでもいい。

 係員が上司だと紹介したのは五十歳に手が届こうかという男性だ。

 男性は係員の不始末と無作法を詫びた後、いくつかの質問を投げてくる。

 質問の内容は主に、デュラにおける魔物の密度と分かる限りの道路状況、ギガンテスの数だ。

 精霊人機でなければ対抗できない大型魔物であるギガンテスについては繰り返し質問された。


「では、いまだに首抜き童子と思わしき個体がデュラに巣食っていると?」

「昨日出くわしたのが首抜き童子かはわかりません。指の欠損を確認している暇がありませんでしたから。ただ、ロックジャベリンを繰り返し使用していたのは確かです。魔力袋持ちとみるべきでしょうね」

「最悪の場合、魔術を使える大型魔物が二体以上いるのか。本格的に実力派の開拓団が必要だな」


 男性は腕組みをして唸る。

 頭の中では付近で活動している開拓団の名前が並んでいるのだろう。

 話が終わったようなので、俺は係員にデュラ偵察依頼へ参加したい旨を告げる。

 意外そうな顔をした係員は手持ちの紙束をめくって一枚の書類を取り出した。


「参加は可能ですが、あまりお勧めしませんよ? お二人はデュラの方々にも嫌われていますから」

「別にどうでもいいです。デュラの人たちに関しては諦めたので」


 ついでに言えば、この町の人々に対しても半ばあきらめつつある。

 俺や芳朝が何をしたところで、きっとこいつらは受け入れないだろうから。

 そう割り切ってしまうのはとても気楽で、芳朝が引き籠るのも分かる気がした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 周り狂人ばっかじゃん…これは病むわ。
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