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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第二章  だから、彼も彼女と諦める

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第五話  思い出の品

 首抜き童子が構えていたロックジャベリンを力の限り投擲する。

 轟音を伴って飛来したロックジャベリンが俺に向かってくるが、ディアの速度を調整して事なきを得た。

 俺は対物狙撃銃を肩に掛け直し、レバーハンドルを握る。

 攻撃が効かず、首抜き童子は戦意旺盛、じきに周囲の魔物も戦闘音を聞きつけてやって来るだろう。

 逃げる以外に手がない。


「赤田川君、逃走ルートはどうする?」


 芳朝が首抜き童子を警戒しつつ意見を求めてくる。

 一直線に西門を目指せば首抜き童子に逃走経路を読まれる可能性がある。

 しかし、遠回りをすると集まってくる魔物と出くわす可能性もあった。


「警戒すべきは首抜き童子の投擲だ。これだけの距離があれば、投げられてからでも避け切れる。一直線に西門に向かおう」


 過信するわけではないが、精霊獣機の足は速い。

 対して、人型の魔物は他の魔物と比べて足が遅い傾向にある。体高八メートルを越えるギガンテスはともかく、四メートル以下のゴライアやゴブリンであれば遭遇しても十分に逃げ切れるはずだ。

 芳朝が頷いて、通りを右折する。

 直線上にある瓦礫を超える際に速度が落ちることを嫌ったのだろう。

 俺も座りをずらしてディアの右折を補助して曲がり切る。

 距離が離れたためか、首抜き童子が追いかけてきた。中途半端な高さの二階建ての家はハードル走の要領で跳び越え、ある程度の高さの家はショルダータックルで突き崩し、一直線に追いかけてくる。

 苦い思いで後方を確認してから、前に向き直る。

 通りを曲がって臨戦態勢のゴライアが二体、現れた。


「芳朝、射線を開けてくれ!」


 迫ってくる破壊音を聞きながら、俺は対物狙撃銃を構える。

 芳朝が道の端にパンサーを寄せて俺の射線を確保してくれる。

 仕留める必要はないが、悠長に狙っている時間もない。

 立て続けに引き金を引き、二発ずつゴライアに撃ち込む。一体は上手く心臓を打ち抜けたらしく即死したようだが、もう一体はしぶとく立っていた。

 しかし、執念の光を宿したゴライアの目に銃弾が撃ち込まれる。

 芳朝がいつの間にか抜いた自動拳銃を連射したのだ。

 鍛えようのない目玉に銃弾を受けたゴライアがたまらず手で顔を覆い、たたらを踏む。

 そんなゴライアの横を俺と芳朝は高速で駆け抜けた。

 銃身が熱くなった対物狙撃銃を風に当てて冷ましつつ、俺は弾倉を交換する。

 全力で走行中のディアに騎乗したままの弾倉交換は風がもろに体に当たって振り落とされそうになるが、姿勢制御の魔術式が騎乗者である俺の体にも及んでいるためなんとか耐えられる。

 馬で言えば鞍に当たる部分を太ももで強く挟んで姿勢を保ちながら弾倉の交換を終えた俺は後方を確認する。

 顔を押さえたゴライアを避けるために減速した首抜き童子が忌々しげに俺たちを睨んでいた。

 首抜き童子の減速は大きく、俺たちは一気に距離を離すことに成功する。

 これで諦めてくれれば……。

 そう思った矢先、首抜き童子が息を大きく吸い込んだ。


「ガアアッ!」


 遠吠えに似た、長く低く響く声。

 首抜き童子の遠吠えを聞いた瞬間、全身を悪寒が突き抜ける。

 威嚇するための発声方法ではない事は明らかだった。今のは間違いなく遠くの何者かとやり取りするための声だ。

 芳朝が首抜き童子を振り返る。


「……もしかして、仲間を呼ばれた?」


 芳朝の問いに答えたのは、町の各所で上がる雄叫びだった。

 首抜き童子の遠吠えに呼応するかのような雄叫びは互いに木霊して数が分からない。

 しかし、片手に収まる程度の数でない事だけは確かだった。


「この雄叫びが全部ギガンテスだとしたら――」

「考えたくないな」


 芳朝の言葉をさえぎって、俺は後方の首抜き童子を確認する。

 雄叫びが返って来た事に満足したように、首抜き童子は鼻の穴を膨らませた。

 未だに顔を押さえて痛みを堪えているゴライアを押しのけた首抜き童子が走り出す。

 時速百キロは出てるんじゃないのか、アレ。足が長くてうらやましい。絶対肉食系だ。だって胴体短いし。


「首抜き童子にゴボウ食べさせてみたいね」

「虐待だって言われるぞ。現実逃避してないで急げ」


 自分の事を棚上げにしつつ、芳朝を急かす。

 実際のところ、現実逃避でもしないと頭が変になりそうだった。

 明らかにギガンテスの物と思われる巨大な足音が遠くから徐々にこちらへ向かって走ってくる音が聞こえるのだ。ご丁寧に自分の存在を誇示するつもりか、民家を破壊するような音も伴っている。


「見えた。西門!」


 芳朝の言葉に顔を向ければ、道の先に門が見えていた。

 門から南へ視線をずらすと破壊された防壁が瓦礫の山を作っている。デュラが陥落した日、南西から襲ってきたギガンテスたちに破壊されたのだろう。


「芳朝、門を出たら北へ抜けるぞ」


 防壁は元々大型魔物の襲撃を警戒して作られた頑丈な物だ。後ろからきている首抜き童子に一当てで破壊されるほど柔な造りはしていない。

 まだ防壁が形として残っている北西部分を盾にしつつ、森の中へ身を隠してデュラから遠ざかる作戦だった。

 ディアにしろパンサーにしろ、直線であれば首抜き童子に追いつかれることはない。

 ラストスパートとばかりに芳朝が速度を上げた。

 前傾姿勢で時折俺や首抜き童子との距離を測りながら、芳朝は西門への直線をひた走る。

 スパイク代わりにしているパンサーの爪が地面に食い込み、土を巻き上げ石畳の残骸を蹴散らす。

 西門付近で待ち伏せしていたゴブリンには目もくれない。

 パンサーの跳躍でゴブリンたちの頭上を抜けて、芳朝は西門をくぐった。

 俺はディアの頭を下げ、角を使った体当たりでゴブリンを蹴散らす。

 横合いから攻撃を仕掛けられようと、ディアの大きな角が盾となって俺の身を守る。

 蹴散らされたゴブリンが道端に転がったのを確認して、後方から追いすがる首抜き童子を振り返る。

 民家を問答無用で突き崩す首抜き童子はさきほど、芳朝の銃弾を目に受けたゴライアを弾き飛ばさず減速していた。

 なら、道端に転がるゴブリンを容赦なく踏みつぶしたり蹴り飛ばしたりはしないはずだ。

 俺の予想通り、首抜き童子は道端に転がる配下のゴブリンたちを踏み潰さないように減速する。


「芳朝、北の森へ入れ!」


 門の外で俺を待っている芳朝を促す。

 頷いた芳朝が森へ入った時、俺も西門を無事に抜けた。

 即座に北の森へ入るため、ディアの頭を右に向ける。

 ちらりと後ろを振り返ると、首抜き童子はゴブリンたちの前で急停止していた。首抜き童子以外にも二体のギガンテスが迫ってくるのが見える。

 俺は北の森に入り、芳朝の後を追う。

 追い付くのを待っていてくれた芳朝の後ろについて、ようやく安堵がこみ上げた。

 森の入り口や街道沿いに木の葉の間を透かし見ると、森の中に目を凝らすギガンテスの姿があった。

 もしも見つかってロックジャベリンでも投げ込まれたら、今度こそ死にかねない。


「まだ休憩できそうもないな」

「そうね。この森も縄張りだろうから、ゴブリンくらいはいるかも」


 頭上を覆う鬱蒼とした枝葉に感謝しながら森を突き進む。

 途中で出くわしたゴブリンは芳朝が自動拳銃で撃ち殺したり、パンサーの爪で斬り殺す。

 デュラが見えなくなるまで森の中を走ってから、慎重に通りへ出る。

 左右を見回して魔物の影がないことを確認して、俺は芳朝に周囲の警戒を頼んでディアを操作した。

 索敵魔術の有効範囲を最小の周囲一メートル程度まで絞ってから、徐々に有効範囲を広げる事で一番近い動物や魔物までの距離を割り出す。


「……首抜き童子たちは撒けたみたいだな」


 索敵魔術を最大にしても反応がないため、ようやく落ち着けた。

 芳朝も息を大きく吐き出して肩の力を抜き、パンサーの上に寝そべった。


「逃げ切れたけど、ゴライアやゴブリンで足止めできなかったら危なかったね」

「後は西門を抜ける瞬間だな。もしあの時ロックジャベリンを投げられたら避けようがなかった」


 門そのものに左右の逃げ場を塞がれては、機動力がいくらあっても無意味になる。

 いずれにせよ、逃げ切れたのは運が良かった。


「というか、よりにもよって首抜き童子に見つかるとは俺たちもつくづく運がないよな」


 自分で言っておいて、運がいいのか悪いのかどっちだよと心の中で突っ込む。不幸中の幸いという事で納得しようか。

 精も根も尽き果てたのか、芳朝はパンサーの上に寝そべって全身の力を抜いたまま「うん……」と眠そうに答える。

 そういえば、昨夜は星を眺めて雑談して寝たから睡眠時間が足りていない。

 もともと夜型人間の芳朝は昨夜の件で夜型仕様に切り替わったのだろう。

 首抜き童子とデッドヒートを繰り広げて疲れ切っているのも理由として上がりそうだ。


「芳朝、まだ寝るなよ。ここで野営するよりは家のベッドで寝た方が良いだろ」


 かくいう俺も瞼が重い。

 芳朝の背を軽く叩いて起こし、ディアを拠点にしている港町へ向ける。

 パンサーに揺られてついてくる芳朝は程よく体の力を抜いているのか、危なっかしくみえてもパンサーから落ちる様子はない。

 全力で飛ばせば昼過ぎには到着するはずだが、疲れている事もあってあまり速度を出したくない。

 急ぐ必要もないのだから、別に夜になっても構わないだろうとのんびり歩を進める。

 芳朝が横に並んで、空を見上げた。


「あ、月が出てる」

「どこ?」

「ほら、あそこ」


 芳朝が眩しそうに青空の一点を指差す。

 確かに、昼だというのに月が見えていた。

 異世界でも太陽が出てる時間に月が見える事があるのかと、少し感心する。

 自転とか公転とかは門外漢だから理屈が分からないけど。

 芳朝は知っているだろうかと訊ねてみる。


「いや、知らない。習ったっけ?」


 眩しすぎたのか眼をこすった芳朝は月どころか空から視線を逸らし、目を瞑った。


「うわぁ、ショボショボする」


 揉むように手で擦った芳朝の目は真っ赤だ。


「堪えろ。キリーにぬいぐるみを渡すときに目が真っ赤じゃ恰好がつかないだろ」

「もう寝たぁい」


 駄々をこねる芳朝を宥めながら、俺は港町へ帰路を進んだ。



 日が落ちたばかり、まだ通りには酔客がおらず、店はこれから賑い始める絶妙な時間帯に俺と芳朝は港町に帰り着いた。

 通りを歩く時に邪魔になるため、ディアとパンサーを借家のガレージに置く。

 護身用の自動拳銃と魔導核、そしてぬいぐるみを持って俺たちはキリーの家を訪ねた。

 家といっても、キリーの父親の親せきが経営しているという宿だ。

 ギガンテスたちに落とされてしまった貿易港デュラの代わりに旧大陸からの商人が立ち寄るこの港町では宿屋の料金が高騰しているというのに、それでも面倒を見てくれるのだから良い親戚なのだろう。

 キリーは宿の前で手持無沙汰にしていたが、俺と芳朝を見つけるとぱっと顔を輝かせた。


「とってきてくれたの!?」

「形見のぬいぐるみはこれであってるか?」


 駆け寄ってくるキリーにぬいぐるみを渡す。

 キリーはぬいぐるみを見た瞬間、満面の笑顔になり、受け取ったぬいぐるみを抱きしめた。


「そう、これ! お兄ちゃんありがとう!」

「こっちのお姉ちゃんにも礼を言ってくれ」


 俺は芳朝の背を押す。

 芳朝は「え、ちょっと待っ……!」と抗議してくるが、照れているだけなのはお見通しだ。容赦なくキリーの前に立たせる。


「お姉ちゃんもありがとう!」

「……ど、どういたしまして」


 芳朝の目が泳いでいるのが面白い。

 そんなことを思っていると芳朝に睨まれた。


「なによ」

「いやいや、なんでもございませんとも」


 笑いを堪えつつ、俺が肩を竦めた直後、バタバタとうるさい足音が横から聞こえてきた。

 何の騒ぎだろう、そう思って顔を向ける。


「――え?」


 視界を埋め尽くしたのは水、水、水。

 バシャンと音を立てて頭から覆いかぶさってきた水に咳き込む。

 なんだこれ、ただの水じゃない。臭い。


「うちの娘に何してやがる!」


 怒鳴り声が聞こえて前髪から滴る滴を払って顔を上げると、肩をいからせた中年男が怒りの形相で俺を睨んでいた。

 いや、微妙に視線がかち合わない。

 中年男の視線を追っていくと、俺の後ろにいた芳朝にぶつかった。

 水の大半は俺が浴びたようだが、芳朝にも少なくない量がかかったらしく、黒い髪からぽたぽたと滴を垂らしている。

 中年男は謝罪の言葉もなく一歩踏み出すと、突然の事態に怯えているキリーの手を掴み、俺と芳朝を順に睨みつけてきた。


「二度と娘に近付くな! お前みたいな化け物と関わったなんて知られたら何言われるか分からん。次があったら殺すぞ!」


 一方的に怒鳴るだけ怒鳴っておいて、中年男は痛がるキリーを宿に引っ張り込むと音を立てて扉を閉めた。

 急展開に頭が追いつかない。

 それでも、この宿の前に居続けるのはよくないだろう。

 振り返って芳朝の手を取り、通りの奥へ歩く。

 だんだんと頭が冷えてきた。


「……あのぬいぐるみ、どうなるんだろうね」


 芳朝が呟く。

 そんな状況じゃないだろうと怒鳴りたくなるが、芳朝にとっては〝そんな状況〟なのだろう。

 苦労して、文字通り命がけで取ってきたキリーの母の形見のぬいぐるみ。

 それが、芳朝の手から渡されたというだけで捨てられるというのなら、今日したことは何だったのか。

 今日、努力した意味は何だったのか。

 俺は足を止め、無言で元来た道を引き返す。

 キリーが住んでいる宿が見える場所に隠れて、俺たちは一言も口を利かないまま物陰と一体化した。

 どれくらい待っただろう。

 通りを歩きはじめる酔客が目立ち始めた頃、宿からキリーと先ほどの中年男が出てきた。


「怒ってごめんな。あの化け物の事、知らなかったんだもんな」


 中年男が眼を泣きはらしたキリーの頭を撫でながら後悔が滲む声で謝る。

 キリーの手をやさしく握って、中年男は通りを見回した。


「よし、今日は美味しい物を食べに行こう。何か食べたいものはあるか?」


 キリーの機嫌を取りながら、中年男は店を探してうろうろと通りの向こうへ去っていく。

 中年男とキリーの後姿が人ごみへ消えていく時、言葉が聞こえてきた。


「キリーに母さんが残したかったのは服なんだ。ちゃんと持ってきてるから、心配しなくていいぞ」


 キリーの手に、母の形見のぬいぐるみはなかった。

 俺は背中を預けていた壁から離れる。壁から延びる影が俺の足を重くする。

 芳朝と手をつないで、宿の裏へと回る。

 そこには宿の客に出したと思しき料理の残骸にまみれたぬいぐるみが転がっていた。


「……本当に大切な物は目に見えないんだね」


 汚れたぬいぐるみを見下ろして、芳朝が呟いた。



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