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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第二章  だから、彼も彼女と諦める

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第四話  ぬいぐるみ回収

 早朝、まだ日も昇り切らないうちに朝食を食べ終えた俺と芳朝は道具を片付けて精霊獣機に騎乗した。

 霧が出ているが、視界が利かないほどではない。銃をいつでも使えるように担いで、デュラに向けて出発した。


「まずは西門から見てみよう」


 ギルドの係員に頼まれたデュラの各門とその付近の状況を検分するため、西門へ慎重に近付く。

 ディアとパンサーの索敵魔術に反応はない。

 芳朝と手分けして付近の被害状況をメモし、整備車両が通れるかどうかを基準にして通行可能な道を選定する。

 同様の調査を他の門でも行って、一度森の中に退避した。


「北はともかく、南はひどいな」

「あの日の戦闘音はすごく大きかったし、無理もないね。多分ギルド館の近くまであんな感じだと思うよ」


 芳朝が言うあの日とは、俺たちがデイトロさんの回収依頼に同行してはぐれた時の事だ。

 結局マッカシー山砦が関係を否定しているため公式には所属が不明の回収部隊と、デュラに巣食う大型の人型魔物ギガンテスを筆頭とした中型魔物のゴライアや小型魔物のゴブリンがデュラの南側で戦闘を行っている。

 おそらくはこの回収部隊と魔物たちの戦闘の余波だと思われる破壊の跡が、南門付近では色濃く残っていた。

 家は倒壊して瓦礫が散乱し、綺麗な石畳が敷かれていたはずの道はあちこちに穴が開いている有様だ。

 精霊人機の部隊を展開するために家を壊した跡もあった。

 芳朝が腕を組む。


「ここまでして何を回収するつもりだったのか分からないけど、司令官の独断でここまでの規模の部隊を動かせるものなのかな?」

「関与を否定しているくらいだからマッカシー山砦に出撃記録は残っていないだろうし、費用をどうやって捻出したのかも気になる所だな」

「ますますマッカシー山砦は怪しいね。偵察部隊がバランド・ラート博士と関係があるとはちょっと思えないけど」


 芳朝の意見に頷きつつ、俺は調査結果をまとめた紙をディアの腹部にある収納スペースに保管する。


「どちらにせよ、マッカシー山砦に行く予定は変わらない。今はキリーの依頼に集中しよう」

「そうね。私が先行しようか?」


 芳朝が自らを指差して首を傾げる。

 魔物の巣窟となっているデュラでは多勢に無勢の戦闘が想定されるから、芳朝を前方に置く方が良いだろう。

 パンサーは俺のディアと違って奇襲に対応しやすい上に、囲まれてからが真骨頂ともいえる全方位への攻撃手段を持ち合わせている。


「任せた。俺は後ろから援護する」

「それじゃ、行こうか」


 芳朝がパンサーを走らせ、北門に向かう。

 ヒョウ型の精霊獣機パンサーは全身のバネを使ったしなやかな走り方で一瞬のうちに加速した。

 俺はディアで追いかけて、パンサーの後ろについて空気抵抗を減らして加速を助けてもらう。

 相変わらずとんでもない加速性能だ。あれで回頭性も俺のディアより上で、木登りまでできるんだから、機動力では並みの魔物を上回るだろう。

 北門からデュラへ潜入する。

 索敵魔術の有効範囲を狭めてキリーの家がある二番地へ向かう。

 近くに公園がある二階建ての一軒家だとキリーからは聞いていた。

 転がっている瓦礫をものともせず、芳朝を乗せたパンサーはしなやかに駆けていく。後ろから見ていてもほとんど揺れがないのが分かるほど、安定した走りを見せていた。

 パンサーが鳴き声を発し、索敵魔術に反応があったことを知らせる。

 道の先に目を向ければ、ゴブリンが三体連れ立って歩いていた。

 ゴブリンは俺たちに気付いて持ち歩いていた包丁や槍を振り上げる。

 だが、槍を構えたゴブリンが得物を振るうより先に、芳朝は太もものホルスターから抜き放った自動拳銃の引き金を続けざまに引いていた。

 五つの発砲音の後、三体のゴブリンは仰向けに倒れ伏す。

 槍を持っていたゴブリンは眉間を打ち抜かれ、包丁を構えていた二体は胸を打ち抜かれていた。

 一体はまだ息があったようだが、走行中のパンサーの下敷きになって爪で引き裂かれ、絶命していた。


「やっぱ強いな」


 中型魔物にはあまり効果がない自動拳銃だが、小型の魔物であるゴブリンであれば即死させる事も可能だ。

 パンサーの機動力と自動拳銃の速射により、芳朝は小型魔物に対しての攻撃に特化している。

 また哀れなゴブリンが民家の二階窓を破って飛び掛かって来るが、パンサーの索敵魔術で奇襲に気付いていた芳朝は慌てることなく加速してタイミングをずらす。

 上から飛び掛かったゴブリンはタイミングをずらされたまま落下し、半ば通り過ぎたパンサーの尻尾に触れた瞬間、胴体から上下に分かれた。

 パンサーの扇形の尻尾に取り付けられている出し入れ自在の刃に両断されたのだ。

 索敵魔術と連動したパンサーの尻尾は芳朝が操作せずとも後方の敵を切り殺し、扇形の形状を生かして飛来物を叩き落とす役割を担っている。

 パンサーに死角はない。乗り手である芳朝の自動拳銃による中距離攻撃とパンサー自身の爪や尻尾を使った近接攻撃で小型魔物を寄せ付けない。

 今回のような魔物の群れを相手にする場合は心強い戦力だった。

 芳朝がパンサーの速度を落とし、肩越しに振り返って前方を自動拳銃で示す。

 中型魔物のゴライアが俺たちに気付いて立ち上がる所だった。周囲には取り巻きのゴブリンが七体。

 ゴブリンはともかく、ゴライアは芳朝の手に余る。一対一なら勝てるだろうが、ゴブリンが邪魔だ。


「分かった。ゴライアは俺が仕留めるよ」


 芳朝に指示を出して、俺はディアの足を止めながら肩にかけていた対物狙撃銃を下ろす。

 ディアの黒い角を銃架にして、スコープを覗き込む。距離にして五百メートル以上はあるだろうか。

 眉間に一発で仕留めたいところだが、距離を考えるとより当たりやすい胸を狙うべきだろう。

 ゴライアが駆けだす前に、俺は引き金を引いた。

 初撃がゴライアの右肩に命中し、肉をこそぎ取る。即座に次弾を装填し、角度を修正して狙い撃つ。

 右肩に続いて右わき腹を打ち抜かれたゴライアの動きが明らかに鈍った。無傷のゴブリンが全力疾走してこちらに向かってくるが、俺の隣で芳朝が自動拳銃を構えている。任せておいていいだろう。

 俺は三発目をゴライアに向けて放つ。

 三度目の正直というべきか、ゴライアの胸に穴が開く。


「――しぶといな」


 右胸、右肩、右わき腹の三か所から少なくない量の血を流しながら、ゴライアは闘志を燃やした瞳で俺たちを睨みつけ、傍らの倒壊した家の瓦礫を左手に取った。

 まぁ、投げさせないけど。

 四発目の引き金を引くと、ゴライアの左肩がはじけ飛ぶ。

 手にしていた瓦礫を取り落し、ゴライアがふらついたところで五発目がまた胸に命中する。

 ゴライアが仰向けに倒れるのを視界に収めながら、弾倉を交換し、ゴブリンを見る。

 すでに芳朝の銃撃を受けて三体が倒れ、残り四体が間近まで迫ってきていた。


「屋根から撃っちゃおうか」

「賛成」


 芳朝の提案に頷いて、俺はディアの頭を右に向け、三歩助走をつけて跳躍させる。

 動物ではありえない跳躍力で屋根の上になんなく着地した俺は、周囲の安全を確認したうえで対物狙撃銃を眼下の通りで右往左往するゴブリンに向けた。


「私がやるから良いよ」


 この距離であれば、芳朝に任せた方が安上がりか。弾代も馬鹿にならないのだ。


「分かった。俺は道順を確認してるよ」


 芳朝が屋根の上からゴブリンに銃弾を浴びせる間、俺は屋根の上で広くなった視界を生かしてキリーの家を探す。

 公園はすぐ見つけることができたが、瓦礫で塞がれた道が多い。それ自体は精霊獣機の足を止めるには足りない障害だが、大型魔物や群れがいると違ってくる。

 霧で遠くまでは見渡せないが、それでも体高八メートルのギガンテスらしき影が背の高い建物の隙間から見え隠れしていた。


「終わったよ」


 芳朝の声に視線を下げると、道路に倒れ伏しているゴブリンの姿があった。

 安全を確認してから、目立つ屋根の上から降りて通りに戻る。

 弾倉を交換する芳朝に周囲の状況を伝え、俺は公園の方角を指差した。


「屋根を超えて行く方が早いかもしれない。幸い、霧のおかげであまり目立たないだろうから」


 それに、ここでの戦闘音を聞きつけた魔物が向かってきているはずだ。通りで正面衝突するより、アドバンテージのある屋根の上から攻撃する方が安全だ。いざとなれば、屋根から降りて民家を盾にし、逃走も図れる。

 芳朝は少しの間考え込んだ後、頷いた。


「赤田川君の作戦で行きましょう。普通のギガンテスなら出くわしても逃げ切れると思うけど、魔術を使える〝首抜き童子〟と鉢合わせしたら勝ち目がないから、早く依頼を済ませてデュラを出るべきだもの」


 意見がまとまって、俺は芳朝と並んで公園の方角を目指す。

 屋根伝いに駆け抜けていると、踏み抜かないのが不思議に思える。重量軽減の魔術がなければできない芸当だろう。

 魔術は偉い。超偉い。

 第一目標の公園が見える屋根の上で一時停止して、キリーの家を探す。

 キリー本人から教えてもらった特徴に当てはまる家は二件あるが、キリーの話では襲撃のあった日に家から飛び出して扉も閉めなかったというから、向かって右側の家だろう。

 周囲に魔物がいない事を確認して屋根から道に降り立ち、キリーの家らしき二階家に近付く。

 表札を確認してキリーの家だと確信した俺と芳朝は精霊獣機から降りた。

 俺はサブウエポンとして持っている自動拳銃を腰のホルスターから抜いて、先に家の中に入る。

 玄関とリビングの安全を確認して、精霊獣機と一緒に待機していた芳朝を手招いた。

 日本の家屋と比べれば天井が高いとは思うが、それでも精霊獣機には窮屈な空間であることは変わらない。番犬用のプロトンならもう少しマシなんだけど。

 パンサーとディアを入れて扉を閉める。


「中に魔物はいないみたいだな」

「動かずに潜んでいる可能性もあるから、気を抜いちゃだめだよ」


 芳朝に注意されて気を引き締める。

 精霊獣機の索敵魔術は範囲内の動く物を感知するため、魔物が微動だにせず潜んでいたりすると効果が薄い。

 屋外でなら範囲を広げて魔物が俺たちを発見して奇襲のために行動するより先に見つけ出せる。だが、芳朝が指摘したように家の中にあらかじめ潜んでいると発見できない可能性は否定できなかった。

 キリーの証言を思い出して二階に上がる。パンサーとディアも器用に階段を上っていた。

 拠点として使っている借家で実験した時も思ったけど、鉄の大型動物が階段を音もなく上る光景はシュールな絵面だ。

 二階の手前の部屋にキリーの部屋はあるという。

 中途半端に開かれているドアを一気に押し開け、中に向かって自動拳銃を構える。


「魔物はいないな」


 ゴブリンがいる可能性も考慮して身構えていたが、食料があるわけでもない子供部屋にゴブリンも用事はないだろう。おままごとでもしていたら写メ撮るけど。

 スマホ持ってないから無理か。


「散らかってるな」

「荒らされたって風でもないし、普段から片付けしてないんでしょ」


 絵本や人形が乱雑に床に転がっている子供部屋を見回して、目当てのぬいぐるみを壁際の衣装棚の上に見つける。

 母の形見というだけあって、ぬいぐるみだけはきちんと片付けていたらしい。

 俺は衣装棚に近付いて、転がっていた台を脇にずらしてぬいぐるみに手を伸ばす。

 手に取ってまじまじと見てようやく熊のぬいぐるみだと分かった。


「ぬいぐるみも回収したし、さっさと撤収しよう」


 ディアの腹部収納スペースにぬいぐるみを入れて、窓を割るのも忍びないと思い一階に下りる。

 階段を下りきって玄関に足を向けた直後、俺は違和感を覚えて足を止める。

 地面が揺れた気がした。

 刹那、パンサーが唸り声をあげ、ディアが鳴く。

 索敵魔術に引っかかる前に揺れを感じたという事は――


「大型魔物か!」


 慌てて玄関に走り、外に出る。

 俺に続いて出てきた芳朝が先にパンサーにまたがった。

 俺もすぐにディアに騎乗し、周囲の音に耳を澄ます。


「多分、東だね」


 芳朝の言葉に頷く。

 まだ距離はあるが、霧が晴れてきていてこちらが発見される確率が上がってしまっている。

 屋根の上から距離を始めとする詳細を確かめる事は出来そうもない。


「西門からデュラを出るしかないな」


 それも、屋根を伝うことはせず、通りだけを進んでいく必要がある。

 相談している暇もない、と俺は芳朝に先行してディアを走らせる。

 体高八メートルを超えるギガンテスの歩幅を考えれば、俺たちとの距離はさほど大きくないはずだ。

 角があるため空気抵抗が大きい俺のディアの後ろでいつもより早く加速したパンサーに乗った芳朝が俺を抜いて正面に出る。

 今度はパンサーが空気抵抗を一身に受けてくれたため、ディアの速度が上がる。

 すぐに最高速に到達した俺たちはそのままの勢いで通りを走り抜けた。

 姿勢制御の魔術を頼りに、ほとんど減速しないまま曲がり角に突入する。

 脚部のバネが軋み、遠心力によって体が自然と宙に浮きかける。レバー型ハンドルを強く握って堪えつつ、腰を曲がり角の内側にずらして遠心力に対抗した。ハングオンなんて前世振りだ。

 どうにか曲がり切って、前を見る。

 芳朝はパンサーの足に付いた攻撃用の丈夫な爪をスパイク代わりに使用して難なく曲がったようだ。パンサーの機動力が少し羨ましい。

 心配そうに振り返った芳朝に、俺は問題ないと手を振ってアピールした。

 バイクがないこの世界でハングオンなんて久しぶりだからとっさに体が動かなかったが、次からはどうにか対処できるだろう。

 その証拠に、次の曲がり角は外側から内側、遠心力に従って外側へと抜ける安定したコース取りをしつつ、ハングオンで遠心力に対処する。

 今回はスムーズに曲がる事が出来て、俺は自信を取り戻した。

 この調子なら逃げきれる、そう思った刹那、先行するパンサーが唸った。

 間を置かず、ディアが鳴く。


「芳朝!」

「分かってる!」


 魔物の接近を感知した精霊獣機を信用して、俺たちは周囲に目を凝らす。

 現在は最高速度で走行中だ。進行方向で魔物がのほほんと歩いている可能性だってある。

 だが、俺は燻るような焦燥感と危機感を覚えていた。

 そして――それは唐突に現れた。

 ゴウッと風を押しのける巨大な石の槍が俺たちの進行方向にある民家を串刺しにする。

 目を見張って巨大な石の槍が飛んできた方角に目を向けると、三百メートルほど先に今飛んできたのと同じ石の槍を片手に投擲姿勢を取るギガンテスの姿があった。

 あんなにきれいに磨かれた槍の形をした岩などそこらに転がっているはずがない。


「ロックジャベリン……」


 俺がデイトロさんたちとの回収依頼で乱発した魔術だ。もっとも、俺が使ったロックジャベリンとは大きさが段違いだが。

 そして、魔術を使うギガンテスを一体、俺たちはすでに知っている。


「赤田川君、あれ〝首抜き童子〟だよね?」

「多分な!」


 芳朝に答えつつ、ディアの速度は維持したまま対物狙撃銃を角に乗せ、ギガンテスを狙う。

 スコープを覗き込む余裕はない。それでも距離は三百メートルで〝首抜き童子〟は体高八メートル。

 外すような的じゃない。

 引き金を引くと魔力が吸われる。搭載された魔導核の魔術式が光を放ち、発砲音が高く響く。

 だが、それだけだった。

 中型魔物も討伐できる対物狙撃銃の銃弾を受けても首抜き童子は一筋の血を流すだけで顔の筋肉一つ動かさない。

 身体強化の魔術で堪えたのか、それともギガンテスには元から対物狙撃銃など脅威ではないのか。

 いずれにせよ、俺たちは首抜き童子を討伐する術どころか、追い払う方法さえ持ち合わせていなかった。


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