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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第二章  だから、彼も彼女と諦める

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第二話  キリーの依頼

「あれが噂の……」

「まだガキじゃねぇか」


 なし崩し的に拠点にしている港町のギルド館に入ると、ここ最近で増えてきた陰口が今日も耳に入ってくる。


「俺たちも有名になったな」

「悪目立ちっていうのよ」


 俺に訂正を入れながら、芳朝はギルド館の中を見回す。


「なんか、人が多い気がしない?」

「そういえばそうだな。二割、いや、三割増しか」


 まだ昼前という時間帯を考えると依頼が早めに終わって報告に来た集団とも違うようだ。

 俺と芳朝を見つけて、精霊人機の部品購入を代行する係員がやって来る。

 いつの間にか、俺と芳朝の担当はこの係員で決まっていた。

 困り顔に愛想笑いを混ぜ込んだ器用な表情でやってきた係員にテーブルへ案内される。

 少し前、開拓村で怪我人の振りをしてデュラの避難民の不満を和らげる依頼を切り出す役割をした係員だが、今は関係性が微妙に異なっていた。

 以前は俺や芳朝と接触する機会が多いためにある程度打ち解けていると周囲や係員本人も思っていたようだが、今では異端児の扱いを押し付けられた被害者に立場がすり替わっている。

 異端児とは、この世界の人々に生理的嫌悪感を抱かせるという精霊獣機を扱うたった二人の開拓者、つまり俺と芳朝の事。

 同情的な視線を周囲から浴びながら、係員は芳朝の手から割符を受け取り、報酬を用意してくれる。


「ここ最近のお二人の活躍は凄いですね。たった二人で中型魔物の討伐依頼もこなせる人はそういませんよ」


 お世辞を言われても全然嬉しくない。

 なぜなら、このお世辞は次の依頼を押し付けて早くこの町から遠出させるための枕詞でしかないからだ。


「お二人への次の依頼ですが」

「こちらで選びます」

「……そ、そうですか」


 報酬が入った袋を掴んで立ち上がると、係員が慌てたように声をかけてくる。


「アカタタワさん」

「赤田川です。なんですか?」


 誰だよ。アカタタワさんって。言いやすいじゃないか。悔しい。


「あかたたわって……あかたタワシさん、みたいな……っ」


 芳朝が腹を抱えて笑いをこらえている。勝手に人を台所用具にするな。箸が転んでもおかしい年頃を引きずる転生娘め。

 人の名前を間違えておいて、係員は「だって言いにくいんですよ、このニックネーム」とぼそっと呟く。丸聞こえである。

 係員を睨みつけていると、彼は慌てて話を戻す。


「近いうちにデュラ奪還作戦の先駆けになる偵察作戦を軍が行うそうです。それで、精霊人機の部品がしばらく高騰するかもしれません」

「分かりました。教えてくれてありがとうございます」


 まだ笑い転げている芳朝を引きずって依頼が張り出された掲示板に向かう。そんなにあかたタワシさんがツボったのか。


「いつまでも笑ってんなよ。それより、今の話、聞いてたか?」

「デュラに偵察部隊が派遣されるって話でしょ。チャンスだよね」


 芳朝の言う通り、これはチャンスだ。

 デュラ周辺の軍事施設といえばマッカシー山砦である。偵察部隊も結果報告をマッカシー山砦に持ち込むだろう。

 上手く偵察部隊に加わってマッカシー山砦に入る事ができれば、バランド・ラート博士の足跡を追う事ができる。

 問題はどうやって取り入るかだ。

 俺と芳朝に気付いた開拓者が掲示板から遠のいた。

 掲示板を見る限り、偵察部隊と一緒にデュラで仕事をするような依頼はない。


「しばらくは様子見といこうか」

「そうだね。どうせこの町で待つならスポンジを買いたいな」

「……何から発想したかは聞かないでおこう」

「えぇ、聞かないの?」


 残念そうな声ながらも、芳朝はニマニマと笑っている。


「ほら、いくぞ」


 誕生日プレゼントはスポンジにしてやろうかな。

 そっち系のホテルにしか見えないファンシーなギルド館を出る。一回建てなおした方が良いと思うのだけど、俺と芳朝以外の開拓者にはずいぶんとウケが良いらしいから望むだけ無駄だろう。

 通りを進んで借家に帰る。

 もともと借り手がいない事で有名な家だけあって、精霊獣機の悪評が広まった今でも金を払っている限りは住んでもいいと家主に許可を貰っていた。

 四日ぶりに玄関に上がり、すっかり慣れ親しんだ家の空気を吸い込み帰って来た実感を得る。


「あぁ、肩が凝った」

「ジジ臭いよ」


 俺の事を窘めながらも、芳朝は飛び込む様にソファに寝転がる。


「気が休まるねぇ」

「ババくさ――」


 仕返しに言い返そうとすると、読んでいたように芳朝がクッションを投げてきた。

 顔面スレスレで受け止めて、投げ返す。


「もうすぐ一つ歳をとってまた一歩ババアに近付くんじゃねぇか。魂が経年劣化するならとっくに婆だけどな」

「うっさい、じじい」


 クッションの応酬を繰り返して軽いスキンシップを図った後、俺はキッチンに向かう。


「コーヒーいるか?」

「うん、欲しい」


 ソファに寝転がったまま芳朝がひらひらと手を振ってくる。

 キッチンに常備されている白いコーヒーもどきを入れるためにお湯を沸かしていると、溜まっていた新聞を読み始めた芳朝が形の良い細い右足を垂直に挙げて俺に向けて振った。


「行儀が悪いぞ。手で招け、手で」


 シンクロナイズドスイミングかと。いや、オンザソファシンクロか。新競技だな。


「いま新聞で手が塞がってるの。それより、この記事見てみなよ」


 芳朝に指差された新聞記事に目を通してみる。

 開拓学校の卒業生が新大陸に向けて出発するという記事だ。

 新聞から顔を上げてみると、ソファの背に顎を乗せた芳朝が大きな黒い瞳を輝かせて俺を見ていた。


「開拓学校の入試に落っこちた赤田川君には刺激が強すぎたかな?」

「落ちたおかげで芳朝と会えたんだからそれでいい」

「ほほぉ……前世で何人女の子を泣かせたのかな?」

「泣くような殊勝な女はいなかったよ」

「それはそれで気になるなぁ」


 単純に俺がフラれただけだ。

 根掘り葉掘り聞こうとしてくる芳朝を無視して、キッチンに戻る。

 沸いたお湯で白いコーヒーもどきを淹れていると、二日目の新聞を読んでいた芳朝が今度は左足で俺を招いた。ズボンが捲れて太ももまで見えている。太もも、ふくらはぎ、爪先まで綺麗な線を描いていた。

 オンザソファシンクロ的なポイントは高いな。

 いまさら気付いたけど、シンクロの位置がおかしい。


「今度は何だ?」

「開拓学校の卒業生が新大陸で初めて参加する作戦がデュラへの偵察らしいよ。本来はリットン湖の攻略に参加するはずだったんだけど、駐屯地になってる防衛拠点ボルスへ行く時にマッカシー山砦を経由する関係で、デュラ偵察任務を押し付けられたみたい」

「それってあれか。部活帰りに洗剤買ってきてみたいなノリか」

「どちらかっていうと、大会の会場に行く時に部員全員の飲み物を買ってクーラーボックスに詰めておけ的なノリかな」


 元生徒会長兼テニス部部長の芳朝は実体験と思しき例えを持ち出してきた。

 例えはともかく、開拓学校の卒業生がデュラに来るというのは有益な情報だ。

 デュラは開拓学校のある旧大陸とを結ぶ重要な貿易港だが、いまや大型魔物のギガンテスやゴライア、ゴブリンの集団に占拠されている。ギガンテスの中には〝首抜き童子〟と呼ばれている強力な個体も潜んでいる。

 つまり、直接デュラに船をつけることができないわけで、代わりの港が必要になるのだ。

 デュラから最も近い港は俺たちが拠点にしているこの町にある。


「待っていれば偵察部隊の出発に立ち会えるって事だな」

「それもあるけど、開拓学校の卒業生って話だから実戦経験が少ないでしょう。リットン湖攻略部隊の本体は防衛拠点ボルスにいる雷槍隊だから、偵察任務に参加する兵力もそんなに多くないだろうし、この町で開拓者を募集して間に合わせの戦力として使う事もあるかもよ」


 芳朝の推測にも一理ある。

 それに、この町は開拓者が他の町に比べてやや多い。なぜなら、デュラの避難民の多くがこの町で開拓者をやっているからだ。

 特に最近では近くの開拓村へ派遣されては出戻りを繰り返しているらしい。態度が悪すぎて現地の村民と軋轢を生むとの事で評判も悪い。発端はデュラの避難民の態度だが、最近では開拓村も露骨に待遇を悪くして追い出しにかかっており、悪循環に陥っていた。

 いまならデュラ奪還につながる作戦に進んで参加する開拓者も多いだろう。役に立つかどうかは分からないが、ギルドも調整するだろうしな。


「それじゃあ、偵察部隊を待ってから行動開始という事でいいか。上手く取り入ってマッカシー山砦へついて行けたなら御の字だな」


 淹れたての白いコーヒーもどきを持って芳朝が寝転んでいるソファに腰を下ろす。

 芳朝が体を起こし、おねだりするように俺に両手を伸ばしてくる。


「ちょうだい」

「ほらよ」


 カップを渡して、並んで飲む。

 酸味は少ないが深い苦みのある液体が喉に流れていく。苦みの中に含まれていたわずかな甘みが舌の上ですっと溶けて、苦みを中和した。

 嗜好品だから遠出する時には持っていかないこの白いコーヒーもどきを飲むのが、依頼帰りのお約束になっていた。

 しばらくまったりしていると、開けっ放しのガレージとを隔てる二重扉から芳朝の愛機パンサーの鳴き声が聞こえた。


「誰か来たみたいだな」


 カップをテーブルに置いて立ち上がり、自動拳銃を片手に玄関に向かう。

 玄関の向こうへ射線を確保した時、呼び鈴が鳴らされた。

 空き巣の類なら容赦なく撃って捕縛するつもりだったが、どうやら無害な訪問者のようだ。

 以前、頭の悪そうな男二人組がやってきて、番犬代わりにしていたプロトンに制圧されていた事があったため用心したのに拍子抜けだ。

 とはいえ、安心するのはまだ早い。

 俺たちの家に訪ねてくる者といえば、せいぜいギルドの職員くらいだ。しかし、さっきギルドから帰って来たばかりの俺たちに用事があるとは少し考えにくい。


「どちら様ですか?」


 外に問いかけると、わずかな間を挟んで答えが返って来た。


「キリーといいます」


 返って来たのは意外にも幼い声だった。

 聞き覚えのない名前と声に首を傾げて、芳朝を見る。

 芳朝は首を横に振った。彼女も知らないらしい。

 俺は傍らに控えている番犬代わりの精霊獣機プロトンに玄関扉を開けさせる。

 扉の向こうには八歳ほどの女の子が立っていた。

 玄関扉を開けたプロトンを見て目を見張った後、女の子は怯えたように後ずさる。

 我が家の前にほかに人影はない。どうやらこの子がキリーらしい。


「プロトン、お座り」


 声を掛けたところで聞くはずもない。俺はプロトンの右耳を指先で弾き、スリープモードに移行させる。無論、お座りだ。

 キリーが目をぱちくりさせている。

 それにしても、やはり見た記憶がない女の子だ。


「赤田川君も罪な男ね。私というものがありながら、こんな年端もいかない娘を知らず知らずのうちに虜にするだなんて」

「どこから突っ込んでいいのか分からないくらいネタをぶち込むのはやめろ」

「もっと丁寧な突っ込みが欲しかったなぁ」


 知った事か。一応はお客様の前だというのに。

 俺は腰をかがめて女の子と目の高さを合わせる。


「それで、君、ご用件は?」


 訊ねると、キリーは俺と芳朝の間で視線を行き来させる。


「えっと、町はずれの頭がいい化け物さんのお家って、ここであってますか?」


 何を言ってるのかなぁ、この子は。

 まぁ、想像はつくんだけどさ。


「君、デュラに住んでいた事はある?」


 試しに確認してみると、キリーは頷いた。

 確定。この子は芳朝の客だ。

 かつてデュラで幼き才媛と呼ばれ、その後は化け物と罵られていた芳朝を肩越しに振り返る。

 芳朝は困ったような顔をしていた。相手が大人ならば諦めか軽蔑のまなざしでも向けていただろうが、子供相手では鈍るらしい。

 俺の横で中腰になってキリーと目を合わせた芳朝が口を開く。


「その頭のいい化け物に何の用事?」


 自分の事は伏せるつもりらしい。

 キリーは恐る恐る家の中を覗こうとするが、芳朝が先回りして視線を遮る。

 キリーが目を伏せた。


「開拓者さんにお願いしようと思ったけどお金なくて、頭がいい化け物さんが開拓者になったって言うからお願いしてみようと思って、頭いいならきっとできると思うから」


 要領を得ないキリーの言葉に芳朝が合いの手を入れながら根気強く聞き出す。


「――つまり、避難するときに置いてきたぬいぐるみを取り返したいの?」


 要点をまとめて芳朝が確認すると、キリーはコクリと頷いた。

 母親の形見のぬいぐるみを魔物の巣窟になっているデュラから回収する。

 それを受ける開拓者はまずいないだろう。回収屋と呼ばれているデイトロさんですら危険だからと一時撤退を選んだような場所だ。報酬もなしにぬいぐるみを取り戻しに行く開拓者はいない。何しろ、開拓者だって生活が掛かってる。

 キリーはギルドに依頼を出そうとしたが報酬が最低額を下回っているとの事で受理されず、個別に何人かの開拓者に頼んだが空振りに終わったらしい。

 しかし、ギルドでデュラの化け物が依頼を片付け始めたという噂を聞きつけ、俺たちの家へと訪ねてきた。


「……お願いできませんか?」


 ダメ元でも一縷の希望を信じて頭を下げるキリーに、芳朝は弱り顔で俺を見てきた。

 どうしようかと悩んでいる芳朝に苦笑して、俺はキリーに向き直る。


「家がどこにあるか、ぬいぐるみはどんな形か、教えてもらおうか」


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