第一話 二人の嫌われ開拓者
姿勢を低くしてディアの黒い角に身を隠しながら、俺は森の中を最高速で走り抜けていた。
ディアの鋼鉄の角と頭は木々の小枝をへし折り、軽やかな鋼鉄の脚は藪を飛び越え、組み込まれた魔導核に俺が刻んだマッピング魔術の応用である障害物認識の魔術により木の幹や岩を素早く避けていく。
俺の耳を撫でていく風は轟々と唸りを上げて後方へ抜け、風に揺れた枝葉のざわめきが俺を追いかけてくる。
びぃ、とディアが索敵魔術による警報を鳴らす。
魔物が近い証拠だ。
俺は肩にかけていた対物狙撃銃を下ろし、ディアの黒い角を銃架に見立てて狙撃姿勢をとる。
ディアに騎乗したままでも、狙いが大きくぶれる事はない。前後の揺れがあるため慣れるまでは狙撃姿勢をとったまま走らせるのは恐怖感が勝ったが、今では慣れたものだ。
森の奥に光が見える。
木々の葉に遮られて減じたそれとは違う直射日光が当たるその場所に、今回の討伐依頼の対象であるサーベルタイガーに似た魔物レイグがいた。
レイグが俺に気付いて前傾姿勢をとる。
しかし、レイグが飛び掛かって来る前に俺はディアを操作して方向を左に転換、右の角を銃架として構えていた対物狙撃銃の引き金を引いた。
前傾姿勢をとっていたレイグの右後ろ脚の付け根に着弾、肉と血を飛び散らせて大きくえぐる。
右後ろ脚に力が入らなくなり、レイグは前傾姿勢の状態からバランスを崩してうつ伏せになる。
俺は右手で銃を構えたまま、左手でディアの首の付け根にあるレバーハンドルを操作する。
レイグを中心にしてディアは右回りに円を描き始める。
半周ごとに一発づつレイグに銃弾を浴びせ、三発目でその場を離脱した。
すでにレイグは死にかけているが相手は魔物だ。意識がある限りは喰らいついてくる。
二百メートルほど距離をとって反転した俺はディアの足を止めて対物狙撃銃の弾倉を交換する。
四発の銃弾を浴びたレイグは満身創痍ながらも何とか立ち上がろうとしている。体高二メートルほどと、小型魔物の中では比較的大きい部類だけあって頑丈だ。
対物狙撃銃のスコープを覗き込み、レイグの頭に狙いを定める。
闘志を燃やすレイグの瞳と睨み合いながら、俺はとどめの引き金を引いた。
眉間を打ち抜かれたレイグが力を失って倒れ込む。
しばらく観察して絶命したのを確認して、俺はため息を吐いた。
「対物狙撃銃だってのに、なんで五発まで耐えるんだよ。人間なら軽くミンチだってのに」
ディアを前進させてレイグの横に乗りつけ、右前脚を確認する。黒い斑点が三つあった。
「やっぱりこいつが〝三つ黒〟か」
新大陸中で家畜を襲っては食い殺していたレイグ、目撃証言から右前脚に黒い斑点が三つあると分かった事から〝三つ黒〟と呼ばれるこいつは賞金まで掛けられていた。
討伐の証明として右前脚を切り取り、ついでに腹を掻っ捌く。
臓器を確認すると青みがかった光沢を放つ拳大の器官があった。
「魔力袋があるってことは魔術で身体強化をしてたんだな。タフだと思ったらそういうからくりかよ」
一発で足を吹き飛ばせるはずだったのだが、どうやら魔術を使っていたらしい。
魔力袋を取り出して右前脚と同じ袋に入れ、水魔術で手を洗った俺はディアにまたがった。
空を見上げて時間を計るとまだ昼前のようだ。
「早く帰って芳朝の手料理でも食べるか」
他に作ってくれる相手もいないし。
呟いて、ディアを加速させた俺は、依頼で滞在中の村に帰る。
木々を抜け、ぐんぐんと加速していくディアに合わせて角の裏に身を隠す。
兵器故に痛みなど感じるはずもない鋼鉄のシカであるディアは小枝を折る音を奏でながら森を走る。
精霊獣機の機動力をいかんなく発揮して、俺はすぐに村へ到着した。
村の入り口で警戒に当たっていた芳朝が俺に気付いて手を振っている。
「赤田川君、終わった?」
「あぁ、五発も撃たされたけど、何とか仕留めた」
村の入り口をくぐり、芳朝と並んで中へと入る。
小型魔物の侵入を防ぐ程度にしか役にたたない木の柵に囲まれた村は人口百三十人ほど。四十人規模の開拓団が駐留して護衛にあたっているから、この村の現在の人口は百七十人だ。
人口規模の割にかなりの数の牛や豚、鶏が飼育されている。飼料を他所からの輸入に頼っているとの事だった。
それだけに、家畜を狙う悪名高きレイグ〝三つ黒〟はかなりの脅威だったらしい。
もっとも、脅威の〝三つ黒〟は今日死んだのだから、この村にも束の間の平和が訪れる事だろう。
どうせ、第二第三の〝三つ黒〟が生まれるまでの短い平和だが、楽しんでもらいたいものだ。
いつも通り俺と芳朝の乗る精霊獣機に嫌悪の目を向けてくる村人を眺めながら、そう思った。
「赤田川君、お昼は何が食べたい?」
「カルボナーラ」
村の家畜小屋に視線を向けつつ芳朝に答える。
芳朝は愛機であるヒョウ型精霊獣機パンサーの腹部を撫でて難しい顔をした。
「……ペンネでもいい?」
「大丈夫だ、問題ない」
「どっちに取ればいいのか分からなくなる紛らわしいセリフはやめようよ」
そんなつもりじゃなかったんだけどな。
「ペンネでもいいよ」
「なら作るよ。この村なら材料もすぐに買えるだろうし」
芳朝がパンサーを降りて財布を持ち、材料の買い出しに向かう。
パンサーを降りたのは、乗ったままだと買い物する際に商人から白い目で見られ、酷い時には値段を吊り上げられるからだ。
俺はパンサーの操縦をディアと連動させる。本来は乗り手が怪我をするなどで操縦できなくなった時に使用するものだ。
村長の家の前に到着すると、先に誰かが呼びに走ったらしく村長が開拓団の団長を護衛にして待っていた。
三十代の後半に差し掛かったくらいの、首が太いおっさん村長は俺を見て眉を寄せる。
「討伐したのか?」
「しましたよ。これが証拠です」
討伐証明である三つの黒い斑点が浮かぶレイグの右前脚を渡すと、村長は念入りに確認して鼻を鳴らす。
「そのようだな。念のため、死骸を確認したい。こちらの開拓団では発見さえおぼつかなかった〝三つ黒〟と本当に同じ個体か疑わしいのでな」
疑り深い村長に討伐した場所を教えると、すぐに開拓団の団長が仲間を呼びに走った。
報酬は死骸を確認してからとの事で一時村長と別れた俺は、芳朝と一緒に野営している村はずれに向かう。
芳朝はすでに買い物を済ませて俺を待っていた。鍋にぐつぐつとお湯を沸騰させ、ボウルに削ったチーズや生クリームを混ぜていた。
「おかえり。いいチーズが買えたよ」
ホールで売りつけられたけど、と芳朝は肩を竦める。
芳朝が精霊獣機を乗り回しているところを商人が覚えていたらしく、足元を見られたとの事だった。
「村長は何だって?」
「本当に〝三つ黒〟かどうか疑ってたよ。今、開拓団が死骸を確認してる」
開拓団では発見さえおぼつかなかったそうだが、俺は半日で発見と討伐をしてのけたから、疑うのは無理もない。
ただ、俺と芳朝には精霊獣機に組み込んだ索敵の魔術があるため発見は容易だった。
さらに言えば、森の中で随伴歩兵と行動せざるを得ない精霊人機よりも、精霊獣機は単独で動ける分かなり早い。精霊人機に比べて静穏性も高く小柄なため、警戒心の強いレイグに見つかって先手を打たれる心配も少ない。
だから、俺たちが〝三つ黒〟の発見と討伐を高効率でこなすのは当然だ。
芳朝がパンサーの腹部にある収納スペースからペンネを取りだし、鍋に放り込む。すでに塩は入れてあるのだろう。
「また信用してもらえなかったんだね。これで依頼何件目だっけ?」
「七件目だ。依頼主は全部違うけど、精霊獣機に乗っているだけで心証を害してるみたいだな」
これでも、精霊獣機を開発してからの俺たちは依頼を失敗した事が無いのだが、生理的な嫌悪感を抱かせるという精霊獣機に乗っているだけでだれにも信用されない。
俺と芳朝は精霊獣機が無ければ開拓者としての活動ができないので、一刻も早く偏見をなくしたいところだ。
ペンネを鍋から出した芳朝がカルボナーラソースの中に投入して混ぜ合わせ、皿に盛る。
俺はディアを伏せの体勢にした後、二本の角の上に板を置いて簡単なテーブルを作る。
皿に盛ったカルボナーラをテーブルの上に置いて、芳朝と一緒に手を合わせた。
「召し上がれ」
「いただきます」
芳朝が良いチーズというだけあって、くどさがない風味豊かなチーズがペンネに絡み、とても食べやすい。
「芳朝ってなんだかんだとスペック高めだよな。元引き籠りの癖に」
「赤田川君だって料理できるでしょ。ザ男料理だけど」
なんだよ、ザって。
食事を続けていると遠くから足音が聞こえてきた。
振り返れば苦い顔をした村長と開拓団の団長が歩いてくる。
「死骸は確認できましたか?」
「……あぁ、確かに〝三つ黒〟だ。報酬を払おう」
団長が悔しそうに舌打ちしている横で、俺は村長から報酬を貰う。といっても、ギルドに持って行って引き換えてもらうための割符だ。
芳朝に渡すとパンサーの中に割符を放り込んだ。
食事に戻ろうとして、まだ村長と団長がいる事に気が付く。
「まだ何か用ですか?」
つい突き放すような言い方になってしまって、俺は誤魔化すために咳払いする。
芳朝が警戒するように二人を見て、パンサーの頭に手を置く。
村長が俺と芳朝を順に見た後、精霊獣機を見て眉をひそめた。
「今日中に村を出て行ってもらおう。依頼は済んだのだから、用がないのはそちらも同じだろう?」
「ずいぶんと急ですね」
依頼を受けたのは俺たちの判断だが、用が済んだからといって追い出されるのも納得がいかない。
村長は精霊獣機から視線を逸らした。
「あまり見ていて気持ちの良い物ではないのでね。ここは小さな村だ。村人の気持ちを最優先に判断を下すのは私の務め。だから、君たちには即刻出て行ってもらいたい」
村長の言い分に、俺は芳朝と顔を見合わせた。
またか、という気分だ。
「昼食を終え次第、出発させてもらいます」
「早めにしてもらおうか」
言われなくとも、こんな村に長居は無用だ。
帰って行く村長と団長を見送って、俺は食べ残していたカルボナーラに向かい合う。
「いい加減、マッカシー山砦に入れる依頼を見つけたいね」
芳朝の言葉に頷く。
俺と芳朝が転生した秘密を探る上でのキーを握っていただろう、今は亡きバランド・ラート博士。
精霊研究の第一人者にして軍属の魔術師、そしてなぜか民間の組織である開拓者ギルドにも登録していた彼のあやふやな経歴を思い出す。
港町デュラの開拓者ギルドで見つけたバランド・ラート博士の足跡の中でも異彩を放っているのが軍事拠点であるマッカシー山砦への二年間の滞在記録だ。
マッカシー山砦でバランド・ラート博士が何をしていたのかが分かれば、彼が軍属の魔術師として新大陸で活動していたのか、それとも民間組織である開拓者ギルドの構成員として活動していたのかが分かる。その後の足跡をたどる上でも重要な情報になるはずだ。
だが、国が管理する軍事施設であるマッカシー山砦へ入る依頼というのはなかなか見つからなかった。
それもそのはず、民間の武装組織であり開拓地に絡む諸々の利権を国と奪い合っている開拓者ギルドの構成員を軍事組織に入れようとは普通、思わないからだ。
だからこそ、バランド・ラート博士の経歴のあやふやさが際立っているのだが、足跡を追う身としてはたまったものではない。
一応、物資輸送の護衛などで依頼が入ることもある。港町デュラが人型の大型魔物であるギガンテス率いる魔物の群れに陥落してしばらくは、精霊人機をデュラ周辺の町や村に送り出して防衛を固めていたため戦力が不足し、物資輸送の護衛依頼もあった。
だが、デュラが陥落して半年以上が経った今では本国がある旧大陸からの増援もあり、護衛依頼はめっきり減ってしまった。
芳朝が最後のペンネにフォークを突き刺し皿の上をぐるりと一周させてソースをからませる。
「あ、そういえば、私もうすぐ誕生日だ」
芳朝がソースの絡んだペンネを見つめて呟き、上目づかいに俺を見てくる。
長い髪と同じ黒いまつ毛が瞳に影を作って憂い顔に見える。
「誕生日プレゼントが欲しいなぁ」
「話を戻してもいいか?」
「いけず!」
芳朝がペンネを口に含んでそっぽを向き、空になった皿を持って水魔術で洗い始める。
「話を戻してもどうせ何も決めようがないでしょ。いいじゃん、誕生日の話をしたって。この世界で最後に祝ってもらってからもう五年くらい経つんだよ」
「あぁ、分かったからへそを曲げるな。誕生日は何時だ?」
「いいよ、もう」
完全にへそを曲げたらしい。
ほとぼりが冷めたらもう一度聞くとしよう。
 




