表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第一章  何故に、彼と彼女は手を離さないか
2/174

第一話  異世界の魂

 船のタラップを降りると、強い潮風に外套の端が煽られてバタバタと音を立てた。

 青い空を行く白い雲の流れは速く、船の積み荷を降ろす荷運び人たちの威勢のいい掛け声と一緒に俺を急かすようだった。

 新大陸の玄関口、港町デュラと書かれた金属製の洒落たプレートが街の入り口に掛かっている。

 宿で看取った男が口にした、異世界の魂が新大陸にあるという、臨終の言葉に興味を引かれて、俺はこの新大陸の大地を踏んだ。

 俺は船で読んでいた新聞記事のスクラップ帳を鞄の中に収める。

 宿で看取った男の名前はバランド・ラートというらしい。精霊研究の第一人者で、精霊人機の開発にも彼の研究成果が一部流用されるほどの研究者だ。

 必然的に、彼の死は新聞等で大きく報道されたが、第一発見者である店主と俺については完全とまではいかないまでも緘口令が敷かれていた。

 軍の立会いの下で官憲から事情聴取を受けたが、バランド・ラート博士の臨終の言葉は俺の胸の内にだけ留めた。

 異世界の魂というのが俺を指していないのは明白だった。なぜなら、俺は旧大陸の貴族の家に生まれ、新大陸へは一歩も踏み込んでいないからだ。

 俺は道端の石を蹴り飛ばす。

 この新大陸のどこかに、俺と同じように異世界の記憶を有する何者かがいる可能性がある。それが人か、動物か、あるいは魔物なのかまでは分からないが、俺がこの世界に生まれた理由を知る手掛かりになるかもしれない。

 俺が、前世の記憶を有したまま生まれてしまった手がかりに、なるかもしれないのだ。

 バランド・ラート博士の臨終の言葉から、俺はある一つの可能性を考えずにはいられなかった。

 俺が、あるいは俺たちが前世の記憶を有したまま転生したのは、何者かの介入があったからという可能性だ。

 もしこの転生が作為的な何かであるのなら、俺はその理由が知りたい。

 なぜなら、理由を知るまでは死んでも死にきれない可能性があるからだ。

 俺の今世がうまくいかない理由の一つは前世の記憶があるから。ならば、自殺でもすれば前世の記憶ごと無くして人生をやり直せるのではないか、と考えた時期がある。

 転生という現象がある事は俺の存在が証明しているのだから、周りの人間が前世の記憶を持っていない以上、前世の記憶を消去して転生する何らかの自然現象が存在するとも考えられる。自殺すればその自然現象に正しく組み込まれて俺も前世の記憶を消去されたうえで転生できるのではないだろうか。

 けれど、俺の転生が作為的な物であるのなら話は変わってくる。

 何度死んでも、異世界の魂は前世の記憶を消去されなかったり、この転生を引き起こした何者かの目的を達成するまでは前世の記憶が消去されないという可能性がある。


「ぞっとするな」


 背筋をムカデが這い上がってくるようなぞわぞわした嫌悪感に身震いする。

 転生するたびに喪失感を味わうなら、俺は二度と友人や家族を作れない。もう二度と、あんな思いに苛まれたくない。

 もしもう一度、前世の記憶を持ったまま転生したら、俺は人とコミュニケーションが決定的に取れなくなるだろう。

 大事な物なんて作れなくなるだろう。

 それはきっと味気なくて、意味を見いだせない、灰色の人生だ。何一つ大事にできない欠陥品の出来上がりだ。

 俺は欠陥品ではなく、人間として生きて死ぬためにこの新大陸で転生の理由を探さなくてはいけない。

 開拓者ギルドへ足を向ける。

 バランド・ラート博士がどういった情報筋から異世界の魂のありかを突き止めたのかはわからないが、情報を集めるためには各地の開拓者から情報を吸い上げる開拓者ギルドを当たるのが得策だろう。

 それに、異世界の魂と明言している以上この世界の魂にはない何らかの特徴があるはず。

 開拓者ギルドは海沿いの街らしい白塗りの建物だった。外見から察するに三階建てだろう。

 民間の組織だが新大陸固有のギルドであり、組合員の数も多い。俺と同じように開拓学校に入れなかったり、中退したような連中がそれでも新大陸に夢を見て戸を叩くからだ。

 ちなみに、開拓学校の卒業生は軍に入隊するらしい。正式に訓練を積んだ精霊人機を扱える技能者というだけで重宝がられ、新大陸では実戦に次ぐ実戦で命を落としていくのだ。

 国軍でさえそんな有様なのだから、民間の寄せ集め団体である開拓者ギルドの死亡率たるや推して知るべし。

 建物に入ると、二、三人構成の開拓者らしきグループが四組、いくつかのテーブルに座って職員と話をしているのが見える。

 十三歳の俺を見ても誰一人注意を払わなかった。俺とそう年の変わらない少年もいる事から、子供の開拓者も珍しくはないらしい。さすがに保護者らしき大人と一緒にいる者がほとんどだったが。

 まぁ、俺は自立しているし。実家でも勘当扱い……感動的な扱いを受けてお別れしたわけで。

 手の空いているギルドの職員が俺に気付いて、テーブルに手招きしてくる。

 足を運ぶと、いくつかの書類を用意しながら椅子をすすめられた。


「本日のご用件をお伺いします」

「登録と、情報収集です」

「新規のご登録ですね。説明をさせていただきます」


 職員がすらすらと開拓者ギルドについての説明を始める。

 開拓に適した土地を見つけた際、ギルドに届ける事で支援を受けられるほか、国からの介入をギルドという武装集団の力である程度防ぐことができるという。単純に言って、力を合わせて開拓者の権利を守るための団体が開拓者ギルドだ。


「ギルドの運営費として、登録された方には毎年一定額を納めていただいております。魔物の皮やはく製などの買い取りも行っています。新種の花や香辛料などを見つけた場合にはギルドか、提携している商人ギルドへ持ち込んでいただければ商品価値に応じて多額の金銭が支払われることもございます」


 この町の開拓者ギルドの実績です、と差し出された一覧表には最近になって聞くようになったハーブが何種類か書かれていた。この町の周辺で見つかった新種のハーブらしい。


「この、魔力袋というのは?」

「魔導核の主原料です。精霊人機を動かすのに使えるほど大きなものはこうして実績として記載されます」


 魔導核と聞いて理解した俺は、鞄を撫でる。鞄の中には開拓学校で使う予定だった各種教科書がすべて入っている。中には精霊人機や魔導核に関する記述もあるはずだ。後で読み込んでおこう。

 俺は登録書類を埋める。本名とは別にニックネームを書く欄があるけれど、これには何の意味があるのだろうか。二つ名とか書くのか?

 最後の項目で筆を止める。


「この、相続者というのは?」

「開拓者は死亡率が非常に高いので、事前に遺品等の相続者を決めておくことが推奨されています。後で変更することもできますから、いまは開拓者ギルドを指名しておいてかまいません」


 私の名前でもいいですよ、と笑えない冗談を飛ばしてくる職員を無視して、開拓者ギルドと書く。保険金詐欺的に殺されたりしないだろうか。


「大きな開拓団に所属して団の名前を書く方が多いですね。皆さん、最初は天涯孤独の身で登録にやってきますから」


 俺の書いた書類に不備がないかを見直して、職員は口を開く。


「情報収集と先ほど伺いましたが、どのような情報をお求めでしょうか?」

「お金はかかりますか?」

「ギルドとして答えられる範囲であれば無料です。個人情報は開示できませんけどね。相手がたとえ国家であったとしても、個人情報は守られますのでご安心ください」


 無法者が大挙してやってきそうな信念を語る職員。

 新大陸にやって来るような人間の中にはそういった無法者も含まれているのだろう。

 俺は質問の方法を考えて、口を開く。


「ひとまず、この町について教えてください」



 一通りの情報を入手して開拓者ギルドを出た俺はため息を吐いた。


「まさかこんなに早く見つかるとは思わなかった」


 この町について質問している内に職員から聞くことができた噂話に、異世界の魂に関係すると思われる物があった。

 この町には幼き才媛と呼ばれる少女がいたらしい。

 七歳にして複雑な計算をこなし、精霊人機の最新兵装であるマドウジュウの基礎概念を確立するなど、その才能は周囲を驚かせ――恐怖させた。

 今では化け物と呼ばれるようになったその少女は、親にも捨てられて町はずれの森の中に一人で住んでいるという。

 出来過ぎた話だ。

 この世界の人には意味がつかめない文字列だろうマドウジュウという最新兵装の名称は、俺の頭の中では魔導銃と漢字に変換できてしまう。

 魔導銃でなくとも、マジックガンでもマジカルガンでもよかっただろうに。名前がチープになるのを嫌ったのだろうか。

 とはいえ、魔導銃という名称から少女の正体を想像できる。

 バランド・ラート博士の最後の言葉にある異世界の魂とやらがこの町でかつて幼き才媛と呼ばれ、今では化け物と怖がられている件の少女に宿っているのなら、きっと彼女の前世は日本人だったのだろう。

 俺は少女が住むという町はずれの森を目指して歩き出しながら、ギルドの職員から聞いた少女に関する噂話を思い出す。

 親に捨てられて以降の少女はそれまでの才媛振りが嘘のように無気力になり、魔導銃の権利で得た金銭で森に家を建てると引き籠ったという。

 町を騒がせたその才能は鳴りを潜め、楽隠居然として森の奥に住む少女だったが、彼女の持つ金を狙って近寄る質の悪い開拓者がいた。

 すでに化け物扱いされていた少女が死のうと町の住人は気にしなかっただろう。

 しかし、町に帰って来た開拓者は全身傷だらけだった。

 開拓者が青い顔で言うには、少女は開拓者の不意を打って馬乗りになると、聞いたこともない言葉を発して笑みを浮かべながらナイフを開拓者に振り下ろしたそうだ。

 恐怖した開拓者は森から命からがら逃げ帰って来たとの事だった。

 その後も何人かの開拓者が金目当てや興味本位で少女の家を訪ね、ことごとく返り討ちに遭っている。

 この町が新大陸の玄関口であり、開拓者に成り立てで実力の伴わない者が多い事も原因の一つだろう。

 だが、成り立てとはいえ開拓者だ。魔物を相手取って戦おうとする連中だからそれなりに腕は立つ。

 実際、少女に斬りかかられることなく帰って来た開拓者も多いという。見るからに強そうな相手には手出ししないのか、はたまた不在だったのかはわからない。

 俺は通りに並ぶ店のガラスに映った自分の姿を横目に見る。

 切れ長の目に黒い瞳、中途半端に脱色したような茶色か黒か見分けのつきにくい髪は油で整えてある。白い肌には染み一つなく、着ている服は暗色系で揃えてあるが、オレンジ色の安物マフラーだけは浮いていた。背負った荷物の大きさもあって、少年バックパッカー風の出で立ちだ。

 開拓者と言えば長剣などの武器を持っているものだが、俺はナイフ一つ持っていない。

 先方を刺激したくないから持っていく必要もないだろう。

 噂話を聞く限り、少女の家を訪ねた者は怪我を負って帰ってくることはあっても死体を晒す羽目になる者はいなかったらしい。

 死んでいなければ、開拓者ギルドとしても馬鹿が身の程をわきまえずに喧嘩を売って返り討ちにあったと処理するから、少女は手加減したのだろう。

 さすがは才媛というべきか、したたかだ。俺はしとやかな才媛の方が好みだけど、件の少女はドギツイ棘を有しているらしい。せいぜい刺されないように気を付けよう。

 冷たい潮風に耳を撫でられて寒気を覚え、俺はマフラーに顎を埋める。

 振り返った先の海は違和感を覚えるほど静かに凪いでいて、浜辺に打ち寄せるさざ波が太陽の光を複雑に反射していた。

 俺が乗ってきた船はまだ港に停泊しているようだ。この町が魔物に襲われた時に乗り込む緊急避難用の船も停泊している。


「新大陸だもんな」


 入植が始まって間もない新大陸では、精霊人機の配備も進んでいない。旧大陸にある本国から順次精霊人機が投入されているが、入植者の増加に加えて新大陸の開拓が進みつつあり、精霊人機の数はまだまだ足りていないのが現状だ。

 魔物の区分は三種類。小型、中型、大型に分けられ、小型は訓練を積んだ人間が一対一で、中型は訓練を積んだ人間が三人から五人で連携して倒せるかどうかというところ。

 精霊人機がなければ大型の魔物との交戦は絶望的で、襲われれば町一つ簡単につぶされてしまう。

 精霊人機の配備が進んでいない以上、大型魔物に町が襲われた際の避難経路を確保するため、どんな街でも何らかの対策が講じられている。

 先ほど開拓者ギルドで話を聞いたところでは、町の住人は事前に税として納めた額に応じて緊急避難用の船への乗り込みが許されており、俺のように外から来た者や避難用の船に乗れない住人は町の各所にある地下通路を利用できるそうだ。

 町を抜けるとすぐに森が広がっていた。

 手付かずとまではいかないが、あまり手入れされているようにも見えない森の中に設けられた道を歩く。

 リスがちょろちょろと走り回っていて、枝の上には見たこともない鳥がくつろいでいる。新大陸固有の鳥だろう。

 魔物の気配がないのは町の守備隊や開拓者が定期的に狩っているからだとして、狐などの動物を見かけない。リスや鳥といった小動物くらいしか見られないのは少し残念だ。もっと新大陸らしい奇天烈な生き物を見てみたかった。

 たまに藪をかき分けたりしながら歩いて行くと、道が二手に分かれていた。片方は明らかに使用頻度が少ないと分かる細い道で、立て看板がなければ見落としていたかもしれない。


「この先化け物屋敷、ね。しかし、字が汚いな。悪口を書くなら誰にでも読める綺麗な字で書かないと意味ないだろう」


 明らかに住人が立てた物ではない看板に従って、細い道に入る。

 ぬかるみに気を付けながら道を進む。何度も曲がりくねる蛇のような道の先に、赤い屋根のこじんまりとした家が見えてきた。

 周囲を囲む木々は背が高く、幹も太い。

 相当な年月をここで生きていると分かる立派な木々に囲まれながら、赤い屋根の家は建てられたばかりと分かる綺麗な壁に囲まれていた。二階建てで、窓は小さく、雨戸が閉じられている。

 壁の内側に家庭菜園らしきものが見えた。夕暮れの赤い太陽光に照らされて、ニンジンに似た白い花が球状に集まって咲いていた。

 町から意外と距離があり、こんな時間になってしまった。帰り着く頃にはもう夜になっているはずだ。

 少女の一人暮らしと聞いているし、泊めてもらえるとも思えない。

 今日のところは顔だけ見せて、後日改めて訪ねるとしようか。

 そう思って家の玄関に近付こうとした時、がさりと頭上から音がしてあわてて見上げる。


「――え?」


 女の子がナイフをくわえ、俺に向かって飛び降りてくるところだった。

 重い荷物を背負っていたのが災いして、為す術なく押し倒される。

 俺を仰向けに転がした女の子は、俺の腹の上に座り込む。

 地面に頭を打った俺は腐葉土の柔らかさに感謝した。

 馬乗りになった女の子がくわえていたナイフを右手に持つ。

 俺は西日の眩しさに目を細めつつ、腹の上にまたがっている女の子を見た。

 長い黒髪を毛先で一文字にそろえた少女は同じく黒い瞳で俺を見下ろし、ナイフを夕陽にチラつかせる。ナイフを持つ手から視線を逸らすと、袖に使われた二重のフリルと鎖骨が綺麗に見える大胆に開けた襟が特徴的な黒のワンピースを着ている事に気が付いた。

 というか、ワンピースで男の上にまたがるなよ。

 歳は十歳ほどに見える。町で聞いた噂話では今年で十三歳ほどのはずだから、童顔なのだろう。

 女の子がナイフをこれ見よがし掲げて、刃を俺に向けた。


「痛いのは好き?」


 女の子は無表情に問いかけてくる。

 俺が嫌いだと答える前に、女の子はその手のナイフを俺の肩へ振り下ろした。

 冷たい鉄の刃が肉の内側に入り込む。異物感と共に痛覚が刺激され、鋭い痛みが脳へと走る。


「――っ」


 痛みを堪えるために歯を食いしばり、俺は女の子を睨みあげる。

 だが、女の子は次の瞬間、予想外の行動をとった。

 無表情のままナイフを手の中で反転させると、俺にやったのと同じように自らの肩をナイフで斬ったのだ。黒いワンピースの肩口が裂けて赤い血が溢れ出す。

 痛みを感じないわけではないだろう。その証拠に、目の前の少女は痛みを堪えるように肩を押さえて歯を食いしばる。

 目の前で起こったことが理解できずにいる俺に、少女は視線を合わせて薄桃色の薄い唇を開く。


「お揃い」


 少女が〝日本語〟で呟いて、にっこりと笑みを浮かべる。夕日と同じように温かみがあるのに、見ているだけでずきずきと胸に痛みが走る孤独な笑みだった。

 少女が手の中でナイフを再び半回転させ、振り上げる。

 もう一度、という事だろう。

 ナイフが振り下ろされる前に、俺は少女に声を掛ける。

 この世界では俺と少女にしか伝わらないだろう日本語で、声を掛ける。


「お前も前世の記憶に今世を台無しにされているクチか?」


 俺の言葉に硬直した少女は驚いたように目を見開いた。


「……日本人?」


 少女の小さな声での質問に、俺は深く頷いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ