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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第一章  何故に、彼と彼女は手を離さないか
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第十八話  精霊獣機の評価

 物資輸送依頼の出発日、俺と芳朝は張り切って集合場所へ向かった。

 二機の精霊獣機には腹部に収納スペースが存在する。最低限の工具類に加えて旅に必要な物も二機に振り分ければギリギリで収まった。

 精霊獣機の操作には精霊人機と違って魔力の経路を繋ぐ必要がない。蓄魔石から供給される魔力によって常時起動状態の精霊獣機の各部に対して、首の付け根に埋め込まれたレバー型ハンドルで指示を出すのだ。

 精霊人機は手や指の動きなどの細かい動作ができないと話にならないため魔力経路を繋いで操縦せざるを得ないが、精霊獣機は武器を持つ手がそもそも存在しない。足に関しても小型魔物を踏みつぶすなどして転倒する可能性がある精霊人機よりも最初から這いつくばっている分だけ安定している。

 ディアの上に乗って通りを進む。乗り心地は最高だ。上下の揺れを感じないまま滑るように道を進んでいると、動く歩道にでも乗っているような気分になる。

 芳朝に至っては愛機であるパンサーの上で本を読んでいる。騎乗したまま長時間文字を追っていても酔わないのだから、乗り心地の良さは自動車の比ではない。

 三か月もの間、苦労した甲斐があったという物だ。

 ……周りの視線さえなければ、気分よくいられただろうに。

 俺たちの開発した精霊獣機はこの世界の人々に非常に受けが悪かった。

 この十日間、ほぼ毎日野外テストのために町中でも乗り回していたが、直接文句を言われた事こそないものの嫌悪の表情を何度も向けられた。

 振り返ってみれば、バランスの悪い人型の精霊兵器しかこの世界にはなかった理由についてもっと考察するべきだったのだ。

 だが、意見を聞けるような親しい相手もいないため、俺たちはこうして嫌悪の視線を浴びながら集合場所に向かっている。


「芳朝、なんで平然としていられるんだ?」

「慣れてるもの。いまさら睨まれたくらいで動じないよ」

「そんなこと言ったって……」


 俺は落ち着かない気分で周囲に視線を走らせる。

 露骨に顔を顰める人がいた。舌打ちしてすれ違う人もいた。

 こんなものに慣れることができるのだろうか。

 芳朝が俺の背中に手を当て、微笑みかけてくる。


「私がいるのに、何を心配する必要があるの? この状況は赤田川君にとっても嬉しいはずじゃない」


 芳朝の言う通り、友人など作りようのない今は俺にとって楽な環境だ。

 だが、それは逃げでしかない。

 今世がすでに台無しだったとしても、これからを諦めるには早すぎる。そう考えて、芳朝を説得した俺が逃げていいはずがない。

 それでも、この前世の記憶が消える目途が立たないうちは、踏み出せない一歩だった。

 芳朝がいるのだから今のままでもいいじゃないかと、楽な方に逃げたくなる。

 だから俺は、集合場所に先に来ていた商人たちから向けられる嫌悪の目にもほっとして、同時に罪悪感を覚えた。

 今回の依頼で護衛する開拓者たちの指揮を執る回収屋ことデイトロさんが俺たちを見て一瞬眉をしかめた。

 デイトロさんでもダメか、と諦念と安堵が同時に湧き上がる。

 俺たちが合流すると、商人たちがぎょっとしたような顔をして、直後に嫌そうに顔をそむけた。

 デイトロさんが頭を掻きながら歩いてくる。


「久しぶりだね。それで、君たちの乗っているそれはなんだい?」


 よくぞ聞いてくれた。


「精霊人機を俺たち仕様に改造した、精霊獣機です」

「改造って言ったって、原形を留めてないじゃないか」


 デイトロさんは突っ込みをいれながらも、俺の愛機であるシカ型精霊獣機ディアの周りを一周して観察する。


「しかし、精霊人機の改造版か……。固定観念を崩されているからか、どうにも嫌な気持ちにさせられる。君たちは乗っていて、違和感や嫌悪感が湧かないのかい?」

「えぇ、まったく」


 なぁ、と同意を求めると芳朝は深々と頷いた。


「むしろ愛着があるから、貶すつもりなら戦争も辞さない」

「物騒だなぁ。デイトロお兄さんの首を取っても自慢にならないと思うけどね」


 デイトロさんは自身の首を撫でて、芳朝のヒョウ型精霊獣機、パンサーを眺める。


「……やっぱり駄目だ。なんだろう。デイトロお兄さんも良く分からないけど胸がむかむかしてくるんだ」

「勝手にむかむかしてればいい。有用性は私たちが証明する」

「以前から思っていたんだけど、デイトロお兄さんはもしかして嫌われてるのかい?」


 眉を八の字にしてデイトロさんが上目使いに見てくる。成人男性にやられても嬉しくない仕草だ。

 そっと目を逸らすと、デイトロさんは肩を落とした。

 人の汗と涙の結晶たる精霊獣機を貶した罰だと思っていただこう。

 俺はディアの頭を撫でる。


「俺たちは魔導銃での狙撃や援護を主に行うつもりです。この精霊獣機の実戦投入は今回が初めてなので成果は保証できません。ですが、今回の依頼で俺たちに求められてる役割は開拓地で怪我人の演技をして脱走者を出さないようにすることなので、戦闘力が無くても問題はないでしょう?」

「デイトロお兄さんの信条は話してあったよね。死なないでくれよ?」

「機動力だけはあるので、いざとなったら真っ先に逃げる事にします」


 それも困るなぁ、とデイトロさんは苦笑した。

 護衛依頼を受けた他の開拓者もやって来たので、配置についての簡単な会議を行った後、出発となった。

 俺たちの位置は先頭を切るデイトロさんたちの後ろ、護衛対象である商人たちの前だ。

 銃を使う俺たちを正面に配置するよりも後方で精霊人機の援護要員として活躍してほしいとの事だった。

 俺と芳朝が剣術も魔術も実戦レベルでは使えない事を知っているデイトロさんらしい配置だ。

 町を出発して最初の一日は整備された道を進む。


「後ろから視線が刺さるな……」


 振り返らずとも嫌悪の視線を向けられているのが分かる。

 配置についての会議で精霊獣機に関する簡単な説明をしたのだが、どうしたわけか誰もが嫌な気持ちになっていた。

 影響がないのは俺と芳朝くらいのものだ。

 芳朝も精霊獣機がここまで受け入れられなかったのは予想外だったらしく、不機嫌に口を尖らせていた。


「みんなして嫌って……。私のパンサーを何だと思ってるのよ」


 芳朝がパンサーの頭を撫でる。ガレージで尻尾の長さをミリ単位でこだわって、塗装も二日悩んだ会心作を嫌われたのがよほど不満らしい。


「それにしても、なんで嫌われるんだろうな」


 デイトロさんもそうだったが、他の開拓者も精霊獣機を嫌う理由を説明できなかった。しいて言うなら、生理的に受け付けないらしい。

 俺と芳朝には共感できない理由だ。こんなにカッコいいのに。特に俺のディアなんて白を基調とした塗装に二本の角の黒が際立ったシックな凛々しさを兼ね備え、もはや神々しいくらいだというのに。


「文化の違いかもね」

「俺たちの価値観はベースが日本だしな」


 万物に神が宿る文化でなければこの神々しさは伝わらないのだろう。付喪神文化を根付かせる必要があるのか。


「この世界の価値基準だと、根底にあるのは精霊信仰か?」


 俺たちが足跡を追っているバランド・ラート博士を殺害したというウィルサムも、精霊を信仰していたらしい。

 信仰の深浅はあるにせよ、この世界の人々は精霊を信仰している。

 魔術の行使に必要な精霊は、人間が生身では到底太刀打ちできない魔物が蔓延るこの世界では神に等しい。精霊が存在しなければ人間は絶滅していたのだから当然なのかもしれない。

 同時に、この世界の人々は動物に対する愛情が希薄だ。

 どうやら、ほとんどの動物が魔術を使えない事から、誰でも魔術が使える人間を上位存在と考えている節がある。

 犬猫をペットにしているのはこの世界でも同じで、人間こそが至上だと声を大にして主張する者こそ少ないが、この世界の人々は多かれ少なかれ人間至上主義のきらいがあった。


「精霊と関係が深い魔術を獣型の兵器を動かすために使っているのが気にくわないのかもしれないな。魔導核を使っているから精霊抜きで動いてるって説明しても多分無駄なんだろう。精霊獣機で人助けでもすれば見方を変えてくれるかもしれないな」

「活躍するしかないって事ね。でも、今回はあくまでも実戦におけるデータ収集だと割り切った方が良いと思うの。功を焦って怪我をしてもつまらないでしょう?」

「演技する手間が省けるけどな」

「私は嫌よ。あの人たちを喜ばせても何にもならない。見下したり、利用したりすることしか考えてないあの人たちのためになんで私が怪我しないといけないの。努力の方向性を間違い過ぎて後ろを見てる」


 今日の芳朝の機嫌はかなり悪い。家を出た時はお披露目会だとばかりに上機嫌だったのが嘘のようだ。女心は秋の空。方向性という意味では彼女の心も十分迷走している。

 方向音痴を自負する俺は余計なことを言わないよう口を閉ざした。



 道中に戦闘は一切なかったため、予定よりも早く野営地に着いた。

 テントを張る者、馬車の荷台に横になる商人、整備車両で寝るデイトロさんたち。皆それぞれに野営の仕方があるようだ。

 そして、俺と芳朝の野営方法が一番おかしかった。

 デイトロさんが俺たちを見て言葉選びに苦慮して、結局こう評価した。


「独特だね……」


 俺たちの野営方法はシンプルだ。

 シカ型精霊獣機ディアの角に布を引っかけ、布の対辺をヒョウ型精霊獣機であるパンサーの尻尾に引っかける。これだけでテントの屋根が完成する。後はテント屋根の下、精霊獣機の背の上で二人仲良く寝転がるだけだ。

 精霊獣機はどちらも二メートルを超える体長を有しているため、背中で横になっても余裕がある。金属製なので硬いが、寝袋を敷けばさほど気にならない。

 なにより、かさばりがちで荷物が増える要因になりやすいテントの骨組みを持ち運ぶ必要がないのは非常にありがたい。


「布を張って寝袋を敷いたら完成なんて、とても便利だと思いませんか?」

「便利なのはわかるんだけど、整備車両なら布を張る手間さえいらないじゃないか。デイトロお兄さんには理解できない世界だなぁ」


 デイトロさんも意外と頭が固い。

 芳朝がテントの布を中からめくり、俺を手招く。


「早くおいでよ。一晩中抱きしめてあげるから」

「やめてくれ。芳朝の寝相の悪さを考えると投げ飛ばされそうで怖い」


 ディアもパンサーも犬の芸で言うところの〝伏せ〟の姿勢だが、それでも高さは八十センチほどある。落ちるとそこそこ痛い高さだ。

 デイトロさんが腕を組んで納得したように頷く。


「そうか。その狭さなら密着する大義名分を得られるのか。整備車両だと味わえない利点だね」


 無論、そんな意図で設計してはいない。

 だから芳朝、わざとらしく頬に手を当てて恥ずかしそうな演技をするな。本当に質の悪い奴だな。

 デイトロさんが俺の背中を強く叩いて親指を立てる。


「君もなかなか隅に置けないね。デイトロお兄さん、見直しちゃった」

「再評価を強く求めます」


 そもそも、ディアの角が簡単な仕切りのようになるから密着なんてできないんだけど。

 俺の説明も聞かず、デイトロさんは後ろ手を振って整備車両へ去っていく。


「明日の分の体力を残して早めに寝るようにね」


 無駄なアドバイスをありがとうございます。


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