第十七話 ギルドからの依頼
プロトンの動作実験を行ってからさらに二か月を経て、俺と芳朝は得られたデータをもとに精霊獣機の作成をほとんど終えていた。
精霊人機の部品は取り寄せれば二週間ほどで送られてくるため、互換性のある精霊獣機の完成も早かった。
体長七メートルを超える精霊人機とは違って、精霊獣機は三メートルに満たない事もあり、たった二人でも十分に人手は足りていたのも大きい。人手が足りないからといって誰かを雇う伝手も器量もないから助かった。
そして、各種点検や動作テストを終えた精霊獣機は今日、町の外での野外試験を行う――予定だった。
「まったく、なんでギルドに呼び出しなんてされなくちゃいけないのよ……」
芳朝が不満そうに唇を尖らせる。
そう、野外試験を行う予定だった今日に限って、ギルドからの呼び出しを受けたのだ。
どうも、年に一度の会費の支払期限が近付いているらしい。要は督促状が送られてきたのだ。
俺と芳朝が金を持っている事を知っているからか、ギルドも催促に余念がない。高価な精霊人機の部品をこの三カ月で次々購入しているし、芳朝の開発したマッピングの魔術式も特許をこの町で取っている。
俺の発明品も特許登録してあり、微々たるものだが継続収入が入ってきていた。
デュラからの避難民の中には早くも支払目途が立たずに職員と相談の上、どこかの開拓団に紹介されて下働きを始めている者もいるらしい。断るとギルドから除名されて職を失うから、紹介というよりは強制労働のようなものだ。
この制度を悪用する開拓団も存在し、死亡率が高くなる傾向にあるという。
開拓者のほとんどは身寄りがない者達で依頼中に死亡しても自己責任が基本だ。慰謝料を請求されることはない。
精霊人機の随伴歩兵は死亡率が高く成り手も少ないため、この制度で紹介された開拓団では随伴歩兵として扱われる場合が多い。
ギルド側も会費の滞納に対する抑止力としてみているため、際立って死亡率が高い場合を除いて紹介する開拓団を選り好みしない。
もっとも、ギルドの姿勢を批判する声もあるようだ。
相も変わらずラブなホテルにしか見えないギルドの建物に入る。何度か精霊人機の部品を発注するために訪れているおかげで一々気まずくなることはない。
芳朝が目頭をもんだ。
「太陽が眩しかった」
「人を殺すなよ」
芳朝は肩を竦めた。
「とっくの昔に私は死んだ」
「お前の前世の自室は老人ホームだったのかよ」
高校卒業後半年で死んだくせに。
俺と芳朝の姿を見つけて、精霊人機の購入を代行する係員さんが走ってくる。
この三カ月、俺たちはギルドに来るたびに精霊人機の部品を発注していたから、今日も同じだと思ったのだろう。
駆けつけてきてくれたのに申し訳ないけれど、部品は足りている。
会費を払いに来た事を伝える。
「他の職員は手が離せないので、わたしが承ります。どうぞ、こちらのテーブルにいらしてください」
係員さんに案内されてテーブルにつくと、すぐに会費を支払い、領収書をもらう。
わざわざテーブルに座るまでもなかったな、と思いながら立ち上がろうとすると、係員に押しとどめられた。
「お二人にお願いしたいことがありまして……」
「俺たちに?」
開拓者としての活動実績がほとんどない俺たちにギルドがまともな頼み事などするだろうか。
俺たちが警戒したことに気付いたのか、係員さんが苦笑した。
「事情からご説明いたします」
「その説明を聞いた後にお断りしても構わないのでしょうか?」
警戒心剥き出しの質問になってしまったが、係員さんは気分を害した様子もなく頷いた。
断れるなら良いか、と安心して説明をお願いする。
係員さんが言うには、近くの開拓地へ物資を運ぶから護衛を頼みたいらしい。
「できれば、断らないでいただきたいのですが……」
「届け先は?」
という俺の質問に帰って来た地名は、開拓団〝竜翼の下〟が駐屯している開拓地だった。
道は舗装されておらず、物資を運ぶ馬車の速度を勘案すると一日半掛かるらしい。
「魔導車は使わないんですか?」
精霊人機の整備や運搬に使う魔導車で物資を運べば、馬車よりも早く目的地に着けるはずだ。
しかし、係員さんは首を横に振った。
「車両は数が少ないですから、護衛として参加する開拓団の車両以外は今回の依頼に随行しません」
「そうですか」
ここ最近の精霊獣機作りを通して蓄魔石に魔力を溜める大変さを知った身としては、魔導車を増やせとも言いにくい。
それに、デュラの二の舞とならない様に魔導車よりも精霊人機を増産すべきだろう。
だが、俺たちに護衛を頼むというのは理解できない。それが大事な物資ならなおさらだ。
「デイトロさんたち回収屋の皆さんから、俺たちが戦闘で役に立たないと報告されてはいませんか?」
剣術の才能はまるでなく、魔術も人並み程度。しかも体力がない。
護衛という戦闘力が重視される依頼に俺たちを紹介するからには、何らかの裏事情がありそうだ。
係員さんが苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「度々精霊人機の部品を買っていただいているお得意様にこんなことを頼むのは心苦しいのですが……」
本当に言いにくそうに係員は口ごもり、声を落とす。
「お二人には目的地で怪我人の振りをしていただきたいのです」
「……は?」
意味が分からない。なぜ、開拓地で働いている人たちの士気を落としかねない怪我人の振りをしなくてはいけないのだろうか。
困惑する俺をよそに、芳朝が何かに気付いて、ため息を吐いた。
「つまり、開拓地で不満を溜めている元デュラの住人に、嫌われ者の私が怪我をしている様子を見せて、自分たちはまだマシだ、と思わせたいんですね。ついでにほかの護衛もいる中で怪我人が出ている事から開拓地周辺が危険だと思わせて脱走を防ぎたい、とかそんなところですか?」
あぁ、そういう事か。
芳朝の言葉で納得して、係員さんを見る。
気まずそうに冷や汗を流しながら、係員さんは視線を逸らした。
俺はギルド内を見回す。
さっきは係員さんの言葉を信用して他の職員の動きなど見ていなかったが、暇そうな職員が何人かいるようだ。
今回の頼みにくい依頼を切り出すために、この三カ月で最も俺たちとの接点が多いこの係員さんを当てたのだろうか。
もしもそうなら、そろそろ潮時だろう。
「本当に申し訳ないです。帰ってきたら、食事をおごりますので、どうか受けていただけませんか?」
係員のこの言葉が決め手だった。
俺は首を横に振る。
「食事をご一緒するほど仲良くないですから、結構です」
「そ、そうですか」
がっくりと首をうなだれる係員を見てから、この依頼を受けるか芳朝に横目で問う。
「どっちでもいいよ。赤田川君もそろそろこの町から出たいでしょう?」
「最後に依頼を受けるのもいいか。実戦テストもしたいし」
「確かに、実戦テストにはいい機会かもね」
芳朝の賛同も得られたので、俺はうなだれたままの係員に声を掛ける。
「依頼を受ける前に、参加する人たちについて教えてください。演技ではなく本当に怪我をするのは嫌なので」
「主力はデイトロさんたちです。他には三人のグループで活動している開拓者の方々が四つ、全部で十二人ですね。いずれの方も五年以上の実績がありますので、実力は申し分ないかと思います」
「……俺たちを連れ出すためにデイトロさんたちに頼んだんですか?」
「いえ、さすがにそこまではしませんよ。たまたまこちらに来ていらしたので声を掛けたんです。精霊人機を持っている開拓団で、物を運ぶ実力もありますから」
回収屋として有名になるくらいなのだから、危険地帯での物資輸送も大丈夫という判断だろうか。
馬車を使う時点で速度が大幅に落ちるから、デイトロさんたちの長所である足の速さが死んでいるのだけど、ギルドは理解していないのかもしれない。
とはいえ、団員を大事に扱うデイトロさんが受けた依頼なのだから、安全マージンは十分に取っているとみるべきだろう。
依頼を受けることにデメリットはない。
「分かりました。その依頼をお受けします」
係員がほっとしたような顔をする。
俺たちの気が変わる前に話を進めたいのか、すぐに書類を出してきた。
出発は十日後、報酬額に少し色を付けてもらうよう交渉してから、署名する。
十日あれば精霊獣機の野外テストを行って調整も可能だ。
「いやもう、断られたらどうしようかとハラハラしましたよ」
係員が書類を片付けながら言う。
「開拓地からの脱走者が出てるんですか?」
「出てからでは遅いんですよ。脱走者だってその後の身の振り方を考えてますから、資金を持ち逃げしたり、武器を持っていったり、酷い時には精霊人機を奪おうとして暴動を起こすんです。その後はまっとうな職に就けるはずもなく野盗に成り下がったりして、ギルドは討伐のために開拓者へ依頼を出して無駄な出費ばかりかさむ事に……。あぁ、今の愚痴は聞かなかったことにしてください」
日ごろから練習してるんじゃないかと疑いたくなるほどすらすらと愚痴っておいて、いまさら忘れろとは無茶を言う。墓の下から這い上がって来世でも覚えておいてやろう。そうして彼の子や孫に伝え聞かせるのだ。情報を漏らすことの愚かしさとして、きっと彼の子孫にとって良い反面教師となるだろう。
部品の購入を代行してもらって度々お世話になっているからやらないけど。
俺たちが怪我人の振りをする事情を他の参加者に説明しておいてくれるよう頼んでから、俺たちはギルドを後にする。
早く帰って精霊獣機の野外テストをしたい。
早足で借家へ帰り、ガレージに向かう。
三か月前は広々としていたガレージも、今はやや手狭になっていた。
理由はガレージに安置された大型犬型の精霊獣機プロトンと二機の精霊獣機だ。
一機は俺の専用機であるシカ型の精霊獣機ディア。全体的なカラーリングは白だが、脚の先と角は黒で塗ってある。
体高は一メートル半、体長は二メートル半とヘラジカ並みの大きさに加えて目を引くのは頭部から胴体の半ばまでを覆い隠すように伸びる巨大な二本の角だ。
この角はいわば盾であり、背中に乗る俺が体を伏せれば完全に身を隠すことができる。加えて、上部にはいくつもの窪みがあり、狙撃銃の銃架としての機能を果たす。首には反動を軽減する機構を備えているため、騎乗したまま狙撃銃をぶっ放しても俺への負担は全くと言っていいほどない――予定だ。
さすがに町中で対物狙撃銃をぶっ放すほど俺も世間知らずではないため、まだ試射は行っていない。
もう一機は芳朝の専用機であるヒョウ型の精霊獣機パンサー。こちらは全体的に黒だが、脚の先と尻尾は深紅の塗装が施してある。
体高は一メートル、体長は二メートルと少し、実際のヒョウと比べると一回り大きい程度だが、尻尾が扇形をしているのが特徴的だ。
扇形の尻尾はパンサーに組み込まれた魔導核に刻まれている索敵の魔術式と連動しており、後方からの攻撃を自動的に弾く機能を持っている。また、金属製でできているうえに先端部に出し入れ可能な刃がついているため、それ自体が武器にもなる。
出し入れ可能なのは爪も同じだ。四つの足全てに組み込まれた強靭で鋭い爪は対象を切り裂く以外にも木を上り下りする際にも使用できる。まだ野外テストで確認していないからスペック上の話ではあるが、芳朝を乗せたままでも重量軽減の魔術により木の枝に乗ることも可能だ。
俺の専用機であるディアに比べて機動力があるパンサーだが、重火器の使用にはあまり向いていない。反動が大きすぎる銃はパンサーの背に寝そべるようにして、耳を銃架として使用する必要がある。首が短いため反動もあまり殺せない。
どちらも一長一短だが、それこそが専用機の専用機たるゆえんだろう。たった一人の操縦者に合わせ、他を顧みない一途さ。汎用性なんて無粋な物はドブに捨てろ。反論は許さん。
「さて、十日以内に最終調整だ。余裕を持って終わらせないとな」
俺は芳朝と一緒に二機の精霊獣機の野外テストに出かけた。