第十五話 来たるべき未来への布石
「三日天下ですらないとか、新大陸派が弱すぎるのか、ワステード司令官が強すぎるのか」
俺の言葉に、リビングで朝刊を読んでいたミツキが苦笑気味に新聞を持ち上げる。
「この状況じゃ新大陸派もどうしようもないと思うけどね」
キッチンで白いコーヒーもどきを淹れていた俺からは見えないが、どうやら顛末が書いてあるらしい。
ミツキが読みあげてくれる。
「マッカシー山砦をほぼ無血で落とした新大陸派軍、通称革命軍は精霊人機二十機を有し、さらには行方を眩ませていたホッグス元司令官率いる赤盾隊機全六機もこれに参加していた模様」
「二十機って……。本当に準備万端だったんだな」
精霊人機二十機をただ用意して終わりというわけではないだろう。予備の部品や運用に伴う魔力を確保した蓄魔石、それを整備する整備士など、費用はかなりの規模になっていたはずだ。
というか、ホッグスもやっぱり生きてたんだな。
ミツキが続きを読み上げる。
「マッカシー山砦を落としたその日の内にワステード司令官率いる討伐軍が到着、マッカシー山砦を包囲。あまりに早い到着に革命軍は浮足立ったとの事。ここから、スケルトンの群れとワステード司令官軍が交戦したのを確認してから動いた革命軍の予定が狂った」
「ほうほう」
興味深く聞きながら、俺は白いコーヒーもどきが入ったカップを三つお盆に乗せ、作り置きしてあるクッキーを小皿に入れた。
作業をしつつ、記事を読み上げるミツキの心地よい声を聞く。
「籠城作戦を取ろうとした革命軍だったが、内偵に入っていたファーグ男爵家が精霊人機格納庫にて戦闘を開始、精霊人機八機をその場で破壊し格納庫を占拠、狼煙を上げる」
ファーグ男爵が本性を現したわけね。革命軍からすれば最悪のタイミングだったろう。
「狼煙に気付いた討伐軍が攻撃を開始、そこに〝たまたま通りがかった〟開拓団飛蝗、回収屋、竜翼の下が参戦、マッカシー山砦の防壁二つを飛蝗の団長機が瞬く間に破壊し、砦内に乗り込んだ討伐軍がファーグ男爵と合流、マッカシー山砦を即日奪い返した」
「――おい、マライアさん何してんだ」
しかし、内部から呼応された上に新大陸で活動中のそれの中でも上位に入る強力な開拓団、飛蝗が参戦したなら、準備を整えていたとはいえ新大陸派が負けるのも仕方ないのか。
「デイトロさんが革命軍の討伐終了の知らせを持ってきたのも現場に居たからか」
道理で疲れた顔して革ジャン着ていたわけだよ。
「スケルトン討伐が終わってるって聞いてほっとしてたもんね」
俺がテーブルに置いたお盆の上からカップを持ち上げて、ミツキは白いコーヒーもどきを一口飲み、記事を睨んだ。
「それで、本題なんだけどさ」
「魔力袋の正体は書いてなかったのか?」
「何らかの資金源があったと思われるため調査中だってさ」
「国は誤魔化す気満々ってことか」
予想していた事ではあるけど、失望を禁じ得ないな。
俺は淹れたての白いコーヒーもどきを飲み、クッキーに手を伸ばす。
「さて、ここで問題だ。魔力袋の秘密は革命を企てることもできるくらいの利益と戦力を生み出せる。それを今旧大陸派が握っていて、他に知っている民間人三人がここに揃っている」
俺は言葉を切り、リビングでくつろいでいるウィルサムを見る。
ウィルサムはクッキーを摘まみながら、まじめな顔で口を開いた。
「襲われるだろうな。口封じを目論む者は必ず出る。君たち二人から伝え聞く限りワステ―ド司令官は食い止めようとするだろうが」
「そのワステード司令官は革命軍討伐の件で報告を求められて、本国に渡ったみたいだよ」
ミツキが別の記事を開いて掲げる。
ウィルサムは横目で記事を見ると、ため息を吐いた。
「露骨だな。襲われるとみて間違いない。そもそも、二人はそう考えてここに帰って来たのだろう?」
ウィルサムの言葉に、俺はミツキと揃って頷いた。
ここは港町の借家ではなく、デュラ近郊のミツキの家だ。
周りに民家はなく、仮に目撃者が出たとしてもそれは俺たちを嫌うデュラの住人、襲撃にはもってこいの環境だ。
ウィルサムが腑に落ちないという顔で俺たちを見た。
「なぜ、襲われると分かっていてここに帰って来たのだ?」
「万が一、借家で襲われたりしたら色々な人に迷惑がかかっちゃうでしょ」
「それに、魔力袋が魂からできるって事実が公表されない以上、ウィルサムの汚名返上の機会もなくなる。それはあんまりだと思ってさ」
俺はカップをテーブルに置き、ディアの腹部から紙束を取り出した。
「俺たちは目をつけられてて動けない。だから代わりにこれをばら撒いてくれ。それで全部片が付く」
「これは……」
俺から受け取った紙束に目を通したウィルサムは感心したように頷く。
内容は魔力袋に関するバランド・ラート博士の研究内容を暴露する物だ。異世界の魂に関してはもちろん伏せてある。
ウィルサムは俺とミツキを見た。
「国が公表しないのなら自分たちで、という事か」
「あぁ。それと、こっちの紙を見てくれ。後を託す」
「託すって……」
ウィルサムは新たに俺が渡した紙を読み、ため息を吐いた。
「なるほど、君たち自身が抑止力になるのか」
「まぁ、そんなところだ。俺たちの力が必要にならないならそれに越したことはないけどな」
無理だと思うけど。
最後に俺はウィルサムにいくらかの金を渡す。
「じゃあ、後は任せた。すぐに出発してくれ。最後まで巻き込んで悪いな」
「身から出た錆だ。これくらい引き受ける」
ウィルサムは金を受け取り、白いコーヒーもどきを飲みほして立ち上がった。
玄関まで見送りに出た俺たちを振り返ったウィルサムが口を開く。
「身勝手な物言いになってしまうが、召喚された魂が君たち二人でよかったと心から思っている。……ありがとう」
ウィルサムを見送って二日目の朝、俺はミツキが作ってくれた朝食を食べ終えてリビングのソファに座ってくつろいでいた。
俺の方にミツキが体を預けている。
「ウィルサムがやったみたいだね」
ミツキが掲げた記事には、魔力袋の正体が生き物の魂であることを暴露する文が書かれていた。
俺がウィルサムに渡した紙束の内容が要訳されている。
同時に、ウィルサムは新大陸派に付け狙われていた事や身の潔白を主張していた。
さすがの国も俺たちではなくウィルサムが突然出てきて暴露するとは想像していなかったのだろう。
きっと俺たちがタレこんだりしない様に色々と手を打っていたんだろうが、こちらの方が一枚上手だったと諦めてもらおうか。
今頃は国も大慌てだろうけど、まだ続きがあるとは思ってもみないだろうな。
ウィルサムには別の紙を渡してある。
それは、魔力袋の正体が浸透し、出生率減少との関連が問題視されるようになったら行動に起こすように言ってある。
「――さて、それで今更何の用ですか?」
俺は対面に座る訪問者に笑顔を向ける。
この世界での俺の父親であり、革命軍を崩壊させた戦功者の一人ファーグ男爵とその腹心、アンヘルが渋い顔をしていた。
「今回の功績で子爵になる事が決まったのだが、さっそくお前の邪魔が入ったので文句を言いに来たのだ」
「邪魔、どれの事ですか?」
身に覚えがありすぎてわからないな。
ミツキがくすくす笑ってこれ見よがしにウィルサムが暴露した内容を読み上げる。
ファーグ男爵の眉間に皺が寄った。
「その記事の事だ。お前たちがウィルサムに話したのだろう」
「魔力袋の秘密を隠し立てしようなんて考える方が悪いのよ。現実に出生率減少という弊害が出ている以上、きちんと対策してください。お貴族様のお仕事でしょう?」
ミツキが楽しそうに言い返す。決闘の件をまだ根に持っているらしい。
ファーグ男爵は頭痛を堪えるように額を押さえた。
「その記事が出た以上、お前たちに口止めしたところでもう意味がない」
「一足遅かったですね」
「そのようだ。気の早い者が襲撃する前にと急いだのだがな」
「あれ? 心配してくれてました?」
ちょっと意外に思っていると、アンヘルが眉間をもんだ。
「旦那は襲撃者の心配をしたんですよ、坊ちゃん。迎撃態勢を整えている坊ちゃんを相手に襲撃なんて仕掛けても返り討ちでしょうが」
「良く分かってるな」
「そりゃあもうね。クーラマの死骸も見ましたんで」
俺はアンヘルからファーグ男爵に目を向ける。
「それで、間に合わなかったと分かっていてなんで訪ねてきたんですか?」
「もう安全だと知らせるためだ。ワステードもすぐに戻ってくるだろう」
「それはよかった」
ファーグ男爵たちを見送って、俺はようやく一息つけた気がした。
「……魔力袋に関する件もこれで一段落か」
俺たちの転生にまつわる諸問題もこれで晴れて全部解消したわけだ。
リビングに戻ると、ミツキが白いコーヒーもどきを飲みながらテーブルに地図を広げていた。
「ねぇ、ヨウ君、ハネムーンとかどうする?」
「いくつ段階飛ばしてんだよ」
「――とぅ」
ソファに座り直した俺に、掛け声とともにミツキが抱き着いてくる。
「ファーグ男爵に仕返しできて満足した?」
「満足した。後はバランド・ラート博士への仕返しだけど、ウィルサム待ちだな」
「時間かかるね」
「良いんじゃないか。時間だけは持て余すくらいあるだろうし」
俺たちは記憶を引き継いで転生するのだから。
ミツキに抱き着かれたまま、俺は壁掛け時計を見た。
新大陸にきてからの一年間が嘘のようにゆっくりと時間が流れていく。
ゆっくりと、ゆっくりと。
この世界を駆け巡る事になるその日まで、ゆっくりと。