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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
最終章  世界を都合で振り回す二人
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第十四話  休息

 ポケットに入れておいた蓄魔石と俺自身の魔力でディアを動かせるようにしてから、開拓者たちの待つ最終防壁へ向かった。

 ヒート用の魔導鋼線はすでに使い物にならないが、戦闘も終わった今となっては些細な事だ。

 スケルトンの残骸が散らばる防御陣地に入る頃には、スケルトンに追撃を掛けていた朱の大地も帰ってくるところだった。

 そろって最終防壁の裏に入る。


「お、英雄さんのお帰りだ」

「クーラマ退治、お疲れ様でした」


 ボールドウィンとタリ・カラさんが口々に俺たちへ声をかけてくる。片手には水の入ったコップ、もう片手にはミツキ手製のクッキーが入った袋が握られている。


「何が英雄だよ。そっちこそ、ガシャを退治してただろ。結局、雷槍隊でも仕留め切れなかった連中を全滅させたお前らの方がよっぽど英雄だっての」

「それは雷槍隊が手加減してたからだろ。新大陸派の件が後に控えてなければ、雷槍隊が仕留めてたと思うね」


 ボールドウィンが謙遜する。

 青羽根の整備士長が俺たちを見つけて、ビスティと一緒に魔導鋼線や蓄魔石を運んできてくれた。


「スケルトン退治は終わったが、クーラマが出た以上は甲殻系魔物が襲ってくる可能性もある。いまのうちに整備しとけ」

「そういえば、過去の事例だとクーラマが動いたことで甲殻系魔物が追い立てられて群れを成してたな」


 ヒートも使えない今の状態で甲殻系魔物とやり合いたくはない。

 運んできてくれた魔導鋼線を手に取り、ディアの整備を始める。

 作業をしていると、朱の大地の団長二人とレムン・ライさんがやってきた。


「団長と副団長が勢ぞろいしてるようですな」


 朱の大地の団長が俺たちを見回して言うと、ドカリと地面の腰を下ろす。


「いやはや、しんどかったですな。クーラマが出た時はもうどうしようかと」

「全くですね」


 レムン・ライさんが頷きつつ、タリ・カラさんの斜め後ろに立つ。少し疲れが見える。

 タリ・カラさんはレムン・ライさんを振り返って少し言葉を交わした後、俺たちに向き直った。


「今後はどうしましょうか。これだけの規模の戦いでしたが、スケルトンとパペッターの性質上、魔力袋は手に入りませんし、腐るようなものでもないので事後処理は後回しでしょうか?」


 スケルトンの食性は定かではないが、骨だけの身体である以上原料である魂が外へ漏れ出るため魔力袋が生成されない魔物だ。

 パペッターも生態が定かではないが、魔力袋がなくとも魔法を使える。探せば魔力袋が手に入るかもしれないが、あまり多くはないだろう。

 俺は朱の大地に目を向ける。


「取り逃がしたスケルトンはどれくらいの数です?」

「おおよそ五十、というところでしょうな。魔術スケルトンを優先して潰しておきましたので、生き残ったパペッターは片手で数えられる程度かと」


 朱の大地の団長の言葉に、ミツキが周りを見回す。


「夜襲を掛けられると少し面倒な数だけど、私たちなら索敵魔術で接近に気付けるし問題ないかな。ワステード司令官たちの背後を襲うとしても、五十前後ならすぐに討伐されるだろうから放置でいいね」

「そうだな」


 数が多ければ開拓者全員で森を捜索する必要もあったが、ミツキの言う通り放置でいいだろう。


「ひとまず、各開拓団は甲殻系魔物の襲来に備えてくれ」


 一晩野営することに決まり、俺たちは一時解散した。

 テント設営に奔走する朱の大地や、精霊人機の整備を始めている青羽根、月の袖引くを眺めながらディアの魔導鋼線の交換を終える。

 隣で同じようにパンサーの魔導鋼線を交換したミツキが立ち上がった。


「魔力の充填を終えたらクーラマの解体をして、魔力袋を取り出さないといけないね」

「クーラマの魔力袋か」


 俺は二キロ近く離れたところにあるクーラマの死骸を見る。巨大すぎて遠近感が狂いそうだ。


「あいつ、動く物は何でも食ってたから、馬鹿でかい魔力袋を持ってそうだな」

「使っていた魔術の規模からしても間違いないだろうね。精霊がぎゅうぎゅう詰めになった魔力袋を持ってると思うよ」


 まず間違いなく国の買い取りだな。


「クーラマ自体の体が大きいから、解体するのも一苦労だよね。精霊人機でないと動かせないだろうし」

「スイリュウに頼むしかないな。あの分厚い甲羅を斬れるのはスイリュウのウォーターカッターくらいのものだ」

「……飛び散るよね。肉とか、血とか」


 まぁ、ウォーターカッターの原理は水に乗せて研磨剤を叩きつけるものだから、飛び散るだろうな。

 俺は魔力供給しながら空いた手でディアの装甲を布で拭う。俺自身、クーラマの返り血でドロドロだ。それはミツキも同じである。


「いまさらだろ」

「そうなんだけど、シャワー浴びたい。切実に」


 ミツキは血が付いた服の裾を引っ張って、気持ち悪そうに見下ろす。


「へそ見えてるぞ」

「見せてるの」

「クーラマの返り血の影響でヤンデレものにしか見えないけどな」

「ほら、シャワー浴びた方が良いでしょ?」


 可愛いミツキちゃんを見たいでしょ、と自分で言って、ミツキは人差し指を自身のほっぺに付けて小首を傾げ、笑顔を見せる。ぶりっ子あざとい。


「月の袖引くに相談してみたらどうだ。あの開拓団、女性が多いから協力してくれるだろ」

「そうしてみる。あぁ、ヨウ君と二人きりなら一緒に河で水浴びしたのになぁ」

「やめといた方が良いと思うぞ」


 俺はちらりと川を見る。上流のクーラマの死体から流れ出た血が混ざりあっていた。

 ミツキも気付いたのか、げんなりした顔をしてクーラマの死骸を振り返る。


「ほんと、碌なことしないなぁ」


 ミツキが月の袖引くの整備車両へ歩いて行くと、しばらくしてレムン・ライさんやビスティなど月の袖引くの男性陣がぞろぞろと俺のところへやってきた。

 別の方向からはボールドウィンや整備士長たち青羽根の男性陣が釈然としない顔でやって来る。


「なんだよ、男ばっかり。むっさいなぁ」

「酷い出迎えの言葉だな。というか、コト、お前のせいでもあるんだぞ」

「え? 俺?」


 何かしたっけ?

 両開拓団の男性陣が河原に座り込むと、今度は朱の大地の団員がぞろぞろやって来る。少ないながらも混ざっていたはずの女性団員の姿がない。

 何の騒ぎだと首を傾げているとビスティが苦笑気味に説明してくれた。


「開拓者の女性を集めて水浴びするとホウアサさんが言いだしたそうです。それで、覗かれないよう男性は河原に集合、との事でした」

「なるほどな」


 それでいま女性開拓者が整備車両を動かして衝立を作ってるわけね。

 俺は立ち上がり、男性メンバーに声を掛ける。


「覗いてやろうなんて考えない方が良いぞ。絶対にばれる。なぜなら、ミツキはパンサーを持ち出している」

「――卑怯な!」


 どこからか声が上がった。

 俺とミツキの索敵能力の高さは知っての通りだ。覗こうだなんて考えて近付いたが最後、パンサーに発見されて女性開拓者全員から袋叩きに遭うだろう。


「てかおい、いま卑怯とか言った奴でて来い。まさかと思うが、ミツキの裸を見ようとしたんじゃねぇだろうな。もしそうなら、特注の義手義足を作り出して、てめぇを精霊獣機に改造するからな?」

「……やべぇ、あの眼本気だ」


 戦慄している開拓団の男性諸氏を見回して、俺は河を振り返る。


「だが、このままだと釈然としない、そんな君たちの気持ちも理解できる。というわけで、ここをバスルームとする」

「いや、意味わかんない」


 露天風呂作ろうぜって話だ。

 俺は朱の大地と月の袖引くを見回して、防御陣地の最前線である第一陣地の迷路を指差す。


「どうせもう使い物にならないから、片付けのついでにあのスライム新素材で露天風呂作ろうぜ」

「お、良いな、それ」


 初めに食いついたのはボールドウィンだ。


「立派な露天風呂を作り、シャワーだけで済ませた女性陣を悔しがらせようというわけですな。乗った!」


 朱の大地の団長が顎を撫でながら愉快そうに膝を叩く。

 どうせ片づけなければならないのだから、とみんな乗り気な様子で立ち上がった。

 人数が多い上に連携も取れているため、すぐにスライム新素材の運搬班と組み立て班、お湯を準備する係などの分担が終わり、作業を開始する。

 人数と負けん気と、何より秘密基地作りにも似た少年心をくすぐる計画だけあって巧みな連係と高い士気のもと、露天風呂は三十分ほどで完成してしまった。

 だが、完成してようやく気付く。


「この景色を見ながらお風呂に入るんでしょうか?」


 ビスティが頬を掻きながら戦場を見回した。

 スケルトンの残骸が転がり、撤去途中のスライム新素材の壁が聳え立ち、上流には巨大なカメ型魔物クーラマの死骸。古戦場もかくやといったこの景色では、風情も何もあった物ではない。


「せっかく作ったのですから、はいりましょう。なに、戦場で一風呂浴びるなどそうできる経験ではございません」


 やけに男らしく、レムン・ライさんが全裸で仁王立ちしている。副団長ながら前線に歩兵として立つこともある凄腕の開拓者だけあって、筋骨隆々で歳を感じさせない。

 同様に朱の大地の団長二人も全裸にタオル一枚を肩に引っかけ、体を洗ってから湯船に入って行く。

 俺もさっさと服を脱いで風呂に入った。

 男性陣が全員浸かれる巨大な湯船に肩までつかり、空を見上げる。周りを見てもリラックスできないし。

 戦っている内に日も傾いてきており、どこかへ帰って行く鳥の群れが頭上を飛んで行った。


「終わったなぁ……」


 呟くと、近くで風呂の縁に肘をついていた整備士長が言葉を返してくる。


「生き残れるもんだな」

「つか、飛蝗とか回収屋とかに声かけてたわけだけど、そろそろこっちに到着する頃だよな」


 ボールドウィンが濡れた前髪を掻きあげてマッカシー山砦の方角を見る。


「全部終わったって知ったら、姉御、暴れ足りずに新大陸派に殴り込んだりしないよな」


 姉御ことマライアさんの性格だとやりかねない。

 その時は回収屋のデイトロさんに任せればいいか。

 風呂から上がって服を着る。

 スライム新素材は透明なため仕切りの役に立たず、木陰で服を着た。

 クーラマの返り血で汚れた服は捨てることになるだろうと思いつつ、野営地に戻る。

 すでに女性陣もシャワーを終えたらしく、ミツキがパンサーの上に寝転がって本を読んでいた。

 ミツキは俺を見ると頬を膨らませる。


「お風呂ずるい」

「なら入るか? 浴槽透明だぞ?」

「うぐっ」


 もう知らない、とミツキはそっぽを向く。

 俺は苦笑して野営地を見回した。


「もうみんな体を洗って持ち場についたみたいだな」


 汗を流して晴れ晴れとした様子の開拓者たちを見回す。一日中骨の群れと戦っていたため、相当ストレスをため込んでいただろうが、シャワーや風呂のリラックス効果で気持ちも上向いただろう。

 俺はディアをパンサーの横に付けて、背中に寝転がる。

 ミツキが読んでいる本を横目に、声を掛けた。


「これからが問題だな」

「魔力袋と魂の話?」


 ミツキが寝返りを打って俺に向き直る。


「今回の件でもし開拓者も表彰されるなら、これ以上の舞台はないと思うよ」

「やっぱそうだよな。世間の耳目が集まるのは間違いないし、暴露するには絶好の機会だ」


 だとすれば、忙しくなりそうだな。


「むしろこれからが本番かもな」


 俺はディアの背中から降りて白いコーヒーもどきを淹れる準備をしながら、マッカシー山砦の方角を見る。

 マッカシー山砦を占拠した新大陸派が即日敗北したとの知らせが来たのは、翌日の昼の事だった。


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