第十三話 至近距離の狙撃
青の軌跡を描き、俺たちはクーラマに迫る。
目配せし合った俺たちは左右に分かれ、攻撃姿勢を取った。
ミツキを乗せたパンサーが加速する。
尻尾に付いた扇形の刃が試し斬りでもするように空を斬り裂いた直後、パンサーは最高速に達した。
青の火花を散らせる四肢が地面を抉り、スパイク代わりの爪で深い痕を地面に残す。
クーラマの水の螺旋攻撃で空に打ち上げられた樹木や土砂が降り注ぐも、パンサーの障害物認識の魔術が働き、かすりもしていない。
砲撃が止んで油断しきっているクーラマの左後ろ脚に急接近したパンサーは時速二百五十キロを超えたその速度を維持したまま軽く跳躍し、尻尾を叩きつけるように回転する。
身体強化で守られた強靭なクーラマの左足がパンサーの尻尾の刃で斬り裂かれた。
音もなく左足を斬り裂いたパンサーは地面に着地すると同時にミツキが用意していた魔導手榴弾を投擲する。
魔導手榴弾を投擲しながら、パンサーはさらに地面を蹴ってクーラマの左足に再接近した。
投げ込まれた魔導手榴弾は最大速度二百キロ、パンサー・ヒートであれば着弾前に追いつけてしまう速度だ。
魔導手榴弾が照準誘導の魔術式により寸分の狂いもなく左足の斬り傷に命中する。
刹那、魔導手榴弾が爆発するより早く、パンサーが蹴りを入れ、クーラマの左足の傷深くに魔導手榴弾を埋め込んだ。
蹴りを入れた反動で跳躍したパンサーは地面に着地すると同時にその場を飛び退く。
くぐもった爆発音が空気を震わせる。
効果は劇的だった。
内側から爆破された左足は骨が露出し、赤い血を吹き零して地面を染める。
おそらく、ミツキは蓄魔石から魔力を引き出して魔導手榴弾に込めたのだろう。普段とは段違いの威力だった。
皮膚はもちろん筋肉まで吹き飛ばされたために、巨大な自重を支える事さえままならずクーラマの身体が傾く。
クーラマが苦悶の叫び声を上げながら足を甲羅の内側に引っ込める寸前――俺はカノン・ディアの引き金を引いた。
爆音轟き、空気の壁を音速超えの弾丸が突き破る。
弾丸は魔術で生み出した石の銃身を突き付けたクーラマの右後ろ脚に大穴を穿ち、その先にある右前脚さえも食い破り、肉と骨をぶちまけた。
カノン・ディア発射直後の硬直をヒート状態で向上させた各種魔導部品の性能で振り解き、ディアは俺を乗せてクーラマから飛び退く。
左右後ろ脚と右前脚が使い物にならなくなったクーラマはバランスを崩して地面に倒れ込む。筋肉をズタズタにされた状態では甲羅の内側へ引っ込めることもできないのか、傷ついた手足は外に出たままだ。
ヒート状態の脚力を生かして、すぐに森の中へ避難する。
甲羅の中へ避難できないと知ったクーラマの次の一手は予想がつく。
案の定、クーラマは水の螺旋による広範囲攻撃で周囲一帯を薙ぎ払いつつ態勢の立て直しを図った。
ヒート状態で全力離脱した俺はギリギリで攻撃範囲から逃れられた。まともな生物なら確実に今の水の螺旋に巻き込まれて死んだだろう。
高機動のヒットアンドアウェイが真骨頂の精霊獣機だからこそ生き残れた。
すでに避難していたミツキに合流し、水の螺旋を振り返る。
「首尾はどう?」
「右後ろと前脚は吹き飛ばした。歩行は出来ないはずだ」
「歩行は、ね」
ミツキが苦い顔でクーラマを見つめる。
そう、歩行での移動は出来ない。
水の螺旋を終えたクーラマが水のブレスを地面にぶつけ、反動で自らの身体を飛び退かせた。
あの移動方法がある以上、足止めはまだ終わっていない。
クーラマは石魔術で側面と後方に壁を作り、頭を甲羅に引っ込めて周囲を警戒し始めた。
自走空気砲の砲撃とカノン・ディアは威力も射角もまるで違うため、俺たちの存在に気付いたのだろう。
動きを止めているのなら好都合だと、俺は手早くヒート状態を解いてポケットの蓄魔石からディアへ魔力を移し替える。
ミツキもパンサーのヒート状態を解き、開拓者とスケルトンの戦場までの距離や街道との距離を測り始めた。
「クーラマの水ブレスが最終防壁に届くかどうかってところかな」
「もう少し押し込む必要があるって事か」
「かなり深手を負わせたから機動力をある程度削いだと思うし、このままボルスの時みたいに撤退してくれるかも――」
ミツキが希望的観測を口にした瞬間、戦場から巨大なロックジャベリンが飛来してクーラマの身体を囲う石の壁を貫いた。
「――なに!?」
ミツキが慌てて戦場を見る。
戦場からここまで精霊人機の魔術攻撃は届かないはずだ。ガシャでもそれは同じはず、そう思いながら向けた視線の先に弓兵ガシャがいた。
アーチェの大弓を構えた状態で二射目のロックジャベリンを番えている。押さえに回っていたはずのスイリュウは両手ハンマーの捨て身の猛攻を躱すのに手一杯なようだ。
「なんで? ヨウ君に弦を切られないように警戒してたはずなのに!」
「クーラマの足を撃ち抜いたカノン・ディアの銃撃音で、大弓を破壊できる俺がクーラマとの戦闘中だと勘付いたんだ」
だが、俺が潜んでいる森の中ではなくクーラマを攻撃した意図が分からない。
両手ハンマーは身に纏う重量級遊離装甲セパレートポールをスカイの天墜で弾き飛ばされながらも執拗にスイリュウへ攻撃を仕掛けている。その動きには明らかにスイリュウの牽制の意味が込められている。
両手ハンマーを危険に晒してまで、何故クーラマを挑発したのか。
その疑問は、二射目を放った弓兵ガシャが走り込んだ方角から答えが導き出された。
「あいつ、クーラマの水ブレスを利用して最終防壁を開拓者ごと薙ぎ払う気だ!」
この戦場で最も威力があるクーラマの水ブレスであれば、いくら頑強な最終防壁でも貫かれる。そればかりか、最終防壁を盾にしている開拓者たちまでまとめて殺されかねない。
弓兵ガシャや両手ハンマーでは最終防壁を壊すだけでも少し時間が必要だろうが、水ブレスなら一撃で済む。
「何でもかんでも利用しやがって!」
俺は魔力充填を中断してディアに飛び乗る。
すでに弓兵ガシャの挑発を受けて苛立った様子のクーラマが方向を転換していた。弓兵ガシャはご丁寧に最終防壁前で足を止め、大弓にロックジャベリンを番えている。
「……ヨウ君、多分誘われてるよ」
俺たちがクーラマに攻撃を仕掛けるために飛びだした瞬間を横から弓矢で攻撃するつもりか。
クーラマを止められるのが俺たちだけだという事も、俺たちがクーラマを止めるしかない事も織り込み済みってわけだ。
だが、素直に撃たれてやると思うなよ。
「ミツキ、弓兵ガシャを任せた」
「無茶言うね。まぁ、ヨウ君も無茶やるからお互い様か」
ニコリと笑ったミツキが俺の背中を叩いた。
「行ってらっしゃい」
「おう」
レバー型ハンドルを押し込み、再度ヒート状態にしたディアが森を抜け出す。
俺は対物狙撃銃の銃身をディアの角に乗せ、弓兵ガシャを思考から排除し、ただクーラマの動きに集中する。
クーラマが弓兵ガシャを目視し口を開けた瞬間、俺はクーラマの左目に回り込んだ。
すかさず、カノン・ディアの発射体勢に移る。
各種魔術がコンマ秒以下の精度で発動し、石の銃身を作り出す。
クーラマの眼が俺の姿を捉え、見開かれた。
「――カノン・ディアの銃口を覗いたのはお前が初めてだ」
クーラマの瞳にカノン・ディアの銃口が移り込んだ瞬間、俺は引き金に掛けた指に力を込めた。
大気を震わす銃撃音と共に至近距離からカノン・ディアを受けたクーラマの頭が横から殴りつけられたように折れ曲がり、左目から血が噴き出す。
発動途中だった水ブレスの残骸がクーラマの口から零れだし、魔力を失って蒸発する。
クーラマの返り血が降り注ぐと同時、弓兵ガシャが放ったロックジャベリンが猛烈な勢いで飛んできた。
「――的が大きいんだよね」
クーラマの巨大な甲羅を駆け上っていたパンサーの上から呟いた直後、ミツキは周囲に浮かせていた十を超える魔導手榴弾を投擲する。
すべてが別々の軌道を描く魔導手榴弾は飛来してくるロックジャベリンの側面へと正確に吸い込まれ、順次爆発していく。
一つの音にしか聞こえないほど絶え間なく爆発音が響き渡り、ロックジャベリンの軌道を大きく逸らした。
狙ってやったわけではないだろうが、逸らされたロックジャベリンはクーラマの唯一無事だった左前脚に命中し、地面に深く縫い付ける。
しかし、クーラマに反応はなかった。
至近距離から眼球にカノン・ディアを受けたのだ。いかに超大型魔物といえど銃弾に脳天をかき回されて絶命したのだろう。
さすがに放ったロックジャベリンの軌道をずらされるとまでは想定していなかったのか、弓兵ガシャはすぐに大弓を背中に隠そうとする。
だが、甘い。
ディアを反転させながら残る魔力を全て注ぎ込んだカノン・ディアの発射体勢に移る。
目測距離千八百メートル、目標はおおよそ十センチ。
この程度は、
「――至近距離だ!」
クーラマの血の雨が降る中、大気も大地も大きく揺らす轟音を奏で、この世界で最長距離の攻撃を放つ。
魔力を失ったディアがバランスを崩し、俺と一緒に地面に転がる。
クーラマの血で染まった地面に投げ出される直前に見た光景。
そこでは、音速をはるかに超える弾丸を避けられるはずもない弓兵ガシャが、持っていた大弓の弦をカノン・ディアの銃弾に貫かれていた。
頼りの大弓を失った弓兵ガシャの脚に最終防壁に残してきた二機の自走空気砲が砲弾を命中させる。
爆発型ではなく、凍結型だ。
ガシャは凍りついた脚を溶かすため咄嗟に炎の魔術を使用するが、その隙が致命的だった。
スカイが両手ハンマーをスイリュウに任せ、天墜を振り上げていたのだ。
「手こずらせやがって」
スカイが振り降ろす天墜を見上げたガシャは終わりを直感したのか硬直し、頭から叩き潰された。
砕けた弓兵ガシャの頭蓋骨の破片が宙を舞う。
さらに、二つ舞い飛ぶ物があった。
「残り一体なら、魔力消費はもう気にしなくていいので」
タリ・カラさんがスイリュウの専用武器、流曲刀を黒く染め、対峙していたガシャが振るっていた両手のハンマーを斬り飛ばしたのだ。
「――お覚悟を」
タリ・カラさんが勝負を決めるつもりだと気付いたのか、両手ハンマーは苦し紛れに手に残ったハンマーの柄を叩きつけようとする。
だが、魔力消費を気にしなければ、スイリュウの防御力はスカイに匹敵する。
魔術で発生した水を吸収したスイリュウの遊離装甲水蜂盾が膨張し、叩きつけられたハンマーの柄を強力な弾性力で弾き飛ばす。
スイリュウにダメージが入らないどころか、柄を弾き飛ばされた事で両手ハンマーはバランスを崩し、たたらを踏んだ。
宙を黒い刃が閃く。
両手ハンマーの頭蓋骨が斜めにずれ、重力に従ってゆっくりと落ちた。
俺たちの下まで届いていた怒号が途端に止み、静寂が周囲を包み込む。
余韻に浸る前に、朱の大地の団長が拡声器越しのくぐもった声で命じる。
「スケルトンの掃討に移る。――勝ち戦だ。一匹も逃がすんじゃねぇぞ!」
突如として、カノン・ディアよりも巨大な音が戦場に響き渡る。
それが開拓者たちの鬨の声だと気付くまで、わずかの時間を要した。