第十二話 名誉の戦死
堤防を決壊させたクーラマは俺たち開拓者とスケルトンとの戦いの場を目指して突き進んでくる。
急いでるわけでもないのに体が巨大な分一歩の幅は大きく、ほどなくして戦場に乱入してくると思われた。
「来る可能性を考えてなかったわけじゃないけど、このタイミングで来るのかよ」
思わず舌打ちして、戦場を見る。
迷路状の第一陣地にスケルトンが大量に残っていた。本来は第二陣地まで奴らが来た頃を見計らって堤防を決壊させ、洗い流す算段だったのに不発に終わってしまった形だ。
用意していた策の一つを潰されただけでも痛いってのに、ここにクーラマが突っ込んでくるなんて、冗談じゃない。
「ヨウ君、クーラマを最優先で止めないと、最終防壁ごと水ブレスで薙ぎ払われて戦うどころじゃなくなるよ」
「止めるって言ったって、クーラマを止められる戦力なんて……」
ガシャを仕留め切れていればスイリュウとスカイの二機でクーラマを潰せただろう。だが、いまは二機とも両手ハンマーと弓兵ガシャに対応していて動けない。
……仕方がないな。
「朱の大地に伝令、最終防壁を死守。青羽根に伝令、自走空気砲を二機任せるから、ガシャ討伐まで凌いでくれ。蓄魔石はいくら使っても構わない」
伝令を飛ばし、俺はすぐに自走空気砲に駆け寄って設定を変更した。全部で四機ある自走空気砲のうち、二機でクーラマの気を引きつつ戦場から引き離す作戦だ。
「ミツキ、俺たちもクーラマに当たるぞ」
「他に手はないもんね」
それぞれの精霊獣機に乗る俺たちに、伝令を聞いたらしい青羽根の整備士長が慌てた様子で駆けてきた。
「おい、お前ら、まさかクーラマの討伐に行くつもりじゃないだろうな?」
「俺たち以外にアイツを仕留められる戦力が残ってないだろ」
時間を稼げるかどうかも分からない。
クーラマは専用機クラスが複数いてようやく戦えるような化け物だ。ディアやパンサーはいくら強化してあるといっても、クーラマの相手は荷が重い。
――それでも、やるしかない。
「ヨウ君、蓄魔石の予備を持っておいて」
ミツキに投げ渡された蓄魔石を空中で受け取り、ポケットに忍ばせる。カノン・ディア一発分くらいにはなるだろうが、魔力を移し替える時間が取れるかは未知数だ。
ミツキも同じく蓄魔石の予備を持ち、整備士長を見る。
「最優先でガシャを討伐した後、クーラマの迎撃に移って。指示はレムン・ライさんに任せるつもりだけど、レムン・ライさんが到着するまではここであなたが指揮を執って」
開拓学校卒業生という事で多少は指揮も執れるだろうとミツキが言うと、整備士長は首を横に振った。
「俺は整備士科だ。指揮までは執れない。月の袖引くの副団長が到着するまでは鉄の獣の指示を守らせるのが精いっぱいだ」
「なら、それでいい。とにかく、最終防壁を守り抜いて」
万が一、最終防壁が破られた際の大まかな指示を出しているミツキに代わり、クーラマの様子を見る。
俺がボルスで撃ち抜いた右目は潰れたままだ。甲羅にはスイリュウが流曲刀の第二段階でつけた一文字の切り傷があるが、石の魔術で塞がっている。
やはり、撤退戦の時にボルスを襲った超大型と同じ個体らしい。あんなデカブツがそう何体もいないとは思っていたが、こちらの手の内をどこまで学習しているのか分からないのが厄介だ。
指示を出し終えたミツキがパンサーの索敵魔術の設定を変更するのを待って、俺たちは最終防壁を後にした。
スケルトンたちに見咎められないよう、森の中に一度身を隠してから上流のクーラマを目指す。
ディアとパンサーがほぼ同時に索敵魔術の反応を教えてくれた。
反応は魔物ではなく、堤防を決壊させるために向かったレムン・ライさん達だ。
「少し森の奥に入ったところか」
「動いてないね。何かあったかも」
ミツキがパンサーを操作して森の奥へ向かう。俺はクーラマの位置を確認してから後を追った。
邪魔な木を避けながら進み、レムン・ライさんたち堤防決壊組を発見する。
「無事ですか?」
駆けつけた俺たちに対し、レムン・ライさんが驚いたような顔をした。
「お二人とも、最終防壁はどうされました? まさか、破られたのですか?」
「最終防壁は無事です。青羽根に任せてあります」
事情を説明すると、レムン・ライさんはほっとしたような顔をして月の袖引くのメンバーを見回した。
「怪我人は出ていません。クーラマの接近に気付いてすぐに異常事態を知らせました。追い払おうにも相手があれでは……」
「仕方がないですよ。クーラマの対処は俺とミツキでやります。レムン・ライさんは最終防壁での指揮をお願いします」
「クーラマの対処をお二人で?」
心配そうな顔のレムン・ライさんに頷きを返す。
「右目を撃ち抜いたのは俺たちですよ? 少しは期待してください。とはいえ、早めにガシャの始末をつけて、スカイとスイリュウを応援に寄越してくださいね」
時間もないので話を切り上げ、俺たちは河原へ取って返した。
後ろから追ってきている自走空気砲二機を見る。
二機には森の中からクーラマの甲羅に付けられた切り傷へ砲撃するように設定してある。
下流にある防御陣地へクーラマの攻撃の余波が届かないよう、可能な限り街道側の森に注意を引くためだ。
二機の自走空気砲が河を渡り、対岸へ向かう。
クーラマの射程圏内だが、自走空気砲は岩跳びの要領で六本の足を器用に動かし、水に一度も浸かることなく対岸へ移った。
森の中に入った自走空気砲はスムーズな動きで木立の中に消える。
ほどなくして、自走空気砲による砲撃が開始された。
スケルトン種と違って魔力膜を持たないカメ型魔物であるクーラマに、砲撃を逸らす術はない。
着弾した爆発型の砲弾が爆発の衝撃でクーラマの巨体をわずかに沈みこませた。
だが、それだけだ。
煙が晴れて見えてきたクーラマの甲羅には傷一つなく、スイリュウが付けた傷口を覆う魔術で出来た石は健在だった。
「自走空気砲の砲撃じゃクーラマにダメージは入らないか」
クーラマは何が起きたのか分からない様子で頭を持ち上げ、周囲をきょろきょろと見回す。
気を引く事には成功したらしい。
良いぞもっとやれ、と俺は対岸の森で頑張ってくれている自走空気砲にエールを送った。
ミツキがパンサーの足を止め、木の裏に隠れてクーラマの様子を窺う。
「ヨウ君、これからどうする?」
「自走空気砲がクーラマの気を引いている内に、奴の脚にダメージを入れたいな」
「左目を潰すのは?」
「すでに右目が潰れてるんだ。両目の視力を失ったクーラマが怒り狂ってでたらめに水ブレスを乱射しかねない」
視力を完全に奪うのは悪手だ。やるとしても、周辺に俺たちしかいない状況でないと味方に被害が出る可能性が高い。
ここから最終防壁までの距離を考えると、クーラマの水ブレスが届いてもおかしくない。以前、ボルスで見たクーラマの水ブレスが最大範囲だとしてもギリギリ届くだろう。
「至近距離で撃てれば、左目を潰すだけじゃなく脳まで届くかもしれない。ただ、そうなると近付く必要がある」
「なら、足を止めるのが安全で確実だね」
ミツキはクーラマの動きを観察しながら、パンサーの肩にある収納スペースから魔導手榴弾を取り出した。
「ヨウ君の気を引くなら全力を尽くせるけど、狂暴なカメじゃテンション上がんないよね?」
「本人に同意を求めるな」
俺たちが話している内に自走空気砲が二射目を放ち、曲線を描いてクーラマの甲羅に着弾させる。
身体強化の恩恵でダメージはないものの衝撃で一瞬沈むのは鬱陶しかったらしく、クーラマは片方しかない眼で森の奥を覗き込んで自走空気砲を探し始めた。
まだ遠距離兵器の存在までは学習していないらしい。俺が右目を撃ち抜いた時も崖の上からの遠距離狙撃だったし、その後すぐにスカイとスイリュウで追撃を加えていた。俺の存在に気付いていなかったとしてもおかしくない。
「いまのうちに背後に回り込んで――」
言いかけた瞬間、クーラマがその巨大な口を大きく開き、森に向けて水のブレスを放った。
木々が薙ぎ払われ、枝が空高く舞い上がる。
クーラマが口を閉じた時、森には一直線に街道へと延びる幅十メートルほどの道が出来上がっていた。
相変わらずのふざけた攻撃範囲だ。
しかし、薙ぎ払われた直線上に自走空気砲はいなかったらしく、再び砲弾が飛んでくる。
甲羅に砲弾が命中して爆発すると、クーラマは甲羅の傷を気にするように首を伸ばして確認した後、スカイやスイリュウと戦闘を繰り広げているガシャに目を向けた。
獲物を見るようなクーラマの眼とガシャを見比べて、まさかと思う。
「……クーラマの狙いってもしかして、スケルトンか?」
「……甲羅の傷を治すためにカルシウムが必要ってこと?」
どこまで考えているのかいまいち分からないクーラマだが、本能的にカルシウムを求めているという可能性はある。
とはいえ、クーラマにスケルトンをぶつけるのは難しい。
結局、クーラマの狙いに関係なくここで足止めするしかないのだろう。
その時、クーラマが水ブレスで薙ぎ払った森の道なき道へと方向を転換した。
クーラマが河から上がったため、甲羅でせき止められていた水が流れ始めて少しの間水かさが増す。下流に目を向ければ、第二陣地に入り込んでいたスケルトンたちが水の流れに脚を取られて転んでいるのが見えた。
最終防壁はしばらく心配いらないだろう。
自走空気砲の砲撃を受けながらクーラマが森の中へと入り込む。
自走空気砲とは反対側の森の中にいる俺たちに尻尾を向けている今なら、確実にカノン・ディアをぶつけられるのだろう。
だが、俺は対物狙撃銃を構えたままレバー型ハンドルの先に付いたボタンに指を掛けた。
クーラマの次の手が読めたからだ。
「ミツキ、タイミングを合わせて飛び出すぞ。俺はクーラマの右後ろ足を狙う」
「分かった。私は左だね」
ミツキもクーラマの次の手が読めているからだろう。疑問を挟まずに俺の提案を受け入れた。
ミツキと並んでいつでも飛び込めるように体勢を作り、その時を待つ。
自走空気砲がクーラマに何度目かもわからない砲撃をした瞬間、クーラマは魔術を発動した。
ボルスでも見せた、自身を中心に水の渦を発生させる広範囲魔術だ。
空高く螺旋を描いて水が上がって行く。周囲を無差別に巻き込む水の螺旋が樹木を根から打ち上げ、河原の石も森の土砂も区別なく空中へ放り上げた。
クーラマは水の螺旋を維持したまま、砲弾が飛んできた地点へ走り出す。
狙撃してくる砲台の位置が分からないのならば地形を変えてしまえばいいのだと、クーラマは自走空気砲を視認すらせず森に破壊をばら撒いた。
クーラマの発生させた水の螺旋に巻き込まれた自走空気砲が一機、螺旋の渦の中でも果敢にクーラマへ砲撃を継続する。
クーラマは顔を上げると、そこにいたのかと拍子抜けしたように右瞼を何度か閉じ、大口を開けて自走空気砲を噛み砕いた。
知らぬ間に打ち上げられていた二機目の自走空気砲が高空から森だった荒地に叩きつけられてばらばらになったのを見届けると、クーラマは砲撃がない事を確認して水の螺旋を解除した。
それこそが致命的な隙とも知らずに――
「ディア・ヒート」
「パンサー・ヒート」
掛け声の代わりに互いに攻撃開始の合図を出し、俺たちはアクセルを全開にする。
青い火花を置き去りに、俺たちは電光石火の勢いでクーラマが〝均してくれた道〟を駆け抜ける。
「さぁ、大物狩りと行こうか」
俺の呟きは瞬く間に青い火花と共に後方へ流れて行った。
自走空気砲A、Bは犠牲になったのだ……。