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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第一章  何故に、彼と彼女は手を離さないか
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第十六話  プロトタイプ

 デイトロさんたち回収屋と帰還してから一か月が経とうとしていた。

 鳥の囀りに起こされて、俺はベッドを出る。

 着替えを済ませて一階に下りると、先に起きていた芳朝が白いコーヒーもどきを飲んでいた。


「おはよう」

「おはよう。新聞は外か?」

「うん。取ってきて」

「了解」


 玄関に足を向けかけた時、芳朝に呼び止められた。

 振り返ると、カップを軽く持ち上げている。


「赤田川君の分も淹れようか?」

「頼んだ」

「頼まれた。愛とミルクと砂糖、どれを入れる?」

「どうせ愛はセルフサービスだろ」


 その返しはどうかと思うな、と肩を竦めて芳朝がキッチンへ向かった。

 俺は改めて玄関に向かう。

 芳朝と借りたこの家はガレージ付きの二階建てだが、一階のほとんどのスペースがガレージで占められている。リビングとキッチンは一階にあるが、二階部分に居住スペースが偏っていた。

 その代わり、ガレージ内は外に音が漏れにくい構造でかなりの広さがあり、特殊な間取りのせいで借り手もいない事から相場よりもかなり安く借りることができた。

 玄関を出て通りに面したポストから新聞を取る。

 一面記事を覗くと、今年も出生率低下、の文字が見えた。


「文化や産業が発達すると出生率って低下するもんなのかな。まぁ、この場合は関係ないか」


 欠伸を噛み殺して家の中に戻り、リビングで芳朝からコーヒーもどきを受け取る。


「愛を囁いておいたよ。熱い気持ちを注いで抽出した、とびっきりディープな奴」

「今度から注ぐのはお湯だけにしてくれよ」


 ドリップコーヒーもどきの深い苦さに顔を顰めて、ソファに腰を落ち着ける。コップがやけに重い。

 いつの間にか、二人きりの時は日本語で会話をするのが当たり前になっている。

 テーブルに置いた新聞の一面記事を覗いた芳朝が「またこの報道やってるんだ」と呟いた。

 どうやら世界的な出生率低下が起きているらしい。四十年以上前から観測されていて、特にここ数年は出生率は低下が著しい。

 この出生率低下は人間に限らず、あらゆる動物、魔物にも当てはまる。

 まぁ、俺にとってはどうでもいいけど、国のお偉方にとっては人口減少につながるゆゆしき事態なのだろう。

 芳朝が新聞を広げてバランド・ラート博士殺害事件に関する報道記事を探す。

 事件から早くも一カ月を過ぎている事もあって、話題は風化している。報道記事もめっきり減った。


「あ、容疑者が絞り込めたみたいだよ」


 芳朝が広げた新聞の端を指差した。

 こぶし大の小さな記事にはバランド・ラート博士殺害事件の続報として、容疑者ウィルサムが新大陸へ逃亡した可能性が高いと書かれていた。


「精霊教徒の犯行か。研究者は大変だな」


 容疑者ウィルサムは熱心な精霊教徒だったとの証言が載っている。精霊を信仰する彼らは精霊を研究対象にするバランド・ラート博士が憎くて仕方がなかったらしい。

 この世界には写真がないため、どこまで当てになるかもわからない似顔絵が記事に載っている。

 似顔絵を見る限り、犯行現場になった宿の階段ですれ違ったのはこの男だ。

 バランド・ラート博士の足跡を追う以上、どこかで遭遇する機会があるかもしれないと思い、俺はいつも通り新聞を切り抜く。

 俺が新聞記事を切り抜き始めたのを見て、芳朝がスクラップ帳を持ってきてくれた。

 記事を切り抜く俺の横でコーヒーもどきを飲んでいた芳朝がガレージの方を見る。二重扉を隔てたガレージを透かし見るように目を細めた。


「いよいよ、起動実験だね」


 緊張をはらんだ芳朝に頷き返す。

 今日は精霊獣機プロトタイプの起動実験を行う予定なのだ。

 二週間前に届いた精霊人機のパーツと、それまでにギルドの整備施設を借りて弄り倒した魔導核、更にいくつかのパーツは俺が自作してまで組み上げたプロトタイプだ。まだ外装さえ装着していない骨組みのようなものだが、既に愛着のようなものがある。

 今日は動作のテストを行い、問題がなければ各部の耐久テストを行う予定だった。


「あまり気負う必要はない。失敗してもやり直しがきくからな」


 切り抜きをスクラップ帳に収めた後、白いコーヒーもどきを飲み干して立ち上がる。

 ガレージとの仕切りになっている二重扉はリビング側が木製、ガレージ側が鉄製となっている。

 鉄製の扉を開けると、一段低い石の床に足を下ろす。

 この家の施工主は魔導工学の研究者だったらしく、ガレージも元は研究室を兼ねていたようだ。施工主はすでに大工業地帯であるライグバレドに引っ越していて、研究資材が残されていたのも助かった。

 研究室を兼ねていただけあって広々としたガレージの中央に精霊獣機のプロトタイプが寝そべっていた。

 形としてはやせぎすの超大型犬、ボルゾイやサルーキに近いサイトハウンドの特徴を持っている。体高一メートル半、頭までを含めると二メートルになる。体長は二メートルにわずかに届かない程度。

 肺の位置に魔導核と蓄魔石があり、保護するために肋骨状の柵を設けてある。四肢は体に比べると太さが強調されるが成人男性の太ももと大して変わらない太さだ。魔力を流すための魔導鋼線が網目状に張り巡らされた足は骨格に当たる丈夫な鋼鉄の棒にいくつものバネが筋肉の代わりに取り付けられている。

 筋肉代わりに使っているバネはほとんどが精霊人機の手に使用する物と同じで、互換性を持たせるために調節するのに苦労した。魔力を流すことで急速に伸び縮みさせる事ができる魔導合金性のバネは需要が多いおかげか性能の割に安価なのはありがたい。


「最終点検に入ろう。芳朝は魔導核を頼む」


 すっかり魔導核のスペシャリストとなっている芳朝に得意分野の点検を頼む。俺でも一応できるのだが、芳朝の方が早くて正確だ。

 俺は各部品の噛み合わせなどを確かめて、先に点検を終えた芳朝と共に壁際に退避する。

 起動を開始すると、蓄魔石から魔力を供給された魔導核が魔術式を光らせる。

 精霊獣機プロトタイプの起動を確認、動作テストに入る。

 プロトタイプは腹這いの姿勢から四肢の関節を軋ませながら立ち上がった。予想以上に耳障りに響く関節の軋みに眉を寄せて、芳朝が紙に注意点を書き込む。


「重量を測った方がいいな。重量軽減の魔術式が正常に機能してない可能性がある」


 俺は重量計を持ち出してプロトタイプの前に置き、壁際に戻って操作する。

 プロトタイプはよく訓練された犬のように重量計の上に乗り、お座りした。

 重量計の目盛を見る。


「やっぱり、理論値よりも重たいな。数値を読み上げるから、メモしてくれ」


 芳朝が数値をメモしたのを確認して、プロトタイプを重量計から下ろし、魔導核を停止させる。

 メモした数値を睨んで腕を組む芳朝の隣から覗きこんで原因の検討を始めた。


「ちょっと逆算してみようか。各部の重量と魔術式による重量の軽減率を掛けた物を足していけばいいわけだから」


 事前に測ってある部品の重量と軽減率を踏まえた式を組み立て、魔術式が正常に発動した際の理論値を求める。

 実測値と理論値との差が各部の倍数ではない事から、重量軽減の魔術は発動しているようだ。

 ならば、魔術の発動個所に問題があるのではないかと考えて、プロトタイプを点検する。

 原因はすぐに明らかとなった。


「足だな」

「重量軽減の魔術の適用範囲と足の位置がずれてたんだね。一昨日、足の長さを調節してクッション性を高めた時に計算を間違ったみたい」


 原因を特定したところで、芳朝がさっそく魔導核に刻まれた魔術式に手直しを加える。

 芳朝が作業している間に、俺はプロトタイプの足関節を見直す。先ほどの起動時に鳴った軋みが気になったのだ。

 関節部の摩耗を測るために分厚く塗っておいた塗料の様子を見る。


「関節じゃないのか……」


 塗料の剥がれ方を見る限り、理論値以上の負荷がかかったようには見えない。重量軽減の魔術が正確に発動していなくとも、関節部に余裕を持たせていたおかげで摩耗は避けられたらしい。

 しかし、関節が音の原因でないのなら、どこが軋んでいたのだろうか。

 原因が魔導鋼線とスプリングの接続部にあると分かるまで小一時間ほど使い、修正にさらに小一時間かけた。


「再起動する」

「よし、行け、プロトタイプ君、略してプロトン」


 哲学者みたいな愛称をつける芳朝に苦笑して、プロトンを起動する。

 先ほどの軋み音が嘘のように音もなくスっと立ち上がったプロトンに感動しつつ、重量を測る。

 緊張の面持ちで目盛を覗いた芳朝が口を開く。


「理論値通り、完璧だよ!」

「よっしゃ」


 芳朝とハイタッチを交わし、動作テストのためのランニングマシンを運んできてプロトンを乗せる。

 まずは歩行のテストだ。

 プロトンを挟んだ向こう側に高さを測るための目盛を用意して、歩行時の上下動の幅を確認する。乗り心地はもちろん、騎乗して銃器を扱う際の狙いの付けやすさにも影響する重要な項目の一つだ。

 とはいえ、今日はあくまでも動作テストなので実際に騎乗はしない。テスト項目でこの歩行を取り入れたのは各部の消耗のしやすさを見るためだ。

 四足歩行の動物には、斜対歩と側対歩という二つの足の運び方がある。

 斜対歩は斜めの足同士、右前脚と左後脚、左前脚と右後脚を対にして動かす足の運び方、側対歩は片側の足同士、右前脚と右後脚、左前脚と左後脚を対にして動かす足の運び方だ。

 側対歩は胴体のひねりを加える必要がないため、動物の場合は疲労が少ない歩き方とされている。このため、犬を模したプロトンも側対歩を採用している。

 ランニングマシンの上をゆっくりと歩くプロトンは上下動こそ少ないが前後の動きが激しい。歩幅の調整をした方がよさそうだ。また、足を浮かせている間の体幹バランスも気になる。


「ある程度速度が出ていないと横転しそうだな」

「歩行時は斜対歩で、加速したら側対歩にしてみる?」

「魔導核のリソースをそんなことで消費したくないから、姿勢制御の魔術式を強化した方が良くないか?」


 相談の上、姿勢制御の魔術式を強化する事で対応する事に決め、次の動作試験に移る。

 歩行からそのまま走行に切り替えるだけだ。

 最高速度や加速性能を見るためのテストであると同時に、脚部の負担や魔力の消費量など確認すべき項目は多岐にわたる。

 実際に速度を上げていくと、脚が滑り始めた。金属製ながら爪も装着してグリップ力を上げているにもかかわらず、着地時に足が滑っている。

 転倒する前に速度を落として、芳朝と共に原因を究明する。

 本物の動物とは異なり体重の移動や爪への力の掛け方などが疎かになりがちで滑りやすいと予想していたが、まさかここまでとは思わなかった。

 足裏に溝をつけ、足の接地面積を増やすなどの対応を行ってから、地面を蹴る時に爪が地面に食い込む様に角度の調整を加えた。

 再度ランニングマシンの上を走らせてみる。


「マシになったか?」

「プロトンはこれでいいけど、私達が乗ることになる機体はもっと対策が必要になるね」

「戦闘中に転倒したらシャレにならないからな」


 やはり実際に動かしてみないと分からない事は多々あるものだと実感しながら、紙の項目を埋めていく。


「このまま耐久実験に移ろうか」

「そうだね。朝ごはんを作って来るから待ってて」


 芳朝が二重扉を開けてキッチンへ姿を消す。

 俺はプロトンの耐久テストを行いながら、ふと思いついて端材を用意する。


「これで良し」


 プロトンとカタカナで書かれた手のひら大のプレートに鎖を通して、俺は出来栄えに満足する。

 やっぱり、愛犬にはドッグタグが必要だと思うんだ。


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