第十一話 乱入する巨体
虚ろな眼窩を対岸の俺たちに向けながら、スケルトンたちが迷路状になった第一陣地を抜けてやって来る。
狙撃で魔術スケルトンを削っていた俺は両手ハンマーと弓兵ガシャに視線を移した。
何かを企んでいる様子はない。弓兵ガシャの射程なら対岸にいる俺たちも攻撃できるはずだが、大弓を背中に隠したままだ。
最終防壁の裏にいる俺を警戒しているのだろう。
「アーチェの弓ってあの予備が最後だったよな?」
最終防壁に開けてある穴を通して魔術スケルトンを始末しつつ、俺はミツキに訊ねる。
「軍からの情報だとそうだね。スケルトンが独自に作っていないとも限らないけど」
「それはあんまり考えたくないな」
ただ、大型魔物の腱がこの辺りでは確保できない。ボルス周辺に生息する大型魔物はガシャを除くとカメ型のタラスクや超大型魔物ことクーラマだけだ。
スケルトンが弓を制作している可能性は除外してもいいだろう。
「弓兵ガシャも歯がゆいと思うよ。私たちの姿は透明なスライム新素材の壁を通して見つけているのに、迂闊に攻撃できないんだから」
弓兵ガシャが弓を構えた瞬間、こちらは即座にディアをヒート状態にしてカノン・ディアを撃ち込むつもりでいる。
弓兵ガシャも俺たちの思惑が分かっているから、防御陣地を挟んだ対岸から動こうとしていない。
足並みを揃えるためか、両手ハンマーも弓兵ガシャの隣を動かずにいる。
第一陣地を突破してきたスケルトンたちに、最終防壁の裏に隠れている朱の大地、月の袖引く、青羽根の戦闘員たちが魔術攻撃を開始した。
第一陣地を超えると第二陣地の広場に出る。本来はガシャと精霊人機による戦闘が展開される予定だった地点だ。
障害物がないためスケルトンたちの進行速度が上がるものの、開拓者の歩兵たちによる魔術の弾幕は激しく、スケルトンが次々に倒れていく。
魔術でいくら仲間がなぎ倒されようと、スケルトンたちは進行を止めない。
「自走空気砲で蹴散らす方が良いな」
第一陣地の迷路の中に点在している広場を砲撃していた自走空気砲の砲撃地点を第二陣地に変更する。
より激しくなった俺たち開拓者側の攻撃により、スケルトンたちを押し返すことに成功していた。
ミツキが月の袖引くの整備員たちに声を掛ける。
「前線のみんなに蓄魔石を配布して」
「了解」
このために準備しておいた小さな蓄魔石を前線に配布し、魔力切れを予防する。
スケルトンの物量攻撃を盛大な弾幕で迎え撃つ作戦だ。
俺たちの財布を空にしただけあって、蓄魔石の配布による魔力切れ予防の効果は絶大だった。
多少スケルトンに押し込まれても魔力切れを気にせずに高威力の魔術を使用できる安心感は大きい。
衰えを見せない開拓者側の魔術攻撃に業を煮やしたのか、両手ハンマーが動き出した。
「スカイはまだ出すなよ」
念のために青羽根に指示を出し、小型スケルトンの状況を見る。
第二陣地の入り口付近で足止めできているようだ。
「朱の大地に伝令。魔術攻撃の頻度を減らして第二陣地にスケルトンの集団を誘引、埋設した魔導手榴弾での爆破を行う」
俺の指示がすぐに朱の大地に伝わり、魔術攻撃の頻度が段階的に減らされる。
第一陣地を越えようとしていた両手ハンマーが動きを止め、顎を打ち鳴らした。
第二陣地の半ばまで達しようとしていたスケルトンたちが足を止める。
「仕掛けに気付いたか?」
まだ第二陣地の半ばまでしかスケルトンたちが進入していない今の段階で起爆すべきか、それとも進攻が再開されるまで待つべきか。
ミツキが自走空気砲を振り返った。
「朱の大地に伝令、両手ハンマーに攻撃を集中して。早く!」
ミツキは伝令を出すなり自走空気砲に駆け寄り、設定を変更、照準を両手ハンマーに移した。
四機の自走空気砲が一斉に両手ハンマーへの攻撃を開始する。
爆発型であっても大型魔物である両手ハンマーには効果がないが、ミツキはしっかり凍結型に砲弾を変更していた。
不意打ちを受けた両手ハンマーに凍結型の砲弾が炸裂し、骨盤を中心に凍りつかせて動きを阻害する。
直後、ミツキの指示の意図を悟った朱の大地がロックピアスでの集中攻撃を行う。
両手ハンマーはロックピアスを右手のハンマーで払い、左手のハンマーを盾にして防いでいた。
「スイリュウにウォーターカッターで両手ハンマーに水を掛けるように伝えてくれ!」
俺の指示を受けて起動状態だったスイリュウが立ち上がり、最終防壁の裏からウォーターカッターを上空に向けて放ち、両手ハンマーに水を降らせた。
自走空気砲が二射目を放ち、スイリュウが放った水ごと両手ハンマーを頭から凍結させていく。
両手ハンマーの頭蓋骨と首の付け根が凍結したのを見て取り、俺はディアの両肩ボタンを押してカノン・ディアの発射体勢に移行する。
「凍ってすぐなら頭蓋骨を切り離して受け流すことも無理だろ」
照準を両手ハンマーの頭蓋骨に向けた瞬間、両手ハンマーに巨大な炎の塊が炸裂した。
両手ハンマーの後ろにいた弓兵ガシャが俺たちの意図に気付いて両手ハンマーの動きを阻害していた氷を溶かしたのだ。
「ちっ、知恵の回る奴だな」
もう少しで両手ハンマーを仕留め切れたのに。
俺たちに余裕を持たせてはまずいと判断したのか、両手ハンマーが顎を打ち鳴らして仲間のスケルトンたちの進軍を開始させた。
両手ハンマーに集中していた朱の大地の攻撃がスケルトン側へ移動する。
月の袖引くの整備員たちがスイリュウへまた魔力供給を開始したと報告が来た。先ほどの放水で使用した分の魔力を補給するとの事で、すぐに満タンに出来るという。
両手ハンマーはスイリュウの動きに警戒した様子で第二陣地の入り口に陣取った。
取り巻きのスケルトンたちが進行してくる。狙いは最終防壁の破壊らしく、ときおりロックジャベリンが飛んできた。
「青羽根に連絡。埋設した魔導手榴弾の起爆準備に入ってもらえ。起爆は任せる」
俺が青羽根の伝令役に指示を出す傍ら、ミツキが月の袖引くへの伝令役に別の指示を伝える。
「堤防の破壊準備を始めて。爆破の合図は取り決め通り」
上流へ向かって行くレムン・ライさんたちの部隊を見送り、俺は戦場に視線を戻す。
無尽蔵に思われたスケルトンの兵力もついに打ち止めらしく、街道に続く小道にスケルトンはいなくなった。森から出てくるスケルトンがちらほらいるものの、無視できる範囲だ。
迷路状の第一陣地にいるスケルトンたちも対岸の俺たち開拓者へ攻撃できずに待機状態だ。もっとも、迷路が満員になった事で第一陣地を迂回してくるスケルトンが増えている。
「迂回してくるスケルトンに自走空気砲の照準を移した方が良いな」
無視するには少しばかり数が多すぎる。
二機の自走空気砲で左右の迂回組に対応し、残る二機で迷路内のスケルトンへ砲撃を加える。
スケルトンの数は確実に減ってきているが、まだ開拓者の三倍はいるだろう。
だが、終わりが見えてきた。
開拓者たちの士気が上がっているのが、掛け声の調子などから感じ取れる。
第二陣地の広場の三分の二までがスケルトンに埋め尽くされた時、青羽根の整備士長が拡声器越しに声を上げた。
「――埋設魔導手榴弾、起爆!」
直後、耳をつんざくような爆音が響き渡り、曇り空を焦がすような火柱が第二陣地全体から吹き上がった。
文字通り粉々になったスケルトンの残骸が戦場全体に降り注ぎ、第二陣地からあらゆる生命の気配が消えうせる。
いや、火柱の中にまだ生き残りがいた。
両手ハンマーだ。
何が起こったのか分からないのか、両手ハンマーは完全に動きを止めていた。
スケルトンの破片がその巨大な頭蓋骨に降り落ちて硬質で軽い音をむなしく奏でる。
わずかな沈黙の後、両手ハンマーが怒り戦慄くように全身を震わせ、関節という関節から幾重にも音を響かせた。
空洞の眼窩に憤怒の炎が燈った気がした。
ドンッと両手のハンマーを地面に振り降ろし、怒りを表現した両手ハンマーが最終防壁を睨み据える。
「スカイ、スイリュウ、両手ハンマーを止めろ!」
伝令を待つのももどかしく、拡声器を握った俺が振り返って叫ぶと同時に両手ハンマーが駆け出した。
両手ハンマーが巨大な顎で打ち鳴らす無機質な音の中に明確な殺意を感じる。
いち早く踏み込んだスカイが両手ハンマーに向かって駆け出す。
両者ともに減速せずに距離を詰め、ハンマーを振り被った。
渾身の一撃を同時に繰り出し、相手の繰り出した一撃を避けるべく体を捻る。
遠目には接触したようにしか見えない紙一重の回避で互いのハンマーを避けながら、息を吐く間もなく次の攻撃を繰り出し、互いに引く気はないとばかりに一歩相手へ踏み込んだ。
互いに大質量の武器を振り回し相手を一撃の下に粉砕しようとする。一撃で死にかねない一振りが掠めようと動きを止めることなく連続で攻撃を繰り出す。
攻撃を避けられない様にじりじりと距離を詰めていき、ついに互いがハンマーを振り回せない距離まで近づいた時、スカイがすかさず腰を落として左回し蹴りを放った。
両手ハンマーが左右のハンマーを振り切った抜群のタイミング。反撃を許さない最速の蹴り。
しかし、両手ハンマーは予測していたようにロックウォールでスカイの蹴りを受け止め、右手のハンマーを振り上げた。
蹴りを止められて硬直状態のスカイに右手のハンマーが振り降ろされる。
スカイがハンマーの軌道からわずかに体を逸らすのが見えた。だが、完全に避け切れてはいない。
大破確実かと思われた直後、スカイのシールドバッシュ機能が発動する。
体を逸らしたことでハンマーの斜め下に位置していたスカイの体を覆う遊離装甲セパレートポールが圧空の魔術でハンマーにぶつかり、受け流す。
スカイの側面スレスレを通ったハンマーが地面を陥没させた時、スカイは体勢を整えてハンマーを横に薙いでいた。
両手ハンマーが後方に飛び退き、スカイの一撃を避ける。
距離が開き、仕切り直しとばかりに両者は得物を構えた。
その時、一瞬だけ生じたスカイの隙を突くように弓兵ガシャがロックジャベリンを放つ。
「――無粋ですね」
タリ・カラさんが冷たく吐き捨て、スイリュウが流曲刀を抜き放ちざまロックジャベリンを斬り落とす。
両手ハンマーとスカイ、弓兵ガシャとスイリュウの睨み合いが始まった直後、堤防から緊急事態を告げるライトボールが打ち上がった。
「……なんだ?」
開拓者だけではなく、スケルトン側も次なるトラップを警戒してか上流に視線を移す。
最初に、破裂音がした。
次に地鳴りが轟き。
足元から来る地面の震えを感じ取った俺の眼に莫大な量の水が迫ってくるのが見えた。
「――全員、近くの壁に掴まれ!」
俺が、整備士長が、朱の大地の団長が、同時に叫ぶ。
俺たちの声は轟々と唸りを上げる水音にかき消されたが、誰もが本能的に近くの固定物に掴まった。
衝撃音と共に最終防壁が揺れ、第二陣地へ攻撃するための穴や通路から水が流れ込む。
「どうなってる? まだ、決壊命令は出してないぞ⁉」
青羽根の整備士長が誰も答えを返せない疑問を叫ぶ。
しかし、答えは上流から悠然と現れた。
せき止められていた鬱憤を晴らす様な河の濁流に足を取られることもなく、ただこちらを目指してくる。
現在知られているあらゆる魔物の中で最大の体躯を誇る、カメ型の超大型魔物。
「……クーラマ」
開拓者、スケルトン、クーラマによる三つ巴の戦いが幕を開けた。