第十話 防御陣地
街道上をスケルトンたちを引きつけながら進むスカイやスイリュウに先行して、俺たちは森の中を突っ切る。
河原の防御陣地に辿り着き、スライム新素材で作った防壁や迷路を潜り抜ける。朱の大地の団員が武器を構えてスケルトンの来襲に備えており、何度かすれ違った。
対岸に到着し、蓄魔石や魔導鋼線などを置いてある補給地点に向かう。
「魔力切れの精霊人機が来るぞ。魔力の充填用意は終わってんだろうな⁉」
俺たちの姿を見るなり、青羽根の整備士長が整備士たちに怒声を飛ばした。
俺はミツキと手分けして魔導鋼線と蓄魔石を準備し、ディアとパンサーの部品交換と魔力充填を開始する。
ディアの魔導鋼線を総取り替えしている俺のところへ、レムン・ライさんと青羽根の整備士長、朱の大地の団長二人が戦況を聞きにやってきた。
「それで、戦況は?」
「四重甲羅をスカイとスイリュウが共同で撃破、頭蓋骨をスイリュウが両断した。中身のパペッターは俺が狙撃で仕留めた。それから、弓兵ガシャの持つ弓の弦をカノン・ディアで破壊、弓兵ガシャの頭蓋骨にもカノン・ディアで撃ち込んだが受け流された」
スケルトン種が頭蓋骨を分離できなければ確実に仕留められたのが悔やまれる。
ボルスでやられた頭蓋骨だけの奇襲と撤退といい、頭蓋骨分離能力には翻弄されてばかりだ。
「今後はカノン・ディアがガシャ本体を倒せるとは考えない方が良い」
「遠距離でガシャを仕留める唯一の攻撃方法だったんだがな」
「不意打ちじみた狙撃なら撃破も可能だとは思うんだが、ガシャ達も俺やミツキの動きには警戒しているみたいだ」
俺は狙撃で完全なアウトレンジから攻撃を加えられるし、ミツキはパンサーの白兵戦闘能力を生かして小型スケルトンを蹂躙できる。スケルトン側からしたら的が小さい分、見失いやすくて厄介だろう。
「とにかく、四重甲羅を撃破できたのは大きい。弓兵ガシャも大弓の予備をボルスに取りに行くなら時間がかかるだろう。いまのうちにスケルトンを始末したいな」
俺は防御陣地を見渡す。すでに歩兵部隊は展開を完了しているようだ。
整備士長も同じように防御陣地を見渡し、森に視線を移す。
「来たみたいだな」
街道からこの防御陣地まで切り開いておいた小道を二機の精霊人機が駆けてくる。スカイとスイリュウだ。
レムン・ライさんが拡声器を使って防御陣地の一部、精霊人機を通すための大きな通路を固める月の袖引くの戦闘員に向かって指示を飛ばす。
「精霊人機が通ります。道を開けなさい」
良く訓練された動きで右にずれた月の袖引くの戦闘員たちの横を駆け抜けたスカイとスイリュウが補給地点にやって来る。
「魔力充填を頼む」
駐機状態になったスカイからボールドウィンの声がする。
すでに準備していた青羽根の整備士たちがスカイへの魔力供給をしはじめ、その横ではスイリュウの魔力供給が開始されていた。
スカイたちからやや遅れて、スケルトンの群れが小道を走ってくる。
「精霊人機用の道を塞ぎなさい」
レムン・ライさんが指示を飛ばすと、月の袖引くの戦闘員たちがスライム新素材に水を掛けて膨らませ、道を塞ぐ。スケルトンたちは突然作られた行き止まりに殺到し、後方の仲間に押し込まれるようにしてスライム新素材の壁に押し付けられていた。
行き止まりで過密状態のスケルトンたちに、横の壁の上から朱の大地の団員たちがロックジャベリンを叩き込む。
過密状態で身動きが取れないところに頭上からの攻撃を受け、スケルトンたちはまとめて頭蓋骨を破壊された。
「作戦は機能しているみたいですね」
レムン・ライさんは髪を後ろに撫でつけると腰のベルトに付けている小さな蓄魔石を撫でる。
「現場の指揮を執って参ります。朱の大地のお二人も、参りましょう」
「ですな。即席の防御陣地というのもあって、団員が迷路の中で迷ってしまいかねない。現場指揮官は重要でしょうからな」
レムン・ライさんと朱の大地の団長二人がタンッと軽く地面を蹴る。身体強化を使っているとしても、その身のこなしは驚くほど軽い。
歩兵としての実力は確実に開拓者の中でも上位に位置するだろう。
「開拓者側の優勢だね」
ミツキが眼の上に右手でひさしを作り、背伸びをして防御陣地を観察する。
河のこちら側はやや高くなっているため、背伸びなどしなくても全体は見えるはずだ。
俺もディアの魔力充填や魔導鋼線の交換を終え、防御陣地で行われている戦闘の様子を観察する。
街道側に設置された第一防壁は隙間が多いためスケルトンたちも無視しているようだ。
第一防壁を潜り抜けた先に待つのは迷路状の第一陣地。
高い壁に挟まれた通路を律儀に行進するスケルトンには朱の大地が待ち伏せを行って攻撃を加え、壁をよじ登ろうとするスケルトンは月の袖引くの戦闘員が風のように疾駆して駆けつけては叩き落としている。
壁の破壊を試みるスケルトンも散見されるが、通常スケルトンの攻撃ではスライム新素材の分厚い壁は破れない。振り上げた剣がスライム新素材の弾力の前に跳ね返されている。
だが、魔術スケルトンは違う。ロックジャベリンなどを撃ち込んで破壊を試みていた。
壁は分厚いためロックジャベリンを受けても簡単には壊れないが、二発三発と重ねれば穴が開いてしまう。
ロックジャベリンで通路同士をつなげてショートカットを試みる魔術スケルトンには俺が対処すべきだろう。
俺は整備を終えたばかりのディアに跨り、対物狙撃銃を構える。
ロックジャベリンを撃ち込もうとしていた魔術スケルトンを狙撃し、壁の破壊を阻止する。
だが、俺の狙撃による妨害があった事で壁の破壊が有効だと逆説的に気付いたのか、魔術スケルトンたちが壁への攻撃を始める。
よじ登れない様に高くしたスライム新素材の壁にロックジャベリンが何度も突き刺さり、崩されていく。
壁を挟んだ隣の通路を行進していたスケルトンが崩れた壁に押しつぶされたりしたものの、スケルトンたちは通路の合流に成功していた。
「――自走空気砲、撃て!」
ミツキの号令一下、自走空気砲が砲弾を撃ち出した。
第一陣地となっている迷路の内、数少ない広場以外は砲弾の軌道の問題で攻撃できなかった自走空気砲だが、障害物となる壁をスケルトン自らが壊してくれた今こそその真価を発揮する。
自走空気砲が撃ちだした砲弾は照準誘導の魔術で高い命中率を誇る。
狙い過たずスケルトンの作った通路の合流地点に着弾した砲弾が内包された魔導手榴弾の効果で爆発し、仕込んであった小さな鉄杭を周辺にばら撒いた。
鉄杭が頭蓋骨を突き破り、スケルトンを多数撃破する。鉄杭の中にはスケルトンのあばら骨の隙間を通ってしまったものなどもあり、エグイ攻撃の割に無事なスケルトンも多い。
しかし、狙撃されながらも壁を破壊できるほど魔術スケルトンが密集していた地点だけあって、スケルトン側の戦力を大きく削れたことだろう。
俺は街道に続く小道へ視線を向ける。
まだ両手ハンマーや弓兵ガシャは来ていないようだが、永遠に続くのではないかと思えるスケルトンの行列が防御陣地に向かってきている。
第一陣地である迷路の中ではスケルトンがひしめき合い、数の暴力で人間側を押し始めていた。
「スカイとスイリュウはまだ出せないのか?」
青羽根の整備士長に訊ねる。
「もう少しかかる。スカイは魔力残量が心もとない」
聞けば、この防御陣地に到着した時点で残量が三割ほどだったらしい。
「四重甲羅と両手ハンマーの二体を相手にしてたんだから、仕方がないか」
多少燃費が良くなってはいるのだが、魔術と武器を使用する大型魔物二体の相手は苦しかったのだろう。
見れば、スカイから降りたボールドウィンが頭から水を被って体を冷やしている。
スイリュウを操るタリ・カラさんはまだ余裕があるようで、月の袖引くの整備士が入れてくれた白いコーヒーもどきを飲んでいた。
俺の視線に気付いたタリ・カラさんが歩いてくる。
「申し訳ありません。まだスイリュウも魔力を充填中です。九割ほどまで込めてあるので戦闘は可能ですが」
タリ・カラさんが心配そうに第一陣地を見る。
まだ両手ハンマーと弓兵ガシャの二体が残っているため万全の状態で精霊人機二機を残しておきたいのが俺としても本音だ。
だが、戦況がスケルトン側有利に傾いてきているのもまた事実。
ミツキがパンサーの腹部にある収納スペースからクッキーを取り出した。
「とりあえず甘い物を食べてリラックスして。ヨウ君も」
「おう、ありがとう」
疲れているのもあって、サクサクした甘いクッキーは嬉しい。レモンに似た爽快感のある香りがするハーブを刻んで練り込んであるらしく、甘さが後を引かないのも良い。
戦闘中という事も忘れて、タリ・カラさんも幸せそうにクッキーを齧っていた。
「ボールドウィンにも渡しておいて」
ミツキが手作りクッキーを入れた小袋を整備士長に渡す。ちゃっかり整備士長も一枚齧っていた。
俺は自走空気砲の照準を第一防壁の向こう、小道に向ける。
「とりあえず、自走空気砲に無理させてでもスケルトンの圧力を減らした方が良い。第一陣地に入ってくるスケルトンに集中砲火を浴びせてしばらく進入させないでおくから、いま第一陣地にいるスケルトンを殲滅するよう朱の大地とレムン・ライさんに指示を出してくれ」
ミツキに指示を頼んで、俺は自走空気砲の砲弾を凍結型に変え、砲撃を開始する。
スケルトン相手には殺傷能力の低い凍結型の砲弾は、着弾地点に水をばら撒いた直後に凍結させる。着弾地点にいたスケルトンたちが立ったまま凍りついて即席の障害物となり、スケルトン全体の進軍を遅らせる。
しかし、スケルトンの頭蓋骨の中にいるパペッターが凍りついたスケルトンの身体を火の魔術で炙り、動き出すまでの短い間しか効果がない。
タイミングを見極めて、凍結したスケルトンに後続のスケルトンたちが渋滞を起こした頃を見計らって爆発型の砲弾を三発撃ち込む。
渋滞を起こしていたスケルトンが多数爆発に巻き込まれ、鉄杭に頭蓋骨を粉砕されて動かなくなる。
三回ほど繰り返すと、スケルトンたちが小道をそれて森の中に入り込み始めた。
開けた場所でなければ砲撃を受けない事に勘付いたのだ。
「呆れるほど学習能力が高いな」
分かっていた事だが、こうも簡単に対処されるとは思わなかった。
それでも、森から出て河原に姿を現した瞬間を狙って俺が対物狙撃銃の引き金を引き、確実に数を減らしていく。
スケルトンたちも俺の存在には気付いている様子だが、魔術の射程範囲外にいる俺に反撃できずにいる。
スケルトンに被害を出すよりも第一陣地への進入妨害を念頭に置いていた事もあって、朱の大地の伝令が迷路内のスケルトンを駆逐したと報告してくれた。
「よし、そのまま第一陣地内でスケルトンを待ち構えてくれ。もうすぐスカイとスイリュウも出せる。そうなれば、第二陣地へスケルトンを誘引して――」
伝令に必要事項を伝えていた時、俺は河に一筋の水が流れ始めているのを視界にとらえ、慌ててスコープ越しに上流を見る。
河の水をせき止めていたスライム新素材の堤防の上から水が零れ落ちていた。
あり得ない。水量を計算してかなり余裕を持たせていたはずだ。溢れるにはまだ早すぎる。
いや、そんなこと考えている場合じゃない。
「緊急伝令! 堤防に決壊の兆し有り。今すぐ歩兵を河原へ引き上げろ!」
声を張り上げると、青羽根の整備士長が整備車両に駆け寄り、拡声器を使って第一陣地の迷路内にいる朱の大地やレムン・ライさんに引き上げ命令を出す。
ミツキが双眼鏡で堤防を覗き、首を傾げる。
「溢れ出てた水が止まったみたい」
「なに?」
対物狙撃銃のスコープを覗き込むと、確かに堤防の上部から溢れ出ていた水が止まっていた。
「……上流で高波でも起きたのかな?」
河なのに?
どちらにしても危険なことに変わりはないため、歩兵には第二陣地まで引き上げてもらうしかないのだが。
ミツキと揃って原因を話し合っていると、街道の方から足音が聞こえた。
視線を移せば、森の中を突き進む両手ハンマーと弓兵ガシャの姿が見える。
歩兵が撤退したこのタイミングでやって来るのか。
「スカイ、スイリュウは起動状態で待機、歩兵部隊はスケルトンが第一陣地を突破した段階で河岸から魔術攻撃で足を鈍らせろ」
上流で何が起きてるのか気になるが、今は目の前のスケルトンに集中しよう。
そう決めて、俺は第一防壁を抜けてくるスケルトンの群れを睨んだ。