第八話 戦略的撤退
月の袖引くの整備車両から立ち上がったスイリュウが、朱の大地の作る前線を迂回して森の中から魔術スケルトンに対し側面攻撃を仕掛ける。
横合いからの攻撃に対し、魔術スケルトンは魔術で石の壁を生み出してスイリュウの足を止める。
石の壁の裏から凍結魔術アイシクルを放ってくる魔術スケルトンたちに、スイリュウは一時森の中に後退した。
「魔術スケルトンの練度が高いな」
「スカイとスイリュウの役割を交代させたいけど、少し厳しいね」
ミツキがスカイと二体の大型スケルトン、ガシャの戦いを見て首を横に振る。
「ここは割り切った方が良いね。最大目標は遠距離攻撃が可能な弓兵ガシャをここで仕留めることなんだし」
ミツキの意見に頷いて、俺は拡声器越しにスイリュウを操るタリ・カラさんに指示を出す。
「スイリュウはそのまま、森の中から魔術スケルトンを牽制してください。朱の大地は前線の維持に念頭を置いて戦闘を継続」
というわけで、魔術スケルトンを仕留めるのは俺のお仕事だ。
俺は対物狙撃銃のスコープを覗きこみ、通常スケルトンの後方にいる魔術スケルトンたちに狙いを定める。
ちょうどいい距離だ。魔術スケルトンの攻撃は例え魔術であっても届かず、こちらからは狙撃し放題。
甲殻系小型魔物アップルシュリンプの甲殻で作られた兜をかぶっている魔術スケルトンは容易に判別がつく。
引き金に指を掛け、致命の弾丸が魔術スケルトンの眼窩に飛び込んで中身をぐちゃぐちゃに掻き回した。
魔術スケルトンも俺の存在に気付き、正面に石の壁を生み出す。スイリュウ対策に生み出してある側面の壁とあわせて、魔術スケルトンたちの行動範囲を狭めていた。
魔術スケルトンの足を鈍らせたことになるが、数はまだ一体しか減っていない。ここで出来るだけ削っておくのが戦略的にも正しいだろう。
というわけで、石の壁を過信している様子の魔術スケルトンを石壁ごと撃ちぬく。
わずかにスケルトンたちが浮足立った。
石壁を貫通して正確に眼窩を狙ってくるとは思わなかったのだろう。
「ボルス奪還軍の素人狙撃手とは年季が違うんだっての」
ちらりと石の壁の隙間から姿が見えれば、弾丸が届くまでの間にどこまで移動してどこを向いているのか、大体の予測がつく。
流石に石壁の裏に完全に隠れられてしまうとこちらも対処できないが、まだ魔術スケルトンたちは予測射撃の絡繰りに気付いていない。
浮足立っている魔術スケルトンの眼窩に石壁を貫通させて弾丸を次々と送り込む。
五体ほど仕留めたところで、魔術スケルトンは石壁を分厚くして弾丸が貫通しないように対策を打ってきた。
石壁を分厚くした分さらに行動が鈍っている。
コレならもう狙撃の心配はないだろうと安心しきっているスケルトンたちへ、石壁の隙間を正確に縫って弾丸をお届け。
九百メートル先の一メートルの隙間なんて、目の前に的が置いてあるのと変わらない。
慌てたようにスケルトンが隙間に新たな石壁を生み出す。追加された石壁と既存の石壁の間にある二十センチ弱の隙間に弾丸を通して撃ち殺す。
三体ほど仕留めた時、隙間に気付いた魔術スケルトンがまた新しい石壁を生み出した。
これで、魔術スケルトンたちは石壁で街道を封鎖してしまった事になる。
「朱の大地、貫通力の高い魔術で通常スケルトンを攻撃、今なら魔術スケルトンは石壁に隠れて射線を通せない。一斉射で蹴散らして!」
今か、今かと待ち続けていたミツキは、魔術スケルトンが自ら射線を塞いだのを見て取るとすぐに朱の大地へ指示を出す。
朱の大地の団長が指示を受けてすぐさまロックジャベリンを細く、硬く尖らせた魔術を準備させる。
ロックピアスとでも呼べるその魔術を朱の大地の団員が前後列一斉に準備して撃ち出した。
通常スケルトンが最前列から四体ほど奥までロックピアスに貫かれて崩れ落ちる。頭蓋骨が無事な個体も多いが、スケルトンの侵攻を遅らせるという点では多大な戦果を挙げている。
次から次へとロックピアスが撃ち出され、通常スケルトンを破壊していく。頭蓋骨が無事なスケルトンは仲間の死骸を利用して立ち上がるが、その度にロックピアスを受けて崩れ落ちたり絶命したりしている。
形勢はまだこちらの方が有利だが、魔術スケルトンがここにきて石壁の魔術を解除した。
犠牲を払ってでも前に進まなければならないと判断したのだろう。
「冷静だね」
ミツキが眉を寄せる。
あのまま石壁の裏に魔術スケルトンが引き籠っていてくれれば、朱の大地は魔術攻撃を気にせず通常スケルトンを殲滅できただろう。
狙撃手が俺一人である以上、犠牲が出ることはあっても全滅することは絶対にないというのが魔術スケルトンの考え方なのだろうし、実際のところその考えは正しい。
魔術スケルトンが前進してくる。俺の銃口を意識しているのは明らかで、ランダムに石壁を生み出しては消すといった行動を繰り返していた。
俺は狙撃で魔術スケルトンを削っていくが、どうしても手が足りない。
ミツキが双眼鏡を降ろした。
「次の段階に移ろうよ。弓兵ガシャは発見できずじまいだけど」
「仕方がないだろうな。このままだとスケルトンに飲み込まれる」
狙撃を続ける俺の代わりに、ミツキが月の袖引くの副団長であるレムン・ライさんに指示を飛ばす。
「月の袖引くは一足先に防御陣地に移動、現場指揮はレムン・ライさんが執ってください。まだ弓兵ガシャがどこかに隠れている可能性が高いです。もしも出くわしたらファイアーボールで連絡をお願いします」
「かしこまりました。お嬢様をよろしくお願いいたします」
「心得てます。撤退の順序は月の袖引くの後、青羽根、朱の大地、スイリュウとスカイと私達鉄の獣です。防御陣地での戦闘員の割り振りもお願いします」
レムン・ライさんが月の袖引くを率いて出発すると、朱の大地から伝令がやってきた。
まだ若い、二十歳になったばかりの団員だ。
「朱の大地より伝令。後退を進言したいとの事です」
「分かりました。緩やかに後退を開始してください。それとこちらから一点報告です。月の袖引くを防御陣地に向かわせた、と」
ミツキの言葉を復唱した団員が朱の大地の団長のところへ走って行く。
俺が狙撃で魔術スケルトンを二体倒した頃、朱の大地から再び伝令がやって来る。
「青羽根が防御陣地に向かったら教えてほしい、との事です」
青羽根の出発まで俺たちのところに待機するように命じられているらしい朱の大地の伝令がそわそわと前線を見る。
前線では魔術スケルトンたちが朱の大地を魔術の射程に収め始め、魔術の応酬が始まっていた。
朱の大地は魔術スケルトンの攻撃を防ぐためにロックウォールを展開し、通常スケルトンにアイシクルの魔術をぶつけることで凍りつかせ、障害物の代わりにしている。
朱の大地の攻撃速度が眼に見えて遅くなった。
スイリュウが側面から魔術スケルトンたちへロックジャベリンを撃ち込むが、石壁で威力を減衰させられて大した損害を与えられない。
「魔術スケルトンが本当に厄介だね」
「ここはあくまで前哨戦だ。本命は防御陣地、そう割り切るしかないな」
狙撃を続けながらミツキに言葉を返す。
ミツキが青羽根の整備士長に声を掛けた。
「青羽根も防御陣地への移動を開始して。くれぐれも弓兵ガシャに注意してね」
「分かってるって」
整備士長が指揮を執って青羽根が整備車両ごと移動を始める。
朱の大地の伝令を送り出して、俺は対物狙撃銃の銃身を冷ますために狙撃を中止した。
弓兵ガシャは未だに姿を見せていない。以前のボルス撤退戦では匍匐前進で森の中を進んできたほど隠密行動の意義を理解している個体だ。
「多分どこかに潜んでいると思うんだけど」
「索敵魔術に反応がないのが不気味だな」
これがボルスの英雄ことベイジルが操るアーチェであれば、ディアやパンサーの索敵範囲外から弓で攻撃してくることも可能だ。しかし、弓兵ガシャはそこまで弓の扱いに習熟していないはず。
それとも、練習のすえ、索敵範囲外から狙撃ができるようになっているのだろうか。
ボールドウィンがスカイの拡声器越しに声をかけてくる。
「まだ弓兵ガシャは出てこないのか?」
ボールドウィンやタリ・カラさんにとっても、遠距離攻撃をしてくる弓兵ガシャの存在は脅威だ。早く位置を把握しておかないと戦闘に集中できないのだろう。
俺は拡声器越しにまだ発見できていない事を告げる。
同時に、朱の大地から伝令が帰って来た。
「全体を後退させてほしいとの事です。そろそろ下がらないと、防御陣地への移動までに追い付かれる恐れがある、と」
まずいな。
俺は街道を振り返る。
青羽根の整備車両が遠くに見えた。まだ全体を下げるには早い。
「ヨウ君、私が出るよ」
「……スイリュウの反対側から魔導手榴弾で攻撃を加えて、魔術スケルトンと通常スケルトンを混乱させてくれ」
「任せて」
ミツキがパンサーの周囲に魔導手榴弾を浮かせ、大地を蹴った。
ミツキが森の中へ飛び込んだ直後、スケルトンたちの群れの中ほどで何度も爆発が起きる。恐ろしいまでの正確さで街道上のスケルトンの群れの真ん中を爆破したため、スケルトンたちの間に道ができるほどだった。
朱の大地の伝令が口をぽかんと開けている。朱の大地が団員総出で攻撃を仕掛けてギリギリ前線を維持していたのに、ミツキは単独でスケルトンの群れに大打撃を与えているのだ。
「本当、尋常じゃない戦闘能力ですね」
「今は手元にあまり魔導手榴弾の在庫はないから、そう何度もやれることじゃないけどな」
魔術スケルトンたちがミツキの投げ込む魔導手榴弾に気付き、石の壁を立てて塞ごうとする。
だが、ミツキが乗るパンサーには照準誘導の魔術式が組み込まれており、投げ方の変更もできる。石の壁を乗り越えるように飛んだフォークボールが魔術スケルトンの群れの中心を爆破した。
対物狙撃銃のスコープ越しに確認すると、魔術スケルトンたちの被害は軽微のようだ。魔力膜に加えて身体能力強化まで施されており、爆発の威力を軽減しているためだろう。それでも、衝撃で一度骨がバラバラになっているため組み直すまでの時間がかかっている。
俺は街道を振り返って青羽根の整備車両が完全に見えなくなったのを確認し、朱の大地に撤退指示を出す。
直後にミツキが帰って来た。
「森の中から奇襲をかけたのもあって、魔術スケルトンたちから攻撃が飛んでこなかったよ」
「二度目は対応してくる可能性が高いけどな」
「学習能力の高さは本当に厄介だよね」
しかし、ミツキの奇襲の効果は絶大で、スケルトンたちは隊列の組み直しに時間がかかっている様子だった。
スケルトンたちが態勢を立て直す隙を突き、朱の大地が素早く移動を開始する。
「野郎ども、スケルトンとの追いかけっこだ。慣れてんだろう!?」
「嫌になるほど慣れてますよ!」
朱の大地の団長が冗談めかして問いかけ、団員たちが笑いながら答えを返す。
身体能力強化を使った流れるような撤退をしながらあんな冗談を言い合えるのだから、朱の大地もこの作戦に備えて過酷な訓練をしていたのだろう。
俺たちの横を走り抜けていく朱の大地の団員たちに続き、団長が俺とすれ違う。
「……御武運を」
「お互いに……」
団員に向けた冗談交じりのそれとは違う、覚悟と信念の入った言葉に答え、俺は対物狙撃銃の弾倉を入れ替えて正面を見据えた。
今ここに残っているのは移動速度や攻撃力に優れた精霊人機スカイ、スイリュウと精霊獣機ディアとパンサーのみ。
この四機で、朱の大地が撤退を完了するまで遅滞作戦を行う。
「ミツキ、行くぜ」
「ヨウ君、行くよ」
図らずも声が重なって、俺たちは口元だけで笑い合った。