第二話 ボルス奪還軍、進軍
マッカシー山砦から防衛拠点ボルスへと続く街道を逸れて森に入り、木々を避けながら高速で走り抜ける。
ディアが鳴き、魔物の存在を知らせてきた。隣でミツキが操るパンサーが唸り、ディアの反応と合わせて魔物の位置を特定する。
「左にいるな。少し遠いが、軍の進行速度を考えるとギリギリぶつかる可能性がある」
「小型魔物だね。いまのうちに仕留めておいてもいいと思うよ」
ミツキの意見に賛成して、ディアの進行方向を左に向ける。
木の幹を危なげなく避けながら、索敵魔術に引っかかった哀れな獲物の姿を探す。
五百メートルほど先の木陰にサーベルタイガーに似た小型魔物、レイグの姿を見つけた。
のんびり昼寝を始めたところに対物狙撃銃の銃弾を撃ち込み、帰って来れない夢の旅へとご招待する。
「こっち側の森はこれで安全だろう。街道を挟んだ向かいの森へ戻る」
「了解。それにしても、軍は張り切ってるね」
「予定の五割増しの進軍速度だな」
俺たちの索敵能力が高いため、魔物の襲撃への警戒を最低限にして進軍できるのが大きいのだろう。
森を一直線に走り抜けて街道に出た俺たちは、軍の位置を再確認して向かいの森の中へ入る。
以前、マッカシー山砦から随伴歩兵のリンデたちとキャラバンの護衛をした時に、カエル型の中型魔物ヘケトに襲われた辺りだ。
「ヘケトを見たら即撃ち殺す方向で」
「精霊人機にとっては厄介な敵だもんね」
ヘケトは長く素早い舌で精霊人機の足を絡め取って転倒させてくるため、倒せるのなら歩兵が処理すべき魔物である。
ヘケトを警戒しつつも河原まで索敵する。
懸念されたヘケトどころか他の魔物の姿もない。
「やっぱり、ボルスに巣食ってるスケルトン種の群れが影響してるみたいだな。魔物が全然いない」
先ほど狙撃したレイグでさえ、マッカシー山砦を出て三匹目の魔物である。通常ならすでに二桁の魔物と遭遇しているはずだ。
河原から上流と下流を見回して、魔物がいない事を確認してから俺たちは街道に戻った。
軍の先頭部隊を指揮しているロント中隊長の下へディアで駆け寄り、索敵の結果を報告する。
ロント中隊長は相変わらずの顰め面で整備車両の助手席に座っていたが、俺たちの報告を聞いて一つ頷くと後方を指差した。
「そろそろ野営予定地に到着する。鉄の獣はもう下がっていい。ワステード司令官に報告しておいてくれ」
「分かりました。それじゃあ、後はよろしくお願いします」
ロント中隊長に後を任せて、俺たちは軍の中央にいるワステード司令官を訪ねる。
雷槍隊機で固められた本隊には整備士たちも同行しており、あまり物々しい印象は受けない。
雷槍隊の整備車両に向かい、助手席のワステード司令官に報告を済ませる。
「という感じで、索敵はロント中隊長に任せてきました」
「了解した。二人は休んでいてくれ。野営地の準備が整い次第、開拓団の団長も交えて軍議を行う」
「伝えておきます」
軍議ね。
整備車両を離れて最後尾の開拓者部隊へ向かいながら、ミツキが欠伸する。
「軍議って言われても、明日のボルス奪還作戦って茶番でしょ?」
「新大陸派に隙を見せるためのものだからな。ワステード司令官もスケルトン相手に戦力を減らすわけにはいかないし、消極的な戦闘になるはずだ」
しかし、消極的な戦闘だからこそ、素早くかつ統率の取れた撤退を行うために作戦を見直すのだろう。
撤退中に追いすがられて敗走しました、なんてことになったら新大陸派を打倒するどころの話じゃなくなる。
開拓者の軍と合流し、軍議の話を各開拓団の団長に伝達する。
開拓団は三つだけ、団長に関しては朱の大地に凄腕開拓者二人の団長がいるため、総数四人となっている。
朱の大地の団長二人に歩み寄ると、向こうも気付いて片手を挙げ、挨拶してきた。
「鉄の獣さん、索敵は済んだのですかな?」
「えぇ、後は前線部隊のロント中隊長が引き継いでくれたので、俺たちは休憩です。それと、野営地に着いたら軍議を行いたいとワステード司令官が仰ってますから、朱の大地の団長二人も出席してください」
「えぇ、了解しました」
俺は朱の大地の団長ABの横にディアを並べる。この団長さんたちの名前なんて言ったかな。
あれ、もしかして自己紹介してないんじゃ……。
いや、デュラ調査隊の時に挨拶したかな。
いいか、べつに。
俺は朱の大地の団長二人にだけ聞こえるように声を掛ける。
「ワステード司令官から、今回の作戦の主旨は聞いてますか?」
「……新大陸派のあぶり出し、と」
最低限の話は通っているらしい。
俺は続けて話す。
「新大陸派の対処のためにワステード司令官がボルス奪還軍をそのまま率いて向かった後、俺たち開拓者はボルスから出てくるスケルトンの群れを足止め、場合によっては追い返すことになります」
「聞いております。その点についての軍議も、後程行った方がよろしいでしょうな」
あの撤退戦を生き残っただけあって、朱の大地の団長二人は話が早い。
俺は団長の言葉に頷いて、先を話す。
「実は、最低限の防御陣地をすでに河原に作ってあります」
「用意が良いですな。国軍が抜けた後は河原へスケルトン共を引き込んで戦闘を開始、という算段ですかな?」
「そうです。ただ、防御陣地ですから動かす事は出来ません。朱の大地さんが独自に動くなら、防御陣地の裏に回り込まれないような位置取りをお願いしたいんです」
「水臭いですな。我々も防御陣地の戦力として協力いたしますよ。それとも、すでに定員ですかな?」
ちらりと、団長二人が青羽根と月の袖引くを振り返った。
青羽根と月の袖引くも防御陣地の戦力として参加してもらう事がすでに決まっているが、開拓者の飛び入り参加の可能性を考えて防御陣地の定員は調整できるようになっている。
「調整、というと?」
怪訝な顔をした朱の大地の団長に、俺は笑いかける。
「そのものずばり、調整ですよ」
野営地が見えてきたため詳しい事は軍議で話すと言い置いて、俺はその場を後にした。
「計画を聞いたら、あの二人もきっと驚くよ」
「だろうな」
また突拍子もない事を考えついたな、とボールドウィン達には呆れられたけど、普通は驚くはずだ。
俺とミツキは精霊獣機を二機並べて布を掛けるだけでテントが作れるため、野営の準備はすぐに終了する。
旧大陸から補充された新兵がディアとパンサーを見て気味の悪そうな顔をするが、絡んできたりはしない。因縁をつけようとした新兵はあの撤退戦を生き延びた先輩達に〝およばれ〟しているとの噂である。
河で汲んできた水を沸かして、白いコーヒーもどきを淹れる。
整備士君がやってきて、いち早くくつろいでいる俺たちを見て何とも言えず頭を掻いた。
「認めたくないけど、その精霊獣機って奴は便利だな」
「まぁな。それより、軍議か?」
「あぁ、準備ができたから早めに始めようとさ。ロント中隊長が、開拓者には国軍が抜けた後の事も話し合う必要があるだろうから、時間を作ってやりたいと意見したらしい」
ロント中隊長の意見か。よく気が付く人だ。
「だから出世しちゃうんだよ」
「そういうなって」
ミツキに言い返して、俺は席を立つ。
白いコーヒーもどきを飲み干して、整備士君に案内されながら天幕へ向かった。
「お邪魔します」
「鉄の獣か。入れ」
ワステード司令官に許可されて、俺はミツキと共に天幕の中へ入る。
整備士君が緊張の面持ちでついてきた。いざという時の連絡係であるため、作戦会議にも出席しなくてはならないのだろう。
空いた席にミツキと二人そろって腰かけた時、ボールドウィンとタリ・カラさんが入ってきた。後ろには朱の大地の団長二人の姿も見える。
席が埋まったのを確認して、ワステード司令官が口を開く。
「ここでの話は他言無用だ」
いまさらといえば今更な念押しに誰も口を開かず続きを待つ。
「旧大陸の本国にいた新大陸派の将官がデュラの港に到着した」
「では、新大陸派が決起するとしても明日になりますか?」
中隊長の一人が訊ねると、ワステード司令官が頷く。
「着いた初日ではまだ新大陸派も情報不足で動けないだろう。なにより、我々旧大陸派がまだスケルトンと戦闘を開始していない以上は連中も警戒している」
「我々がスケルトンとの戦闘を開始したことはどこから新大陸派に伝わるとお考えですか?」
朱の大地の団長が訊ねると、ワステード司令官が俺たちを見た。
「我々を監視している者がいるのではないかと考えていたが、鉄の獣の索敵をかいくぐれるとは思えない。鉄の獣は不審な部隊を見たかね?」
「いませんでしたね。索敵魔術の範囲は最大にしていたので、ボルス奪還軍を監視している部隊があったとしたら俺たちが見つけています。ボルス周辺に潜んでいる可能性もあるのでまだ何とも言えませんけど、監視部隊はないと考えていいです」
俺の答えに会議机を囲む面々は納得した様子だった。俺とミツキの索敵能力を疑う者はこの場にはいない。
ワステード司令官がマッカシー山砦の方角を見る。
「では、マッカシー山砦の内部にいる内通者を経由するのだろう」
「追い出してなかったんですか?」
リンデとか、リンデとか、後はリンデとか。
ワステード司令官はにやりと笑う。
「マッカシー山砦は元々新大陸派に明け渡すつもりだったのだ。内通者を追い出す必要などどこにもない。むしろ、積極的に新大陸派と連絡を取ってくれれば、我々の手間が省ける」
大胆な事だ。
だが、新大陸派も罠には気付いているだろう。罠と分かっていてもなお、正面から打ち破るだけの戦略的価値がいまのマッカシー山砦にはある。マッカシー山砦を押さえてしまえばワステード司令官率いる旧大陸派は補給線を失って孤立するのだから。
「ボルス奪還作戦の話に戻そう。我が軍は明日の昼より作戦行動を開始する」
ワステード司令官が会議机の上の地図を指差す。
ボルスと周辺の地理を描いた地図だ。
「ボルスは防衛戦でスケルトン種、甲殻系魔物の波状攻撃を受け、リットン湖側の防壁が崩れている。今回の作戦では、これを逆に利用する」
ワステード司令官の立てた作戦は、数や耐久力に勝り魔術を用いた援護射撃も可能な魔術スケルトンをボルスの中から出さないようにするためのものだった。
「ボルスの崩れた防壁を我々国軍が塞ぎ、スケルトンたちの攻撃範囲を限定する。これで狙撃兵が狙い撃ちにされる可能性も減るはずだ」
ボルスの他の防壁が邪魔になって、中にいるスケルトンたちはこちらを攻撃できない。無論、防壁の上から攻撃してくる個体もいるだろうが、防壁上からの攻撃手段は魔術に限られる。
そして、防壁上のスケルトンは森の中に身を隠している狙撃兵にとって最優先目標であり、格好の獲物になるという事だ。
また、耐久力に優れるスケルトン種の物量作戦にも、国軍は正面に火力を集中させて対処することができる。
「大型スケルトンへの対策は雷槍隊が行う。弓兵大型スケルトンが少々厄介だが、ロント中隊の精霊人機で凌いでもらいたい」
「そのために盾持ちを用意しました。防ぐだけならば問題ありません」
ロント中隊長の頼もしい一言にワステード司令官は笑みを浮かべる。
「作戦の概要は以上だ。何か質問は?」
「後方のリットン湖から魔物が来た場合の対策は?」
「規模にもよるが、後方部隊の精霊人機二機で対処する。対応しきれなければ、ロント中隊の三機から向かわせる。その間、雷槍隊機がロント中隊の穴を埋める」
挟み撃ちされた場合は後方のリットン湖側から殲滅する、という事か。あくまでも開拓者部隊は温存するつもりでいるらしい。
その後は作戦の詳細を詰める。
「――こんなものだろう。軍議はこれにて解散。各自準備を行え。開拓者は残ってくれ」
ワステード司令官の指示に、ロント中隊長たちが立ち上がり、一礼して天幕を出ていく。
中隊長たちが出ていったのを見届けて、ワステード司令官は居残りを命じた俺たち開拓者を見回す。
「さて、開拓者の作戦を聞いておきたい。我々旧大陸派がマッカシー山砦に向かった後の話だ」
責任者は誰だね、と訊かれて、四人の開拓団長の眼が俺とミツキに向けられる。
明らかにこの中で最年少の俺たちが責任者を任されている事を、ワステード司令官は当然のように受け入れた。
「やはり君達か。それで、どんな作戦だね?」
「そんな楽しみにされても困るんですけどね」
何故か楽しげなワステード司令官に苦笑しつつ、俺は作戦内容を説明した。
話を聞き終えたワステード司令官がため息を吐いて首を横に振る。
「軍なら絶対に許可が下りないだろうな」
「奇をてらってますからね」
一夜城。それが俺たちの防衛陣地の構築と、それを利用した防御遅滞作戦の名前だった。