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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第六章  世界の都合に振り回された二人
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第二十八話  ボルス奪還作戦の準備

 スカイの専用武器〝天墜〟の試験も済んで、俺はミツキと共にデュラ郊外のミツキの家に戻ってきていた。

 スカイやスイリュウの耐久試験などは青羽根と月の袖引くで行える。その後は間近に迫るボルス奪還作戦に向けて機体の動きに慣れるまで訓練してもらう事になっていた。

 では、なぜ俺たちがミツキの家に戻って来たかといえば、理由は三つある。

 そのうちの一つ、ウィルサムを家の中に招き入れて、俺は白いコーヒーもどきを淹れながら話を始めた。


「ワステード司令官にウィルサムの事を話した。ウィルサムの主張が丸々受け入れられるわけではないだろうけど、旧大陸派は再捜査を行う事も考えるそうだ」

「考える、という事はまだ動いてはいないのだな。やはり、新大陸派の件が片付いてから、という事か?」


 すぐに再捜査をしてもらって自らの身の潔白を証明したいだろうに、ウィルサムは冷静に状況を分析する。それがどことなく不幸に巻き込まれ慣れているように見える、と本人には言うまい。


「ウィルサムの想像通りみたいだ。ただ、新大陸派をどうするのかについてまでは俺たちも教えてもらってない。軍が内々に処理するんだろうな」


 嘘である。

 新大陸派が決起するのに合わせてワステード司令官が旧大陸派の兵を動員して討伐を図るというのがボルス奪還作戦の隠れた目的であり、俺とミツキはもちろん青羽根や月の袖引くといったメンバーもこのことを知っている。

 だが、ウィルサムはこの件についてどこまでからんでいるのか、本当に新大陸派との繋がりがないのか、まだ裏が取れていない。

 作戦内容を部外者に教えるわけにもいかないため、あえて嘘を吐かせてもらった。

 ウィルサムは何かを察したように微かに笑うと、白いコーヒーもどきを口に含んで目を丸くした。


「香ばしい。これほどの物を淹れるとは、いい腕だ」

「ヨウ君のコーヒーは格別でしょ」


 ミツキが自分の事のように誇らしげに笑う。

 俺は自分の分の白いコーヒーもどきを淹れ終わって、テーブルに着く。


「新大陸派を捕まえるなりしたら、再捜査が始まる。そうなったら、ウィルサムにも証人として出頭してもらいたいそうだ。バランド・ラート博士暗殺事件もそうだが、新大陸派がバランド・ラート博士の研究資料を付け狙っていた件についても証言をお願いしたいってさ」

「それは構わないが、肝心の研究資料は……」


 ウィルサムは俺とミツキを見て、言葉を濁す。

 異世界の魂を召喚するというバランド・ラート博士の研究資料はほとんど現存していない。ガランク貿易都市近くの崖下にあった隠し研究所もウィルサムが破壊している。

 異世界の魂を召喚する術については俺とミツキがガランク貿易都市の隠し研究所を家探しした際の資料と、ウィルサムから受け取った研究資料しかない。

 どちらも公開する気はないし、異世界の魂召喚についてはここにいる三人しか知らない。

 俺はウィルサムを真正面から見つめた。


「その件で話に来たんだ。ようは、口裏を合わせてほしい」

「異世界の魂については黙秘する、と?」

「その通りだ。幸か不幸か、精霊が魂である事と魔力袋が人工的に発生させられる物である事さえ証明できれば、新大陸派がバランド・ラート博士を暗殺する動機については十分補完できる」


 新大陸派がバランド・ラート博士を殺害した理由は、魔力袋の生産方法が明るみに出るのを防ぐためだったと思われる。さらに、最新の研究資料も狙いの一つだったのか、バランド・ラート博士を殺害した後はウィルサムを追い掛けていた。


「これだけでも、ウィルサムの無実は証明できるはずだ。どうだ?」

「協力しよう。この世界の事情に巻き込んだのはこちらなのだから、これ以上の迷惑をかけたくはない」


 本当に責任感が強い奴だ。


「そこまで気負う必要はないんだけどな。それじゃあ、ウィルサムは今後もこの家の周囲に潜んでいてくれ」

「分かった。新大陸派に嗅ぎつけられた場合はガランク貿易都市の側にあるバランド・ラート博士の隠れ家に潜む事にするが、いいな?」

「そうしてくれ」


 ウィルサムとの話を終えて、俺は夕食の準備をしにキッチンへ行くミツキを見送り、もう一つの用事を片付けるべく動く。

 手持無沙汰のウィルサムが俺と一緒に庭へ出た。


「気になっていたのだが、この歯車なんかは何に使うのだ?」


 俺たちが運び込んだ機械部品の山を見て、ウィルサムが訊ねてくる。


「ボルス奪還作戦の時に使う予定の兵器を作るのに使うんだ。ここで組み立てた後、俺とミツキで先行して設置する」


 これは青羽根や月の袖引くと立てた作戦の準備に当たる。

 ボルス奪還作戦において、新大陸派が決起しワステード司令官が兵を率いてマッカシー山砦に戻った場合、俺たちは青羽根と月の袖引くと力を合わせてあのスケルトンの群れに対峙しなくてはならない。

 スカイ、スイリュウ共に強力な機体となった今でも、スケルトンの群れと真正面からぶつかりあうのは自殺行為だ。

 そこで、俺たちはワステード司令官達が戦線を離脱した後の作戦を組み立てた。

 まずはマッカシー山砦に向かうワステード司令官たちをスケルトンが追わないように、街道から外れた河原へ引きつける。

 そこにあらかじめ防御陣地を構築しておき、戦闘をしながら緩やかに河原を渡り切り、対岸から自走空気砲による砲撃を行う。

 折り紙式遊離装甲を持つ自走空気砲であれば、対岸から放たれる魔術も防ぐことが可能だ。

 問題は新大陸派に警戒されないよう、マッカシー山砦を出発する戦力は少なくしないといけないため、自走空気砲を持って行軍する事が出来ないという事。

 仕方がないので、完成した自走空気砲は俺とミツキで先行して現地に置いておくことになる。流石の新大陸派もボルスから離れた森の中に兵器が隠してあるとは考えないだろう。

 万が一新大陸派に見つかった時の事を考えて盗難対策はしておくとしよう。

 青羽根と月の袖引くの訓練期間を利用して行うこれらの準備はワステード司令官にさえ教えていない。どこに新大陸派の眼があるか分からないため、この作戦を知るのは俺たちと青羽根、月の袖引くだけだ。

 だんだんと組み上がる自走空気砲。六本脚のそれを見て、ウィルサムが眉を顰めた。

 俺はウィルサムの反応に首を傾げる。


「なんだ。これでも気味悪いとかいうのか?」


 ライグバレドでは好評だったんだが。

 俺の質問に、ウィルサムは首を横に振った。


「動物型ではないからか、嫌悪感はないのだ。ただ、設計思想と言うべきか、何を考えてこれを作るに至ったのかと疑問でな」

「走破性の問題で足をつけてるんだ。街道沿いを進むだけならいらない機能なんだが、これを使うのは森の中だからな。車輪だとどうしても動かしにくい」


 すでに大まかに組み立てが終わっていたため、ミツキが夕食の準備を終えるまでに一機仕上がった。


「今日のメニューはブイヤベースだよ」


 ミツキがテーブルに置いた鍋の中にはエビや貝、カニ等が入っていた。

 硬めのパンを浸して食べても美味しい逸品である。


「手が込んでるな」

「自走空気砲を一機仕上げるくらいの時間がかかるから丁度いいかなって」


 俺に合わせてたのか。できた彼女である。

 ウィルサムが泣くほど感動するブイヤベースは魚介の旨味が口の中いっぱいに広がるスープと、出涸らしになっていないプリプリのエビの食感も嬉しい。


「生きててよかった……」


 ウィルサムがポツリとつぶやく。一年以上の逃亡生活を続けただけあって、ミツキの料理を食べる度に言ってる台詞だ。

 パンにスープを吸わせて頬張れば、仄かなパンの甘みに魚介の旨味が合わさって至高の味となる。旨味ばかりで舌が鈍感になる前に、シャキシャキの野菜サラダを食べて舌の感覚を戻す。


「明後日までに自走空気砲を作って、出発しよう。今日のところはもう寝るけど、明日からは手伝いをお願いしていいか?」

「大丈夫だよ。買い出しも終わってるし、デュラに行っても仕方がないからね」


 ミツキがウィルサムを見る。

 何を言われるのか察したのか、ウィルサムが首を横に振った。


「あんな複雑な物を作る手伝いは無理だ」

「だよね。一般の人だと訳分からないと思う。ただ、ウィルサムには魔力の提供してもらいたいんだ」

「魔力の提供……というと蓄魔石に?」


 ウィルサムの確認に、俺はミツキと揃って頷いてから、自走空気砲を指差した。


「あんななりでも遊離装甲を使ったりしてそこそこ魔力消費がでかいんだ。全部で四機作るつもりでいるけど、魔力を準備している時間まではなくてさ。ウィルサムに提供してもらえるとありがたい」


 駄目なら数を減らして運用することになる。魔導手榴弾を参考に開発した特製の砲弾も使えなくなるだろう。

 ウィルサムは「その程度でよければ」と気安く応じてくれた。


「いいのか? 指名手配犯としては逃亡のためにも魔力をあまり無駄使いしたくないはずだろ」

「いまさら君たちが私を売るとは思えないからな」


 そりゃあ、異世界の魂について知っている数少ない人間だ。新大陸派にたれ込むはずがない。

 夕食を食べ終わり、テントに戻るウィルサムを見送った俺たちは最後の目的に取り掛かる。


「バランド・ラート博士の研究資料はこれだよ」

「よし。漏れがないように何度か見直して、異世界の魂召喚に関係するところは全部省くぞ」


 新大陸派が鎮圧された時、証拠として提出されることになるだろうバランド・ラート博士の研究資料。その内容を精査して俺とミツキ、つまりは異世界の魂に関連する記述を発見して抜き取るのだ。

 これをしておかないと、トチ狂った輩がまた異世界の魂を召喚しようとするかもしれない。


「しっかりきっちり抹消しちゃおうね」


 研究資料を読み進めながらミツキが言う。

 バランド・ラート博士が生涯をかけて研究し、見つけ出したこの世界の出生率低下を食い止める方法を闇に葬る事に、罪悪感は一切ない。

 もう被害者を増やす気はないんでね。消えてもらうぜ。


「新大陸派を一網打尽にしたら、魔力袋が人工的に発生可能な代物だって事も精霊が元は魂だって事も明るみに出て、出生率の低下原因としても注目される。そんな未来を想像するのは甘いよな、やっぱり」

「旧大陸派が新大陸派と同じことを考えない保証はないからね。魔力袋の秘密は旧大陸派が頂いたってなる可能性もあるよ」


 ワステード司令官がそんなことするとは考えたくないけど、とミツキが苦笑する。


「手を打っておく?」

「そうだな。もしも旧大陸派が魔力袋の生産方法を秘匿するつもりなら、俺たちも口封じの対象になりかねないし」

「問題はどうするか、だよね」


 旧大陸派がバランド・ラート博士の研究内容を公表せざるを得ない形に持って行く、その方法。

 ボルス奪還作戦までの時間も考えると打てる手は限られるが……。


「打てる手がないわけでもないんだよな」


 俺はバランド・ラート博士の研究資料を持ち上げ、思いつきを口にした。



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