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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第六章  世界の都合に振り回された二人
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第二十七話  専用ハンマー

 港町の訓練場には以前新型機への変貌を遂げたスカイの動作実験をした時と同様、タラスクの甲羅が設置されていた。

 訓練場にいる精霊人機は二機、スカイとスイリュウだ。


「まずはスイリュウの動作テストから始めよう」


 俺はこの数日で組み立てた自走空気砲を起動する。ボルス奪還作戦でも使用する予定だが、砲弾は鉄製となり、砲口の大きさはスライムを撃ちだしたものより小さくなっている。

 狙いをスイリュウの腕に合わせて、砲弾を撃ち出す。

 月の袖引くの団員たちがかたずをのんで見守る中、スライム新素材を用いたハニカムサンドイッチ構造の遊離装甲〝蜂盾〟は見事に砲弾の衝撃を受け止めた。


「装甲に凹みがないか調べてくれ」


 俺の指示を受けて月の袖引くの整備士が一斉にスイリュウに向かい、蜂盾の様子を確かめる。

 凹みは見られないとの事だった。

 俺の隣で簡易組み立て椅子に座っていたミツキが調査記録を用紙に書き込む。


「これなら大型魔物の攻撃でも少しは耐えられそうだね」

「四重甲羅みたいな大質量攻撃だと防げないけどな」


 整備員がスイリュウから離れたのを見届けてから、俺は次の指示を出す。


「水蜂盾へ変更して」


 スイリュウが魔術を使用して蜂盾へ水を含ませる。外からでは確認できないが、盾の中のハニカム構造で出来た空隙の中に魔術で水を発生させている。

 蜂盾が厚みを増す。


「スライム新素材がはみ出たりはしてないみたいだな」

「膨張率は計算してあるけど分量が分量だし、誤差が大きくなるかもって心配してんだけどね」


 ミツキと一緒に杞憂に終わったことを喜びつつ、膨張した盾の厚みを計らせる。

 計測結果は理論値と異なっていた。


「誤差か?」

「なのかな?」


 理論値よりも薄い水蜂盾を見て少し不安を覚え、自動空気砲の威力を落として実験を開始する。狙う場所は先ほどと同じく腕だ。

 照準誘導の魔術の効果もあって狙い通りに腕へと命中した砲弾が訓練場の地面に転がる。


「バウンドしたな」

「凄い弾力だね。プニプニしてる」


 サンドイッチ構造になっているため外側は分厚くて硬い金属板なのだが、砲弾は水蜂盾に当たった瞬間弾き返されていた。

 押し付けるような攻撃でない限り、弾力に任せて弾き返すのも戦術としてありかもしれない。


「魔術の使用時間は?」

「もうちょっと大丈夫」


 少し自走空気砲の威力を上げつつ、跳ね返された砲弾に当たらないようみんなに離れるよう念を押しておく。


「それでは、いってみよう」


 自走空気砲が三度砲弾を撃ち出す。

 風切音を伴って飛んで行った砲弾は水蜂盾をやや押し込みはしたものの、すぐに弾き飛ばされた。

 この様子なら弓兵大型スケルトンの矢も弾き飛ばせるかもしれない。向こうの方が威力は大きいが、連射が利かないため二、三発凌げば接近して斬り殺せるはずだ。


「時間だよ。タリ・カラさん、魔力の消費量はどう?」


 ミツキが拡声器を使ってスイリュウに乗っているタリ・カラさんに訊ねる。


「二時間程度であれば問題ありません。でも、可能なら現地で水を調達して使いたい機能ですね」


 水蜂盾は魔術で水を生み出す関係上、どうしても魔力を消費してしまう機能だ。現地で水を調達できるならそれに越したことがないというのは同意見である。

 タリ・カラさんの意見に頷いている整備士たちに、ビスティが意見する。


「ボルスの近くであれば河もありますから、水の調達自体はそこまで難しくないです。ただ、霧などが出ても若干スライム新素材が膨張するので取り扱いには注意してください」

「その辺の管理責任者はビスティになるだろうな。物が大きいから他に整備士を二人つけるけど」


 月の袖引くの整備員のまとめ役がそう言うと、ビスティはよろしくお願いしますと頭を下げた。

 管理については俺たちが口にすることでもないので、実験を再開する。


「タリ・カラさん、スイリュウを動かしてくれ。遊離装甲の魔術の関係で少し動きにくくなっているかもしれないから」


 重量や体積が変化する蜂盾は既存の遊離装甲の魔術式では維持できない。そのため、魔術式に手を加えており、それが精霊人機の動きを阻害する可能性があった。


「では、参ります」


 タリ・カラさんが静かにスイリュウを動かす。ゆっくりと各部の具合を確認したタリ・カラさんは実戦を想定した動きに切り替えて専用装備流曲刀を抜き放つ。

 白雪を思わせるシャムシールが空気を斬り裂き、流れるように次の動きへと移って行く。


「問題ありません。以前よりも動かしやすいくらいです」

「サスペンションの固さを変更したりして、タリ・カラさんの動きに合わせたんだ。月の袖引くの団員に設定値とやり方を教えておく」

「お願いします」


 今回、スイリュウは新しい武器を作ったりもしていないため、タラスクの甲羅を使った実験はしない。


「必要なデータは揃ってるか? 揃ってるなら、スカイの実験に移りたい」


 待ちきれない様子のボールドウィンを横目に見つつ、月の袖引くの整備士たちに訊ねる。

 短い相談の後、月の袖引くの整備士たちは実験の終了に同意した。

 タリ・カラさんがスイリュウを駐機状態にして降りてくる。


「先ほど、ギルドの人らしい影が慌てて外へ出ていくのがメインカメラに映りました」

「ギルド長でも呼びに行ったんでしょう。スイリュウも新型機の仲間入りをしましたから」


 タラスクの甲羅を貫通する左腕のウォーターカッター、同じくタラスクの甲羅を両断する流曲刀を持ち、対単体への攻撃力は軍の専用機を凌駕する。

 そして今日、スイリュウは蜂盾と水蜂盾によりリアルタイムに変更可能な防御力を有するようになった。その防御力も精霊人機が用いる魔術を防ぎきれるほどの硬さだ。

 そん所そこらの精霊人機ではスイリュウと対峙しても攻撃をことごとく跳ね返され、守勢に回っても流曲刀で防御姿勢のまま斬り伏せられるのがオチである。


「それより、本当に技術公開していいんですか?」


 俺が訊ねると、タリ・カラさんはしっかりと頷いた。

 まず間違いなく新型機として扱われることになるスイリュウだが、今回は月の袖引くの希望で国の技術公開に応じることになっていた。無論、特許関連技術は全て月の袖引くが所有することになる。

 それでも、最高戦力であるスイリュウの情報を丸裸にするのは抵抗があるのではないか、と思ったのだが、タリ・カラさんは微笑んで説明する。


「スイリュウが新型機として広まればスライム新素材の需要も増えるはずです。それはビスティの、ひいては開拓団月の袖引くの貴重な収入源になります」


 月の袖引くが考えた上でのことならそれでいい。少し心配ではあるが。

 それに、仮に設計図を渡されても俺やミツキが解説しない限りウォーターカッターの設定が上手くいかないだろう。必然的に、スイリュウをパクろうと思えば俺やミツキ、後は実際に運用している月の袖引くに指導を頼むしかなくなる。

 タリ・カラさんと話している内にボールドウィンの愛機、スカイの準備が整ったようだ。


「コト、動かしていいか?」


 拡声器越しにボールドウィンの弾んだ声が聞こえてくる。俺の隣に来た整備士長が苦笑した。


「朝からあの調子なんだ」

「遠足前の子供かよ」


 気持ちは分からないでもないけど。


「まずはきちんと動かせるかどうか確かめてくれ。内部装甲の大部分を変えたから各部の重量が今までとは全く違う。最初は慣らし運転だ」

「分かってるって」


 ボールドウィンが応じて、右手の指先から動かし始める。

 手首、肘、肩ときて歩行練習、下段回し蹴りまでを行うと、拡声器からボールドウィンの声が響いた。


「すっげぇ。反応速度が今までの比じゃないぞ。違和感もまったくない。機体全体が軽く感じられる」


 実際は重くなっているんだが、操縦している側からすると操作しやすくて動きも機敏だから軽く感じるのだろう。

 それにしても見事な下段回し蹴りだったな。


「動作に関しては全く問題ないみたいだな」

「次の実験に移っちまえ」


 一人で盛り上がっているボールドウィンを無視して、俺は整備士長と意見を交換して次の実験の開始を宣言する。

 スカイがハンマーを持ち上げた。

 調査用紙に記入を終えたミツキが新しい紙を青羽根の団員から受け取りながら、実験項目を宣言する。


「素振りから」


 いまスカイが持っているハンマーは市販のハンマーではない。

 スカイの腕力でなければ振る事の出来ない専用のハンマーである。

 魔導合金製の青いハンマーは飾り気のない訓練場に良く映える。側面には可動式の魔導合金板が付いており、ミツキが開発した折り紙式遊離装甲の改変版を用いて任意に展開する。

 ひとまず展開せずに振ってみて、問題がない事を確かめる。


「ではいよいよ、実験してみようか」

「待ってました!」


 ボールドウィンの威勢のいい声が聞こえてきたかと思うと、ハンマー側面の魔導合金版が一瞬で横に倒れ、ハンマーの打撃面を大きく広げた。


「展開速度に問題はないようだな」

「この速さなら振り降ろす直前に展開しても大丈夫だね」


 ボールドウィンに指示して、何度か展開と収納を繰り返させる。

 扇形に展開しているこの魔導合金版は全部で三枚あり、それぞれが独立して動く。そのため、展開した際の打撃面の形も七パターン存在していた。

 展開と収納の耐久テストはまたの機会にして、タラスクの甲羅を使った威力測定に入る。


「展開範囲は最大で思い切り振り降ろしてみてくれ。みんなは訓練場の端へ一時退避」


 安全を確保したボールドウィンがスカイを操作し、ハンマーを振り被った。

 スカイは軽々と扱っているが、金属布を仕込んだ魔導チェーンの魔力伝導率の高さや圧空の魔術による補助が無ければ扱う事の出来ない重量だ。内部装甲も荷重に耐えられるように素材から考え抜かれているため、あのハンマーを鹵獲したところで扱える精霊人機は現状では存在しないだろう。

 超重量級のハンマーを振り被ったスカイが右足を踏み出し、タラスクの甲羅へ一直線に振り降ろす。

 タラスクの甲羅に到達する寸前、側面の魔導合金版が展開。

 青く巨大なハンマーが振り降ろされる様は、あたかも青空が落ちるようだった。

 タラスクにハンマーが激突し直後、地震でも起きたように地面が縦に揺れる。

 慌ててバランスを取った時、バタバタと駆けてくる足音がした。

 目を向けてみれば、ギルド長と数人の職員が訓練場に入ってきて、スカイの方を見て口を半開きにした。


「そうだ。スカイは?」


 慌てて確認すると、タラスクの甲羅に振り降ろしたハンマーをひょいと軽々持ち上げるスカイの姿があった。強烈な反動があったはずだが、まるで意に介していない。関節に仕込んでいるエアリッパーなどがうまく機能したのだろう。

 肝心のタラスクの甲羅は上部が砕けて陥没し、地面に半ばまで埋まっていた。

 範囲攻撃であの威力、反則じみている。


「こ、これは何の騒ぎだ。というか、また君たちがやったのか?」


 信じられない物でも見るような目でタラスクの甲羅を見ながら、ふらふらとギルド長が歩いてきてそう訊ねてくる。


「またやらかしちゃいました」


 ミツキが小首を傾げてあっさりと言ってのける。拝むように両手を胸前で合わせて、許して、のポーズをとっている。


「……なんだアレは?」


 疑っても仕方がないと悟ったのか、疲れたようにギルド長がスカイの持つ青いハンマーを指差す。


「あれですか。スカイの専用装備、その名も」


 俺はにやりと笑って名を明かす。


「――天墜です」



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