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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第六章  世界の都合に振り回された二人
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第二十二話  本国からの救援

 ボルスが陥落した現在、マッカシー山砦の戦略的な重要度はかなり増している。

 ボルスを落としたスケルトン種に対する防波堤であるマッカシー山砦には最盛期には及ばないものの、精霊人機三十機が所属していた。

 周辺の村に散らばっているため、マッカシー山砦に常駐しているのは二十機ほどだが、中には雷槍隊機も含まれている。


「厳戒態勢って感じだね」


 ミツキがマッカシー山砦を見て呟く。

 マッカシー山砦の二重の防壁の外側に精霊人機が三機、駐機状態で警戒に当たっている。歩兵も小隊単位で多数配置されており、防壁の上には狙撃兵が数人見張りと共に立っていた。


「あんな目立つところに狙撃兵を配置したら、スケルトンに真っ先に狙われるだろうな」

「ボルスで魔術スケルトンが真っ先にヨウ君を狙ってきたもんね」

「あれには参った」


 おそらく、ワステード司令官や現場指揮官もまだ狙撃兵の運用に慣れていないのだろう。

 狙撃兵の運用方法とスケルトン戦での所見について、ワステード司令官に話した方がよさそうだ。

 ボルス奪還に向けて旧大陸派の兵が集結しつつあるらしく、兵全体に纏まりがみられる。リットン湖攻略隊のようなぎすぎすした空気がないのは、訪問する部外者の身としてもありがたい。

 門に到着した俺たちは、門番に中へ通された。事前に俺たちの話を聞いていたのだろう。精霊獣機に嫌な顔をしながらも門番は指令室への案内役に俺たちを紹介してくれた。

 二重の防壁に挟まれた空間には精霊人機が三機駐機状態を取っており、随伴歩兵の訓練が行われていた。随伴歩兵の向こう側では狙撃兵の訓練が行われている。


「照準誘導機能付きの銃架はああなったのか」


 狙撃兵が訓練に使用している照準誘導装置は一辺一メートルほどの四角い箱の上に対物狙撃銃の銃身を乗せるための銃架が付いた物だ。カブトムシっぽい。


「あの装置、重たそうだね」

「蓄魔石と魔導核を使うとなるとあの大きさになるんだろうな」


 代わりに精密さと使用可能時間はディアよりも上かもしれない。

 おそらくは重すぎてまともに移動もできないのではないかと思うが、運搬車両なり整備車両なりに乗せて運用すればさほど問題にはならないだろう。ディアほどの機動力は見込めないだろうが、その分組織力という名の数の暴力がある。

 俺とミツキなら慣れもあってもう少し小型化できると思うが、軍の兵器だから触らせてはもらえないだろうな。

 二つ目の防壁を潜り、見張り塔などを横目に司令部へ足を運ぶ。

 司令部の中は綺麗に掃除が行き届いていた。床も含めてピカピカだ。とても開拓初期からある建物とは思えない。

 指令室もきれいに掃除が行き届き、書類も含めて整理が行き届いていた。


「鉄の獣か。よく来てくれた」


 ワステード司令官が席を立って俺たちにソファを勧めてくれる。案内役の兵士が意外そうな顔をしていた。

 ワステード司令官は案内役を見て苦笑する。


「ボルス撤退戦で命を救われたのだ。これくらいの歓迎はするさ。それより、飲み物を用意するよう言ってくれ」

「かしこまりました」


 案内役は俺たちを不思議な物でも見るような目で一瞥してから司令室を出ていった。

 ワステード司令官が椅子に腰を落とす。隣には雷槍隊の副隊長が立っていた。


「改めて、よく来てくれた。ライグバレドの技術祭に参加してきたらしいな」

「なかなかの賑わいでしたよ」


 お土産はない。買っている時間的余裕がなかったのもあるが、決闘に勝った影響で街を歩けば声を掛けられる事態になっていて、土産をゆっくり選んでいられなかったのだ。

 ほどなくして、秘書官が紅茶を運んできてくれた。秘書官が一礼して出ていくのに合わせて、ワステード司令官が本題に入る。


「手紙を読んだ」


 ライグバレドで俺たちが出した手紙には魔導核の市場操作をしている組織がありそうな事、それが新大陸派の疑いがあることを書いてある。

 ワステード司令官は副官に命じて資料を出す。


「君たちが読んだという資料はこれか?」


 俺たちの前におかれた資料は魔導核の価格の年次推移や人口調査、マッカシー山砦に残っていたバランド・ラート博士の研究資料だった。

 魔力袋の生産方法についてはワステード司令官も調べ終えたらしい。


「俺たちの手紙は無事に届いたんですね」

「あぁ、開封もされていなかった。今後は気を付けてくれ。どこに新大陸派の眼があるか分からない」

「それについて、話があります」


 俺はライグバレドで実家のファーグ男爵家に決闘を仕掛けられたこと、ファーグ男爵家の使いを名乗る者がワステード司令官からの手紙を開封した可能性について説明する。

 ワステード司令官は眉を寄せる。


「……ファーグ男爵家か。それについては今は気にする必要がない」

「どういう意味です?」


 ファーグ男爵家とは今後接触するつもりはないが、新大陸派の勢力が貴族社会にまで伸びているとなれば大問題のはずだ。

 首を傾げる俺とミツキに取り合わず、ワステード司令官は続きを促してくる。


「回収屋に助けられたそうだが、何故彼らはそこにいたのだ?」

「デュラの回収任務の際に出くわした所属不明の部隊が気になって調べていたようです」


 前置きしてから、俺はデイトロさんたちが調べたことについてもワステード司令官に話す。

 デュラにあるラックル商会の倉庫に保管されていたと思しき魔導核が新大陸派から供給されていた可能性と、所属不明の部隊が持ち去った可能性のある倉庫の中身の魔導核入り木箱、ギルドから紛失したバランド・ラート博士の登録資料についてだ。


「大分繋がってきましたね」


 副隊長が呟くと、ワステード司令官が頷く。


「他にはあるかね?」

「ウィルサムと会って話をしました」

「何?」


 ワステード司令官が驚きをあらわにした。

 指名手配犯と会って話をしたなどと聞かされたなら、驚くのも当然だ。

 俺は異世界の魂に関しての情報を伏せて、バランド・ラート博士が新大陸派から自らの身を守るためにウィルサムを護衛として雇った事を説明する。

 話を聞き終えたワステード司令官は目を閉じて黙考する。


「情報はあらかた出揃ったか。こちらからもいくつかの情報を提供しよう」

「良いんですか?」


 あんまり軍の内情を部外者である俺とミツキに話していいのかと心配になるが、ワステード司令官は問題ない範囲で話すという。


「新大陸派の動きについては旧大陸派の上層部も気付いたようだ。しかし、軍の中にどれほどの新大陸派がいるかは分からず、疑心暗鬼になっている。それと、一部の新聞でも報道されているが、近々新大陸の各軍事拠点に新大陸派の将官が訪れ、士気の高揚を狙う計画がある」

「新大陸派の将官が旧大陸からやって来るって事ですよね。胡散臭すぎません?」


 決起のために集まるんじゃないのか、それ。

 ワステード司令官が頷く。


「上層部もそう考えているが、この計画が陽動の可能性もあるため、旧大陸の本国を守るために動けないそうだ」


 そう言う見方もあるのかと納得すると同時に、本国の旧大陸派からの増援が望めないという話にぞっとする。


「いま、旧大陸派の兵はこのマッカシー山砦に集結してるんですよね? もしも新大陸派が決起したら、ここの戦力だけで食い止めることになるんですか?」

「いや、違う」


 ワステード司令官は首を横に振り、続けた。


「ここの戦力だけで新大陸派の決起を阻止するのだ」

「無理じゃないですか?」


 新大陸派は魔導核の生産と販売で資金を蓄え、準備万端整えてるはずだ。それをマッカシー山砦の戦力のみでどうにかしろというのは無理ゲーすぎる。

 ワステード司令官は俺の言葉を肯定も否定もせず、話を戻した。


「軍の中にどれほどの敵がいるか分からないため、軍人以外の救援があるそうだ。すでに新大陸入りしてるとの情報もあるが、私も詳しくは知らされていない。君たちの話で見当はついたがね」


 ワステード司令官の周りに新大陸派の監視がある事を想定して、詳細については本国も伏せているのだろう。


「俺たちの話に救援部隊の話なんか含まれてましたか?」

「気付いていないのならそれでもかまわない。気付いても、口にしないようにしてくれ」


 ワステード司令官の口振りからすると、俺たちが気付いてもおかしくないらしい。

 ミツキを見るが、首を傾げていた。

 ワステード司令官が話を戻す。


「だが、救援の規模が分からない以上、あまり当てにはできない。本国は、マッカシー山砦の現有戦力のみで事に当たらせるつもりだと考えた方が良い」

「軍人って大変ですね」


 ミツキが他人事のように言ってのける。実際、俺たちにとっては他人事のはずなのだが、すごく嫌な予感がする。

 ワステード司令官がにやりと笑みを浮かべる。地獄に引きずり込もうとする悪魔の笑みだ。


「あぁ、大変だ。そこで、君たち開拓者に力を借りたい」

「聞くだけ聞きますけど、受けるかどうかは分かりませんよ?」


 あらかじめ逃げ道を用意すると、ワステード司令官は「聞いてくれるだけありがたい」と笑って続ける。


「新大陸派としても、このマッカシー山砦に集結している旧大陸派の軍は無視できないだろう。可能な限り排除したいと考えているはずだ」


 そりゃあそうだろう。

 新大陸で決起するのであれば、マッカシー山砦の旧大陸派を一掃するだけでほぼ勝ちは決まったようなものだ。後は村や町を一つずつ武力を背景に説得していけばいい。

 前提に俺とミツキが納得すると、ワステード司令官は作戦の説明を始めた。


「まず、このマッカシー山砦の兵力と開拓者の合同軍でボルスに巣食うスケルトン種の群れを駆逐しに向かう。新大陸派は我々の背後を突き、補給の要であり防衛施設でもあるマッカシー山砦を落としにかかるだろう」


 ボルスでスケルトンを相手に戦っている隙にマッカシー山砦を落とされた場合、ボルス奪還軍は補給線を絶たれた状態での挟み撃ちになる。

 この辺りはウィルサムも想像していた話だ。


「あえてマッカシー山砦を新大陸派に襲わせるんですか?」

「そうだ。新大陸派がマッカシー山砦を襲った時点で、反乱軍として討伐の大義名分が立つと同時に敵の主戦力をおびき出すことができる。新大陸派も、戦略上の観点からこの誘いに乗らざるを得ない」


 戦略的な観点は俺では判断できないが、ワステード司令官が言うならそうなのだろう。

 しかし、一つ疑問がある。


「新大陸派が早急に決起するなら、という前提が必要ですよね。決起する時期をずらされたらどうするんですか?」

「そのままボルスを奪還し、マッカシー山砦との連携を構築する。ボルスとマッカシー山砦の間に強力な防御網を構築できれば、新大陸派が決起しても現有戦力で十分な防衛戦が可能になるだろう。新大陸派が決起するつもりなら、これを見過ごす事は出来ない。それに、新大陸派の資金源である魔導核の生産施設に関してはこちらで捜索が始まっている。魔導核を失えば、収奪した特許の利益が資金源になるのだろうが、こちらも利用が難しい状況だ」


 ワステード司令官は机の上に両肘を突き、ゲンド○のポーズをとった。


「ファーグ男爵が特許侵害をしたという話が広まり、新大陸各地で特許に対する監視が強化された。市民の眼もあり、迂闊に特許の収奪ができなくなっている。さて、特許の収奪で有名なラックル商会は今後どうなると思う?」

「あぁ、そう言う事だったんですか」

「そういう事だ」


 本国から派遣されたという救援部隊はおそらくファーグ男爵家だ。

 国軍に所属しておらず、新大陸派の手が伸びていない。新大陸派閥だとすれば、旧大陸派の軍人の出身校である開拓学校に俺を入学させようとするはずがそもそもなかったのだ。

 だが、ちょうど良い事に長男である俺が開拓学校に落第し、新大陸で名を挙げた。

 新大陸派の眼にファーグ男爵家は長男の入学を断られて旧大陸派閥に多少の恨みがある様に見えただろう。

 それを逆手に取り、国はファーグ男爵を新大陸に内々に派遣した。

 ファーグ男爵が新大陸に渡った表向きの理由は、社交界で家の名に泥を塗っている長男の始末をつけるため。

 ライグバレドでラックル商会にファーグ男爵が出入りしていたのは内偵のためだったのだろう。

 しかし、どうやって新大陸派とラックル商会の繋がりを暴いたんだろう。情報収集をしていれば、デイトロさんと同じ道筋を辿って到達できない事もないのか。

 ライグバレドに到着したファーグ男爵はラックル商会を調べる傍ら、特許侵害の騒ぎを起こす。この騒ぎにより、ラックル商会はガランク貿易都市で特許の収奪がやりにくくなった。

 俺はワステード司令官に質問する。


「魔力袋の人工的な生産方法については、本国に送ったんですか?」

「君たちから手紙を貰ってすぐにな」


 つまり、本国経由でファーグ男爵も魔力袋の生産方法を知っただろう。

 おそらく、今もラックル商会の周辺を調べて新大陸派の魔力袋生産施設のありかを探っている。

 道理で、ライグバレドのギルドが協力するはずだ。

 もしかすると、ファーグ男爵が特許の名義変更を俺たちに迫っていた時にデイトロさんが応接室に行くのを黙認したのも、わざと騒ぎにしたかったからかもしれない。

 踊らされていたと思えば腹も立つが、決闘場でアンヘルの愛機ガエンディを大破させた事で相殺――できないな。あれはディアを壊された仕返しだし。

 今度会ったら張り手の一発でも見舞ってやろうか。いや、バレるとまずいな。

 フリーズドライスライムでも放り込んでやろう。


「というか、言ってくれればよかったのに」


 勘当した手前、素直に協力を求めることができなかったのか、それとも俺たちが新大陸派側かもしれないと警戒していたのか。

 いずれにせよ、俺が謝る必要はないな。

 俺の中で折り合いがついたのを察したのか、ワステード司令官が口を開く。


「作戦の話に戻そう。ボルス奪還軍として旧大陸派と開拓者の合同軍はマッカシー山砦を出発、ボルス近郊でスケルトン種と戦闘を行う。この隙をついてマッカシー山砦を新大陸派が襲撃した場合、我々旧大陸派はマッカシー山砦へすぐさまとって返し、新大陸派をマッカシー山砦に封じ込めて兵糧攻めを仕掛ける」

「スケルトン種が追ってくるのでは?」

「そこが君たちに頼みたいところだ」


 ワステード司令官は俺たちに期待するような目を向けてくる。

 俺の背中を嫌な予感が駆け上って行く。


「一応聞きますけど、頼みとは?」

「開拓者だけでスケルトンの足止め、可能ならば撃退をして我々旧大陸派の背後を守ってほしい」


 ワステード司令官の真剣な眼に、なんの冗談だ、と笑い飛ばすことは出来なかった。



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