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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第六章  世界の都合に振り回された二人
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第二十一話  再出発

 製作を開始してから三日目、とうとうディオゲネスが完成した。

 シックな黒で統一されたディオゲネスは当初の予定通りプロトンよりも小型で、体高が一メートル四十センチ、体長は一メートル五十センチとなっている。搭載された蓄魔石の品質が良く、体も小さいためプロトンより魔力消費量は少ない。

 満足してディオゲネスを眺める俺とミツキの隣で、ウィルサムが眉を寄せている。


「犬を模しているのは分かるのだが、何故尻尾が四本も……?」

「九尾の狐とか、ロマンだから」


 理解できない、とウィルサムが首を横に振る。理解できない事が理解できない俺も首を振る。

 ディオゲネス最大の特徴は四本の尻尾だ。

 尻尾の先端には捕縛用の網がそれぞれセットされており、射出すると侵入者に網が覆いかぶさる。

 網の射出にはパンサーにも組み込まれている魔導手榴弾の投擲魔術が使われているため、狙いはかなり正確だ。ただでさえ狭い室内ではまず避けられない。

 網そのものは小さく一辺七十センチほど。しかし、四本の尻尾はそれぞれ侵入者の頭、手、足、胴体に対して網を投擲するため、まず逃げ出せない。

 また、狭い室内を駆け抜けるに当たり、四本の尻尾が器用にバランスを取る様になっている。


「後は魔力を込めて起動するだけだな」

「動作実験もしないといけないけどね」


 組み立てながら各部の動作チェックはしていたためまず問題ないとは思うが、ミツキの言う通り動作実験もしておいた方が良いか。

 ミツキの家にきて今日は四日目だし、一日動作実験に当てても明日には出発できる。予定より一日早いくらいだ。

 ミツキと一緒にディオゲネスに魔力を供給する。


「ワステード司令官から手紙は来てるかな?」

「どうだろうな。デュラのギルドに届いてないのは間違いないだろうけど」

「来ているとしても港町の方だね」


 ワステード司令官は魔導対物狙撃銃の訓練を兵に施しているはずだ。

 俺とミツキの特許である照準誘導の魔術や機構の使用許可申請も軍の名義で届いていた。ライグバレドにいる間に許可を出したから、今頃は何台かの照準誘導機能付きの銃架が製作されているだろう。


「ボルス奪還作戦は着実に進んでるね」

「問題は大型スケルトンだな」


 対物狙撃銃では大型スケルトンに効果はない。基本的に、大型の魔物に対して対物狙撃銃は無意味だ。

 俺はカノン・ディアという大型魔物に対する攻撃力を有しているが、いくら軍でもカノン・ディアを再現するのは技術的に難しいだろう。真空多薬室砲なんて概念から説明してもついて来れる奴少ないし。暴発させたら酷い事になる。

 ミツキは大型スケルトンの強さを思い出したのか、暗い顔をする。


「精霊人機でも手こずる相手だし、真っ向勝負じゃなくて絡め手を使わないと危険だよね」

「ワステード司令官の采配にかかっていると言っても過言じゃないな」


 ミツキと頷きあった時、ウィルサムが口を挟んできた。


「ボルス奪還作戦か。新大陸派が仕掛けるには絶好の機会だな」

「お前、そういうこと言うなよ。フラグ立っちゃったじゃないか」

「え? あぁ、すまない」


 フラグなんて言葉も知らないウィルサムだったが、雰囲気に流されて謝って来た。冗談だったんだけど。

 だが、ウィルサムの言う通り、旧大陸派を集めて行うだろうボルス奪還作戦は新大陸派が決起するのに絶好の機会だと思う。

 例えば、ボルスにいるスケルトンの群れと対峙する旧大陸派の部隊の後ろ、今回の補給拠点になるだろうマッカシー山砦を新大陸派が落としたりしたら、ボルス奪還部隊は補給線を絶たれた状態で、正面のスケルトンの群れと後方の新大陸派に挟み撃ちにされる。

 部外者で情報が圧倒的に足りないウィルサムが想像できるくらいだから、ワステード司令官や旧大陸の本国の軍上層部が予想していないはずもない。


「ボルス奪還が先延ばしになる可能性も考えた方が良いな」

「もしかすると、あえてボルス奪還作戦を決行して新大陸派を釣り出すことになるかもしれないよ」

「その可能性もあるか。ワステード司令官に聞くしかないな」


 もしも挟み撃ちにされる可能性があるのなら、青羽根や月の袖引くにも相談しないといけない。

 ディオゲネスに魔力を込め終えて、起動してみる。

 すっと立ち上がったディオゲネスはこの家の中央に当たるリビングの端に歩き、お座りの体勢を取った。

 ひとまず問題はなさそうだ。

 俺はウィルサムを見る。


「これからはこの家に入る際に俺かミツキの許可が必要になる。塀の内側に入る前に俺たちを呼んでくれ」

「庭も駄目なのか?」

「例外的に玄関までなら入れるが、庭に回り込もうとしたらディオゲネスが飛んでくる」


 ディオゲネスには窓を開け閉めする機能までついているため、家の中に入らなければ大丈夫とは言えない。

 ウィルサムは了解した、と言って頷いた。

 まぁ、ウィルサムの実力を考えるとディオゲネスが攻撃してきてもあっさり撃退しそうな気もするが。


「それじゃあ、すこし早いけど夕食を作るね。リクエストは?」


 ミツキが立ち上がり、キッチンへ歩き出す。


「餃子作ろうぜ」

「いまから? 包むのって結構時間かかるんだけど」


 苦笑するミツキに、俺も手伝うから、とゴリ押ししてキッチンに向かう。

 俺たちのやり取りをウィルサムが眩しそうに見ていた。


「突然見知らぬ世界に召喚されてさぞ心細い思いをしているのではと思っていたが、大丈夫なようだな。少し安心した」

「これでも色々あったんだ。悩んだり、落ち込んだり、塞ぎ込んだりさ」


 リビングのソファに座るウィルサムに言い返す。


「とはいえ、自業自得の面も大きいから、あんまり大きな声で言えないけどな」


 もう大丈夫、と言える位には割り切ったと思う。

 この世界で転生を繰り返す覚悟はもう固めてあるのだ。

 一緒に転生を繰り返せるミツキがいるからこそではあるけど。

 ウィルサムがほっと溜息をつく。


「元の世界に送り返す魔術があればよかったのだが、博士は遺して逝かなかったからな」

「最初から期待はしてなかったよ」


 異世界の魂を魔導核に加工して利用する事しか考えていなかったバランド・ラート博士が大事な材料である異世界の魂を送還するはずがない。

 ミツキが小麦粉を軽く練ってから俺に渡してくる。


「それに、必要になったら私たちが自分で作るからね」

「それができるくらいには魔術にも詳しくなったしな」


 笑いあう俺とミツキを、ウィルサムはいつまでも安心したように眺めていた。



 翌朝、俺たちはミツキの家を出発した。


「ウィルサムはどうするんだ?」

「ワステード司令官から質問があるかもしれないのだろう? 一カ月ほどこの辺りに潜んでいることにする。毎日深夜にこの家の前を確認するから、御用があればその時にでも」

「分かった。テントはあげるから、体を壊さないようにな」


 ウィルサムとミツキの家で別れ、俺はディアに乗って拠点にしている港町へ続く街道を歩き出す。

 パンサーに乗ったミツキが街道を見回しながら笑う。


「前回この道を通った時は、不安しかなかったよ」

「人型魔物にデュラが落とされた時だもんな」


 デュラが陥落してからも、デイトロさんたちの依頼に同行したりロント小隊の調査に参加したり奪還作戦に向かったりしたが、ミツキの家から続くこの道は通らなかった。

 前回はおおよそ一年前、デュラの避難民と一緒に歩いた。

 戦うための力もなく、ミツキの魔導銃の特許と開拓学校の入学費用等の俺の全財産でこの新大陸にただ二人放り出されたのだ。


「しばらくは嫌われ者街道を驀進してたな」

「精霊獣機が嫌われるなんて夢にも思わず開発してたよね」


 思い出話をしながら港町に向かっていると、街道の先からデュラへ向かうと思われる一団がやってきた。


「行商人、って感じじゃないな」

「避難民が帰って来たのかな?」


 デュラの住人なら面倒事を避けるために街道を外れた方が良いのだが、おそらく向こうも俺たちを発見しているだろう。

 索敵魔術の範囲を狭めていたのがまずかったか。

 街道を進んでくるのはデュラの住人で間違いないようだ。しかも、知った顔があった。

 この世界のミツキの両親だ。

 向こうも俺たちに気付いたのか、少し戸惑うような顔をしていた。

 俺はデュラの住人とミツキの間に入る様に位置を調節する。

 すれ違う間に視線が交差したが、どちらから話しかけることもなかった。


「服がボロボロだったな」

「……うん」


 ミツキは小さく頷くと、腰のポーチから手帳を取り出してページを一枚破り、手早くペンを走らせる。

 そして、自らの財布を取り出すと何かを書いた紙を入れ、魔導手榴弾を投げる要領でこの世界の父親に向けて投げつけた。

 照準誘導の効果もあってまっすぐにとんだ財布はミツキの父親の背中に当たって地面に落ちた。


「行こう、ヨウ君」


 ミツキがパンサーの速度を上げるのに合わせて、俺もディアを加速させる。

 あっという間にミツキの両親の姿が小さくなり、道を曲がった瞬間見えなくなった。

 ミツキが速度を緩める。


「なんて書いたんだ、あの紙」

「手切れ金」


 すでに縁は切られているだろうに、ミツキなりのけじめだろうか。

 突っ込むのも野暮だから、俺はミツキの背中を撫でるにとどめた。

 街道を道なりに進むこと数時間、途中で魔物に出くわすこともなく無事に港町に到着した。

 デュラとは違って活気のある町だ。デュラの復興資材を一時保管する場所としても活躍しているらしく、商人が多く見受けられた。

 相も変わらずラブホチックなギルド館に入り、受付で到着の手続きを取る。


「到着をお待ちしていました」


 聞きなれた声に振り返れば精霊人機の部品の購入を代行する係員が歩いてくるところだった。この町での俺たちの専属みたいになっている。


「青羽根と月の袖引くはすでに到着されてますよ。てっきり一緒に帰って来るのではないかと思っていましたが、今までどちらに?」

「デュラにミツキの家の掃除などをしに行ってました」

「……大丈夫でしたか?」


 デュラの住人との確執を知る係員は心配そうに俺たちを見て、怪我がないと分かると安心したように微笑んだ。


「ご無事のようですね。そうそう、お二人にマッカシー山砦司令官ワステード様より手紙が届いています」


 そう言って、係員が差し出してきた手紙を受け取り、封を切る。

 中にはマッカシー山砦に顔を出してもらいたいと書かれていた。

 手紙を覗き込んだミツキが苦笑する。


「のんびりする暇もないみたいだね」

「今回ばかりは仕方がないさ」


 久しぶりにあのジビエ料理屋に行きたかったのだが、またの機会になりそうだ。



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