第二十話 ウィルサムの見解
ウィルサムの来訪で出鼻をくじかれた感はあったものの、翌日から早速番犬用精霊獣機ディオゲネスの作製に取り掛かる。
ミツキの家は港町の借家よりも狭いため、同じ番犬型のプロトンよりも小さめに作る事となった。
また、今回は町中の借家と違って周囲に民家がない事から、侵入者が目撃者を気にせず集団でやって来ることも考えられる。
そのため、対集団捕縛用の兵装を新しく考案する。
庭に出て、雑草を抜きまくって開発スペースを作っていると、ウィルサムが顔を出した。
「手伝おうか?」
「いや、悪いよ。気にしなくていいから」
「そうか? しかしな、何もしないというのも暇なのだ」
暇を持て余しているらしいウィルサムは手近な雑草から抜き始めた。
「ありがとう。後で一緒に昼でもどうだ?」
「いいのか?」
「草むしりのお礼と彼女の手料理自慢だ。遠慮せずに食ってけよ。ミツキの料理はめちゃくちゃうまいぞ」
「では、ご相伴にあずからせてもらおう」
ウィルサムと草むしりをしつつ、バランド・ラート博士との旅の話を聞く。
話を聞く限り、バランド・ラート博士との仲は悪くなかったらしい。旅先でちょっとした食道楽のようなことをしたり、揃って娼館に行ったりしていたようだ。
「それじゃあ、ファーグ男爵領も通ったのか」
「通った。数日滞在したはずだ。……あぁ、思い出した」
懐かしむ様にウィルサムは目を細める。
「温泉に入ったり、上等なワインを飲んだり。そういえば、ファーグ男爵家の精霊人機部隊の訓練も遠目に見学したよ」
領民に対して訓練風景を公開する日があり、ちょうど通りがかったのだという。ファーグ男爵家にしてみれば、精霊人機部隊の精強さをアピールする事で領民が魔物に怯えないで済む様にという配慮もあるのだろう。
ちなみに、俺は訓練が公開されているなんて初めて知った。家の中では半ばいない者扱いだったし、使用人さえ必要が無ければ近付かない部屋に軟禁されていたため、外の情報などろくに知らない。
ウィルサムは抜いた草をまとめて庭の隅に持って行く。
「特に隊長機が凄かった。精霊人機でもあれほど速く剣を振るえるものなのかと感心したものだ。剣捌きも見事の一言だった」
隊長機というと、アンヘルだろう。
俺は決闘で向かい合ったアンヘルの精霊人機ガエンディを思い出す。
「そんなに速かったか?」
遅いわけではなかったが、十分に反応できる速度だった。
高速機動を行うディアに乗っている俺の動体視力や反射神経が鍛えられているから、という理由ではないだろう。以前に見たタリ・カラさんの愛機スイリュウがシャムシールを振るった時と速度に違いはないように思えた。
スイリュウはさほどスペックの高い機体ではない。そのスイリュウがシャムシールを振るう速度と大差がないという事は、決闘時のガエンディの剣捌きは機体性能を活かしきれていなかったことになる。
ウィルサムは俺がアンヘルの乗るガエンディと決闘したことに驚いている様子だった。
「よ、良く生きていたものだ」
「対策を練りに練ったから当然の結果、と思っていたんだが……。ウィルサムの話を聞くと違う気がしてきた」
そもそも、決闘の時にも思ったが、あの時のファーグ男爵の行動は支離滅裂だった。
決闘を仕掛けた理由が俺による風評被害で家名に傷が付くからというものだったのに、決闘中に特許侵害を堂々と認めるなど矛盾している。百歩譲って特許侵害をするにしても、決闘の場で認める必要はなかったはずだ。独自開発した全く別の魔術だと嘘を吐いても良かったのだから。
「手加減されていたのではないか?」
ウィルサムの意見に、俺は唸るしかない。
「アンヘルが手加減する意味があるのか疑問なんだよ」
決闘を仕掛けたのだから勝たないと意味がない。俺を殺すことが勝利の絶対条件ではないとしても、殺したところでデメリットはないはずなのだ。
それとも、決闘を仕掛けて俺を生かしておくことにメリットが生じるのだろうか。
ウィルサムがやたらと根っこが成長した雑草を周りの土ごと掘り起こしながら、口を開く。
「決闘を仕掛けることが目的だったのかもしれん」
「なんのために?」
「それは何とも。情報が少なすぎる」
根っこから土を払い落としたウィルサムは、他に何かファーグ男爵の行動に不審な点はなかったかと聞いてくる。
ファーグ男爵がライグバレドで取った不審な行動と言えば、ラックル商会に出入りしていた件やギルドの職員に内通者を作っていた事などだろうか。俺宛てのワステード司令官の手紙を勝手に開けて中身を見たりもしていた。
「それはつまり、君たちを監視して、決闘で身動きを封じたのでは?」
ウィルサムの予想に頷けるところはあるが、ファーグ男爵は別件でライグバレドに足を運んだと言っていた。
「だめだ。さっぱりわからない」
情報が足りなすぎるんだ。
ワステード司令官なら独自に何か情報網を持っていそうだし、訊いてみるとしよう。
草むしりがあらかた終わった事もあって、俺は立ち上がって腰を伸ばす。屈んで作業し続けて強張った筋肉をほぐしてから、水魔術で手を洗った。
「これから何を?」
よほど暇なのか、ウィルサムは引き続き手伝いをしてくれるつもりらしい。
俺はディアで運んできた資材を指差す。
「俺達の留守を任せる番犬を作るんだ」
「……精霊獣機か」
ウィルサムの頬が引きつる。
頭ごなしに否定してすまなかったと詫びていたが、受け入れるかというと別らしい。
資材を並べて、一つ一つ組み立てていく。
基本構造は港町の借家においてあるプロトンと変わらないが、小型化を図るために少しだけ設計を変えてある。
脚を組み上げながら、俺はウィルサムに声を掛ける。
「ウィルサムはこれからどうするんだ?」
こちらの事情もあって、居場所が把握できないのは少し困る。知らない間に新大陸派に捕まって拷問に掛けられていました、なんてことになると目も当てられない。
ウィルサムは塀にもたれかかって空を見上げた。突き抜けるような青い空は雲一つない。
「まっとうに生活するのはもう無理だろう」
「なんか、ごめん」
バランド・ラート博士が異世界の魂を召喚した事を知ってしまい、ウィルサムは律儀にも研究資料を守り通して俺たちに届けてくれたのだ。
「いいえ、君たちは被害者だ。謝らないでほしい」
苦笑したウィルサムは腕を組んで考えてから、話し出した。
「ひとまずどこかに身を隠すことにしよう。ほとぼりが冷めたら、開拓者にでもなってどこかに村を作り、のんびり余生を過ごすとする」
ディアやパンサーと追いかけっこできるほどの魔術師だ。開拓者になれば引く手あまただろう。
だが、ほとぼりがいつ冷めるのかが問題である。もしも新大陸派が革命を成功させたりしたら、永遠に狙われかねない。
「俺から、ワステード司令官にウィルサムの事を話してもいいか?」
「ワステード司令官? また凄い伝手だな」
ウィルサムは感心したように言って、悩む素振りを見せた。
「話すことは構わないが、信用してくれるかどうか。それに、私は直接会う気もない」
これでも指名手配犯なのでな、とウィルサムが困ったように笑う。
俺も、ワステード司令官と直接引き合わせるつもりはない。指名手配犯を連れて軍事拠点であるマッカシー山砦を訪ねたりしたら、俺まで捕まる。ワステード司令官もさすがに見過ごせないだろう。
「ワステード司令官は旧大陸派だから、新大陸派の企みを知れば積極的に潰しにかかってくれると思う。というか、すでに動き出しているはずだ」
リットン湖攻略戦からのホッグスの動きはあまりにも怪しすぎるため、ワステード司令官も各所を調べているだろう。
ウィルサムが腕を組んで首を傾げる。
「動き出しているって、新大陸派と旧大陸派の間に何かあったのか? 逃亡生活で新聞もあまり読めず、時事には疎いのだが」
「あぁ、リットン湖攻略の失敗とボルス陥落、撤退戦は知らないのか?」
俺の質問にウィルサムは頷いた。
やはり知らないのか。とはいえ、この件に関しては新聞報道もあまり当てにならなかったりする。
超大型魔物に大型スケルトン、新種の白い人型魔物などの新発見は記事にもあったりなかったりで、ホッグス達新大陸派がどのように動いたかについては、政治的な問題でも絡んだのか記事になっていない。
俺は実際にその場で見たことをウィルサムに話す。
ウィルサムは静かに聞き入っていたが、新大陸派がボルスから逃げ出した辺りでイラつきだしたのが分かった。
指名手配犯になってでも俺たちへ研究資料を届けに来たくらいだ。正義感はかなり強いらしい。
すべて聞き終えたウィルサムは怒りを吐き出すように重々しいため息を吐いた。
「そんなことがあったのか。腹立たしい話だがそれは置いておいて――時間がないようだな」
「時間ってなんの?」
俺の質問に、ウィルサムは意外そうな顔をした。
「分からないか?」
目を細め、ウィルサムは説明してくれる。
「ホッグスの動きは疑ってくれと言わんばかりだ。裏を返せば、疑われても支障が出ないほど計画が進んでいる事に他ならない」
「おい、それってつまり……」
「あぁ」
ウィルサムは頷いて、深刻な顔で告げる。
「――革命の日は近い」