第十八話 遅きに失した情報提供者
ウィルサムの姿を認識した俺はすぐさま玄関を飛び出す。
ウィルサムはすでに後ろに飛び退いて構えを取り始めている。
ミツキが玄関で自動拳銃の射撃体勢を確保しており、ウィルサムに狙いを定めていた。
俺もウィルサムに対して自動拳銃を向け、出方を窺う。
ウィルサムは俺とミツキを見て混乱しているようだった。
「なんで貴様らがここに……?」
ウィルサムに問われて、俺は内心首を傾げた。
明らかに俺たちがいる事を知らなかった者の反応だ。
ここは周りを森で囲まれており、ミツキの家以外に民家はない。街の防壁の外に家を建てる物好きはまずいないから、訪ねる家を間違えたという事もないだろう。
つまり、ウィルサムは誰が住んでいるか分からずにこの家を訪ねてきたことになる。
バランド・ラート博士の研究資料を持ち逃げした可能性のあるウィルサムが、転生者であるミツキの家を偶然訪ねたとは思えない。
――もしかするとこいつ、転生者を探してるんじゃないのか?
仮にそうだとしても、何故探してるのかも分からないせいでこちらから暴露する事も出来ない。
ウィルサムは警戒するようにミツキの後ろ、家の中を睨んでいたが、誰も出てこないと分かると周囲の森に視線を走らせてから両手を頭の高さに挙げた。
「戦う前にいくつか訊ねたいことがある」
ウィルサムはそう言って、俺達を見た。
両手を挙げているのは交戦の意思はないという意思表示なのだろうが、ウィルサムが凄腕の魔術師だというのはガランク貿易都市近くの隠れ家での戦闘で知っている。その気になればあの体勢からでも攻撃魔術を放ってくるだろうから、俺もミツキも気を抜かずに銃口を向けていた。
しかし、俺たちが引き金を引かない事で話をする余裕はあると判断したのか、ウィルサムは続けた。
「きさ――あなたたちはバランド・ラート博士の事を調べているのか?」
ウィルサムの質問に対し、ミツキが俺に目線でどうするか聞いてくる。
俺たちがバランド・ラート博士について調べている事は新大陸派に知られるとまずい情報だと思うが、ウィルサムが新大陸派と繋がりがある可能性は低い気がする。
少なくとも、現在手元にある情報を総合する限りでは、新大陸派はウィルサムがバランド・ラート博士殺害事件の現場から持ち去った可能性のある研究資料を手に入れるため、ウィルサムを追い駆けている可能性が高い。
俺はウィルサムを警戒しつつ、口を開く。
「バランド・ラート博士の殺害現場の宿、その階段でお前とすれ違ったのが俺だ。覚えてるか?」
質問に質問で返すなと言われそうだが、俺はあえてウィルサムの質問を無視して問いかけた。
ウィルサムは顔を顰め、俺をじっと見つめる。
「……宿の店主の後ろにいた、大荷物を担いだ子供か?」
「そうだ。バランド・ラート博士を看取ったのも俺だ」
「そうか。何か言っていたか?」
「言っていた。こんなところで死ねないってな」
重要な部分を伏せすぎて凄まじい要約になったが、嘘は言ってない。
ウィルサムはじっと俺を見た後、ミツキをちらりと横目に見る。
「二人、か」
「そうだ」
ウィルサムはしばらく考え込んでいたが、やがて諦めたようにため息を吐き出した。
「ここに二人で住んでいるのか?」
「以前はミツキの一人暮らしだ」
デュラで調べればわかる事でしかないが、もしもウィルサムがバランド・ラート博士の研究資料を持ち逃げしていて、なおかつ異世界の魂が召喚された事を知っているのなら、ここで襲いかかってくる可能性が高い。
いつでも動けるように身体強化の魔術の強度を高めた俺だったが、ウィルサムは空を仰いで深々と疲れたようなため息を吐いた。
「君たちが異世界の魂であっているようだな。まったく、バランド・ラートはなんてことをするんだ」
やっぱり、俺たちが異世界の魂持ちだと知ってたか。
ウィルサムが俺たちに向き直る。
「君たちと戦うつもりはない。以前、ガランク貿易都市の近くの森で攻撃したことを謝りたい。新大陸派の人間と誤解したんだ。本当にすまない事をした」
そう言って、ウィルサムが俺たちに向かって深々と頭を下げてきた。
「――なんていうとでも思ったか、とか不意打ちしてくるつもり?」
ミツキが警戒もあらわに訊ねると、ウィルサムが目を白黒させて、首を横に振った。
「しない。ともかく、最初から話した方がよさそうだ。少し長い話になるが、ここで話しても構わないだろうか?」
ウィルサムも自分が疑われている事は自覚しているらしく、家の中へ上げろとは言わなかった。
銃を構えていてもいいのなら、と条件を付けると、ウィルサムは頷いて話し出した。
「私はバランド・ラート博士の知り合いであり、護衛だった。博士からは、研究成果を狙っている者がいるから護衛してほしいと依頼されていたのだ」
「護衛?」
つまり、宿でバランド・ラート博士を殺害したのは……。
「博士は新大陸派に殺された。殺されたのだと思う。博士の研究資料はケースに入れて私が持っていた。当時は内容など全く知らなかったのだが、刺客の凶刃に倒れた博士は私にケースを持って逃亡するようにと言い残した。研究資料の中身を読み、後を引き継いでほしい、とも」
俺とミツキが一瞬殺気立つと、ウィルサムは首を横に振って「最後まで聞いてくれ」とため息交じりに呟いた。あまりにも疲れ切った声に、俺もミツキも殺気を静めて話を聞く。
「博士が向かっていた新大陸行きの船に乗ってデュラに向かった。船の中で初めて資料を読み、驚いたよ。新大陸派の軍が狙っていた理由も分かった。しかし、何よりその研究は理不尽で、君たちのような存在をこの世界に産んでしまった」
そう言って、ウィルサムはまた頭を下げた。
「この世界の人間として謝罪する。申し訳なかった」
「……その研究資料を見せてくれ」
ウィルサムの謝罪には取り合わず、研究資料の提出を求める。ウィルサムがどれくらいの情報を持っているのか分からない以上、謝罪も何についてのものか漠然としすぎていて許す事も怒る事も出来ない。
ウィルサムは片手を挙げたままもう片方の手でスーツケースを地面の上に置いて、開いて見せる。中には確かに資料らしき紙の束が入っていた。
ミツキに警戒を頼み、俺はスーツケースに近付く。罠が仕掛けられている様子もない。
スーツケースの中身は確かに研究資料だった。とはいえ、内容は俺たちがすでに得ているものと大差がない。旧大陸にいた頃に書かれたらしい手記も入っていたため、ざっと流し読む。
「旧大陸にいる間も異世界の魂を探して旅をしていたのか。俺たち以外には異世界の魂を召喚してないみたいだな」
後ろのミツキにも聞こえるように報告する。
ウィルサムがここにある研究資料をすべて読んだのであれば、知っている情報も俺たちと大差がないだろう。護衛という事はバランド・ラート博士本人から直接何か話を聞いている可能性もあるか。
後程詳しく調べることに決めて、俺はスーツケースを閉じて持ち上げる。
「この研究資料はもらっても構わないな?」
「君たちが何も知らなかった場合に説明するための資料としてここまで守り抜いてきたものだ。好きにしてくれ。ただし、異世界の魂を召喚する方法については処分してほしい」
「当然だ。俺たちも自分の仲間を増やそうとは思ってないよ」
ウィルサムの了解も取れたことで、俺はスーツケースを持って下がった。
「さっきの謝罪だけど、ウィルサムは謝る必要がない。何も知らなかったんだろう?」
「だが、この世界の人間の事情に君たちを巻き込んだのだ。謝罪すべきだろう」
「責任感が強いのは良い事だと思うけど、全人類の代表を一人で務めるのはさすがに荷が勝ち過ぎてると思うよ」
ミツキにも言われて、ウィルサムは初めて笑った。疲れ切った顔だったが、幾分か救われたような顔だ。
ウィルサムもどちらかと言えば被害者だろう。本人の言葉を信じれば、バランド・ラート博士殺害の濡れ衣まで着せられている。
俺はひとまず銃を下ろした。
「ここに訪ねてきたのはバランド・ラート博士が訪ねる予定だったからか?」
「デュラまではそうだ。だが、この家を訪ねたのは博士の手記に魔導銃を発明したという幼き才媛の業績や年齢から異世界の魂を持っている可能性が高いと書かれていたためだ。本当ならば去年訪ねたかったのだが、家を発見するためにデュラで聞き込みをしている途中にギガンテス率いる人型魔物の襲撃があってね。巻き込まれてしまった」
あの時デュラにいたのか。
なんというか、この人相当な巻き込まれ体質ではないだろうか。所属不明の軍に追いかけ回されたり、下手しなくても俺より過酷な新大陸生活してるぞ。
少し同情してしまう。
「今日ここを訪ねたのはどうして? 私たちが帰って来た事をどうやって知ったの?」
ミツキの質問に、ウィルサムは庭に停めてあるディアとパンサーを指差した。
「人型魔物の討伐が済んでデュラが解放されたと聞き、君が帰ってきているのではないかと足を運んだのだ。この家の主が戻ってきたとデュラでも噂になっていた。その兵器は人目を引くからな。思えば、その二機も異世界の記憶や価値観に基づいて作りだしたものなのか。頭ごなしに否定して、本当に申し訳なかった」
そんなぺこぺこ頭を下げなくても。
ガランク貿易都市の近くで戦った時は化け物みたいな強さだったのに、こんな謝り癖が付いている人だったのか。
ミツキも毒気を抜かれたように自動拳銃を下げた。俺と同じで身体強化は発動し続けているから、完全に警戒を解いたわけではないだろう。
「おおよその事情は分かったよ。もう少し聞きたいこともあるけど、指名手配犯だから町には泊まれないよね。野宿するの?」
「そのつもりだ」
ウィルサムの返事を聞いて、ミツキが困ったように俺を見る。
味方とは断定できないため家の中に入れるのは論外だが、バランド・ラート博士に関する重要な情報源でもあるから無碍にはできない。
「テントを貸そうか?」
「いいのか?」
ウィルサムに聞かれて頷きを返す。妥協できるのはここまでだ。
「まだ聞きたいこともあるから、近くにいてほしいんだ。新大陸派の事とか、どこまで知ってる?」
「新大陸派の事か。これも話せば長くなってしまうな」
ウィルサム曰く、ある程度の事は博士の手記からも読み取れるとの事で、ひとまず解散する。
道からは見えない森の中に入って行ってテントを組み立て始めるウィルサムを横目に見て、ミツキと共に家の中に入る。万が一に備えてディアとパンサーも一緒だ。……狭い。
玄関の扉を閉めてミツキが前髪を弄りながらため息を吐く。
「妙なことになったね」
「あぁ、変なのが転がり込んできたな」
ミツキがふと思い出したように手を叩く。
「この家にしては珍しく敵じゃない訪問者のヨウ君が来たときはデュラが陥落したんだよね。なら今回も――」
「どんなジンクスだよ。物騒すぎるわ」