第十七話 ミツキの家への訪ね人
ライグバレドを出発して、俺はミツキと共に一路デュラを目指した。
青羽根や月の袖引くとは別行動だ。途中までは道も同じなのだが、デュラ郊外にあるミツキの家に番犬用の精霊獣機を仕掛けるためには早く現地に向かわなくてはならない。
「家の掃除をしてから精霊獣機を組み立てて……。四日くらいはかかるかな?」
ミツキが予定を組み立てながら指折り数える。
俺はミツキの見立てに同意した。
「四日か、五日くらいかかるだろうな。デュラの連中でなくとも、人型魔物に荒らされている可能性もあるし」
「そっちは考えてなかったなぁ」
ミツキの中では魔物以上にデュラの人間の方が危険らしい。
街道を無視して森を突っ切っていると時折索敵魔術の反応がある。
街道からは離れており周囲に村もないため、駆除せずに反応を迂回して進む。
車両で走れば二日は掛かるライグバレドとデュラの間を半日で駆け抜け、昼もいくらか過ぎた頃には遠くにデュラが見えてきた。
街道に出て速度を緩めながら、ミツキを見る。
「中に入るか?」
ミツキの家はデュラの郊外にあり、わざわざ町の中に入る必要はない。
ミツキは少し考えるそぶりをして、首を縦に振った。
「入っておこう。様子も見ておきたい。それに、私たちが帰って来たって知っていれば家にちょっかい出す人もいなくなるでしょ」
港町の借家を守る番犬型精霊獣機プロトンの事はデュラの連中も知っている。盗みに入ったりすればどんな目に合うかも、何人かは実体験として知っているはずだ。
俺たちが到着したことを知れば、留守を狙ってくる者は少ないだろうと考えられる。
「分かった。町中をぐるりと回ってから、ミツキの家に向かおう」
「ギルドは寄らなくていいね。因縁つけられるのが眼に見えてるし」
一応、開拓者は最寄りのギルドへ到着を知らせる義務がある。
魔物の脅威が身近な新大陸において、魔物に対抗する戦力として開拓者を動員することがあるためだ。
「港町に届け出を出しておこう。あっちのギルドなら俺たちの事情も知ってるから、便宜を図ってくれるだろ」
「それが良いね。プロトンの魔力供給も必要だし、一度借家に戻ることも考えないと。それとも、本格的にデュラに引っ越しちゃおっか?」
「デュラに引っ越すといろいろ面倒そうなんだよな」
主にご近所付き合いとか。
乗り気でない俺を見て、実際に住んでいた事のあるミツキは否定するように首を横に振る。
「デュラからは程よく離れてるし、基本的に誰も来ないから大丈夫だよ。なにより、二人っきりになれる」
「それは少し心惹かれるな」
「そうでしょう」
にこにこ笑いながら、ミツキはパンサーの頭に両肘を突く。
「美少女と二人きりだよ。役得だよ?」
「自分で美少女っていうなよ。確かに可愛いけどさ」
言葉を交わしている内にデュラに到着する。
人型魔物との戦闘の影響もあって、町を囲む防壁はボロボロだ。
立ち入り規制は解かれたようだが、まだあまり人は戻ってきていない。
それもそのはず、デュラの町中に無事な建物はほとんどなかった。人型魔物との戦闘で壊れた物もあるが、大型魔物であるギガンテスが邪魔な建物を積極的に破壊したためでもあるらしい。
家を再建するまでは他所で暮らしている住人が多いのだろう。通りを歩くのは大工や開拓者ばかりだった。瓦礫の撤去をしている精霊人機は正直見たくなかった。
「全く手付かずの地域もあるな。逃げ遅れたってわけでもなさそうだけど」
町の端の方から集中的に直していこうという雰囲気でもない。
「多分、蓄えがないんだと思うよ。デュラが陥落してもう一年経つから、他所で生活していた人の中にはお金をほとんど持ってない人もいると思う。後はデュラに愛想を尽かせて別の場所に定住したとか」
いつまで続くか分からない避難生活の中で定住を決めてしまう人もいるという事か。
旧大陸に渡った人もいるだろうし、かつての活気が戻るのはだいぶ先になるのだろう。
デュラの住人に睨まれながら町を見て回り、再び外に出る。
ミツキの家に向かう道を進んでいくと、数台の馬車や運搬車両とすれ違った。復興資材を乗せているようだ。
分かれ道が見えてくる。
この先化け物屋敷と書かれた看板を華麗にスルーして道を曲がり、道なりに進んだ先にミツキの家はあった。
「無事みたいだな」
原形を留めないほど壊れている可能性も考えていただけにほっとする。
「庭は荒れ放題だけどね。家庭菜園まで悲しい事に……」
ミツキの視線の先には雑草だらけの庭と倒れた支柱があった。獣が入り込んだのか、食い荒らされたきゅうりらしきものの残骸が転がっている。
玄関扉に鍵を差し込んでドアノブを引くと、軋む音を立てながら扉が開いた。鍵が無事という事は、内部にはこの一年間誰も入らなかったとみていいだろう。外から見る限り窓も破られてはいなかったし。
「うわぁ、埃だらけ」
「……食品庫もそのままだったよな?」
デュラで上がる火の手を見てすぐに逃げ出したのだ。子供の体格の俺たちが二人で運べる最低限の物しか持ちだせなかった。
当時は二人とも体を鍛えてさえいなかったからな。
ミツキはげんなりした顔でキッチンの方を見る。
「一人暮らしだったから腐りやすい物は買ってなかったけど、それでも野菜はあったんだよね」
「換気しながら取り掛かるか」
魔術も覚えたし。
キッチンの床下にある食品庫への扉を開ける前に、俺たちは覚悟を決める。
真面目な顔で向き合ったのだが、ミツキが唐突にくすりと笑う。
「ゾンビ映画みたい」
「腐敗臭と戦うところだけはそっくりだな」
扉を開けるとムワっと鼻を突く臭いが漂ってきた。
「圧空!」
気合を込めて技名を叫んでみる。ゴウと噴き出す風が腐敗臭を吹き飛ばし、家の中に充満する前に外へ吹き散らした。
開発してよかった、と心底思う。
ミツキがいつの間にか取り出した黒板を指すときに使う指示棒を食品庫の中へ向ける。
「突入!」
「おう!」
どたどたと音を立てながら食品庫の中へ踏み込み、息を止めながら腐った野菜類を二重にした皮袋の中へ放り込む。
あらかた片付けた後、圧空を発動して食品庫の中から臭いを追い出した。
「ミツキ大佐、制圧完了しました!」
「ご苦労。では次なる任務、ごみ出しを命ずる!」
「イエス、マム」
「マイフェアレディと呼びなさい」
「カッコつかないだろ、それ」
ここは高級住宅街でもなんでもない、ミツキの家以外には無人の郊外だ。
ミツキはロンドン橋落ちたを歌いながら掃除を進めていく。そっちかよ。
ゴミ出しを終えた俺も床掃除を手伝い、不用品を運び出した。
ざっと掃除を終えて、夕食をミツキに任せた俺はディアやパンサーを置いてある庭に出た。
「草刈りもしないとな」
雑草が伸び放題になっており、周囲が森で囲まれている事もあって虫が飛んだり跳ねたりしている。野菜の王国が野生の王国になっていた。人間に飼いならされた野菜たちは駆逐されたらしい。これが自然淘汰か。
草刈り機でも作ろうかと思いつつ、ディアに引かせてきた番犬用精霊獣機の部品を家の中へ運び込む。
「予定より少し小型にした方が良いか」
ミツキが魔導銃の特許料で建てたこの家は一人暮らしに過不足ない程度の広さである。拠点にしている港町の借家においているプロトンと同じ大きさにしてしまうと、自由に動けなくなる恐れがあった。
家主に相談しようと思ってキッチンを覗いてみると、ミツキの姿がない。
どこに行ったのだろうか。
ここでミツキの部屋に行ったらきっとラッキースケベ的な展開に――なぜだろう、ミツキが待ち構えている気がするのは。
この手のお約束展開であざといことしないはずがないよな、ミツキの性格だと。
俺は窓を開いて立てつけを確かめる。カラカラと音がするという事は、二階にあるミツキの私室にもおそらく聞こえているだろう。
庭と私室の位置関係も考え合わせると、私室の窓からこっそり俺の動きを観察している可能性もある。
俺は素知らぬふりで庭に出て、勢いよくミツキの私室を振り仰ぐ。さっとカーテンが閉じられた。
確定である。
どうせ俺がミツキの私室を訪ねない限り出てこないつもりだろうし、向かうとしよう。
二階に続く階段を登る。
二階の廊下には小さな窓が隅に一つだけあり、この家の裏手にある森を見ることができる。
部屋は二つ、片方はミツキの私室でもう一つは風呂場だ。
ミツキの部屋の前に立ち、ノックする。突然開けるなんてお約束はしない。ミツキの思惑に乗ってやる気はないのだ。
「ミツキ、ディオゲネスの大きさで相談があるんだが、入ってもいいか?」
そういえば、番犬用精霊獣機の名前、本当にディオゲネスにするつもりなのだろうか。
部屋の中から返事はない。
お約束を再現するならばあくまでも気付いていない振りをしなくてはならないからだろう。
なんでこんな下らない事で読み合いなんかしてるんだ、俺たちは。
「ミツキ、いないのか?」
って聞いていないって答えるわけはないな。
「いないな。代わりに料理作っておくぞ」
「――ちょっと待ったぁ!」
バタンと扉が開かれる。
「なんでお約束展開を忠実になぞらないかな? 実は着替えてました。期待したの? ねぇ、期待したの? って、煽るつもりだったのに台無しじゃん!」
「質の悪い計画立てんな」
あからさますぎたから警戒してたんだけど、結果的によかった。
着替えが終わっているというミツキの言葉は事実だったらしく、動きやすい旅装から室内着に着替えていた。珍しくスカートである。それもミニ。
薄い青のシャツに紺のカーディガンを羽織っている。カーディガンの袖が長く、あざとくも萌そでにしていた。自然と目線が行くように白い線が袖口をぐるりと一周している。
「どう? 萌える?」
「うん、かわいい、かわいい。とってもかわいい」
「うっわ、適当だなぁ」
ミツキが不満そうに唇を尖らせた直後、一階の玄関で呼び鈴が鳴った。
反射的に自動拳銃を抜こうとしたミツキが寸前で動きを止め、首を傾げた。
「デュラの人なら呼び鈴は鳴らさないね」
「どうだろうな。復興資金を出せ、とか平然と言ってきそうな気がするんだが」
「あぁ、それなら最低限の礼儀として呼び鈴を鳴らす事は有り得るね。どうしよっか。居留守使う?」
平然と居留守が選択肢に入っているあたり、ミツキが引きこもりに逆戻りしかけている気がする。
「庭にディアとパンサーを停めてるから居留守にも気付かれるだろ」
「それもそっか。じゃあ、出るしかないね」
嫌々です、と言わんばかりにため息を吐くミツキを連れて階段を下り、護身用の自動拳銃を背中で隠しながら扉の前に立つ。
「ドアスコープとかないんだな、ここ」
「訪ねてくるのは敵だけだったからね」
どんな鎖国制度だよ。
いつでも戦闘に入れるように身構えながら、扉を押し開ける。
「あ、わたくしは――」
扉を開けきる前から、訪問者が自己紹介を始めた。
「ウィルサムというものですが」
「――は?」
間抜けな声を出しつつ扉を開けきって、訪問者の顔を見る。
バランド・ラート殺害事件の容疑者、ガランク貿易都市近くの隠れ家でも戦ったウィルサム本人がそこにいた。
「……え?」
俺とミツキ、ついでにウィルサムの三人の声が重なった。