第十五話 ディア・ヒート
観客席から盛大なブーイングが響き渡る。
それもそのはず、このライグバレドは商人と職人の街だ。契約や特許の侵害を見過ごせば自身の生活に跳ね返ってくる職業の彼らにとって、目の前で堂々と特許侵害を認めた輩は敵以外の何者でもない。
だが、断言しよう。
この場で一番頭にきているのは俺である。
ディアを急加速させ、アンヘルの愛機ガエンディの側面へ回り込みながら対物狙撃銃の引き金を引く。
加速していくディアの背中から流鏑馬のように狙撃して、四百メートル先のガエンディの正面メインカメラのレンズを破壊する。光魔術を利用してレンズから取り込んだ景色を機体内部で反射し操縦者の正面に投影するメインカメラは、人間であれば眼に当たる部分にある。
俺が流鏑馬で半径十センチのガラスレンズを寸分過たず破壊してくるとは考えてもいなかったのか、ガエンディの動きが一瞬止まる。
動きの停まったガエンディをさらに狙撃し、もう片方の目玉に当たるメインカメラを破壊、側面に回り込む。
「っく、ちょこまかと」
アンヘルの声が聞こえてくると同時、ガエンディが身を低くして左手に持った長剣を地面すれすれに振るう。
砂埃を巻き上げながら周辺を薙ぎ払って行く長剣の間合いを見定め、長剣を握る左手首の関節を狙撃する。
ただでさえ音速を超える弾丸に正面からぶつかりに行ったガエンディの左手首は相対速度の影響で威力の上がった弾丸により内部の魔導鋼線を破壊された。
精霊人機はこの程度で影響が出るほど軟な造りはしていないが、戦闘を継続していけばすぐにガタが来るだろう。
俺はガエンディの背後に回り込み、後部メインカメラである首の付け根のガラスレンズを狙撃、破壊する。
俺の動きについてこれずにいたアンヘルは、後部メインカメラの異常を受けて俺が背後にいる事に気付いたらしく、長剣を背中に回す。肩甲骨付近にある左右の後部補助カメラを守ろうとしているのだろう。
無理もない事だが、アンヘルは明らかに魔導銃相手の戦闘に慣れていない。
銃を使う物好きは少なく、対物狙撃銃のような大型の魔導銃の扱いに習熟している者など皆無。俺相手の対策を立てたくても練習相手もいないだろう。
俺は長剣で守られた後部カメラは無視して、ディアの速度を上げ、ガエンディの正面に戻る。
いつしか観客席からのブーイングは止んでいた。
観客がかたずをのんで見守る中、俺はガエンディの右肩にある正面補助カメラに狙いを定め、引き金を引いた。
カンッと音がして、カメラの横の外部装甲に弾丸が弾かれる。
「ちっ、魔力流動膜で受け流したか」
俺の狙いは完璧だったはずだ。おそらく、カメラを立て続けに破壊された事で危機感を覚えたアンヘルが魔力流動膜で銃弾を逸らすことを思いついたのだ。
両肩の正面補助カメラで俺の姿を見つけたのだろう、ガエンディがロックジャベリンを準備し、撃ち込みながら距離を詰めてくる。
ロックジャベリンの狙いは甘く、俺は回避行動をとる必要もなかった。弓兵大型スケルトンの方が狙いが正確だったくらいだ。
アンヘルの腕が悪いわけではない。魔力流動膜の影響がロックジャベリンにも出たために軌道がそれたのだ。
しいて腕が悪い者がいるとすれば、ファーグ男爵家の整備士たちだろう。
ガエンディが長剣を振り被って距離を詰めてくる。魔力流動膜がある限り俺の銃弾は届かないと踏んだのだろう。カノン・ディアを封じるためにも接近戦に持ち込むのは正しい判断だ。
だが、それ以上にガエンディの魔力消費量の問題もある。
魔力流動膜は魔力消費量が大きな魔術だ。
遊離装甲の魔術とも干渉するため、できれば使いたくなかったのだろう。
大型化したスライムに遊離装甲を全て引き剥がされて仕方なく発動した最初の一回はほぼ全方位に向けて魔力流動膜を発動していた。
そしていま、カメラ周辺だけでいいはずの魔力流動膜を頭上のロックジャベリンにまで影響が出るほど広範囲に使用している。ファーグ男爵家の整備士の技術が追いつかず、範囲の縮小ができなかったのだろう。
いくら質の良い蓄魔石を積んでいようが、魔力切れを起こすまでそう時間はかからない。俺が時間一杯逃げ切ればそれで勝ちが決まる。
決まるのだが、
「腹の虫がおさまらないんだよ!」
技術をパクるなら俺が感心するくらい上手に活用しやがれ、ヘボ整備士が!
ディアの前足が地面を踏みしめ、急加速する。
最高速に達したディアは一直線にガエンディに突撃する。
アンヘルが反応して左手の長剣を振るうが、先に俺が狙撃した影響で手首のスナップが利かず、速度が落ちている。
ディアの前足を折りたたませ、正面に倒れ込む様に体を落とす。
ディアの背中に伏せた俺の頭上をガエンディの長剣が行き過ぎ、側面から突風が襲ってくる。
地面にディアが倒れ込む直前、俺は圧空の魔術を発動してディアの身体を風の力で押し戻し、体勢を瞬時に立てなおした。
真正面に、長剣を振り抜いた体勢のガエンディが見える。俺へ攻撃を当てるために腰を大きく落としているため、肩ががら空きだ。
だが、俺はあえて銃撃を加えずディアを後ろに飛び退かせる。
直後、風が巻き起こった。
魔力流動膜術式でディアを真っ二つにしようとしたのだろう。空気だけを巻き込んだために風が起こったのだ。
俺は容赦なく対物狙撃銃の引き金を引く。
対象を魔力膜の流れに乗せて真っ二つに引き裂くという仕組みなら、中間地点は左右どちらにも魔力膜で流されない。
つまり、弾丸が通る。
狙い過たず、対物狙撃銃が吐き出した銃弾はガエンディの左肩にある正面補助カメラを破壊した。
すでに何度もカメラを破壊されているため、アンヘルも動揺せず、ガエンディが即座に左手の長剣を振り抜く。
飛び退いた直後で空中にいる俺に避ける術はないとでも思ったのだろう。
俺は圧空を真上に発動する。圧縮空気が弾け、突風が頭上から俺とディアを地面に叩きつける。
ディアの脚部に仕込まれたエアリッパーが起動し、爆発的な瞬発力を以て地面を蹴りつけた。
迫っていた長剣がディアをとらえきれずに空を斬る。
これが、精霊獣機の動きを知るボールドウィン達なら違う結果になっただろう。だが、初見でディアの動きについて来れる奴はまずいない。
俺はディアを操作してガエンディから距離を取る。
遊離装甲を失い、カメラの大部分をやられて視界が利かず、魔力消費量に目を瞑ってでも魔力流動膜を展開せざるを得ない今のガエンディはもはや死に体だ。
視界が利かないために得意の長剣も狙いが不正確で、魔力流動膜の影響で剣先がぶれてさえいる。
「ヘボ整備士に任せて他人様の技術をパクるからそうなるんだ」
俺は対物狙撃銃の弾倉を入れ替えながら、アンヘルに声を掛ける。
実際のところ、魔力流動膜が無ければ大型化したスライムに押しつぶされて勝負が決していた。
ガエンディが長剣を無事な右手に持ち替え、構えた。拡声器越しに、アンヘルの悔しそうな声が聞こえる。
「もしも、スライムや気色悪い鳥型兵器を持ち出されてなければ、十分に戦えていましたよ。遊離装甲があれば、カメラを狙撃から守ることもできたはずなのですから」
「――そんな負け惜しみが通じるとでも思ってんのか?」
舐めてもらっちゃ困る。
決闘開始直後にガエンディが放ったロックジャベリンを遊離装甲で防ぎきれずに自走空気砲が破壊された場合、スライムを撃ちだすこともできなかった。
デイトロさんから事前に聞いた予想で、開始と同時に自走空気砲の破壊を狙ってくると分かっていたのだから、対策を取らないわけがないだろう。
「アンヘル、お前の自力じゃあ〝通常状態〟のディアにさえ対処できないって理解できたんだよな?」
対物狙撃銃をディアの角に置き、俺はボタンを押しながらレバー型ハンドルを押し込んだ。
カシャン、と軽い音がする。
この一動作で、ディアのスペックは今までの比ではなくなる。同時に、俺以外の誰にも乗りこなすことのできないピーキーな挙動を取るようになる。
「これを最初から使わなかったのは、実力差をきちんと理解してもらうためだ。俺がこの決闘に勝った後も特許侵害をするつもりなら」
俺はディアの腹部についている左右のレバーを自らの膝の裏に固定し、レバー型ハンドルを強く握り込む。
「――これで駆けつけてやるよ」
加速を命じた二拍後、五百メートル近くあったガエンディとの距離がゼロになる。
アンヘルには、何が起こったのか理解できないだろう。
だが、観客席にいる人々ならば何が起きているかは理解できているはずだ。
機能名、ディア・ヒート。
蓄魔石から大量の魔力を強制的に魔導鋼線に流し込み、各魔導部品のスペックを限界まで引き出す機能だ。
魔力伝導高速化と発動時間厳密制御の技術に加え、魔力流動膜を用いた複雑な機構と術式からなる複合技術。
流し込まれた許容量超えの魔力により魔導鋼線が焼け、青い火花がディアの四肢から絶えず吹き上がる。
ディアの各部の魔導鋼線を二つ設けている理由は、ディア・ヒートを使用するだけで魔導鋼線が使い物にならなくなるからだ。魔力消費量も跳ね上がる。
――だが、それらのリスクを飲み込むだけの効果がこれだ。
鉄板に穴でもあけるような派手な金属音を立てて、ディアが左の前脚を地面に突き立てる。
時速にして二百キロの急加速と急停止、さらに方向転換を行って、俺はガエンディの真後ろを取る。
ガエンディに乗るアンヘルからしてみれば、ディアが掻き消えたようにさえ見えただろう。
ディアが通った場所にはただ青い火花が残るのみ。
「とろくてでかくて、的としてもつまらない」
ディアの両方にあるボタンを押し込み、カノン・ディアの射撃体勢を作る。
ガエンディが後ろに回り込まれた事に気付いて振り返る――だが、俺はもうそこにはいない。
青い火花だけを置き去りに、ディアはカノン・ディアの発射体勢を維持したままガエンディの左側面、俺がカメラを破壊した事でできた死角に回り込んでいる。
「技術とは常に進歩する物だ」
お前らが人の努力の成果をパクって劣化させている間にもな。
「そっくりそのまま返してやるよ」
俺はカノン・ディアの引き金を引く直前、決闘場に響き渡る声で叫ぶ。
「――神聖な決闘の場にガラクタを持ち込むんじゃねぇ!」
直後、カノン・ディアの暴力的な爆音が轟き渡り、ガエンディの腰部に大穴を開ける。
カノン・ディアの強烈な反動を受け、ディアの脚が魔力の過剰供給による青い火花を盛大に散らす。
しかし、限界まで引き出されたディアの能力はカノン・ディアの反動を首や胴体、脚部のクッション性能だけで殺し切り、騎乗者である俺に一切の負担を与えなかった。
腰に大穴を開けられたガエンディが倒れ込む。
苦し紛れにガエンディが投げつけてきた長剣は、ディアが横に軽く飛ぶだけであっさり躱すことができた。
ガエンディが地面に突いた手を側面からカノン・ディアで二本まとめて吹き飛ばす。
腕の支えさえも失って、ガエンディは無様に地面に倒れ込み、うつ伏せとなった。
誰の眼にもガエンディが再起不能に陥ったのは明らかだ。
ガエンディのハッチが開き、操縦者であるアンヘルが出てくる。
汗で額に張り付いた前髪を掻き上げて、アンヘルは俺をにらむ。
「坊ちゃん、あんたは剣術はもちろん、あらゆる武術の才能がからっきしだったはずですよね。演技だったんですか?」
「いや、武術の才能は本当にない。射撃の腕もディアで底上げしてるしな」
「そうですか。なら、その気色悪い鉄のガラクタを斬り伏せればまだ勝ちの芽はあるって事ですね」
言うや否や、アンヘルが左手に石魔術で長剣を形作る。
まだ戦うつもりがあるというのなら、容赦をするつもりはない。
俺が取り回しに優れた腰の自動拳銃に持ち替えようとした時、待ったの声がかかった。
アンヘルが意外そうに振り返る。
「……旦那様、よろしいので?」
俺たちの決闘に待ったをかけたのは意外にもファーグ男爵だった。
決闘場に歩いてきたファーグ男爵は俺を一睨みした後、見届け人を見る。
「こちらの負けだ」
あまりにも潔すぎる。
俺が警戒を解かないでいると、ファーグ男爵はアンヘルに声を掛けた。
「いまお前を死なせるわけにはいかん。新大陸に来た理由を忘れるな」
「死ぬって……まぁ、否定できないのが悔しいところですが」
アンヘルは後頭部を掻き毟り、ため息を吐いた。
「負けを認めましょう」
アンヘルはそう言って、魔術で作った長剣を掻き消し、降参を宣言した。