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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第六章  世界の都合に振り回された二人
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第十一話  青空学会

 五日間の技術祭をのり越えて迎えた後夜祭の日。

 一般客の居ない後夜祭ならば暇になるのではないかという希望的観測は昨日の時点で吹き飛んでいた。

 原因は出品者たちの中における後夜祭の位置づけにある。

 後夜祭は正午を境に街の南側と北側の出品者が交互に休みを入れ、技術祭の期間中回れなかった街の反対側の展示を見に行く事になっている。

 俺たちは午前中に休みをもらっていたわけだが、昨日、つまりは技術祭最終日の段階で反対側の展示への招待がいくつも寄せられていた。

 断ればいいのだろうが、決闘騒ぎで街を騒がしくした上で招待を断ればライグバレド住人からの心証は最悪だろう。

 決闘に勝った後で不要な陰口を叩かれたりすると困る。

 そんなわけで、午前中は招待してくれた展示会場へ出向くことになったのだが、


「何この柔軟性!」


 布とまではいかないまでも、かなりの柔軟性を見せる厚さ二ミリほどの合金板を折り曲げながら、俺は特許者の話を聞く。


「素材そのものは何の変哲もないメッキした金属なんですが、特殊な製法を用いて細かい網目状の構造体にしてありましてね。針金で作った網を想像していただければ分かりやすいかと思います。復元率を担保しているのは針金内部に芯として入っているこちらの金属でして」

「復元率の調整もその芯の金属を変えれば自在って事ですか?」

「――えぇ、まったくその通り。話が早い!」


 勢い込んで頷いた特許者に俺も相槌を打つ。


「研究費用もばかにならないでしょうね」

「そうなんですよ。うちの工房の出資者がかなりのしまり屋で……あぁ、今のは他言無用で」


 ぽろっと本音を零してしまった特許者が慌てる。別にチクるつもりはない。


「金属は含有率でも性質が変わったりしますもんね。全部確かめようとすればお金なんかいくらあっても足りない。出資者が二の足踏むのも頷けるってもんです」


 俺は同情しつつ、出資者を悪く言わない様に気を付ける。金がないのがいけないのだ、と刷り込む。

 特許者は悩みを理解してもらった気安さから何度も頷いていた。


「一応、うちの工房では需要の大きい鉄や銅の合金から研究を始めてるんですが、精霊人機への転用を考えるとどうしても魔導合金を芯にした場合の研究も必要で」

「魔導合金は高いですもんね」


 特に今のライグバレドでは、という言葉は飲み込む。湯水のように金を使って買いあさっている当事者が俺とミツキだ。たった二人が買い込んだ程度で品切れを起こすことはもちろんないが、魔導合金の在庫を抱えてる俺が言っても嫌みにしかならない。

 俺は視線を転じてミツキを見る。ミツキは特許登録されたこの構造体の製造過程の説明を読み込んでいた。頭の中で魔術式をいくつも羅列しながら製造に必要な魔術式をピックアップしている事だろう。


「ミツキ、この工房にいくらか融資してもいいか?」

「良いと思うよ。魔導合金を使った研究を進めれば必ず利益も上がるし、個人的にも興味あるから」


 ミツキの言葉に、特許者が顔を輝かせる。


「良いんですか!? うちはお世辞にも大きな工房とは言えませんが……」

「特殊技術を開発するような職人さんがいるんだから胸を張ってくださいよ。契約を結びたいので、ギルドの方へ書類を送ってください。とはいえ、俺は決闘で死ぬかもしれないので、ミツキ宛てにお願いします」

「決闘、ですか……」


 残念そうに呟いた特許者はぽつりと小さな声を床に落とす。


「お貴族様は本当に碌な事しねぇな……」


 憎悪の篭った舌打ちでも聞こえてきそうだったが、特許者は笑顔で俺に右手を差し出してくる。

 俺も先ほどの発言は聞かなかった事にして、右手を出し、固い握手を結んだ。

 味方一人、ゲットだぜ。

 場所を変えてとある研究所の展示会場。

 魔導核に刻む魔術式を新規開発したというのだが、研究所そのものの名称は新大陸天候観察所らしい。

 なんでそんな長ったらしい名前の研究所が魔術式の新規開発なんてしているのかと興味を引かれてふらりと立ち寄った。

 小さな展示会場にはほとんど人が居ない。数少ない人でさえ、研究所の人間、つまりは特許者だ。

 俺たちの後から入って来た客が展示会場をぐるりと見回してから踵を返した。お気に召さなかったらしい。

 研究所の人間も半ばあきらめモードで俺とミツキを見ていたのだが、展示物を眺めながら会場を歩き出すと、本物の客と認識したらしい。


「――あ!」


 いつでも質問を受け付けますとばかりの期待に満ちた顔で俺とミツキを眺めていた研究所の一人が、何かに気付いてガタリと椅子を蹴立てて立ち上がる。


「マッピングの魔術式の特許持ち!」


 ミツキを指差して声を上げた研究所の人間はすぐに失礼だと気付いて慌てて頭を下げた。

 ミツキはまるで頓着せずに展示品を見つめている。

 ミツキの前にはこの研究所の特許品、気候観測魔術式があった。

 ひどく限定的な使い道しかないその魔術式は、説明文を読む限りミツキの開発したマッピングの魔術式に着想を得て開発した物らしい。

 俺の眼から見てもあまり綺麗な魔術式ではない。この分だと魔力のロスも多いだろうし、何より魔導核の容量を圧迫しすぎている。

 だが、この世界の天気予報がいかに当てにならないかを知っている開拓者にとって、この発明は有用だ。

 俺は改めて会場を見回す。一般客がいないのは後夜祭だから当然として、他に研究者や職人の姿はない。俺やミツキのように特許を展示している旅ガラスなどそうはいないだろうから、この展示会場に人気がないのも仕方がないのだろう。


「技術祭の期間中は来客も多かったでしょう?」


 俺が研究所の人間に話しかけると、あいまいな笑みを浮かべて否定された。


「それが、まったくと言っていいほど人が来なくて。日に二十人ほどでした」

「二十人ですか? この魔術式を書き込んだ魔導核を新大陸各地に設置して観測し続ければ気象予報の精度がかなり上がりますよ。開拓者や行商人はもちろん、農家にとっても非常に助かるでしょうに」

「そうなんですよ!」


 なんでもっと注目されないんだろうと首をひねった時、研究所の人間が食い気味に口を挟んできた。


「これを各地に設置すれば湿度、気温、気圧、空気の流れも観測できるんです。新大陸の気象資料は未だに乏しく、予報は全くあてになりませんが、この魔術式を使えば精度の高い資料の収集が非常にはかどるんです」


 力説する研究所の職員に少し引いていると、展示物を見終えたミツキが口を挟んできた。


「各地に設置するとなると大金が必要になるね。国の補助は受けたの?」


 気象観測装置ならば国の補助を受けるのもたやすいだろう。

 しかし、研究所の人間は首を横に振った。


「開発と量産、設置と保守にかかる費用を試算すると補助金制度の金額上限を大幅に超えてしまうと断られてしまいました。いまは国の上層部で新しく気象庁を設置するべきかどうかを話し合うため掛け合ってもらっていますが、何分小さな研究所では伝手もなく……」


 言葉を続けるうちに落ち込んでいく研究所の面々。

 俺はミツキと顔を見合わせた。


「融資したいところだけど、国に掛け合ってるなら俺たちが首を突っ込むのはやめた方が良いな」

「男爵とはいえ、ファーグ家と決闘するんだもんね。勝っても負けても、研究所に迷惑かけちゃう」


 貴族と決闘なんて、遠回しに国へ喧嘩を売ってるようなものだ。今回はファーグ男爵から言い出したことだから大事にはならないが、心証は確実に悪くなる。

 研究所の人間も分かっているのか、苦笑した。


「ですよね。いえ、お気持ちだけありがたく頂戴いたします」

「融資は出来ないけど、助言ならできるよ」

「助言、ですか?」


 ミツキの言葉に研究所の面々が首を傾げる。

 ミツキは展示されている気象観測魔術式を指差して、問題を指摘していく。俺が改良できるくらい荒削りな魔術式はミツキによって統合、改変されて容量が圧縮されていく。

 誰が見ても理解できるように、という条件を付けて改変しているため、あまり魔術式に詳しくなさそうな研究所の人間でもなんとか話に付いて行っているようだ。揃ってメモ帳を取り出して改良点を書き込んでいる。

 元がマッピングの魔術式だけあって、ミツキにとっては簡単な仕事だろう。


「――だから、魔力膜に触れた湿気を観測するにしても、魔導核を中心にした球形の魔力膜を張る必要はないの。針状に細くした魔力棒とでも呼べるものを魔導核から伸ばすだけで十分。これだけでもかなり魔力消費を減らせるし、魔導核の容量も減らせる。魔力棒にするための設定は――」


 基本的なところから噛み砕いて教えていくと、研究所の人間は次第に無言になり、メモを取る機械に成り果てた。

 ミツキの説明が終わると、魔術式の改良を検討し始める研究所の仲間を背景に、一人の研究者が頭を下げる。


「ありがとうございました」

「いえ、どういたしまして」


 ミツキが軽く流すと、研究者は俺たちを見比べる。


「決闘なんてなければ、ぜひともわが研究所へ遊びに来てほしい所なんですけどね」

「運が悪かったんですよ」

「悪いのは運だけでしょうか。いえ、誰様とは言いませんけども」


 ため息混じりに研究者は続ける。


「くだらない見栄なんかで優秀な研究者を潰さないで貰いたいものですよね」


 味方一人、またもゲットだぜ。

 一事が万事この調子で、午前中いっぱい使ってあちこちの展示会場を回って融資をしたりアドバイスをしたり、職人と意気投合したりして過ごす。

 そうして午後を迎えると、後夜祭にもかかわらず俺とミツキの展示会場には人だかりができていた。

 午前中の俺たちの行動が噂となり、融資希望者や意見交換をしたい職人、研究者が集まったのだ。

 みんながみんな特許を持っているような向上心溢れる者だけあって、俺とミツキだけでなく集まった職人や研究者同士でも意見効果が活発に行われる。

 連絡を受けた技術祭の運営委員会がわざわざ黒板を運んできてくれて、青空学会とでも銘打てそうな様相を呈し始める。


「お金と技術と知識を配るとこんな事になるんだねぇ」

「ばら撒いたの俺たちだけどなぁ」


 展示会場でお茶を啜りつつ、俺たちは大量の潜在的な味方を作り出して技術祭を終えた。



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