第十話 鳥型精霊獣機テール
手帳に書かれた通し番号を見て固まる俺たちに、デイトロさんが首を傾げる。
「その手帳に何か書かれているのかい?」
「調べ物をしているのはデイトロさんだけじゃないって事ですよ。それより、さっきまでの説明だとデイトロさんがライグバレドに来た理由はラックル商会の調査の一環って事ですよね。なんで応接室に乱入したんですか?」
魔導核や所属不明の軍の動きからラックル商会まで割り出した手腕は見事の一言だ。
いまライグバレドで開かれている技術祭にラックル商会が出品しているから、デイトロさんたちも足を運んだのだと納得はできる。
しかし、ギルドの応接室に乱入した理由にはなっていなかった。
応接室には俺とミツキ、ファーグ男爵とアンヘルしかいなかったのだ。ラックル商会はもちろん、所属不明の軍さえいないあの応接室に、貴族であるファーグ男爵に睨まれる危険を冒してまで乱入した理由が気になる。
そのことか、とデイトロさんは呟いて、目を細めた。
「ラックル商会を追ってこの技術祭に来たのはアカタガワ君の想像通りだよ。ラックル商会は例年、この技術祭に出品して、新種の香辛料や植物の即売会を開いている」
毎年参加してたのか。
「魔導核は販売してないんですね?」
「植物や香辛料だけだ。毎年飛ぶように売れている。何しろ、この技術祭での儲けには税金がかからないんだ」
税金がかからない事に何か問題があるのだろうか。
別に徴税官でもない俺たちにとってはあまり関係がないように思える。
税金がかからなければ資金洗浄にもってこいだが、横流しされた魔導核の販売はすでに帳簿に記載されているはずだ。ラックル商会に洗浄すべき資金はない。
となれば、資金を洗浄したいのは所属不明の軍の方になるだろうか。だが、洗浄するからにはその資金を使うはずだ。
「即売会の儲けは何に使ってるんですか?」
「そこまでは分からない。ただ、ラックル商会が窓口になって購入し、所属不明の軍に横流ししている何かがあるとデイトロお兄さんは睨んだわけだ」
「それで?」
話が見えない。俺が聞きたいのはなぜ応接室に乱入したかなんだけど。
慌てない、慌てない、とデイトロさんは両手で俺を押しとどめる。
「技術祭の準備期間からずっと、密かにラックル商会を監視していたんだけどね。技術祭が開催される前々日にラックル商会の展示場前に馬車が停まったんだよ」
「馬車――あっ」
デイトロさんの言葉に、俺は記憶をよみがえらせる。
ビスティの目撃証言を思い出したのだ。
曰く、ラックル商会の展示場前に貴族が乗るような馬車が停まっていた、と。
「気付いたようだね。そう、その馬車に乗っていたのがファーグ男爵だった、というわけだよ」
なんでここでその名前が出てくるんだ、と思うと同時に、妙に納得してしまう。
特許の譲渡契約書が脳裏をよぎる。
ファーグ男爵は、あくまでも俺の始末はついでだと言っていた。本来のライグバレドへの訪問理由はラックル商会にあったのだろう。
デイトロさんは俺に同情的な視線を向けながらも、話を続けた。
「ファーグ男爵の目的は分からない。けれど、ラックル商会にはすでにきな臭さが漂っている。そんなラックル商会と接触したファーグ男爵と弟分、妹分が密室で面会だなんてデイトロお兄さんは見過ごせないよ」
「助かりました。ありがとうございます」
礼を言うと、デイトロさんはうんうん、と頷いてから間を置いて首を傾げた。
「デイトロお兄さんとは呼んでくれないのかい?」
質問を受けて、ミツキがにっこり笑う。
「助かりました、兄貴」
「それやめて!」
デイトロさんをからかってから、俺は今後の対策を考える。
これから技術祭の五日目が始まり、六日目の後夜祭を終えた後は片付け、その後一週間でディアを組み上げて決闘となる。
決闘の前にファーグ男爵が俺とミツキの特許を狙ってくるのはまず間違いないだろう。
問題は俺とミツキだけでは襲撃に対処しきれない可能性がある事だ。
かといって、下手な護衛を雇う事も出来ない。ラックル商会や所属不明の軍まで関わっている可能性を無視できないため、どこに敵の手が伸びているか判断できない。
「決闘を取りやめるのはどうだい?」
デイトロさんが提案してくれるが、俺は首を横に振る。
「決闘に勝ちさえすれば、家のメンツを気にするファーグ男爵自身がラックル商会などを抑えてくれるので、結果的に安全になるんです。ここで逃げ出すのは得策じゃないですね」
「勝つことを前提に話しているけど、相手は精霊人機だよ?」
デイトロさんが心配してくれる。視線を巡らせれば、回収屋の他のメンバーも俺のことを心配そうに見ていた。
安心させるために微笑んでから、俺は口を開く。
「遭遇戦とか、軍隊規模の戦いなら絶対に勝ち目はないですけど、今回は一対一です。勝てますよ」
すでに準備も着々と進んでいるのだから。
説得は無意味と悟ったのか、デイトロさんはため息を吐いた。
「分かった。護衛はこのデイトロお兄さんたちが引き受けよう。守りも逃げも自由自在だ」
デイトロさんがそう言って引き受けてくれた時、ちょうど俺たちが借りている倉庫に到着した。
整備車両から周囲の安全を確認してから、外に出る。
「宿に帰るわけにはいかないよね」
ふかふかのベッドが恋しいのか、ミツキが残念そうに言う。家の事情に巻き込んでしまって申し訳ないが、我慢してもらうしかない。
「決闘が終わったら一度借家に帰ってのんびりするか」
「結局、デュラの方の私の家も見に行ってないんだよね」
思い出したように言って、ミツキはデイトロさんを見た。
「デュラへの立ち入り制限ってもう解除されたんですか?」
「残っていた人型魔物の駆逐は済んでいるよ。紛失物の調査とかもあって、後一週間ほどは立ち入り制限が継続されるだろうね」
ギルドの資料がなくなっていた事もあり、念を入れて紛失物の調査が行われているらしい。
世間話をしながら倉庫へ入ると、デイトロさんたちは意外そうに中を見回した。
「ずいぶん殺風景だね。精霊獣機の改造でもして散らかっていると思ったけど」
「ディアに関しては設計の段階ですから。それに、いまは製作を青羽根と月の袖引くに依頼しているので、ここはまだ何も置いてないんですよ」
そろそろ注文した部品が届く頃ではあるが、全部青羽根が受け取れるように名義を変更してある。俺やミツキの名前で注文するとファーグ男爵からの妨害があり得るからだ。
宿においてある荷物はどうしようかと考えていると、倉庫の前に一台の整備車両がやってきた。
整備車両から降りてきたのは青羽根の団長ボールドウィンと整備士長だ。
ボールドウィンはデイトロさんを見て意外そうな顔をする。
「あれ、なんでデイトロ兄貴がここに?」
「兄貴じゃないよ! あぁ、兄貴呼びが浸透していく!」
頭を抱えて苦しんでいるデイトロさんをにやにやしながら見ていたボールドウィンは俺たちに気付いて片手をあげて挨拶してきた。
「宿に戻ってると思ってたけど、なんで二人がこっちにいるんだ?」
「ファーグ男爵にギルドへ呼び出されて特許を譲れって脅されているところで、デイトロさんに助けられたんだよ」
「おぉ、さすがは兄貴だ」
「――だから、兄貴じゃないんだってば!」
「ボールドウィン達こそ、どうしたんだ?」
「ねぇ、話聞いてくれないかな。デイトロお兄さんって無視されると死んじゃう生き物だよ?」
デイトロさんが口を挟んでくるが、グラマラスお姉さんに黙らされた。
静かになった倉庫でボールドウィン達が乗ってきた整備車両の荷台が開き、青羽根の団員たちが布に包まれた兵器を降ろした。
「試作品が完成したから、持ってきた。確認は明日でもいいぜ」
「いや、今から確認しよう」
倉庫の中に運び込まれた兵器から布を取り払う。
現れたのは翼開長一メートルほどの機械の鳥だ。
小型精霊獣機テール、俺が設計した鳥型の精霊兵器だ。
片翼四十センチ強、くちばしから尻尾の付け根までは六十センチほど。目を引くのはやはり、尻尾だろう。
長さ一メートルの尻尾は、先に棘だらけの鉄球が付いたスライム新素材でできている。透明なスライム新素材の尻尾には鋭い鋼鉄の刃が数枚仕込まれていた。
この鳥型精霊獣機テールは完全自動追尾型の飛行兵器だ。
圧空の魔術で内部に発生させた圧縮空気を後方へ噴き出して飛び、伸縮性抜群の尻尾を三メートル以上に伸ばしながら標的の直前で急上昇、速力と遠心力を上乗せして棘だらけの鉄球を叩きつける。さらには尻尾そのものにも刃が仕込まれているため、鉄球を無くしても切断力のある尻尾で標的を刻む。
相手は精霊人機であり、遊離装甲を纏っている。この遊離装甲を避けて関節部などを正確に狙えるようにかなり精度の高い照準誘導の魔術式と自動追尾魔術式が組み込まれており、さらには燃料である魔力を確保するためかなり大きな蓄魔石を積んでいる。
薄気味悪そうにテールを見ていたデイトロさんが口を開く。
「もしかして、人を乗せて飛ぶこともできるのかい?」
「さすがにそれは無理です。大型化すれば可能かもしれませんけど、精霊人機用の魔導核が必要ですし、何より必要となる蓄魔石の大きさを考えると現実的じゃないです」
一度計算してみたことがあるが、人が乗れる大きさのテールを作ろうと思えば精霊人機用の蓄魔石で三十分飛べるかどうかだ。
そもそも、このテールは軽量化を追求しているため機体強度は低く、大型化には適さない。自重で潰れる飛行機に誰が乗りたがるのか。
ボールドウィンが苦笑しながらテールを指差す。
「そもそも、この大きさのテールを作るのにいくらかかってると思う? ヒントは総魔導合金製」
「魔導合金? この大きさで、全部?」
デイトロさんが目を見張ってテールを指差す。
俺だって魔導合金なんて値の張る物を使いたくなかったが、飛ばすからには軽くないと困るのだ。圧縮されているとはいえ空気ジェットで空を飛ぶのだから。
ちなみに、三機で家が建つ。
金額に愕然としたデイトロさんたち回収屋に青羽根の団員たちが同感だとあらわすように何度も頷いている。
デイトロさんは半ばあきれた様子でテールと俺を見比べる。
「それで、これをどうするんだい?」
ミツキがくすくす笑いながら答える。
「三十機作って、アンヘルの精霊人機に特攻させます」
「――ちょっと待とうか」
「家十軒分の大金特攻。金貨袋で頭を殴りつける気分ですね」
金ならある。
なぜなら、先日のリットン湖攻略戦の失敗とマッカシー山砦への撤退作戦の教訓もあり、魔導対物狙撃銃を軍が大量発注したのだ。
現状、魔術スケルトンに対抗する唯一と言っていい手段が魔導対物狙撃銃であるため、ワステード司令官がボルス奪還を見据えて購入に踏み切ったのである。
同時に、俺が特許申請しておいた照準誘導の魔術式や機構に関しても特許認定された途端、研究開発のために大量の使用許可申請が舞い込んだ。
それらの利益を丸々使って今回の決闘に臨む。
俺は投入される金額に驚いてる回収屋に笑いかけた。
「全力ってのは戦う前から発揮するものです」