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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第六章  世界の都合に振り回された二人
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第九話  ラックル商会――デュラ――新大陸派

 事態を引っ掻き回すように現れたデイトロさんにファーグ男爵とアンヘルは顔を顰めた。主従だけあって反応が似通っている。


「なんだ貴様は」


 ファーグ男爵が誰何すると、デイトロさんはわざとらしく肩を上下させる。


「名乗ったじゃないか。デイトロお兄さんだよ」


 妙に様になるウインクをして、デイトロさんは俺とミツキのところへつかつかと歩み寄る。後ろからはグラマラスなお姉さんが応接室へ入ってきていた。足運びから見て、二人とも身体強化を使っているらしい。

 アンヘルが警戒するようにファーグ男爵を後ろに下がらせつつ距離を取った。


「アカタガワ君、色々と話は聞いているよ。ボルス撤退戦の話もね」


 無茶をしたね、とデイトロさんは苦笑して、俺とミツキの背中を押して扉へ導こうとする。

 もちろん、ファーグ男爵が見過ごすはずもない。


「待て。まだ話は終わってない」

「お話してる雰囲気じゃなかったよ?」


 間髪を入れずにデイトロさんが鼻で笑う。

 グラマラスお姉さんに背中を守らせながらも、デイトロさんも臨戦態勢を取っている。アンヘルが踏み込んでこないという事は、デイトロさん達からファーグ男爵を守りきる自信がないのだろう。

 ファーグ男爵も形勢が不利と気付いたのか、舌打ちする。


「開拓者風情が」

「ここは開拓者ギルドだよ。発言には気を付けた方が良い」


 最後まで飄々と受け流して、デイトロさんは俺とミツキを廊下に押し出すと、自らもグラマラスお姉さんと一緒に廊下へ出て扉を閉めた。


「おぉ、怖い、怖い。男爵家の剣術指南役っていうけど、あれは実質戦場での副官だろうね。機剣術の構えなんか初めて見たよ」

「機剣術って?」


 ミツキに問われて、デイトロさんが答える。


「精霊人機で再現できるように編み出された剣術だよ。常在戦場の考え方から、精霊人機の操縦士が機体を使わずとも訓練できるように考え出されたかなり新しい剣術だね」


 掻い摘んだ説明にミツキは「へぇ」と感心したように呟く。俺が説明すればよかった。ちょっと悔しい。

 グラマラスお姉さんに護衛されながら、デイトロさんの後に付いて廊下を進む。


「なんでデイトロさんがここに?」

「デイトロお兄さんだよ。強情だな、アカタガワ君」


 チッチッと人差し指を左右に振りながら答えをはぐらかし、デイトロさんはギルド併設のガレージへ歩いて行く。

 ガレージにはデイトロさんが団長を務める開拓団〝回収屋〟の整備車両が止まっていた。


「二人とも乗ってくれ。送るよ。倉庫を借りてるんだろう?」


 どこまで知ってるんだろう、と思いながら、俺はミツキと共に整備車両に乗り込んだ。

 デュラの回収依頼に同行した時にも乗ったが、内装は変わっていない。


「出してくれ。ライグバレド市内をぐるりと回る形でね」

「心得てますよ」


 運転手がそう言ってアクセルを踏み込むと、整備車両はガレージを出て大通りを緩やかに走り始めた。

 デイトロさんは満足そうに頷くと、俺たちの正面に腰を下ろす。整備車両内にはグラマラスお姉さんを始めとした回収屋のメンバーが勢ぞろいしていた。


「二人が無事でよかったよ」


 デイトロさんは笑顔で言うと、表情を引き締めた。


「順を追って話そう。デュラ回収任務で現れた所属不明の回収部隊については覚えてるかな?」

「はい」


 首抜き童子率いる人型魔物の群れに占拠されたデュラへギルドの資料を回収に赴いた当時、俺たちは大規模な戦闘音を耳にしている。

 デイトロさんの話によればそれは軍の回収部隊によるものだったらしいが、所属は不明。

 俺とミツキはその後、バランド・ラート博士の足取りを追う過程で所属不明の軍を目撃している。

 テイザ山脈越えの直後、ガランク貿易都市付近のバランド・ラート博士の隠れ家でウィルサムが逃げていたあの部隊だ。

 デュラはバランド・ラート博士が最後に立ち寄った場所であり、ミツキの事を聞きつけたであろう博士が向かっていた可能性のある町だ。ウィルサムがデュラを訪れていても不思議ではないし、それを追っていた所属不明の軍隊がいてもやはり不思議ではない。

 だが、デイトロさんはバランド・ラート博士の研究の事もウィルサムの足取りも知らないはずだ。


「あの時の部隊がどうしたんですか?」


 デイトロさんがどれくらいの情報を持っているのか分からず、俺は先を促すことにした。

 幾らデイトロさんが相手でも、バランド・ラート博士が異世界の魂を召喚していた事を知られるのはまずい。

 デイトロさんは俺たちの隠し事には気付かず話を続けた。


「マッカシー山砦の所属だろうと当たりをつけて足取りを追っていたんだけど、その方面からは尻尾を掴めなかった。ただ、人型魔物の駆逐に成功してデュラが解放されるのと同時にあの港町のギルドが調査に入ってね。面白い事が分かった」

「面白い事?」

「とある倉庫がもぬけの殻になっていたんだ。記録でも目撃証言でも、倉庫に大量の箱が運び込まれたのは間違いないというのに、塵一つ落ちていなかった」


 倉庫と聞いて、俺はデュラに住んでいた事のあるミツキに視線を向ける。

 ミツキはデュラの地理を思い浮かべて、首を傾げた。


「倉庫は海沿いにあったはずです。でも、あの所属不明の部隊はギルドに向かっていたんですよね?」

「それについては囮としての意味合いがあったのだろうね。だが、もう一つデュラからなくなっていた物がある」

「まだあるんですか」

「ギルド資料だよ」


 デイトロさんは真剣な眼差しでそう言って、俺とミツキを見つめた。


「君たち二人がギルドに逃げ込んで、資料を一階に運び出したことは聞いている。その時の話を聞かせてほしい」


 俺たちが持ち出したのではないかと疑っているわけではなさそうだった。仮に俺たちを疑っている者がいるとしたら、それはデイトロさん達ではなくデュラのギルドだろう。

 俺はミツキと一緒にギルドへ逃げ込んでからの事を詳しく説明する。一年近く前の事なので記憶があやふやなところもあったが、ミツキと記憶を照らし合わせていけば大体の事は語る事が出来た。

 もちろん、バランド・ラート博士の書類を見つけた事も、それを書き写したことも伏せておく。

 デイトロさんは俺たちの話を聞き終えて、腕を組む。


「まぁ、君たちがギルド資料を盗み出したところで何の利益もないし、そもそもが突発的な参加だったから、君たち二人が盗んだとはもともと考えにくかった。二階から一階へ運びだした時の話にも矛盾点はない」


 そう言えば、デュラへの回収依頼への参加はギルドがいきなり話を持ってきたんだった。受動的に依頼を受けた俺たちへの疑いは最初から薄い物だったらしい。

 グラマラスお姉さんが話に入ってくる。相変わらず立派な物をお持ちだと思っていると、ミツキに太ももを叩かれた。


「ギルド資料には通し番号が付いていて、紛失したことは分かっているの。ただ、古い資料だから当時の事を覚えている職員もいなくて、誰の登録資料だったのかまでは分かってない」


 そう言ってグラマラスお姉さんが番号を読み上げる。

 俺はミツキと顔を見合わせ、たがいに首を傾げた。


「資料を運んだりはしたけど、通し番号まではさすがに……」

「そうよね」


 俺たちの反応にも予想はついていたのだろう、グラマラスお姉さんは苦笑した。

 話を戻そう、とデイトロさんが再び口を開く。


「空になった倉庫の借り主はラックル商会だった」

「うわ。またあいつらか……」


 俺の反応が意外だったのか、デイトロさんが不思議そうな顔をした。

 隠す事でもないので、俺はビスティにまつわる話をする。

 話を聞き終わると、デイトロさんは頭を掻いた。


「特許関係の被害者だったんだね。それを知っているなら話は早い」


 そう言って、デイトロさんが話を戻す。


「デュラの調査の結果、倉庫は空になっていたけど、そこから運び出す途中に人型魔物に襲われたらしくてね。町の中に魔導核が入った木箱が転がっていた。この木箱が倉庫にあった物だという確証は得られなかったし、そもそも木箱を運び出そうとしたのが所属不明の軍だったのかも分からないけど、デイトロお兄さんたちはちょっと調べてみたんだ」


 デイトロさんの横から回収屋の団員が進み出て、紙束を差し出してきた。

 中身はデイトロさんたちが調べたというラックル商会についての物だ。

 ぺらぺらとめくってみる。


「魔導核の販売、ですか」

「その通り。ラックル商会は悪質な特許の収奪の陰で魔導核を売買し、かなり資金を蓄えている。そもそも、いくら大手商会とはいえガランク貿易都市をほぼ掌握するほどの資金力なんて普通は持てない。特許を収奪するためにガランク貿易都市の東側ギルドの職員を買収しているのは知っているだろうけど、他にも文句を言われないようにあちこちへ賄賂を贈っている。では、その賄賂の元手はどこから来るのか」


 それが魔導核の売買、という事か。

 納得がいかなかったのか、ミツキが小さな声で唸る。


「おかしいよね、これ。ラックル商会ってかなり評判が悪いから、開拓者は避ける傾向にあるはず。魔導核にしろ、魔力袋にしろ、ラックル商会に持ち込むとはちょっと考えにくいよ」


 ミツキの言う通りだ。ガランク貿易都市における東側ギルドの開拓者の雰囲気を考えれば、ラックル商会に魔導核を持ち込むとは考えにくい。買いたたかれる可能性が極めて高いからだ。

 では、ラックル商会はどこから魔導核を仕入れているのか。


「そこで所属不明の軍、とやらが出てくるわけですか」

「君たち二人は本当に察しが良いね」


 嬉しそうにデイトロさんは笑って、俺の予想を肯定した。


「軍が魔力袋を手に入れた場合、国の資産となる。国営の販売所で一括販売されるんだ。裏を返せば、現場の軍人には銅貨一枚の儲けにもならない」

「ラックル商会に横流ししている軍人がいるんですか?」

「あぁ。それも大規模に横流しができる立場の人間だ。例えば、どっかの山砦の司令官とかね」


 ホッグスの名前がここで浮上する。

 からくりとしては単純だ。

 ホッグス率いるマッカシー山砦の部隊が手に入れた魔力袋や魔導核をラックル商会に横流す。ラックル商会はこれらを魔導核にして販売して資金を得て、儲けの一部をホッグスに賄賂として贈る。

 横流しされる魔導核の集積所かつ引き渡し場所がデュラの倉庫だったというわけだ。

 話の筋は通っている。

 そして、デイトロさんたちが知らない情報を持っている俺とミツキはこのからくりに一つ付け加えることができる。

 魔力袋は人工的に発生させる事ができる、という事実だ。

 ホッグス、あるいは新大陸派が魔力袋を人工的に発生させ、それをデュラの倉庫を通じてラックル商会に供給しているのだとすれば、信ぴょう性が増す。

 さらに言えば、魔導核の市場を操作しているのが新大陸派ではないかという可能性にも信憑性が増す。魔導核の横流しを受けているのがラックル商会だけとは限らないからだ。

 と、なればギルドから消えた資料にもおおよその見当がつく。

 新大陸派が最も隠したいのは魔導核の市場操作を行っているのが自分達だという事。さらに、市場操作が可能な技術を持っている事。ついで、市場操作が可能な技術そのもの。最後に、技術の発明者に関する情報すべて。


「ミツキ、手帳は持ってるか?」

「いま出すよ」


 ミツキがポケットから取り出した手帳の最初のページ。そこにはデュラで見つけたバランド・ラート博士の登録資料を書き写してある。

 何が重要になるか分からないという判断から、登録資料に書かれていた全ての情報が記載されたそのページには当然、通し番号も記載されている。


「やっぱりか」


 通し番号は先ほどグラマラスお姉さんが口にした物と全く同じだった。


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