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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第六章  世界の都合に振り回された二人
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第八話  契約書

 技術祭の二日目を終えてディアの設計図を描き、三日目には大工場地帯ライグバレドの技術の粋を集めた部品を買いあさった。

 技術祭を終えてすぐに開発の毎日で寝る時間はほとんどない。いまもミツキは俺の肩にもたれかかって眠っている。

 タイヤが小石でも踏みつけたのか、ごとりと整備車両全体が揺れる。俺は咄嗟にミツキを支えた。

 現在、技術祭四日目を終えた俺たちはボールドウィン達が捕まえてくれたスライムを受け取ってちょっとした実験をするためにライグバレドの郊外へ向かっていた。


「技術祭の客がコト達の決闘を噂してるぜ」


 ボールドウィンが言う通り、俺とファーグ男爵家剣術指南役アンヘルとの決闘の噂は広く広がっていた。

 青羽根や月の袖引くに噂を流してもらったおかげだが、俺もここまで反響があるとは思っていなかった。

 俺たちのところにも噂の真偽を確かめに来る者がいるくらいだ。おかげで、ただでさえ多かった客がさらに増えている。

 仮眠を取っていると、整備車両が停止した。目的地に着いたらしい。


「ミツキ、起きろ」

「……もう少し」


 眠いのは俺も同じだから、無理はさせない方が良いか。

 俺はミツキをそっと寝かせて、布団代わりにコートを掛けてやる。


「良い匂い……」


 夢現の中でミツキがコートを手繰り寄せる。


「――起きてるだろ?」

「バレた?」


 あざとすぎるんだよ。

 夫婦漫才というには投げやりなやり取りをして、俺とミツキは整備車両をでた。

 ライグバレド郊外の森の奥にあるこの場所は周囲に人気のない旧採石場である。

 採石場としてはすでに閉鎖されているが、精霊人機などの新兵器を試す場所として開放されている。


「小腹がすいたな」

「誰か、お湯を沸かしておいて」


 ミツキに声を掛けられた青羽根の戦闘員がお湯を沸かしてくれている間に、実験に移るとしよう。

 ボールドウィンとビスティが生け捕りにしたスライムを檻に入れて運んでくる。数は五匹だ。

 俺とミツキの前に並べられたスライムはどれも半透明の青い半球形の物体である。目に相当する器官はなく、体全体で魔力を感知し、獲物と認識して攻撃するらしい。口は体の下に存在するが、獲物を体内に取り込んだ後は魔力を吸い出して吐き出すため、消化器官は存在しない。

 体内の魔力濃度と水分が一定量を超えると分裂する。このため、学者の間でも生物として分類すべきかで論争が起きたという。

 現在は魔物と認定されている。


「半径三十センチくらいだね」


 ミツキが定規を取り出してスライムの大きさを測定し、パンサーの背中に乗せてある紙に書き込む。

 測定結果を書き終えたミツキはパンサーの索敵魔術を起動し、周囲に潜んでいる者がいないかを調べる。


「オッケー、目撃者なしだよ」

「それじゃあ、始めるとするか。念のために言っておくけど、みんな、ここで見たことは他言無用だ」


 念を押してから、俺はスライムが入った檻の上に魔導核を置き、魔力を込めて術式を起動した。

 アイシクルの魔術で瞬間凍結されたスライムが次の瞬間にはロックジャベリンの中に閉じ込められる。

 安全のため離れて見守っていた俺は、ロックジャベリンの魔術が解けるのを待ち受ける。


「あのロックジャベリンの中身はどうなってるんだ?」

「カノン・ディアの砲身と同じだ」


 つまりは真空状態である。

 ロックジャベリンの魔術が解けると、スライムは十センチほどに縮んでいた。


「ピクリともしないな」

「休眠状態になったのなら実験は成功だけどね」


 まぁ、試してみればいいか。

 俺はボールドウィンに声をかけて、スカイを起動状態にしてもらう。状況次第ではスカイがハンマーでスライムを叩き殺す必要が出てくるためだ。

 スカイがハンマーを構えるまで待ってから、俺は十センチほどのスライムを檻から出す。鉄格子の間からコロコロと転がり出たスライムの手触りは硬い。流石に釘は打てないだろうけど。

 ミツキが定規でスライムの大きさを計り、紙に記入する。

 測定を終えて、俺はスカイから少し離れた場所に縮んだスライムを転がし、距離を取った。


「タリ・カラさん、スイリュウを起動して、手筈通りにお願いします」


 ここまで順調だったから、俺は安心しきっていた。寝不足で思考が散漫だったのも理由の一つだろう。

 この実験は最終的に、死傷者なし、トラウマ持ち三人を生み出しながらも成功裏に終わった。

 ちなみに、スカイの遊離装甲が三枚弾き飛ばされてスクラップになったが、精霊獣機の材料として俺が責任を以て買い上げた。



 お椀に沸かしたばかりの熱湯を注ぎ、三分ほど蓋をして、中のお湯を地面に捨てれば夜食の完成だ。

 お椀の中にはパスタが入っている。ベーコンやいくらかの野菜は一塊になっていたため、フォークで軽くほぐしてやる。

 試しに一口食べてみる。


「駄目だな……」

「もちゃもちゃしてる」


 ミツキが妙な擬態語を口にする。でも、もちゃもちゃという表現はぴったりだった。麺が水分を吸い過ぎているのだ。単純に伸びたのとも違う不快な食感。

 試しにカップ麺もどきを作ってみたのだが、まだまだ改良の余地がありそうだ。

 だが、野菜などは上手く復元できているし、改良次第ではこれも特許が取れるだろう。

 トラウマを作った三人は食欲もわかずに整備車両の中で寝込んでいる。夢に見ると思うが、当人たちの好きにさせるとしよう。

 俺は旧採石場を見回す。


「片付けしないとな」

「酷い有様だからね。決闘で使ったら管理者から非難轟々だよ、これ」


 スライムの残骸が飛び散った旧採石場は雨も降っていないのに地面が湿っている。

 ボールドウィンがげんなりした顔でカップ麺もどきを啜りながら、俺を見た。


「本当に、お前らが自重しないと大変なことになるな」


 ボールドウィンの隣で、タリ・カラさんももちゃもちゃのパスタをフォークに絡めて頷いた。


「スイリュウの時は自重したと聞いてましたが、本当だったんですね」

「いくら俺たちでも精霊人機にあんな生物兵器を組み込んだりはしないさ」


 今回の決闘には使うけど、あくまでも苦肉の策だ。アンヘルの澄まし顔をゆがめてやりたいなんてこれっぽっちも思ってない。

 なにはともあれ、今回の実験は成功だ。

 整備士長が欠伸を噛み殺しながら団員を集めて採石場の片づけを始める。


「技術祭は明日で終わりだし、後夜祭を含めてもあと二日。体力は何とかもちそうだ」


 俺は空になったお椀を水魔術で軽くすすいでから、簡易テーブルの上に置く。宿に帰ったらまとめて洗おう。

 立ち上がってスライムの残骸を回収しに行く。こんなものでも、ファーグ男爵陣営に持って行かれて分析されると面倒だ。俺が何を企んでいるかは分からずとも、警戒される要因にはなり得る。


「って、ビスティ、それどうするつもりだ?」


 スライムの残骸の中でも比較的大きなものを選んで回収し、土を払っているビスティに声を掛ける。

 ビスティはスライムの残骸を月の明かりにすかして状態を検分しつつ答えた。


「新素材に活用できるかもしれないと思って、実験材料に集めてます。もしかすると、液体肥料を染み込ませる事もできるんじゃないかって思って」


 トラウマになった奴もいるのに、平然と有効活用を考えるのか。


「テイザ山脈越えの時も思ったけど、ビスティってマイペースだな」

「そうですかね? コトさんたちも相当なものだと思いますけど」

「否定はしない」


 スライムの残骸を回収し終えて、再び整備車両に乗り込む。

 ライグバレドの宿に帰ると、ギルドから呼び出しがかかっていた。

 決闘の事で何か言われるのだろうかと半ば期待してギルドに向かう。ギルドが表立って今回の決闘に異議を唱えてくれれば、俺も安泰だ。

 眠い目を擦りながらギルドへ足を運ぶと、ギルド職員が緊張した顔で待っていた。


「お客様がお待ちです」

「客?」


 どうやら決闘の仲裁をしてくれるわけではないらしい。

 内心落胆していると、ギルド職員が建物の奥へ案内してくれた。

 ミツキと一緒に付いて行くと、応接室にはファーグ男爵とアンヘルが待っていた。

 思わず、ギルド職員を睨みつける。


「紅茶を運ばせますので、失礼します」


 逃げるようにギルド職員は応接室を出ていった。

 仲裁をするどころか引き合わせて放置とは、ギルドは当てにしない方がよさそうだ。


「座ったらどうだ」


 ファーグ男爵が俺を見もせずに席を勧める。


「座った瞬間に斬り殺されそうなので、俺たちはここでいいです」

「斬るつもりならとうに斬っている。そこはすでにアンヘルの間合いだ」


 マジか。五メートルはあるぞ。一歩がどんだけ広いんだ。

 アンヘルが俺を見てため息を吐いた。


「剣術の才能がない坊ちゃんには分からないでしょう」

「教わってないからな」

「基礎の段階で見切りをつけられるほど才能がありませんでしたから。大型魔物を討伐したという噂も眉唾物でしたが、兵器頼みならば可能なのでしょうね」

「俺とミツキが作ったんだから当然だろ」

「兵器の性能が素晴らしいだけで、坊ちゃん自体はそこらの開拓者にも劣るのでしょう?」

「その通りだな」


 何を当たり前のこと言ってんだ。

 しかし、俺があっさり認めたのが気に入らないのか、アンヘルとファーグ男爵はそろって顔を顰めた。


「自尊心のなさも相変わらずか。出来損ないめが」

「その出来損ない如きに泥塗られて傷つく家名はさぞ軽いでしょうね」


 軽口を返すとファーグ男爵が怒りもあらわに立ち上がった。

 しかし、既のところで怒りを飲み込んだファーグ男爵は再び椅子に腰を下ろす。


「もう良い。お前と話していても不愉快なだけだ」


 そう言って、ファーグ男爵は机の上にばさりと紙束を置いた。


「この紙に記入しろ」

「なんですか、それ」

「読めばわかる。そんなことも言われねばわからんのか」


 早く宿に帰って寝たいと思いながら、紙束を手に取る。


「これは……譲渡契約?」


 俺とミツキが持つ特許に関して、ファーグ男爵家やアンヘルに譲渡する契約書だった。

 こんな契約が成り立つのか不思議だが、一応は男爵家だ。しかも相手が勘当したとはいえ息子である俺ともなれば、こんな横紙破りも通用するのだろう。

 さほど有用でない技術に関してはファーグ男爵でもアンヘルでもない見ず知らずの誰かに譲渡することになっているようだ。おそらく、横槍を入れてきそうな貴族への袖の下だろう。


「決闘でお前が死んだ後、特許を世間に開放するわけにはいかんのだ。早く記入しろ」


 屑だな、とファーグ男爵とアンヘルを見るが、俺は同時に違和感も覚えていた。

 ファーグ男爵の人となりを知らないミツキは無言ながらもかなり怒っている様子だが、俺はこれでもファーグ男爵と家族として過ごしていた期間がある。

 俺が知る限り、ファーグ男爵はこんな阿漕な手段を使ってまで金を集めようとはしなかったはずだ。王国初の精霊人機部隊を常設できるくらい、ファーグ男爵家は豊かなのだから。

 そもそも、ファーグ男爵はライグバレドへ何をしに来たんだ。俺の始末をつけるのはあくまでもついでだったと言っていた。つまり、別の目的があってライグバレドにきているはずだ。

 後で調べておこうと考えつつ、俺は契約書を破いた。


「記入するはずない――」

「その娘を捕えろ」


 俺が断ろうとした瞬間、ファーグ男爵がアンヘルに命じる。

 即座に動いたアンヘルが剣を抜き放った瞬間、俺は圧空の魔術を発動し、契約書の紙束ごと机を吹き飛ばした。

 剣術の達人であるアンヘルに効果があるはずもないが、ファーグ男爵は別だ。

 護衛としての役割があるアンヘルがファーグ男爵へ飛んでいく机を無視できるはずもなく、横から蹴りを入れて机の進行方向を捻じ曲げる。

 その間に、俺はミツキを背中に庇い、ミツキは自動拳銃を抜いてファーグ男爵に狙いを合わせた。

 アンヘルがファーグ男爵を背中に庇って長剣を左手に提げる。


「この距離からなら、斬れますよ?」

「早撃ちには自信があるの」


 アンヘルの言葉にミツキは平然と返す。

 睨み合いながら、俺はファーグ男爵を見る。


「妙に焦ってますね? 一体何のために金が必要なんですか?」

「ファーグ男爵家を愚弄するな。お前の遺産を有効活用するだけの話だ。ただでさえ、お前の持つ技術は新型精霊人機に利用されている。国に列する貴族の一員として、危険な技術を開放するわけにはいかんのだ」


 本当のことを言うはずもないか。それとも俺の考え過ぎか。

 何か揺さぶりを掛けられれば……。

 だめだ。揺さぶりを掛けようにも情報があまりに少ない。

 互いに一歩も動けず、睨み合いが続く。紅茶が運ばれてくる気配はない。あの職員、この場から逃げ出すために嘘を吐いたのだろうか。

 じりじりと時間が過ぎていく。

 いい加減、窓をぶち破って外に逃げ出してしまおうかと思っていると、応接室の扉がノックもなしに開かれた。


「アカタガワ君はここかな?」


 のんびりした口調で入ってきて、俺達とファーグ男爵たちの睨み合いにも顔色一つ変えず、その男性はぐっと親指を立てて自らを指差した。


「――回収屋、デイトロお兄さん、参上!」


 ……なんでここにいるし。


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