第四話 スライム新素材
宿で遅めの夕食を摂り、俺はミツキを連れて青羽根の展示場へ足を運んだ。
青羽根の展示場は新型精霊人機が並ぶ一画にあり、すぐ隣に月の袖引くの展示スペースも存在していた。巨大な建物の中に各機体ごとのスペースが大きく取られている。
スカイに使われている技術は極秘であるため、展示はスカイ本体を飾るだけで済ませるらしい。
しかし、起動状態で展示してほしいと言われているらしく、スカイがまき散らす風が周囲の迷惑にならないように設定を調整したり、防風柵を作ったりと大忙しで働いている。
俺とミツキが顔を出すと、ボールドウィンが手を振って来た。
「こっちは明日の昼まで掛かりそうだ。悪いけど、コトたちの展示場の準備は手伝えそうにない。月の袖引くの準備もまだ終わってない」
「俺たちの方は準備が大体終わってるから大丈夫だ。後は講演に使う原稿を書くだけだな」
「早いな。羨ましい」
防風柵を支える木枠を担いで運んでいくボールドウィンと入れ替わって、整備士長がやって来る。
「手伝いをしてくれるのか?」
「原稿が早めにできたら手伝うよ。それより、耳に入れておきたいことがあるんだ。タリ・カラさんとレムン・ライさんも呼んで話したい」
「……また厄介ごとか?」
呆れた顔をされても、今回ばかりは俺たちのせいではない。むしろ被害者だ。
「まだ確証はないが、軍の関係でちょっとな」
軍、という単語だけで表情を引き締めた整備士長はすぐさまボールドウィンを呼んだ。
ボールドウィン達も連れて隣にある月の袖引くの展示スペースに足を運ぶ。
特許品であるウォーターカッターの展示に加えて、精霊人機への応用例としてタリ・カラさんの愛機スイリュウが展示される予定のスペースだ。
スカイと違って周囲に影響を及ぼさない機体だから、スイリュウそのものは展示に際し準備する物はない。
だが、ウォーターカッターは新しく作る必要があった。スイリュウはまだできたばかりの機体で予備部品としてのウォーターカッターが存在していなかったからだ。
部品の類は技術祭運営委員会から優先的に回してもらえるものの、丸二日徹夜して完成するかどうか怪しい所だ。
考案者として少し反省しながらも、団長であるタリ・カラさんと副団長のレムン・ライさんを呼ぶ。
メンバーを会場の端の誰もいない場所に集めてから、俺は魔導核の流通量が調整されている可能性がある事などを説明する。バランド・ラート博士の研究内容にも触れる必要があったが、マッカシー山砦に存在した研究資料に書かれていた人工的に魔力袋を発生させる不完全な方法を掻い摘んで説明するにとどめた。
俺とミツキが異世界からの転生者で、転生に際してバランド・ラート博士の介入があった事は誰にも言わない。
俺の話を聞き終えたボールドウィンやタリ・カラさんたちは半信半疑な様子だった。
魔導核の原料となる魔力袋、それが生物の魂であるという前提からしてあやふやでにわかには信じられない話だ。俺とミツキは転生を経験している分、肉体に依らない記憶を保持する何らかの存在として魂を肯定できるが、ボールドウィン達にはそんなバックボーンが存在しない。
だが、俺たちが提示した魔導核の流通量などの資料を見せて、市場操作している何者かがいるという仮定には納得してもらえた。
レムン・ライさんが資料の数字を目で追いながら、口を開く。
「この市場操作をしている何者かが新大陸派であるとすると、莫大な資金を稼ぎ出していますね。十年前からとなると、魔力袋の生産施設もどこかに存在する可能性があります」
そう言って、レムン・ライさんはタリ・カラさんを見た。
「お嬢様、この件に関わるのはかなり危険かと存じますが」
「そうでしょうね」
タリ・カラさんはレムン・ライさんの言葉に頷いて、俺とミツキを見た。
「私たちの協力を求めますか?」
タリ・カラさんの質問に、ミツキが首を横に振る。
「いえ、協力の必要はないです。あくまでも耳に入れておきたかっただけ。ボルス防衛戦で旧大陸派のワステード司令官やロント小隊の救援に動いた以上、ホッグス達新大陸派に目をつけられているかもしれないので」
ミツキの言葉を引き継ぐ形で、俺はボールドウィンと青羽根の整備士長を見る。
「青羽根もだ。ボルス防衛戦でかなり活躍してるし、港町での対人型魔物の戦いで俺やミツキと連携している。新大陸派が警戒していてもおかしくない」
あまり巻き込みたくはなかったが、今回新大陸派に浮上した疑いはかなりきな臭い。情報不足で対策を打てなくなるようでは、それこそ青羽根や月の袖引くに不義理だと判断した。
ボールドウィンが資料を俺に返しながら、口を開く。
「確かに、協力はちょっと約束できないな。これ下手したら新大陸派が革命を企てていてもおかしくないって事だろ?」
「ボール、せっかく言葉を濁して会話をしているんだ。直接表現は避けろ。どこに耳があるかもわからねぇんだぞ」
整備士長が窘めると、ボールドウィンはばつが悪そうに頭を掻いた。
しかし、ボールドウィンが言う通り、新大陸派は資金を集め旧大陸派の戦力をリットン湖攻略戦やボルス防衛戦で大幅に減らしている。
超大型魔物や大型スケルトン、白い人型といった新種の魔物の存在を事前に知っていたとまでは思えないため、疑いは強くとも確証はない。
ワステード司令官も新大陸派に革命の兆しアリとして調査を始めるだろう。
「ひとまず、注意はしておいてくれ。不用意に軍に近付きさえしなければこの件に巻き込まれることもないだろう」
注意を促して、ひとまず解散となる。
夕食がまだだというボールドウィンやタリ・カラさんに一緒に食べないか、と誘われたが俺たちは宿で食べた後だ。丁重に断った。
「そういえば、ビスティはどこに?」
月の袖引くの展示場にビスティの姿はない。仮にこの場にいたとしても、機械工学には疎いビスティはあまり役に立たないだろうけど。
タリ・カラさんはウォーターカッターを組み上げている団員を見ながら、教えてくれた。
「ビスティは自分の展示場の準備に追われています。護衛に二人つけていますけど、そろそろ様子を見に行った方が良いかもしれませんね」
タリ・カラさんは頬に手を当てて考えると、レムン・ライさんを呼びつけた。
「ビスティの様子を見てきます。こちらの指揮をお願いしますね」
「お任せください、お嬢様」
恭しく一礼するレムン・ライさんを置いてタリ・カラさんが歩き出す。護衛に一人、団員が付いてきた。
ミツキが俺の腕を取る。
「私たちも行こうよ。ちょっと面白そうだし」
「そうだな」
植物学には詳しくないから、準備中の特許品を見るだけでも新鮮で面白そうだ。
ビスティの会場はライグバレドの端の方にあるらしい。
小さな耕作地に隣接する形で整えられたその場所には、開催前にもかかわらず食べ物屋台が設営されていた。
技術祭と銘打ってはいるものの植物関係の技術はあまり注目されないのが常らしく、見学目的の人が少ないこの場所に屋台を設営する事で人を分散させたいのだろう。
ビスティに貸し出されている展示会場はなかなかの広さがあった。学校の教室を三つ並べたくらいの縦長の会場だ。
左右に新種の植物が植えられた植木鉢が並び、植木鉢の隣には栽培方法が記述された紙が張り出されている。
塩水を与える植物や特殊な肥料を必要とする植物、厳密な温度管理が求められる植物などもあるらしい。
「流石はファンタジー植物」
ミツキがポツリと呟いた言葉に内心で同意しつつ、ビスティを探す。
ビスティは展示会場の奥にいた。
「団長! 向こうの準備は終わったんですか?」
尻尾があれば猛烈に振ってそうな勢いでビスティが嬉しそうに駆け寄ってくる。
タリ・カラさんは苦笑を浮かべながら首を横に振った。
「明日一杯かかる予定です。ビスティの進捗状況はどうですか?」
何気なく見回してみると、展示物の配置はほぼ決まっているようだった。
会場の入り口は植物ばかりだが、奥まったこの場所には厳密な温度管理を実現するために必要な設備などが置かれている。
「ねぇビスティ、なにこれ?」
ミツキが指差したのは透明な膜だった。ガラスのように透き通っている。
ビスティは指差された透明な膜を持ち上げて、俺に渡してくる。
「思い切り横に引っ張ってみてください」
「いいのか?」
絹のような柔らかい手触りの膜の端を両手で持つ。厚さは体感で一ミリほど。少々分厚く感じる。
ビスティが頷いたのを確認して、俺は膜を左右に引っ張った。
すると、透明な膜はゴムのように左右へ急激に伸びる。透明度は変わらず、手触りに変化もない。腕一杯に伸ばしてもまだ余裕がありそうだった。
「なんだコレ、すげぇ」
ちょっとテンションあがってきた。
ビスティが腰に両手を当てて自慢げに説明してくれる。
「これこそ、僕がラックル商会に狙われる原因となった特許品です」
何でも、淡水生のスライムの皮を十パーセントの重曹水に浸した後、硫化水素の蒸気に晒して作る新素材らしい。
「これを何層かに重ねて一層ずつ間に肥料を寒天で固めた物を挟むんです。それで、一番上に土を被せて、例の香辛料の種を蒔くと栽培できるんですよ」
「手間がかかるんだな」
「ヨウ君、私にもそれ触らせて」
ミツキがねだって来るので、感触が楽しいスライム新素材を渡す。左右に伸ばして楽しんでいるミツキを眺めつつ、会場に並べられている新種植物の栽培方法を思い出す。
「温室で育てるって書いてある植物はこの新素材で作った温室で育てるのか?」
「そうですよ。今までの温室って木枠に紙を張り付けて作った小さな箱で日光の通りも悪いし、大型化は出来ないし、雨の度に室内へ入れないといけないし、大変だったんです。でも、この新素材は見ての通り伸縮性が抜群で耐久力もあって水を弾くので、大型の温室の作成もできます。開拓地での栽培には欠かせない素材になるはずです」
開拓地でなくてもかなり有用な新素材だ。
なにしろ、この新素材は伸縮性抜群の透明ビニールみたいなものだ。あるいは、透明なゴムか。
こんな新素材を持っていたなら、誘拐してでもモノにしようとしたラックル商会の行動も頷ける。
それに、この新素材は色々な物に応用できそうだ。特許使用料で儲けられる反面、ラックル商会のようにビスティの身柄を狙ってくる者が他にいないとも限らない。
入団時にビスティからこの新素材を含めて説明を受けていたタリ・カラさんがビスティの護衛を二人も付けたのも理解できる。運営委員会が派遣した警備員だけでは確かに心配だ。
タリ・カラさんは会場を見回しながら、ビスティに声を掛ける。
「何かおかしなことはありませんでしたか?」
「いまのところは何も。隣のラックル商会側からも何か仕掛けてくる様子はありません。ただ、ラックル商会の展示場の前に貴族が乗るような馬車が止まってました」
「貴族の馬車?」
タリ・カラさんが不思議そうな顔をして俺を見てくる。
「貴族は車に乗るのではないのですか?」
タリ・カラさんの質問で、実家が男爵家の俺に視線が集まった。
「貴族もいろいろいるけど、ほとんどは馬車を使ってる。魔導車はあまり乗りたがらないな」
デザイン性や伝統の問題で、魔導車より馬車の方が人気が高いのだ。
「それにしても、貴族の馬車ね」
裏であくどい事を散々やってるラックル商会と大っぴらに付き合うなんて、いったいどこの馬鹿貴族だか。