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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第六章  世界の都合に振り回された二人
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第三話  バランド・ラート博士

 ギルドの職員に聞き出したバランド・ラート博士の住所には借家があった。

 古めかしい二階建ての建物だが、大型のガレージなどが付属している。半分工房みたいな家だ。

 すでに人が住んでいるらしく、バランド・ラート博士が残したものがあったとしても処分されているだろう。借家だけに、隠し部屋の類があるとも思えない。

 大家さんの家は少し離れた場所にあるとの事で、そちらを訪ねてみることにする。

 夕日に照らされた街路樹が真っ赤に染まる。大工場地帯という無骨な枕言葉に反して、街のあちこちに公園があったり花壇があったりして目に優しい。

 大家さんの家は借家とは違ってこじんまりとしていた。

 玄関扉に下がっている呼び鈴を鳴らして待つと、中からパタパタと軽い足音が聞こえてくる。


「はいはい、いま開けますね」


 少し歳を感じさせる女性の声が扉越しに聞こえてきたかと思うと、扉が開かれて七十を過ぎたばかりのおばあさんが顔を出す。


「おや、可愛らしいお客さんですね」


 おばあさんに対して輝かんばかりの愛想笑いを向けつつ、挨拶をしてから本題を切り出す。


「バランド・ラートっていう精霊研究の博士を訪ねたんですけど、引っ越したみたいで……」


 さも困ってますという振りをして、借家の方へ目を向ける。

 おばあさんは不思議そうに俺とミツキを見た後、小さくバランド・ラート、と口にして、思い出したように頷いた。


「あぁ、バランドさんか。懐かしいね。もうずいぶん前に引っ越して行ったよ。ガランク貿易都市の方だったかね」


 歳の割に記憶の方はしっかりしているらしい、と考えて、失礼だと気付いた俺は内心首を振った。

 目配せすると、ミツキが僅かに首を傾げて愛想のいい笑みを浮かべ、おばあさんに訊ねる。


「仲が良かったんですか?」

「そうだね。当時は気味悪がられていたけど……。玄関先で立ち話もなんだから、上がって行きなさいな」


 ほらほら、とおばあさんは嬉しそうに家の中へ俺達を手招いた。

 少しためらったが、静まり返っている家の様子を考えると、おばあさんは一人暮らしで寂しいのだろうと判断し、お言葉に甘えることにした。

 リビングに通された俺とミツキの前に紅茶の入ったカップが置かれる。湯気と共に立ち上る香りは上品だ。一口飲んで、ふわりと広がる優しい香りに驚く俺に、おばあさんはコロコロと笑う。


「美味しいでしょう。息子からもらったの」


 一人暮らしではあってもご家族はいるらしい。

 おばあさんは自身も紅茶を楽しんだ後、当時を懐かしむように目を細めた。


「バランドさんはおかしな研究をしていてね。蛇やネズミを買ってきて何かしていたようなの」


 マッカシー山砦の時点である程度研究を進めていたくらいだ。マッカシー山砦を出てこちらに移り住んでからも蛇にネズミを丸呑みにさせる実験を行っていたところで不思議はない。

 おばあさんはバランド・ラート博士の実験内容を知ってか知らずか、実験そのものには言葉を濁して話を続けた。


「子供好きな人でね。うちの息子も小さい頃はよくボール遊びに付き合ってもらっていたのよ。ちょっと大人げない所があったけど、そこが息子も好きだったみたいでね。歳の離れた兄弟みたいだ、とわたしも旦那と笑っていたわ」


 懐かしいわね、と笑うおばあさんには、バランド・ラート博士が殺害された事については言わない方が良いだろう。

 それにしても、おばあさんから語られるバランド・ラート博士の人物像がとても意外だった。

 俺もミツキもバランド・ラート博士の研究に関してはかなり調べたが、人となりについてはよく知らない。それでも、異世界の魂を生贄にこの世界の生活レベルを維持しつつ人口減少を食い止めようとしていたあの研究内容からは想像できない性格をしていたようだ。

 異世界の人間に対してもその優しさを向けられなかった時点で、殺された事に同情はしないけど。


「そういえば、バランドさんのところにお忍びで軍の偉い人が訪ねてきていたらしいわ。何度か、借家の鍵を増やしたいと許可を取りに来たの」

「鍵を増やしたい? 盗みに入られるかもしれないって事ですか?」

「研究内容を盗み出されて悪用されるかもしれないからってね。とても真剣な顔をしていたものだから、わたしの旦那もすぐに許可を出していたけれど」


 軍がバランド・ラート博士の研究内容に興味を示すのは理解できる。マッカシー山砦における研究の時点ですでに人工的に魔力袋を発生させる方法が半ば確立している以上、軍としては喉から手が出るほど最新の研究資料が欲しいはずだ。

 しかし、軍に研究資料を盗まれる可能性をバランド・ラート博士が憂慮していたというのなら、バランド・ラート博士と軍の関係性は協力的な物ではなかったことになる。

 考えてみれば当然かもしれない。

 バランド・ラート博士はあくまでも世界的な出生率の低下を懸念して研究を続行していたはずだ。このライグバレドにおける研究で俺やミツキのような異世界の魂を召喚する方法を編み出していなければ、人工的に発生させる魔力袋の原料はこの世界の生き物という事になる。

 つまり、人工的な魔力袋の発生方法を軍に教えてしまった場合、世界的な出生率低下は加速し、バランド・ラート博士が研究した意味がなくなってしまう。

 バランド・ラート博士は軍、それも新大陸派との交流があったと俺たちは考えていたが、見直しが必要かもしれない。


「バランド・ラート博士はなんでライグバレドを出ていったんでしょうか?」

「この世界の全生命を救う画期的な実験が成功したかどうかわからないから、静かな場所で研究を繰り返したいと言っていたわ。他にもいろいろと言っていたけれど、良く分からなかったの。軍の偉い人が訪ねてくるから、いやになってしまったのかもしれないわね」


 あの頃は息子が大泣きして大変だったわ、と苦笑するおばあさんに愛想笑いを返して、俺たちは大家宅を辞した。

 日が落ちて暗くなった大通りを歩きながら、ミツキに声を掛ける。盗み聞きされることもないとは思うが、内容が内容なので日本語だ。


「新大陸派とバランド・ラート博士は協力関係にはなかったと考えた方が良いな」

「協力していたなら、ガランク貿易都市近くの隠れ家に資料が残っているはずがないとは思っていたけど、今回の件で確定とみていいかもね」


 新大陸派の軍人が訪ねていた理由も気になる所だが、バランド・ラート博士が大家に語ったライグバレドを出る理由も気になる。


「この世界の全生命を救う画期的な方法。やっぱり異世界の魂を召喚する実験かな?」


 ミツキが手帳に書き留めつつ、首を傾げる。

 俺とミツキがこの世界に生まれた時期を考えると、まず間違いなくライグバレドでの滞在中に異世界の魂召喚を行っているはずだから、まず間違いないだろう。


「バランド・ラート博士は異世界の魂を召喚したものの、召喚が成功したかどうかは分からず、ガランク貿易都市に移って新大陸派の軍人をやり過ごしながら研究をしていたって事だろうな」


 この辺りの事はガランク貿易都市近くの隠れ家に残された日記からも分かっている。これで裏どりが完了した。


「バランド・ラート博士の動きは大体見えてきたね」


 ミツキが手帳にまとめながら、読み上げる。


「国からの調査依頼を受けてマッカシー山砦にて二年もの間、出生数低下の謎を研究。マッカシー山砦の研究チームから外されてからは独自調査を行うために大工場地帯ライグバレドに五年間住む。この間、異世界からの魂を召喚し、ガランク貿易都市の近くにある隠れ家で二年間研究を続けて、異世界からの魂召喚が成功したとの確信を深める。調査を始めたバランド・ラート博士は港町デュラで私とすれ違って旧大陸に舞い戻り、八年後、ウィルサムに殺害された」


 ミツキが綺麗にまとめてくれたおかげで、俺の頭の中の情報も整理される。

 バランド・ラート博士の研究内容の変遷も、世界的な出生率の低下の謎を追う事から始まり、精霊が生き物の魂である事、さらには精霊が生物体内に取り込まれて休眠状態となったのが魔力袋である事を突き止め、精霊ひいては魂が記憶を消去して転生するためには魔力を取り込まなければならないと結論付けている。

 バランド・ラート博士は、現在の魔導核に頼って文明を維持しつつ出生率の低下を食い止める方策として異世界の魂を召喚して魔力袋を生成し、魔導核を作る研究を行っていたが、魂の召喚が成功したという確信が持てずに旧大陸を転々とし、ミツキの噂を聞きつけて新大陸のデュラに戻ろうとしたところでウィルサムに殺害された。


「こうなってくると、協力関係になかった新大陸派がどれくらいバランド・ラート博士の研究を知っていたのか気になるな。それに、ウィルサムも」

「ウィルサムの方が優先順位が高いね。バランド・ラート博士の執念を考えると、殺される直前まで研究は続けていたと思うから、研究資料を持ってる可能性が高いよ」

「ガランク貿易都市近くの隠れ家にファイアーボールを撃ち込んだのもおそらくはウィルサムだよな。研究内容を全く知らないのなら証拠隠滅につながるようなことはしないだろうし、隠れ家を見つけることもなかっただろう」

「最悪の場合、異世界の魂を召喚する方法まで知っている可能性があるね」

「本当に最悪のケースは、ウィルサムが異世界の魂を召喚している場合だな。俺たちに続く三人目の転生者、四人目の転生者がこの世界のどこかにいるかもしれない」


 時期を考えると、確実に俺たちより肉体年齢は下になる。魔導核に加工されないよう、保護する必要もあるだろう。

 バランド・ラート博士については一通り調べたし、これからはウィルサムを捕える方向で動いた方がよさそうだ。


「新大陸派にはちょっと手が出せないしな」

「ホッグスの動きも気になるよね。行方不明っていうけど、どこに行ったんだろう」


 新大陸派のきな臭い動きにはあまりいい予感がしないが、俺たちに出来ることはたかが知れている。司令官に返り咲いたワステードに任せるしかないだろう。

 ふと目を向けた店に置かれた魔導核の値段を見て、足を止める。

 何かを忘れているような気がしたのだ。


「どうしたの?」

「いや、何か引っかかって」


 何だろう、この違和感は。

 ミツキが首を傾げて魔導核を見る。


「いつも通りの値段だし、品質も特に問題なさそうだけど?」

「……そうか、値段だ」


 値段がいつも通りのはずがないんだ。


「俺たちが人型魔物の群れを壊滅させて市場に供給した魔導核は十や二十じゃ利かない。それに、以前のボルス防衛戦で砲撃タラスクたち甲殻系魔物の群れを追い返した時の魔導核もある。相当下落してないとおかしい」


 一年にも満たない間に大量の魔導核が供給されているのだ。需要がある商品とはいえ、かなり高価な物である以上買い手は限られる。

 何故、市場に飽和していないのか。


「そもそも、俺たちが精霊獣機を作る時に買った魔導核は例年に比べて一割ほど値下がっていたんだ。精霊獣機で戦い始める前から値下がっていたはずの魔導核がなぜ下落してないんだよ」

「市場を操作してる誰かがいるってこと?」


 ミツキが訝しむように店頭の魔導核を見る。


「無理だよ。国軍だけじゃなくて、私たちみたいな開拓者まで魔物を倒して魔力袋や魔導核を市場に流してるんだもん。とてもじゃないけど掌握できないよ」

「一年や二年なら、無理だろうな」


 俺の言葉を聞いたミツキが目を細める。


「魔導核の価格の年次推移、ギルドに行けば多分資料もあるよ」

「行こう」


 足早にギルドへ向かいながら、頭の中で何が起きているのかを想像していく。

 二十四時間毎日営業しているギルドに感謝しつつ、魔導核の価格の年次推移を資料として出してもらう。

 不思議そうな顔をした職員から資料を受け取って、過去二十年分の資料を見る。

 新大陸の開拓が進むにつれて出回る魔導核の量が増え、また精霊人機などの需要が増えることで価格の上下がある。

 魔物の討伐記録などの資料を追加でいくつも出してもらいながら調べること数時間、俺とミツキはある結論に至った。


「価格操作が起こっている」

「魔導核を大量に市場に供給している誰かがいるね。しかも、魔物の討伐記録を見る限り、魔物を討伐しても申告していないか、もしくは――」

「魔物由来でない魔力袋を手に入れている」


 こんなことができるのはかなりの組織力と資金、何より大量の魔導核を〝安定生産〟する方法が必要になる。


「バランド・ラート博士の研究成果を使えば可能だね。でも、ちょっと大きな開拓団程度には無理」

「やれるとすれば、軍とか、設備が整っていて各地に動員可能な人員を多数有している組織だな」

「……新大陸派?」

「マッカシー山砦に残されていたバランド・ラート博士の研究資料だと不十分だが、ライグバレドで行われていた完成版の魔力袋精製法を手に入れていれば、市場操作もある程度は可能だ。バランド・ラート博士がマッカシー山砦を出てから曲がりなりにも交流があったそれなりの規模の組織は新大陸派しかいない」


 きな臭いなんてものじゃなくなってきた。

 この件を、旧大陸派は、国は、どこまで知っているのか。

 ――あるいは、知らないのか?

 ミツキは資料を片付けながら、口を開く。


「魔導核の安定供給と価格維持をしているって事は、魔導核の生成にかかるコストを考えてもかなりの利益を出しているよね」

「大規模なへそくり、とはちょっと思えないよな」


 ワステード司令官に連絡を取りたい。

 俺は手紙をしたためて厳重に封をした後、ギルドの職員を呼んで手紙配達の依頼手続きを済ませた。



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