第二話 展示場
翌朝早くに足を運んだ会場は観客動員数二千ほどの広々とした講堂だった。
隣には展示場があり、展示のためのガラスケースなどが並んでいる。展示物の配置に関しては俺とミツキに任されており、警備員として雇われたという開拓者三人を自由に使って構わないという。
「魔術式のコーナーと理論関係のコーナーは隣り合わせにして、エアサスペンションみたいな装置や機構類は向かい側にひとまとめにしようか」
「技術祭開催まであと二日だっけ。今日中に準備を終わらせないとだね」
ミツキが準備体操をしていると、雇われ警備員たちが近付いてくる。値踏みするように俺とミツキをじろじろと見てくるのは、ようやく十四歳になったばかりという俺達のような若い技術者が珍しいからだろうか。
「運営委員会の方からお達しがありまして、お二人の準備を手伝わさせていただきます」
「それは助かる。重たい物も多いので、さっそく搬入から手伝ってください」
エアサスペンションくらいならば俺でも運ぶのに苦労はしないのだが、反動軽減制御機構のような一抱えもあるような鉄の塊は俺とミツキには手が余る。
パンサーとディアで展示会場に乗り入れて運ぼうかと思っていただけに頼りになりそうな協力者に胸をなでおろした。
「えらく展示品の数があるようですが、全部お二人で開発されたんですか?」
「そうですよ」
全部で十四個の展示物がある。しかし、多脚制御の魔術式など、実際に発動しているところを見ないと何が凄いのか分からないような展示物もある。この手の魔術式のために蓄魔石なども準備してあった。
この展示会場にある蓄魔石や魔導核を全部盗み出すだけで一家族が一生つつましく暮らしていけるほどの価値がある。
「ヨウ君、警報装置の設置は済んだよ」
ミツキが会場の端に置いた魔導核と接続されたゴングを指差して報告してくれる。
「あとは展示物を配置した後で場所の登録をしておけばいいだけ」
「分かった。講演の原稿を考えておいてくれ」
「映写機とか作っておけばよかったね」
「マッピングの魔術式と同じで、映像の出力に魔力を馬鹿食いするから難しいだろ」
言ってるそばから雇われ警備員がマッピングの魔術式を発動するための装置を三人で持ち上げて入ってきた。
「そこのロープで囲った部分へ入れてください」
会場の一部を指差して指示を出す。
マッピングの魔術式は注目度の高い特許品だ。ミツキの発明品だが、軍や開拓者に普及しており、弓兵機のベイジルたちと行ったリットン湖調査でも使用された。魔力消費が激しいのが難点だが、広域をわずかの間に地図に出来る優れものである。
ロープの中にマッピングの魔術式を収めた三人の雇われ警備員が額の汗をぬぐいながら魔術式と装置を眺める。
「マッピングの魔術式の開発者とは恐れ入りました」
「どうも。使った事があるんですか?」
いまは雇われで警備員などしているこの三人も、両肩の紋章からしてこのライグバレドを拠点にする大規模開拓団の団員だ。使用する機会もあるだろう。
案の定、三人は頷いたが、いささか渋い顔をしている。
「魔力の消費が激しいもんで、事前に蓄魔石へ魔力を充填しておいたんですが五回ほどで魔力切れを起こしましたよ。精霊人機より魔力消費が激しいんですよね」
「単位時間当たりで考えるとそうでしょうね。見合うだけの成果は出ているはずですが」
「成果の方は申し分ないと団長も言ってましたよ。ただ、運用できるのは大規模開拓団に限られるだろう、とも」
魔力を事前に準備できるだけの団員数を抱えていないと運用するのは難しいという意見か。納得だ。
とはいえ、このマッピングの魔術式の魔力消費量を軽減するためには装置ではなく魔術式そのものを弄る必要がある。開発者のミツキならともかく、この複雑な魔術式を弄れる技術者は精霊人機の新型を作れるくらいの一流に限られるだろう。
需要のある魔術式でもあるし、改良しておこうかと考えていると、次の特許品が入ってきた。
エアサスペンションと、エアリッパーである。
エアサスペンションは前世の地球にもあった空気バネそのものだが、エアリッパーは少々異なる代物だ。
二つの装置をガラスケースに収めた雇われ警備員の一人が首を傾げて俺を見てくる。
「この二つ、どう違うんですか?」
「魔力消費量と瞬発力ですね」
エアサスペンションは空気タンクが存在し、コンプレッサー代わりの魔術式で圧縮した空気を送り込む。通常の風魔術と大して変わらない少ない魔力消費量で済む反面、瞬発力に劣る。だが、普通に使用する分には全く問題にならない。
術式を書き込むだけでコンプレッサーを製作できるのだから、魔術はなんとも偉大である。
「エアリッパーは空気タンクが存在しないエアサスペンションだと思ってください。省スペース化と高い瞬発力を兼ね備えています」
その秘密は圧空の魔術だ。空気を送り込むのではなく、直接内部に空気を発生させてしまうため、爆発的な瞬発力が得られる。精霊獣機が屋根の上に軽々と跳び上がれるのも、このエアリッパーの恩恵あればこそだ。
ただ、通常の風魔術とは違って圧空は魔力消費量が大きい。
「構造が単純な分、メンテナンスも簡単で丈夫なんですけどね」
空気タンクの水抜きとかいらないし。
エアサスペンション、エアリッパーは俺の特許品だが、もっぱら特許料を稼いでくれているのはサスペンションの方だ。魔導車関係で儲けさせてもらっている。エアリッパーは精霊人機に組み込まれることがあるらしいが、圧空の魔術式を精霊人機の動きに同期させるのが難しいため、あまり人気がない。
魔導チェーンやラック式鉄道、遊星歯車機構などが運び込まれて、展示場がにぎやかになっていく。
魔力流動膜魔術式が運び込まれると、俺はミツキと一緒に腕を組んだ。
「さて、問題はこいつの展示方法だよな」
「魔力自体は目に見えないから、何が起きてるのか全く分かんないよね」
スケルトンが使用する魔術、魔力膜。その発展形が現在精霊人機の遊離装甲を支えている魔術式だ。
魔力流動膜魔術式は、遊離装甲やスケルトンの魔術式のさらに発展形であり、魔力膜を流動させる事で機体内に泥や砂の侵入を防ぐ魔術式である。
魔力消費量が大きいという問題点もあるが、無視できないのは精霊人機の遊離装甲の魔術式と干渉してしまう事。そのため、特許を取ってあるものの収入は微々たるものだ。
「色のついた水で魔力膜の流動状況を観察できるようにするのがいいかな」
ミツキの案に、俺は首を横に振る。
「水を弾くとなると必要な魔力量が多すぎる。細かい砂を上から散らすのが良いと思う」
「砂を散らす係が必要ってこと?」
「隣に扇風機でもおいておくか?」
「その手があったね。買ってこよう」
「準備が終わってからでいいだろ」
ミツキと話している内に次の特許品が運ばれてきた。
しかし、雇われ警備員の三人は全く見当違いの場所へ特許品を運び込もうとしている。
特許技術としてもあまりに複雑すぎてまともに研究できる人間さえほとんどいないだろう代物だ。運営委員会も最低限の指示も出せなかったのだろう。
俺は三人に声を掛ける。
「その二つは展示場の奥にお願いします。そのスペースは多薬室砲の理論を書いた掲示物を置くのと、展示場全体の間取りを描いた案内を置くスペースなので」
展示場の奥を指差すと、三人は首を傾げて左右に分けておいた二つの特許品を見比べる。
「この二つ、並べて展示してもいい物なんですか?」
展示場奥にあるロープで区切られた展示スペースは二つ隣り合わせになっている。魔術式や理論を並べた展示列と装置や機構を並べた展示列の合流地点だ。
だが、二つの特許品の性質を考えれば一番ふさわしい展示箇所である。
「その二つはどちらも、複数の魔術式における発動時間を厳密に制御する技術なんです。実現するための方法が魔術式によるものと魔導鋼線の特殊な配置によるものの二つなので別々に特許を出願したんですけど、目的は同じなので並べて展示します」
この魔術式はカノン・ディアのような多薬室砲を作る上での核となる技術だ。
ミリ秒以下の厳密な魔術発動タイミングが求められるカノン・ディアはこの二つの特許技術がなければ暴発する。
説明しても、三人はいまいち分からないと首を傾げながら二つの特許品を展示上の奥に運び込む。
あの二つがどれほどぶっ飛んだことをしているかを理解できるとすれば、今すぐ開拓者から技術者に鞍替えした方が良い。魔術式を専門に研究している技術者でも半数は理解できずに匙を投げるだろう。
展示物の配置が終了し、俺は警報装置に貴重品の位置の登録を済ませた。
「それじゃあ、扇風機を買いに行くとするか」
この世界、魔導核を使った扇風機が普通に売っている。安物は使用者自らが魔力を込めながら魔導核を起動させる半自動扇風機だが、今回買うのは蓄魔石を使うタイプの全自動の扇風機だ。無論、蓄魔石を使う分高価な品である。
ディアやパンサーは宿においてきているため、ミツキと並んで歩く。
混雑とまでは表現できないものの、大通りにはそれなりに人が歩いていた。
あちこちに展示場を割り当てられなかった出品者のためのテントが張られている。あのテントの下で展示するのだろう。
大工場地帯というだけあって、扇風機を売っている店はすぐに見つかった。品数も豊富だが、砂を飛ばせる風量が出ればいいだけなので特に吟味せずに選ぶ。
展示場を告げて届けてほしい旨を伝えると、引換券を貰った。
店を出て、空を見上げる。
「夕暮れ時か。食事の前にバランド・ラート博士に関して調べておこう」
提案すると、ミツキは頷いてギルドに向かって歩き出した。
「バランド・ラート博士は開拓者としての肩書も持っていたから、この街に来たらまずは開拓者ギルドに顔を出してるはずだよ。聞き込みなら、ギルドに行くのが一番だと思う」
「当時の職員がいるかどうかは分からないけど、研究を続けていたなら倉庫なり、借家なりを借りてた可能性も高い。ギルドに記録が残っていることを期待しようか」
開拓者ギルドに顔を出すと、特許持ちの人間を狙った誘拐事件が起こる可能性あり、との張り紙が出ていた。特許を持っている当人ではなく、家族などを誘拐するケースがあるそうだ。
実家を勘当されている俺とミツキには全く関係のない話である。
「暇そうな職員さんはっと」
ミツキがぐるりとギルド内を見回して、職員の一人に目をつける。
暇そう、とレッテルを張られているとも知らず、職員は愛想のいい笑顔で答えてくれた。
「鉄の獣さん、いかがしましたか? 展示場に不備でも? それとも、警備員の方でしょうか?」
「どちらも違いますよ。それに、警備員さん達にはお世話になりました。技術祭とは別件で、少し調べ物をしていまして、バランド・ラート博士について知っている事はありませんか?」
「バランド・ラート博士……といいますと、精霊研究者の?」
どうやら知っているらしい。いきなり当たりとはミツキの勘には恐れ入る。
職員の手前、俺にだけ分かるように胸を張って自慢げなミツキの肩に、俺は手を置いて無言で褒める。口元を綻ばせたミツキがくすくすと小さく笑った。
職員にバランド・ラート博士がかつて住んでいた住所を聞き出して、俺たちはギルドを後にした。