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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第六章  世界の都合に振り回された二人

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第一話  大工場地帯ライグバレド

 大工場地帯ライグバレドは新大陸における精霊人機の需要に応えるために開拓初期から徐々に建設、発展を遂げてきた技術者と商人の街だ。

 人口密度は極めて低いが、原因は土地面積のほとんどを工場や倉庫群が占めているためで、人口そのものは少なくない。おおよそ、十万人だとか。

 技術祭が開かれるこの時期になるとその人口密度も爆発的に上がり、なおかつ工場群への立ち入りは基本的に制限される事から街の一部に人が集中する。

 このライグバレドはフロンティア精神旺盛な技術者や商人が形作る街だけあって、技術公開を求めてきた国と一悶着起こすことも多く、防衛力を軍に頼らない仕組みが出来上がっている。

 住人の志願兵で構成される自警団だ。

 自警団の一部はライグバレドを拠点とする大規模開拓団で訓練を施され、大工場地帯の枕詞に恥じない新型の精霊人機に個人用のカスタマイズを施した特殊機体で魔物に対抗する。

 そんな反骨精神に富んだ気風なら精霊獣機も受け入れてもらえるかと期待していたのだが――


「視線が刺さるね」


 ミツキがパンサーの背に寝転がりながら呟く。

 ライグバレドの街中をギルドに向かって進む俺とミツキに住人の視線は釘付けだった。俺たちの前を行く月の袖引くや青羽根は見向きもされていない。


「少し毛色の違う視線も混ざってるけどな」


 どこぞの工場長だろうか、パンサーやディアを真剣な目で観察している。使われている技術に興味があるのだろう。


「俺たちは招かれた側だし、カノン・ディアの事を知っているからには精霊獣機を見てもいきなり追い出すことはしないだろ」

「バランド・ラート博士がここで何をしていたのかは早目に調べる必要がありそうだけどね」


 技術祭が終わったら用済みとばかりに追い出される可能性を憂いてか、ミツキが言う。

 俺は頷きを返して、通りの先の無骨なギルド館に目を向けた。

 質実剛健な佇まいだ。壁や扉に装飾の類はなく、開拓者ギルドであることを示す紋章のレリーフだけが灰色の壁を彩っている。

 裏手にあるガレージにディアとパンサーを停め、同じく整備車両を停めた月の袖引くや青羽根と共にギルド館に入る。

 青羽根の団長、ボールドウィンが中の大広間を見回して首を傾げた。


「想像していたより広いが、なんだあの壁のガラスケース」


 ボールドウィンが指差したのは壁沿いに置かれたガラスケースだった。どうやら展示物らしく、ガラスの中には製作者の名前と共に複雑な機構や新素材、魔術式が刻まれた金属板などが入っている。

 技術史か何かの展示かと思えば、展示物の後ろに値段が書かれたプレートが下げられていた。

 青羽根の整備士長が腕を組んで展示物と値段プレートを見比べる。


「特許品の展示みたいだな。後ろの値段は特許使用料。向こうの新素材は購入費用か」


 興味をそそられるが、到着の手続きを済ませるのが先決だ。

 俺は整備士長を置いてミツキたちと一緒にカウンターに向かう。

 到着手続を取っていると、職員から手紙を差し出された。


「技術祭運営委員会」


 差出人の名前を見て納得する。

 開拓者である俺たちが到着した際に必ずギルドに寄る事を見越して手紙を預けていたのだ。

 手際が良いな、と思いつつ封を開ける。


「宿の手配までされてるのか。凄いな」

「VIP待遇って奴だね」


 ミツキがしげしげと手紙を見つめて、視線を月の袖引くの団長タリ・カラさんに向けた。


「倉庫も借りられそう?」

「えぇ、精霊人機も展示物になりますから、整備しておいてほしいと書かれています。それから、ビスティ宛てにも温室が貸し出されるようです」

「あぁ、ビスティって植物関係の特許をかなり持ってるもんね」


 俺やミツキと一緒にテイザ山脈で見つけた新種の花や香辛料の栽培方法もそうだが、ガランク貿易都市にいた頃に研究していたいくつかの香辛料に関する特許があったはずだ。


「工業系じゃなくても特許なら展示が認められるんだね」

「特殊な栽培方法は専用の設備が必要になったりしますから」


 肝心のビスティはガラスケース内の展示物を真剣に覗き込んで何やらぶつくさ呟いている。そばを通りがかった開拓者がぎょっとした表情で距離を取っているのが面白い。

 月の袖引くの副団長レムン・ライさんがビスティを連れてきて、温室の貸し出し許可証を受け取らせる。


「設備に問題がないかどうか、見てきます」


 ビスティが貸し出し許可証をポケットに突っ込み、ギルドを出ようとすると、レムン・ライさんが引き留めた。


「ビスティだけでは危険でしょう。護衛をつけますから、ここで待っていなさい」


 度々訓練に参加していたとはいえ、戦闘に関してはまだ素人の域を出ないビスティの事だ。見知らぬ街で一人歩きは危険だろう。

 ボールドウィンもガラスケースの前で食い入るように新素材を見つめている整備士長の首根っこを掴んで引っ張ってくる。


「ひとまず、技術祭の参加申請もしておかないといけないし、設備とか展示会場の下見は後回しだろ。ビスティも参加申請の書類に記入する事もあるだろうから一緒に来い」


 ボールドウィンと青羽根の技術関係を統括している整備士長、月の袖引くからは団長のタリ・カラさんとビスティ、それに俺とミツキを加えた六人でギルドを出る。レムン・ライさん達には倉庫に行ってもらった。

 まだ技術祭が始まるまで数日の間があるというのに、街中にはすでに観光客らしき姿がちらほらと見受けられた。商人の他、見覚えのある開拓団の紋章も見かける。


「大規模な祭りになりそうだな」

「展示品はともかく、実演は見送った方が良いかもね。安全性に問題ありそう」

「観客が飛び込んできたりな。対処のノウハウもないから、今回は展示と質問受け付けに絞って計画を立てよう」


 話し合いながら運営委員会の入っている建物を訪ねる。

 受付で招待状と共に名前を告げると、受付係のお姉さんがぎょっとした顔で分厚い招待状を見つめた。


「いまお調べしますのでしばらくお待ちください」


 受付のお姉さんはそう言って、分厚いファイルをめくりだした。

 どうやら招待状を送った人物と特許品のリストらしく、しばらくして受付のお姉さんの手は俺とミツキの名前が書かれたページでとまる。

 そのまま数枚ページをめくったお姉さんは、少々お待ちくださいと言って立ち上がると奥の扉から休憩中だったらしい別の受付嬢を呼び出した。

 ボールドウィンが肘で俺の脇腹を突いてくる。


「応援を呼ばれてんぞ。コト達はいくつの特許品で招待状を貰ってるんだよ」

「十四だったかな」

「技術祭ってくらいだから基本的に革新技術だよな。それが十四って……」

「精霊獣機のためには必要だったんだよ」


 ちなみにビスティの方はとみてみると、こちらもこちらで少々揉めているらしかった。


「ラックル商会の隣なんて困ります。連れ去られそうになったこともあるんですよ?」


 どうやら、ビスティに貸し出される展示場の温室の隣でラックル商会の展示と即売会があるらしい。

 ラックル商会はガランク貿易都市に根を張る大手商会で、開拓者や商人の特許を強奪して大きくなったはずだ。

 技術祭に出品する特許は持っているだろうが、運営委員もよく出品を許したものだ。

 妙な裏事情とかなければいいけど……。


「大変お待たせしました。特許登録の確認が済みましたので参加申請を受理させていただきます。こちら、技術祭の資料になります。ところで、出品される特許品についてですが、全部、でしょうか……?」

「そんな怯えながら聞かれるとね、ミツキさんや」

「ヨウさんや、私たちの心は一つ」

「てなわけで、全部で」


 二人そろってにっこりと笑いながら申請書類を貰って、ミツキと手分けして記入する。

 申請書類を確認するのが仕事の受付嬢たちが引きつった笑みを浮かべる中で記入を終えて、俺はビスティを見た。

 すでに青羽根や月の袖引くは申請を終えているが、ビスティは展示場所の変更を願い出ている。

 ビスティの持つ特許は金銭的価値もさることながら植物学者からの注目度も高いらしく、運営側としては客が多く出入りできる当初の温室をビスティに割り当てたいものの、ラックル商会の持つ特許も同様に学者から注目度が高い物が多いらしい。

 交渉事には慣れていないタリ・カラさんが見守る中、ビスティは見張りの増員を約束させ、損害が出た場合には運営委員会側から違約金を貰う契約を取り付けた。

 これで月の袖引くのウォーターカッターの展示に影響する事はないだろう。

 運営委員会の建物を出て、倉庫に向かうというボールドウィンやタリ・カラさんたちと別れる。


「それじゃあ、宿に向かうか」

「会場の下見は明日だね。移動で疲れたし」

「バランド・ラート博士の事も明日だな。観光や買い物もしたいけど、技術祭が始まってから時間あるかな」


 できる事なら展示会場を回って技術者から直接話を聞きたい。

 俺は技術祭のパンフレットをめくりながら、面白そうな展示に丸を付けておく。

 ちなみに俺たちに割り当てられた展示会場は広く、講堂が隣接しているようだ。


「ヨウ君、会場の備品リストに大型黒板なる文字があるよ」

「説明させる気満々だな。魔術式関連は説明がないと何やってるか分からないだろうから仕方がないか」

「ウォーターカッターとか、多薬室砲理論とか、魔力伝導高速化機構も説明ないと無理でしょ。遊星歯車機構は実物があれば分かると思うけど」

「遊星歯車なぁ。摩耗しやすいから精霊人機には使わないだろ。特許回避で日の目を見たり、俺たちみたいに機構の小型化を進める過程で必要になるけど、車への利用止まりじゃないか?」


 しかも遊星歯車は俺の自作部品だ。高い工作精度を求められる割に使用者が少ないため、発注しようにも引き受けてくれる工場がない。今回の展示品も俺の持ち込み品である。


「車への使用を考えてくれる工場があれば、俺が作らなくても発注できるようになるかもしれないんだよな」

「後々の事を考えて、展示品の配置とか講演内容も決めないといけないんだね」


 考えることが多すぎる、と話していると、宿に到着した。


「……でけぇ」

「比喩でもなんでもなくVIP待遇だね……」


 品の良い装飾が施された扉の前にいた男が俺たちを見て一礼し、扉を開けてくれる。

 中に入って紹介状を見せると、最上階の部屋の鍵を二つ差し出された。

 しかし、ミツキが鍵を一つ返す。


「こんな場所でヨウ君と分かれて泊まるなんてもったいないもん。二人の時間を大切にしようよ」


 単純に一人でいると落ち着かないだけだと見抜きつつも、俺も同じ気持ちなので否やはない。

 案内された客室もびっくりするほど広々として調度品も豪華だった。

 ミツキがベッドの柔らかさに満足そうなため息を吐き、口を開く。


「もしかしなくてもさ、私たち特許料で儲けているからすごく贅沢な暮らしをしてると思われてるんじゃない?」

「あぁ、それで招いた側として失礼にならないように高級宿を手配してくれたのか。納得だ」


 考えてみれば、俺達くらいに儲けている人間なら豪遊していたっておかしくない。

 わざわざこの技術祭に参加することに金銭的なメリットを感じないと考えた運営委員会が接待としてこの待遇を提供しているのなら納得できる。

 もう少し庶民的な宿の方が良かったのだが、運営委員会の厚意に甘えておくとしよう。


「きっちり技術祭に参加してお返ししないとだね」

「そうだな」


 ミツキに言葉を返して、俺は展示会場の間取りを見ながら講演内容を考えることにした。



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