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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第五章  二人は摂理から外れている
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第三十一話  壁の外の輪廻

 次の晩、俺たちは再び資料室に入っていた。

 目的はバランド・ラート博士が滞在していた当時の研究資料だ。

 残っているかどうかは分からなかったが、ミツキと一緒に資料室を手分けして探していると、集められた科学者、研究者たちの残した資料が見つかった。

 資料に名前が書かれていたため、バランド・ラート博士の残した研究資料を探す。


「みっけたー」


 ミツキが両手でファイルを掲げた。確かに、バランド・ラート博士の名前が書かれた研究資料だ。

 ファイルを開いて、げんなりする。


「提出用の公的な研究資料でも字は汚いままなのか」


 バランド・ラート博士の筋金入りの悪筆っぷりに辟易しながらも、研究資料をミツキに任せて他を探す。

 見つけたいくつかのファイルを時系列順に並べる。中には他の研究者との連名で書かれた論文もあった。


「精霊関係で意見を求められてたりしたみたいだけど、魔物学者としても連名で論文を残してるのか」


 生物学全般に詳しい研究者だったようだ。

 肝心のマッカシー山砦におけるバランド・ラート博士の研究資料を確認する。


「新大陸の開発が始まってから緩やかに出生率が落ちてるのか」


 バランド・ラート博士が照らし合わせた人口動態調査によれば、新大陸の開拓が開始されてしばらくした頃から出生率の低下が始まっている。

 バランド・ラート博士はこの人口動態調査と魔導核の流通量を照らし合わせ、魔導核や魔力袋の市場供給規模が増えると出生率の低下が起こるという相関図を作成していた。

 しかし、バランド・ラート博士自身がこの相関図の信ぴょう性に疑問符をつけている。


「裏付け資料が足りないんだね。人間だけならともかく、その他の動物、魔物に至るまで出生率が低下している以上、他の生物に関しての生態調査も広範囲で行う必要があるから、どうしても資料が足りないんだと思う」

「人口動態調査、つまりは人間だけ調査してもしょうがないって事か。この世界のすべての生物について調査するなんて無謀だし、証明は不可能だな」


 しかし、バランド・ラート博士は魔導核、ひいては魔力袋と出生率低下の相関を証明するための研究を始めている。

 早くもこの時点で、バランド・ラート博士は魔力袋が精霊ではないかと仮説を立てていた。


「人間が魔術を使用できるのは魔力を空気中の精霊に食べさせて、その生理現象を利用しているから。それなら、魔力を流し込む事で魔術を発動する魔導核は精霊と同じ何らかの作用をしているはずか。まぁ、理屈は通るのか?」

「少し発想が飛躍しているとは思うけどね。精霊と同じ現象を起こせるからって精霊とは限らないわけだから」


 とはいえ、魔力袋の正体は休眠状態の精霊だったわけだが、それはこのころのバランド・ラート博士が知る由もない事だ。

 バランド・ラート博士はスケルトンを調査し、人間と同様に魔力を空気中の精霊に受け渡すことで魔力膜を発生させていると仮説を立てる。

 スケルトンの魔力膜が魔力袋を介さない魔術によって発動されているとする論文をバランド・ラート博士は発表しているが、精霊教会に強烈にバッシングされたようだ。


「当時のマッカシー山砦の訪問者に精霊教会の人が何人かいたけど、これが原因かな?」


 ミツキが首を傾げて滞在者記録をめくり、照らし合わせる。時期は完璧に符合していた。


「これが原因っぽいな。これ以降、共同論文がなくなっているのも、精霊教会に睨まれるのを嫌った他の研究者に煙たがられたからか」


 バランド・ラート博士も懲りたのか、以後はスケルトンに関する研究からは手を引いたらしく、スケルトンの名前が出てくる論文はなかった。

 代わりに、魔力袋についての研究に切り替えたようだ。

 ここで、スケルトンを調査した結果が活きてくる。

 スケルトンに魔力袋が発生しない理由として、スケルトン自身が魔術を使えるから、としたバランド・ラート博士だったが、歴史上には魔力袋を持った人間が存在したことを調べ出した。

 バランド・ラート博士が引用しているのは古い歴史書の一つだ。


「長い籠城戦で戦い抜いた戦士が魔力袋を体内に持っていた、か」


 周囲を包囲されての兵糧攻めに遭った戦士たちが魔力袋を有していたという記録。それは、魔術が使えるからスケルトンには魔力袋が発生しないという仮説を否定する物だった。なぜなら、人間は魔力袋無しでも魔術を使用できるからだ。

 つまり、魔力袋の発生には魔術が行使可能かどうかが関係ない事になる。

 バランド・ラート博士は人間とスケルトンの違いを内臓の有無として、研究を再開する。

 兵糧攻めに遭った戦士に魔力袋が発生したという記録から、食べ物に原因があるのではないかと考えたバランド・ラート博士は、開拓者から魔力袋持ちの魔物に関しての情報を集め始める。

 同時に、バランド・ラート博士は密閉空間でネズミを窒息死させ、精霊が発生するかどうかの実験も行ったようだ。

 目で見ることができない精霊が存在しない密閉空間を作る事に四苦八苦し、結果的に断念したと研究資料にはあった。

 様々な実験に手を出しながら、バランド・ラート博士の目的は精霊の正体を突き止めること、魔力袋の発生過程の証明、魔力袋と精霊の相関の三つに絞られていく。

 そして、バランドラート博士は精霊が存在しない密閉空間をついに見つけ出す。


「魔術を使用できない動物体内であれば精霊が存在しないのではないか、ね。うん、言いたいことは分かるんだが……」


 これが巡り巡って蛇に行きつくのか、と俺はため息を吐く。ミツキも横でげんなりした顔で資料をめくった。

 バランド・ラート博士は蛇にネズミを食べさせる実験を開始したようだった。

 しかし、当初は蛇の鰓に包帯を巻くことはせずにそのままネズミを食べさせていたため、魔力袋の人工的な発生に失敗したようだ。

 失敗した原因をバランド・ラート博士がいくつか挙げている。その中に、魂に蓄積された記憶が一定の量を超えていなければいけないのではないかという仮説があった。

 ガランク貿易都市近くの隠れ家に残されていた研究資料を見た俺たちにはこの仮説が正解である事が分かる。あの隠れ家では、蛇に食べさせるネズミとして、ある程度の年月を生きていることが条件としてあげられていた。


「記憶の保持量の問題で、生まれたばかりのネズミを食べさせることはしなかったんだね」


 ミツキが資料を見て納得したように頷く。


「この実験は割とまともだよ」


 ミツキが指差した実験内容に目を通す。

 市場で購入した魔力袋で魔術が発動するかを調べるために魔力を流す実験だった。魔力を流す際に性質変化を加えて流し込むと、様々な魔術を発動できることをバランド・ラート博士は確認している。

 研究の結果、人を除く多くの生き物は魔力を外部に放出する能力が欠けているか、やり方を知らないため、魔力袋を得なければ魔術の発動ができない、と結ばれていた。

 これだけでも学会に発表しておいてほしかった内容だ。


「ミツキ、この説を見たことってあるか?」

「ないね。発表されていたら開拓学校の教科書に載っていてもおかしくないのに」

「揉み消されたのか。いや、揉み潰されたならここに資料があるはずないな」

「スケルトンが魔術を使えるって論文を発表したせいで学界からは村八分だったみたいだし、発表を見送ったのかもね」


 ミツキの推理に納得する。


「自業自得なんだろうけど、締まらない話だな」


 魔術で灯した明かりしかないくらい資料室を見回して、俺はバランド・ラート博士に少し同情した。


「ヨウ君、これを見て」


 ミツキが実験資料をめくって目を細め、俺に見るように記述を指差した。

 魔力袋に魔力を流し込む研究の際、バランド・ラート博士は対照実験として性質変化をしていない素のままの魔力を流し込む実験をしていたようだ。

 実験の結果、魔力袋は消失した。

 これは、ガランク貿易都市の隠れ家でミツキが魔力袋を消失させた時の物と同じ手順だ。マッカシー山砦に滞在している間に発見していたのか。

 バランド・ラート博士はこの結果に驚き、いくつかの魔力袋においても同様に素のままの魔力を流し込んだ。どれも消失することになったが、消失するまでにかかる時間は魔力袋の体積とは比例しなかった。

 バランド・ラート博士はここで疑問を抱いたようだ。

 そもそも、精霊はなぜ魔力を欲しているのか、と。

 バランド・ラート博士は蛇の鰓に包帯を巻き、ネズミを食べさせる実験を開始した。これで魔力袋が発生する事を確かめると、今度はネズミの年齢を勘案して蛇に食べさせる実験を開始する。

 数年生きたネズミでなければ魔力袋が得られない事を突き止め、得られた魔力袋に魔力を流し込んだところ、ネズミの年齢が上がるほど魔力袋を消失させるのに必要な魔力量が増えることが判明する。

 いくつかの実験を経た後、バランド・ラート博士は結論を出した。


「魔力袋とは生物体内に取り込まれた魂、精霊が自らを保護するための保護膜であり、保護膜につつまれた精霊は休眠状態に入る。魔力袋を持った生き物が自然界で死亡すると、魔力袋は空気中の魔力を徐々に取り込んで消失し、精霊が解放される、と」

「ガランク貿易都市の隠れ家に住んでいた頃にはもう出生率低下の原因を完全に突き止めてたんだね」

「国には信用されなかったみたいだけどな」


 バランド・ラート博士の出した結論を国は信用せず、バランド・ラート博士は出生率低下の原因を研究する研究者チームから外されることが決まった。

 精霊教会から睨まれた事でかなり信用を失ったらしいが、それ以上に世界的な出生率の低下は魔力袋が魔導核に加工された事によるという事実を認めると様々な分野に影響が出てしまうから認められなかったのだろう。

 大型魔物に対抗できる唯一の兵器、精霊人機だって魔導核で動いているのだ。


「こんなところか。ガランク貿易都市の隠れ家にあった記述を導き出す研究過程くらいしか発見はなかったな」


 基本的に知っている事ばかりという印象だ。

 その時、資料室前の廊下を歩く足音がした。

 俺たちがここにいる事を知られるとまずいため、ミツキと一緒に息を殺す。光の魔術ライトボールも当然消しておいた。

 資料室の扉が開かれ、誰かが足早に入ってくる。


「鉄の獣、いるんだろう?」


 そう言って、自らの顔をろうそくの明かりで照らしたのはワステード元司令官だった。

 俺たちは安心して顔を出す。資料棚の裏の隙間から出てきた俺とミツキを見て、ワステード元司令官は目を丸くした。


「そんな狭い場所に隠れていたのか。大人には無理だな」

「スケルトンの群れから大人三人を救出できるくらい身軽な子供なので」

「その節は世話になった」


 笑い合うと、ワステード元司令官は顔を引き締める。


「正式にマッカシー山砦司令官の任に就くことになった。ボルス奪還作戦の指揮も執る」

「おめでとうございます」

「あぁ、残念なことに、めでたい話だ」


 決死隊でなくても、ボルス防衛戦では多数の死傷者が出た。ワステードもと――司令官には苦い経験だったろう。

 ワステード司令官は俺たちに手を差しだしてくる。


「君たちに助け出されたおかげで、仇も討てるというものだ。ボルス奪還作戦にはぜひ、君たちも参加してもらいたい」


 まだ先の話になるだろうが、とワステード司令官は言い添えた。

 俺はワステード司令官と握手する。


「約束はできませんけど、協力できたら協力します」

「そうしてくれ。ギルドに依頼書を出すことになるだろうからな」


 今回、マッカシー山砦には被害が出ていないため、増援が来ればボルスを奪還するために動けるという。

 しかし、相手が魔術を使用するスケルトンであり、戦術眼も持つ厄介な相手であることを踏まえて訓練期間を設ける予定が組まれているらしい。

 俺たちはしばらくライグバレドの技術祭に出席するため、丁度いい。

 技術祭の事を話すと、ワステード司令官は少し考えてから、口を開く。


「ライグバレドの技術祭か。ライグバレドには新大陸派の軍人が度々訪れていたな」


 お前たちにも話しておくか、とワステード司令官は続ける。


「ホッグス達赤盾隊が戦闘を行ったとみられる跡が森の中で見つかった」

「みられるって、歯切れが悪い言い方ですね」


 赤盾隊の機体は特徴的だ。現場に残っていれば、みられる、なんて曖昧な言い方はしない。

 かといって、精霊人機、それも重武装の赤盾隊機を破壊した後現場から持ち出すなんて面倒な真似を誰がするのか。

 ワステード司令官が首を横に振る。


「現場には激しい戦闘痕があったが、機体はおろか死体さえ見つからなかった。ホッグス達の行方不明は未だ変わらない」

「誰かに襲われたって事ですか?」

「そうなるが、おそらくは魔物だろう。盗賊の類が軍を襲うとは考えにくい上、ホッグス達が負けるとも思えん」


 ミツキが首を傾げる。


「でも、魔物なら機体が残ってないのはおかしいですよね」

「そうだ。ボルスからの撤退も腑に落ちないが、今回の行方不明もおかしな点が多い。ライグバレドでは気を付けるように。君たちはホッグスに目をつけられているのだろう?」


 新大陸派のホッグスに目をつけられているから、新大陸派の軍人が度々足を運んでいたライグバレドでは気をつけろという話か。

 気にしすぎだとは思うが、警戒しておいてしすぎることもないな。


「分かりました。新大陸派に襲われたりしたらワステード司令官に手紙でも送ります」

「あまり無茶はするなよ」


 そう言って、ワステード司令官は資料室を出ていった。

 ミツキと一緒に再びバランド・ラート博士の研究資料を開く。残すところあと数ページだ。一応は読んでおいた方が良いだろう。


「なんだか、きな臭いね」

「ホッグスの動きか。仕組まれててもおかしくないけど、意図がつかめないな。軍法会議が怖くて行方をくらました、くらいの可愛い理由なら良いんだが」


 ミツキと話しながら、バランド・ラート博士の資料をめくって、目に飛び込んできた文章に俺は思わず動きを止める。

 バランド・ラート博士はマッカシー山砦を出る前に実験をしていたらしい。

 密閉した容器の中に魔力袋を置き、魔力を流して精霊を密閉容器の中に解放、更に素の魔力を込めるというものだ。

 結果、密閉容器内から精霊が〝消失〟した。

 消失にかかる魔力量は、魔力袋の形成に使ったネズミの年齢が上がるほどに増えたという。

 このことから、バランド・ラート博士は仮説を立てる。

 ――精霊、つまりは魂が魔力を欲するのは、記憶を消去し、転生に備えるためではないか、と。

 ミツキが俺を見て首を傾げる。


「この仮説がどうかしたの?」


 俺はバランド・ラート博士の研究資料を読み終えて答えがない事を確認した後、ミツキを見る。


「この世界の摂理として、魔力によって魂の記憶がリセットされて転生するのなら、この世界の魂でない俺とミツキはどうなる?」


 答えとして、俺とミツキは前世の記憶を保持して転生していた。



次回更新は十月十九日となります。

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