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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第一章  何故に、彼と彼女は手を離さないか
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第十二話  逃走経路の模索

 手持ちの武器は拳銃一丁と十五発入り弾倉が三つ、内ひとつは装填済み。

 拳銃だと小型魔物は倒せるが、中型や大型が相手では効果がない。


「狙撃銃を整備車両に置いてきたのは痛手だな」

「私も拳銃と弾しかないよ。赤田川君と離れない方がいいと思って、とっさに動いたのがよくなかったかな」


 芳朝も失敗したとぼやいているが、後悔している様子はなかった。

 地下道が土砂で塞がっている以上、俺たちがデュラを脱出するには別の地下道を使うか、二日後までデイトロさんを始めとした回収屋の救出を待つしかない。

 手持ちの武器で二日もの間ギルドの建物に立てこもるのは難しい。大型魔物に嗅ぎ付けられれば建物ごと文字通り叩き潰される。


「別の地下道を探す方がまだ安全か」


 俺は土砂で埋まった地下道に見切りをつけて、背中を預けていた壁から離れた。

 芳朝が立ち上がって、廊下を指差す。


「武器があるかもしれないから探しましょう。蓄魔石を見つければかなり楽になるよ」


 魔力を蓄積できる蓄魔石は魔術師の魔力消費を肩代わりして、戦闘時間を延長させる。

 いまの俺たちが中型の魔物に有効打を与えるには魔術しかないから、蓄魔石があれば生還率は上昇するだろう。

 芳朝の意見に賛成して、俺は建物の奥へ足を進める。


「可能なら、依頼にある資料を見つけて運び出そう。量が多くて運び出せないなら、一纏めにする」


 貸し出し用の武器が収められた部屋を見つけて中に入る。


「剣と槍ばっかりだね」


 芳朝が部屋を見回して落胆する。

 貸し出し用とあるくらいだから、あまり高価な物は揃えていないようだ。借りパクを警戒しているのだろう。借り主が開拓地で死亡してしまう場合もありうる。

 俺と芳朝はデイトロさんたちに武器を扱う素質がないと嬉しくない太鼓判を押されているので、剣にも槍にも興味はない。生兵法は大怪我の基だ。

 一つくらい使える物はないかと部屋をひっくり返す様にくまなく調べたが、結局めぼしい物はなかった。


「つくづく、俺たちはついてないな」

「そんなことないよ。赤田川君はこの私と二人きりなんだからついている方だって」

「ワァ、ウレシイ」


 棒読みで返して、部屋を出る。

 ぞんざいだなぁ、などと愚痴を言いながらついてきた芳朝が、いきなり俺に後ろから抱きついてきた。

 冗談はやめろという前に、芳朝の手に口を塞がれる。


「……耳を澄ませて」


 芳朝に言われて、周囲の音に注意を向ける。

 何か重たい物が断続的に落ちる音が遠くから近付いてくる。

 大型魔物、ギガンテスの足音だ。

 芳朝と目配せして、息を殺す。

 ギガンテスに限らず、大型魔物は中型や小型の魔物を引き連れて移動する。

 建物の中にいる限りギガンテスに直接見つかる事はないだろうが、小型魔物であるゴブリンは簡単に侵入してくる。

 入り口のバリケードは大丈夫だろうか、と見えもしない壁向こうへ目を凝らす。

 しばらくして、ギガンテスたちはギルドの前を素通りしていった。

 遠ざかる足音にほっとして、深呼吸する。


「生きた心地がしないな」

「転生してからずっと死ぬ前と変わらないけどね」

「倒錯してるな」

「人生を歩みながら、転び続けているような。そんな本末転倒っぷりだよね」

「芳朝がいるから起き上がれるけどな」

「マァ、ウレシイ」


 割と本気で言ったのに、棒読みが返って来た。


「……悪かった」

「いえいえ、こちらこそ」


 にっこり笑った芳朝が俺の背中を叩いてくる。

 資料室はどこだろう、と建物を歩き回る。

 二階の階段を上がってすぐ手前の部屋に、資料室を見つけた。

 中に入ってみると、棚にフォルダごとに収められた資料が並んでいる。

 かなりの数があるため、二人ですべてを運び出すのは難しい。


「一階の受付カウンターに運び出そうか」


 デイトロさんたちと回収に来るとしても、わざわざ二階まで上がるのは手間だ。回収中に大型魔物に嗅ぎつけられでもすると一大事である。

 優先順位の高い物を選んで、階段を下りては受付カウンターに積んでいく。

 ほとんどのフォルダを運び終えて残った物の表紙を見ると、引退および除籍者名簿だった。


「これもいると思うか?」


 芳朝に表紙を見せると、棚の残りに目をやった。


「どうせ一回で運びきれる量しか残ってないんだし、持っていこうよ。デイトロさんと合流したら、判断を仰げばいいんだし」

「それもそうだな」


 俺は残りのフォルダに手を伸ばす。

 棚から取り上げた最後のフォルダを取った時、中からばらばらと紙が落ちてきた。

 フォルダの留め具が外れていたらしい。


「悪い、拾うからちょっと待ってくれ」


 芳朝に謝ってこぼれた紙を拾おうとした時、俺は落ちた資料の中に見覚えのある名前が書かれている事に気が付いた。


「――バランド・ラート」


 俺はすぐに手に持っていたフォルダを棚に置き、バランド・ラートの名前が書かれた紙を拾いあげる。

 芳朝が隣から覗きこんできた。


「これ、開拓者の登録書類だよね」

「あぁ、どうやらバランド・ラート博士も開拓者をやっていたらしいな」


 紙には登録者の名前と技能が書かれている。相続者にはギルドが指名されていた。

 だが、新聞報道によればバランド・ラート博士は軍属だったはずだ。民間の開拓者ギルドに登録して仕事をするほどの時間的余裕があったとは思えない。

 軍を辞めてから開拓者として登録したのなら、新聞報道で軍属と紹介されていたのはなぜなのか。

 開拓者として登録した後で軍に入ったとも考えられる。


「赤田川君、紙の裏に履歴が書いてある」

「履歴?」


 芳朝に指摘されて紙を裏返すと、バランド・ラート博士が開拓者として移動した町が事細かに書かれていた。

 マッカシー山砦、大工場地帯ライグバレド、ガランク貿易都市、トロンク貿易都市など、新大陸各地を放浪していたようだ。

 新大陸各地を放浪したバランド・ラート博士は、最終的にこの港町デュラに到着して旧大陸行きの船に乗っている。


「芳朝、要らない紙はないか?」

「書き写すんでしょ。受付カウンターに筆記用具が一通りそろっているのは見たよ」


 準備してくる、と言って一足先に一階に下りる芳朝を見送って、俺は紙をひとまとめにした後、他のフォルダと一緒に一階へ持っていく。

 すでに筆記用具を準備してくれていた芳朝にバランド・ラート博士の登録書類を渡してから、俺は他に関連する資料がないかを探した。

 バランド・ラート博士はデュラで依頼を受けていないようだ。デュラを出たのは八年ほど前、芳朝が五歳だった計算になる。


「芳朝、五歳の時は猫を被ってたのか?」

「その言い方はひどいなぁ。こっちの世界の知識を色々と仕入れていた頃だよ。まだ幼き才媛の片鱗も見せてなかったね」

「それで、バランド・ラート博士は芳朝を見つけられなかったのか」


 当時から異世界の魂を探していたとは限らないが、町ですれ違っていた可能性はある。ままならないものだ。

 バランド・ラート博士の放浪歴の中でおかしな点はまだある。

 マッカシー山砦の滞在日数だ。おおよそ二年もマッカシー山砦で生活していたらしい。

 このマッカシー山砦は軍事施設だ。民間人の枠を出ない開拓者が依頼もなしに長期滞在できる場所ではない。新聞報道では軍属だったはずだから、当時は開拓者と軍人、二足のわらじで生活していたのだろうか。


「どうにも身分がふらふらした経歴だな。精霊研究者で、開拓者で、軍事施設に長期滞在する。何してたんだ、この人」


 バランド・ラート博士の人生の本分がどこにあるのか分からない。もう博士と呼ぶのがためらわれるくらいだ。

 とりあえず、マッカシー山砦に滞在した二年間で何をしていたのかは探った方がよさそうだ。


「書き写し終わったよ」


 芳朝が紙を丸めてポケットに入れながら報告してくれる。

 俺は適当に見繕った椅子に座って腕を組んだ。


「問題はどうやって別の地下道へ逃げ込むかだ」


 思わぬ情報が手に入った事は嬉しいのだが、現在の苦しい状況は何一つ好転していない。

 外は魔物が跋扈していて、万が一戦闘せざるを得ない状況になれば死を覚悟しなければならない。

 考える俺の隣に椅子を持ってきた芳朝が、肩が触れそうなほどの距離で座る。


「ところで赤田川君に質問があるんだけど」

「なに?」


 服の布越しに芳朝の肩の感触が伝わってくる。

 芳朝が体を俺の方に傾け、耳に囁くように落ち着いた声を出す。


「このまま一生、町から脱出できないとして、寂しいと思う?」

「思わないけど、そういう問題じゃ――」


 言いかけて、俺は口を閉じる。

 だが、俺が言いかけた言葉を察したように、芳朝はにんまりと笑った。


「意見が変わってないのならそれでいいの。さぁ、脱出の準備をしましょう」


 上機嫌に笑った芳朝は、ギルドに保管されている町の地図を取り出して、地下道の入り口に丸を付けていく。

 破壊された家のがれきで塞がれた道にバツ印をつけ、最短距離を割り出しているようだ。

 芳朝の浮かべた笑みにため息を吐きながら、俺は最短距離の割り出しに協力する。

 ここから一番近い地下道の入り口は市場にあるらしい。人が多く集まる場所であるからか、地下道は二本あるようだ。

 道を横切るのは最低限にして、民家の窓から窓へ移動することを前提に道順を定める。

 二階以上の建物へ定期的に入って、二階の窓から周囲の安全を確かめる事にして、俺たちは地図を片手に立ち上がった。

 突発的な魔物との遭遇に対処できるよう、俺は拳銃を抜く。

 小さな魔導核が組み込まれたこの拳銃は魔力を流すことで小規模な爆発を内部で発生させ、弾を撃ち出す仕組みとなっている。魔術による爆発であるため煤などが発生しないが、発砲音が大きく威力もあまり期待できない。

 拳銃の中には爆発に指向性を持たせて威力や飛距離をあげたり、発砲音を小さくする魔術を同時展開する物もあるが、高価すぎて手が出なかった。

 銃口を天井に向け、俺はギルドの窓から隣の民家に移る。

 窓を壊して民家に侵入した俺は、部屋の中を素早く見回して安全を確認し、芳朝に合図を送る。

 部屋の入り口で家の中の音に耳を澄ませて魔物の有無を確認する。


「大丈夫だ。次に移ろう」


 慎重に家から家へ移る。

 窓を割るたびに家主に申し訳なく思うが、自分たちが生き残るためだ。


「家主も天国で笑って許してくれるよ」

「そういう黒い冗談は言うなよ。転生して喜びにむせび泣いてるかもしれないだろ」

「その冗談も割と黒いと思うけどね」


 緊張を和らげるための冗談も乾いた笑いしか呼ばないほど、俺と芳朝を取り巻く空気はピリピリとした緊張感をはらんでいた。

 北門でデイトロさんたちが暴れてくれたおかげなのか、町中の魔物の密度は高くない。

 しかし、耳を澄ませば聞こえてくる重量級の足音は次第に北から町の各地区へ移動を始めているようだった。

 目的の地下道がある市場の近くまで来た俺は家の窓を割って忍び込み、二階の階段を探す。

 市場は人が密集するうえ、ここは旧大陸との交易が盛んな港町だ。市場全体がかなり開けた場所になっている。


「あのあたりか」


 地図と見比べて、崩れがかった赤い屋根の家を観察する。

 地図によれば、赤い屋根は病院になっているらしい。


「病院というより迷子預り所みたいになってたけどね。私もお世話になったことあるし」


 芳朝が思い出話を挟んでくる。

 親とはぐれても何とかしてしまいそうな前世の記憶持ちのくせに、何をやっているんだ、こいつは。


「あ、何その顔。私だって迷子を見つけたらお世話くらいするんだからね」

「疑って悪い」

「分かればよろしい」


 話が噛み合っているようで噛み合っていないが、指摘して墓穴を掘ることもないので黙っておく。


「それで、どうするの。入り口におっさん臭い寝相の奴がいるけど」

「さて、どうするかな……」


 芳朝の指摘通り、赤い屋根の病院の入り口にはごろりと寝転んでいるゴライアがいた。体長は四メートルを少し超えたぐらいだろうか。赤黒い肌はギガンテスやゴブリンと変わらないが、肩には丸い傷が治ったような痕があり、それだけが個性を醸し出している。

 魔物の牙か何かが刺さった傷痕だろうか。生々しい傷跡はゴライアを歴戦の勇士のように見せていた。

 あまり戦いたくない相手だ。中型魔物は訓練を積んだ数人が囲んで倒すような相手で、俺と芳朝のようなひよっこが二人がかりで倒せる相手とは思えない。

 せいぜい、北門を塞いでいたゴライアにしたように吹っ飛ばすくらいが限界だろう。

 もっとも、戦闘音で町中の魔物を呼び寄せる事にもなりかねないので、ゴライアを吹き飛ばす案はおのずと除外せざるを得ない。


「もう一つの地下道を使うしかないな」


 幸い、この辺りの魔物はあのゴライア一体だけだ。

 静かに移動すれば、地下道へ忍び込む事も可能だろう。

 俺はもう一つの地下道へ移動するため、芳朝と一緒に一階へ下りる。

 お互い軽口も叩かない。すぐそばに俺たち二人では手に負えない魔物が寝転んでいるのだ。騒げるはずもなかった。

 内側から窓を開け、侵入予定の窓ガラスに魔術で湿らせた紙を丁寧に貼り付けて割る。音は最小限にすませてゴライアに気付かれていない事を確かめて、次の家に移る。

 慎重に慎重を重ねて、今日一日で随分と手際よくなってしまった窓割りをこなす。

 盗賊にでもなった気分だ。

 ゴライアが身じろぐ度にびくびくしながらも、地下道の入り口にたどり着いた俺たちは音が出ないようにハイタッチを交わす。


「それじゃ、さっそく逃げるとしましょうか」


 小声で言って、俺は地下道への入り口に手を掛ける。

 鉄製の入り口はなかなか重たかったが、芳朝と二人がかりでなんとか開ける事が出来た。

 これで脱出できる――そう思った次の瞬間、盛大な爆発音とともに地面が揺れた。


「――はぁ!?」


 慌てて音の出所を探ると、南側で土煙が上がっていた。

 デイトロさんたちの攻撃開始だとしても、あまりにも早すぎる。

 精霊人機の稼働時間は蓄魔石内の魔力量に依存しているが、今朝からの戦闘で消耗しているはずだ。

 デイトロさんが俺たちに宣言した二日後に助けるというのも、蓄魔石に魔力を充てんする時間を見積もっているはずだった。

 だが、南で上がる土煙も爆発音も、明らかな戦闘音であり精霊人機を用いた攻撃だ。生身の人間にはあそこまで大規模な爆発魔術を使う事は出来ない。

 隠密行動を得意とするデイトロさんたち回収屋の仕業にしてはあまりにも音を立てすぎている。

 爆発魔術なんて派手な物を使う理由が何かあるのだろうか?

 いや、違う。

 俺は頭を振って思考を切り替える。

 問題は南で起きた戦闘ではない。

 俺は慌てて赤い屋根の病院前で寝転んでいたゴライアに視線を移す。

 パッチリお目々が俺たちを視界に収めていた。意外とつぶらな瞳をしてらっしゃる。


「赤田川君、悲しいお知らせがあるよ」

「ゴライアがお目覚めになった事か?」

「いいえ、違う」


 芳朝はゆっくりと首を振って拳銃をゴライアに向ける。


「この地下道も埋まってるのよ」


 芳朝に言われて目を向けると、地下道は確かに瓦礫で埋まっていた。

 視線を地下道が続いているだろう方へ向けると、民家が地盤沈下を起こしているのが見えた。


「俺の気分まで沈みそうだ」

「逃げ足だけでも浮かしておきなよ」


 芳朝は言葉を発すると同時に、ゴライアに向けて拳銃を発砲した。


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