第三十話 大工場地帯への招待状
部外者を資料室に入れたと知られるとワステード元司令官の立場が悪くなると考えて、俺はミツキと共に夜を待ってから資料室の扉を開いた。
光の魔術で生み出したライトボールを宙に浮かせながら、小さな図書館並みの広さがある資料室を見渡す。
「新大陸開拓初期から存在する砦だけあって、資料もすごい量だな」
「年代ごとに分けられてるのが幸いだね」
俺たちの目当てはバランド・ラート博士がこの砦に滞在した十七年前から二年間の記録だ。念のために前後の年に何が起きたかも調べておいた方が良いだろうか。
一晩徹夜した程度じゃ終わりそうにないな。
「ミツキは滞在記録を当たってくれ。俺は帳簿を当たってみる」
バランド・ラート博士は国の要請で世界的な出生率減少の原因を探るために集められた研究者の一人としてこのマッカシー山砦を訪れている。
バランド・ラート博士がどのような研究方法を取っていたのかは分からないが、帳簿を見れば研究のために何かを購入した跡が見つかるかもしれない。
十八年前の帳簿を見つけ出し、マッカシー山砦における購入品のリストを暗記してから、各地の研究者が集められた十七年前の帳簿を開く。
「うわぁ……」
各地の研究者が集められただけあって、リストは膨大な数になっていた。薬品の類が主だが、ネズミなど実験動物に加えて化石やフィールドワークで使うと思われる道具類などがある。変わったところでは、旧大陸で生活する各人種から聞き取り調査を行うための渡航費用なんてものがあった。
注文者の名前もきちんと記載されているため、バランド・ラート博士の名前だけを拾って注文品を見ていく。
最初はネズミだった。他の研究者もたびたび注文しているため不自然な物ではないが、ガランク貿易都市近くの隠れ家で見た研究内容を思い出すとげんなりする。
だが、蛇を注文した様子はない。それどころか、ネズミ以外の何かを注文した痕跡がしばらく見つからなかった。
変化が始まるのは研究開始から半年、人口動態調査の年次推移と市場に供給された魔力袋の年次推移の結果を取り寄せてからだ。
ネズミに加えて魔力袋、スケルトンの死骸などが取り寄せられている。
「ヨウ君、バランド・ラート博士の滞在記録を調べてたんだけど、研究開始から半年くらいで頻繁に外出届を出してるみたい」
ミツキが差し出してきた外出願いのファイルにバランド・ラート博士の悪筆でデュラに赴く旨が書かれていた。何枚かめくってみるが、どれもデュラに足を運んだようだ。
「この頃に開拓者登録を済ませたみたいだね」
「フィールドワークの一環で開拓者として活動しながら魔力袋やスケルトンの調査をしたのかもしれないな」
「当時の研究資料を探してみようか?」
ミツキが資料室を見回して「どこにあるか見当もつかないけど」と苦笑した。
「それでも、一通り調べた方が良いな。マッカシー山砦を出る時点のバランド・ラート博士の研究の成果次第で、俺たちの身の振り方も変わるかもしれない」
ミツキが頷いて、声を小さくする。
「魔力袋の生贄の魂召喚、だね」
「そこまで研究が進んでいたとは思えないけど、魔力袋の正体を解明していた可能性はある」
精霊人機に高品質の魔導核が必要な軍にとっては、異世界の魂を少々犠牲にするくらいで強力な兵器が得られるなら良しとしかねない。
すくなくとも、バランド・ラート博士は異世界の魂を魔導核の原料としか見ていなかったのだから。
バランド・ラート博士がマッカシー山砦で取り寄せた購入品の中に蛇を見つけて頬をひきつらせつつ、その晩の調査は終わった。
翌朝、ボルス決死隊の生き残りがマッカシー山砦に帰還した。
三分の一に減った決死隊の中には手や足を失った者も多く、すぐに砦の中で治療が始まった。
十分に準備していた医薬品が足りなくなりそうだと言われて、ミツキと一緒に拠点にしている港町へディアやパンサーを走らせ、購入の目途を付けたりもした。
買い出しを終えた俺たちは砦の外で青羽根や月の袖引くが作っているテント群の一角で白いコーヒーもどきを飲んで一息吐く。
「で、なんでビスティがここに居んの?」
ちゃっかり俺が淹れたコーヒーもどきを飲んでいるビスティを横目に見る。
「いえ、ご相談したいことがありまして」
「相談?」
こくりと頷いたビスティは、ボルス周辺、ガランク貿易都市、さらにテイザ山脈の地図を取り出した。
「テイザ山脈を開拓したら、ボルスとガランク貿易都市の間の流通が活発化すると思うんです。テイザ山脈に開拓村を作れたら、中継地として賑うんじゃないかなって」
ビスティの言いたいことは分かる。テイザ山脈を迂回せずに済むのならかなり物流が活発になるだろう。
だが、テイザ山脈は峻嶮と名高く、車両も精霊人機も越えられない。開拓するなど並大抵の苦労では済まないだろう。
「無茶だと思うけどな」
「でも、鉄の獣さんが調査したテイザ山脈の地図があるじゃないですか。かなり蛇行する事にはなりますけど、森を切り開いて道を作るのは可能じゃないかなって」
ビスティがテイザ山脈の地図を指差し、作りたいという道をなぞる。
いくつかの急勾配があるため、やはり現実的とは言えない。
「何とかなりませんか? 急勾配を乗り越える方法とか。お二人って凄い技術者でもあるんですよね?」
「そんなこと言われてもなぁ」
簡単に急勾配を乗り越えられるならとっくの昔に成し遂げられている。
つまり、この世界にはいまだ存在しない新技術が無ければ不可能だ。
地球でこの手の勾配をどうやって登り切ってたっけ。
道をこまめに切り返して蛇行しながら登る方法はすでにある。というか、今眼下に見えるマッカシー山砦へ至る道がそれだ。
「前世で、近所の資料館で見たことがあるんだけどさ」
ミツキが唐突に日本語で切り出した。もちろん、日本語が分からないビスティはきょとんとしている。
俺はビスティを放っておいて先を促した。
「資料館ってどっかの山の?」
「山というか、鉄道かな。ラック式鉄道って言って、歯車の噛み合わせで急勾配を滑らずに登って行く方法があるって資料館で見たことがある」
ミツキに言われて、俺もおぼろげながら思い出す。
「確かに車両が自力で登れないのなら補助する何かを作ってしまえばいい。ラック式鉄道で運んでしまうのも手だな」
ただ、仮に移動手段ができたとしてもテイザ山脈の中に開拓村を作って魔物に襲われでもしたら大変な事態になる。ほぼ孤立無援になるのだから。
「開拓村を作るとしても、かなりの戦力が必要になる。それを維持するだけの費用もな。経費が掛かりすぎて現実的じゃない」
それに、水の確保も問題になる。戦力を多く必要とするのなら、土地の他に水や食料もある程度自前で用意しなければならない。
何しろ場所が場所だから、魔物の群れにでも襲われて籠城戦になることだって十分にあり得る話だ。
「そんなわけで、無理だと思う」
はっきり断言すると、ビスティは悩む様に地図を見つめていた。
「……このままだと、僕、役立たずじゃないですか」
「まだ活躍できる状況じゃないってだけだろ。テイザ山脈よりも開拓できそうな場所が今まで見つからなかったのか、団長のタリ・カラさんやレムン・ライさんに聞いたらどうだ?」
開拓の最前線を転戦していたというから、どこかに土地があるかもしれない。資金面や運営面で問題があるから諦めたという土地でも、ビスティの持っている新種の植物や香辛料の生育に適した環境だったりするかもしれない。
俺が考えを話すと、ビスティは頷いて立ち上がった。
「相談に乗ってくれてありがとうございました。聞いてきます!」
言うが早いか、ビスティはすぐに月の袖引くの整備車両へ走って行った。
ミツキがビスティを見送りつつ、口を開く。
「ラック式鉄道の件はどうするの?」
「ミツキの名前で特許取っておこうか」
この世界にはまだ鉄道がないが、研究自体はされているらしい。魔導核を使った車両がある以上、実用化するのも時間の問題だ。ラック式の特許を取っておいても無駄にはならない。
コーヒーもどきの入ったカップを傾けた時、ボールドウィンと青羽根の整備士長がやってきた。
「お前たちにもこの招待状が届いてると思うんだが」
整備士長が掲げたのは、大工場地帯ライグバレドで開催される技術祭への招待状だった。
俺はミツキに視線で問いかける。
ミツキは首を横に振った。
「借家に届いてるのかも」
「しばらく帰ってないもんな」
ボルス決死隊が使う医薬品を注文しに港町へ出向いた時に寄っておけばよかったと後悔しつつ、ボールドウィン達を見る。
「それにしても、なんで俺たちに招待状が届くんだ?」
それなんだが、と整備士長は招待状を開いて見せる。
「新型機スカイの展示をしてほしいとさ。可能ならいくつかの技術を公開してほしいとも書かれてる。謝礼も出るらしい」
「スカイの開発者として、俺たちが招待されてるのか?」
ボールドウィンが頷いた。
「こっちの招待状にも書かれてるんだけどさ。お前たち宛てにも招待状は出てるはずだ」
「――青羽根さんにも来たんですか?」
後ろから声を掛けられて、ボールドウィンが振り返る。
「タリ・カラさん? もしかして、月の袖引くにも?」
「ウォーターカッターの展示と実演をしてほしい、と」
「コトもホウアサさんも大人気だな」
ボールドウィンが苦笑しながら俺を見てくる。
この様子だと、俺とミツキが持っている他の幾つかの特許に関しても展示などを求められていそうだ。
ミツキがカップにコーヒーもどきを注ぎながら、口を開く。
「どっちにしろ、ライグバレドには行く予定だったから良い機会だと思うよ」
「それもそうだな」
大工場地帯ライグバレドはバランド・ラート博士がマッカシー山砦を出た後に滞在した町だ。
ワステード元司令官が調べてくれた情報では、同時期に新大陸派の軍人がライグバレドを訪れており、バランド・ラート博士と何らかの関係があった事を匂わせる。
俺の怪我が治るまで開拓者としての活動が出来ない事もあり、戦闘とは無縁のライグバレドに出向くのもいいだろう。
「それじゃあ、青羽根も月の袖引くも、一緒にライグバレドに行こうか」
「というか、コトたちがいないとライグバレドの技術屋連中に質問攻めにされた時、なんて答えていいか分かんないだろ」
ボールドウィンが突っ込んでくる。整備士長はもちろん、タリ・カラさんまで頷いていた。
俺たちのところに来た理由も、ライグバレドに同行して質問に答えてほしかったかららしい。
「それじゃあ、日程の話とかもした方がいいな」
まだ、マッカシー山砦での調べ物が終わってないため、数日後に出発する事で予定を組んでいく。
その時、整備士君に車いすを押されながらベイジルがやってきた。
「少し遅かったようですね」
ベイジルは机に置かれた青羽根や月の袖引くへの招待状を見て笑い、俺たちに招待状を差し出してきた。
「先ほど、鉄の獣のお二人宛てに届けられました。ライグバレドからです」
受け取ってみると、俺とミツキの名前が書いてある。
「なんか分厚いね」
ミツキが青羽根や月の袖引くの招待状と比べて首を傾げた。
中を見てみる。
内容は青羽根たちの物と変わらない。特許品の展示や実演の依頼だ。問題はその数で、魔導チェーンを始めとしてずらりと並んでおり、港町での証言から突き止めたのかカノン・ディアの実演を願うものもあった。
今まで色んなものを開発してきたが、こうして列挙されると如何に自重しなかったかが分かる。
「ラック式の特許もまだなのに、手が足りるかな」
ミツキが困ったように首を傾げて、ボールドウィンやタリ・カラさんをちらりと見る。
苦笑した二人が口をそろえて俺たちの展示に協力を約束してくれた。
俺はベイジルに向き直る。
「紹介状を届けてくれてありがとう。それで、体の方は?」
「命に別状はありません。ですが、見ての通り、もう精霊人機には乗れないでしょう」
笑いながら答えるベイジルには右腕が無かった。足は骨が折れているものの、じきに歩けるようになるというが、精霊人機に乗るのは難しいだろう。
記録には義手をつけて訓練し、精霊人機の操縦士に復帰した軍人の記録もあるが、ベイジルはもう歳だ。訓練して再び戦場に立つよりも退役する方が自然だろう。
「ワステード副司令が、旧大陸の開拓学校へ講師として赴任してはどうかと話を持ってきてくださいましてね。ボルスの地をまた踏む事が出来ないのは悔しいですが、後進を育成する事にしました」
ベイジルはそう言って、デュラの方角を見た。