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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第五章  二人は摂理から外れている
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第二十九話  指揮官不在の砦

 雷槍隊の操縦士二人とワステード元司令官の三人だけとあって、森の中を駆け抜けるのは難しくなかった。

 ディアとパンサーの索敵魔術は最大範囲で起動しており、魔物との遭遇をせずに可能な限りまっすぐマッカシー山砦へ向かう。

 沼や川を避けて進む街道を走るよりも圧倒的に速いが、車両で先に向かっているロント小隊や青羽根、月の袖引くとの合流は望めないだろう。身体強化を使っているとはいえワステード元司令官たちは生身で走っているのだから、贅沢は言えない。

 それに、俺の傷もひどかった。貧血気味で思考がまとまりにくい。

 それでも順調に行程を消化し、丸一日でマッカシー山砦が見えてきた。


「ヨウ君、しっかり!」


 ミツキが俺の肩に手を置いて声をかけてくる。


「もう、ゴールしていいよね?」

「洒落にならないからその冗談はやめて」


 怒られた。

 スケルトンたちは撤退したのか、そもそも追ってきていないのか、姿が見えなくなっている。

 ワステード元司令官がマッカシー山砦を見上げて眉を顰めた。


「妙だな。赤盾隊の姿がない」

「中にいるんじゃないですか?」

「いや、精霊人機は砦の外で運用する物だ。赤盾隊の特殊兵装を考えればなおのこと、外に配置する。別働隊としてどこかに隠し、奇襲か挟撃を狙っているのか?」


 ワステード元司令官は難しい顔で周囲を見回す。

 何はともあれ、マッカシー山砦に着いた以上は俺とミツキの役割もここまでだろう。

 マッカシー山砦前に展開している部隊に青羽根と月の袖引くを見つけて、山を登りながら向かう。

 急勾配を蛇行して走っている道を無視してまっすぐ駆け登るディアとパンサーに、麓を道なりに登ってくるワステード元司令たちが呆れた顔をしている。

 見上げれば、俺たちに気付いて出迎えに出たボールドウィンやタリ・カラさんたちも苦笑していた。

 しかし、山を登り切った俺の姿を見てボールドウィンたちは一斉に青ざめた。


「ちょっ、コト、なんだよ、その怪我!」


 答えようとした俺の前に手を突き出して、ミツキが遮ってくる。

 俺の前に出たミツキが事情説明を後回しにして訊ねた。


「中で治療は受けられる?」

「受けられない事もないけど、お勧めしないな。新大陸派の兵が詰めてる砦だから、指揮官不在ってこともあってかなり揉めてる」


 ボールドウィンが困ったように言うと、タリ・カラさんが進み出てきた。


「月の袖引くの整備車両へいらしてください。簡易的な物ですが、医療器具も備えてます」

「整備車両に?」

「父が団長をしていた頃は、近くに拠点もない開拓の最前線で活動していましたので、よほどの傷でなければ対処できるようになっています。外科的な物に限りますけれど」


 タリ・カラさんに連れられて整備車両に入ると、月の袖引くの医者がすぐに治療の準備をしてくれた。


「応急処置が早かったみたいですね。傷は広いですが、浅い。しばらく安静にしていれば数日で動けるようになるでしょう」


 ここまで丸一日ディアに乗っていた事は口にしないでおいた。

 治療を受けながら、ボールドウィンに話を聞く。


「マッカシー山砦の状況は?」

「避難民はデュラへ送った。いまこっちに近くの町から応援が来てる。ただ、さっきも言った通り指揮官が不在だ」

「ホッグスは?」

「それなんだけど、行方不明になってる」

「どういうことだ?」


 ホッグスはリットン湖攻略隊のうち新大陸派の兵を連れてボルスへ帰還した後、援軍を呼ぶという名目でマッカシー山砦へ出発したはずだ。


「それが――」


 ボールドウィンの話を総合すると、ボルスを出発したホッグス率いる新大陸派の軍はマッカシー山砦を目指して進む途中、二手に分かれたという。

 いち早くマッカシー山砦から救援を呼ぶ目的でホッグス直属赤盾隊の操縦士、整備士を含む百人ほどの部隊が他の部隊を置いて速度を上げ、マッカシー山砦へ先に向かったらしい。

 しかし、新大陸派の部隊がマッカシー山砦に到着した時にはホッグスと赤盾隊はまだ到着しておらず、マッカシー山砦は指揮官の行方不明で大混乱に陥った。

 暫定指揮を執れるほどの高級将官はおらず、暫定指揮官の椅子を巡って各中隊長が喧々諤々の会議を続けることになる。

 捜索隊も出されたが、ホッグス達赤盾隊の行方は知れず、会議を続けている内に日が経ち、ボルスからの避難民が到着してしまう。

 避難民を護衛してきた部隊や、ギルドの職員の話からボルスの惨状が伝わると、暫定指揮官の座に加えて誰がボルス救援部隊という貧乏くじを引くかで中隊長たちが睨み合いを始める。

 何一つ決まらないまま、ついにロント小隊長たちが到着する。

 だが、ベイジルを決死隊としてボルスに残し、ワステード元司令官も街道上の戦いで殿に残ったため生存は絶望的、指揮を執るものがいなかった。

 階級が最も高い雷槍隊の副隊長が暫定指揮官に収まる事になったが、新大陸派の兵たちの猜疑心が強すぎるため組織的な戦闘は難しい有様だという。


「コトたちがワステード副司令官を連れてきてくれて助かった。マッカシー山砦で敗走しようもんなら、デュラ含めて周辺の村も町も壊滅しかねないからさ」

「怪我してでも助け出した甲斐があったって事か」


 話しているうちに、外が騒がしくなってきた。

 ワステード元司令官が道を登り切ったらしい。

 新大陸派が素直に従うとは思えないが、それでもワステード元司令官なら上手くやるだろう。

 ミツキが俺の顔を覗き込んでくる。


「眠くない?」

「眠い。けど、まだ寝るわけにはいかないだろ」

「誰か来たら私が追い返すから、寝ていいよ。膝枕してあげようか?」


 ミツキが自らの太ももを軽く叩きつつ笑みを浮かべると、月の袖引くの医者が口を挟んできた。


「背中を切ってるから、仰向けで寝るのはお勧めしない。うつ伏せで寝るといい」


 膝枕でうつ伏せ寝って……。

 ミツキと見つめ合って無言のやり取りをしていると、医者がにやりと笑って続けた。


「彼女の太ももに顔を埋めて寝る大義名分を得られる機会なんて、金輪際ないだろう。楽しめよ」


 さすがにハードルが高すぎるので遠慮した。

 月の袖引くの整備車両のベッドを借りて横になる。枕元に椅子を引き寄せて座ったミツキが俺の様子をちらちら見ながら読書を開始した。

 整備車両の外では兵士たちが行きかう物音が聞こえる。時々、月の袖引くの団員がやってきて今の状況を教えてくれた。

 ワステード元司令官は暫定指揮官としてすぐに動き出したらしい。

 着々と部隊の配置が決まり、防衛体制が整い始めた。

 近隣からも精霊人機を始めとする戦力が到着し、戦力も増している。

 専用機が雷槍隊機の一機しかないのが苦しいが、スカイやスイリュウの修理も完了しつつあるうえ、魔力も十分に確保してある。

 ボルスでの防衛戦とは違い、今回は甲殻系魔物がいないのも大きい。

 俺たちがマッカシー山砦に到着して二日目の昼、大型スケルトン三体が率いる群れがマッカシー山の麓に現れたと報告があった。

 居ても立ってもいられず、俺もベッドから出て麓を見下ろす。

 魔物の接近に気付けるように五メートルほどの高さで切り揃えられた木々が山の斜面に沿って森として広がっている。

 マッカシー山砦へと登る街道上に、スケルトンたちの姿があった。両手ハンマー、四重甲羅、弓兵、大型スケルトンもそろっているようだ。

 スケルトンたちはマッカシー山砦を見上げるだけで動く気配がない。

 にらみ合いを続けていると、大型スケルトン三体が揃って顎をカタカタと慣らし始めた。

 続いて魔術スケルトンたちが顎を鳴らすと、通常のスケルトンたちが続く。

 ついに攻めてくるかと軍が身構えた矢先、大型スケルトン三体がマッカシー山砦に背を向けて、来た道を戻り始めた。

 顎を鳴らしながら戻って行く大型スケルトンに魔術スケルトン、通常スケルトンが付き従い、マッカシー山砦から遠ざかっていく。


「撤退するみたいだね」


 ミツキがスケルトンたちを見送りながら呟く。


「今回は敵情視察で、本格的に攻めるのは夜って事も有り得るけどな」


 追撃したいところだが、まだスケルトンたちと正面から戦えるほどの戦力はそろっていないため、見送るしかない。


「それにしても、魔物のくせに砦を見て撤退するんだもん。やっぱり頭が良いよね」

「ボルスでの戦闘で、拠点は簡単には落とせないって学習したのかもしれないな」


 その後、俺の懸念をよそに、夜になってもスケルトンたちは現れなかった。

 朝を迎えてスケルトンたちの動向を探るべく偵察部隊が出されたが、近隣には姿が見えないらしい。

 俺たちがマッカシー山砦に逃げ込んでから六日が立つ頃、ワステード元司令官から司令部へ呼び出された。

 俺の傷もだいぶ癒えていたため、ディアに乗って砦の中の司令部に顔を出す。


「来たか」


 出迎えたワステード元司令官は山積みの書類に印を押しながら、俺とミツキを一瞥した。着実に防衛戦力を整えながら、リットン湖攻略の失敗やボルスの陥落についての報告を各所に伝達しているらしく、大忙しらしい。


「俺たちを呼び出すなんて、どうしたんですか?」

「依頼の報酬の話だ。バランド・ラート博士の情報と、殺害したと思われる容疑者ウィルサムについて。前者の資料がマッカシー山砦内で見つかった。君たちに資料室の鍵を貸しておく」


 ワステード元司令官が目配せすると、雷槍隊の副隊長が鍵を差し出してきた。

 鍵を受け取って、俺はワステード元司令官を見る。


「他にも用事がありそうな空気ですね」

「……スケルトンたちがボルスを根城にしていることが判明した」


 ワステード元司令官の言葉に、やはり、と思いつつ訊ねる。


「情報元は?」

「決死隊としてボルスに残っていた兵の一部がマッカシー山砦近くの村へ逃げ込み、知らせてくれた」

「生き残りがいたんですね」

「幸いにも、な」


 ボルスの決死隊の生き残りは外部への避難用の地下通路に立てこもり、息を潜めてスケルトン種をやり過ごした後、脱出したらしい。

 ギガンテスたち人型魔物に襲われたデュラから逃げ出した避難民が通っていた地下通路を思い出す。新大陸の町にはどこでも避難経路が用意されていると聞いていたが、ボルスも例外ではなかったらしい。


「……生き残りの中にベイジルはいますか?」


 生死不明だからと考えないようにしていたが、ボルスから生き残りが帰って来たのならば何らかの情報を持っているはずだ。

 ワステード元司令官は初めて笑みを浮かべた。


「君たちの呪いとやらが効いたようだ」



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