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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第五章  二人は摂理から外れている
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第二十七話  街道防衛陣地の戦い

 決死隊を残してボルスを発った俺たちは、マッカシー山砦とボルスを結ぶ街道を三分の一ほど進んだ場所で停止していた。

 時刻は深夜を回り、遠くボルスの物と思われる戦闘音が響いている。

 日が落ちるとともに降り出した雨は誰かが流した涙のように地面を濡らしている。

 街道に作られた簡易的な防衛陣地へ的確に兵士を割り振ったワステード元司令官は、何故か俺たちのそばでボルス方面を見つめていた。


「開拓者をうらやましいと思った事は今までなかったよ」


 ワステード元司令官が呟いて、ボルスの戦闘音に耳を澄ませる。


「幼少から規律ある軍に憧れていた。規則に縛られる事が億劫になった事もなかった。命令をこなし、巨大な軍という組織の目的達成に貢献するのが性に合っていたのだろう。だが命令を出す側になると、これほど生きづらい立場だとは思わなかった。……私は出世しすぎた」


 自嘲気味に笑って、ワステード元司令官は軍帽を目深にかぶり直した。


「青羽根の団長、ボールドウィンといったか。開拓学校卒業後、軍に所属せず開拓団を立ち上げたらしいね。彼は賢明だったよ」


 そう言い残して、ワステード元司令官はボルスに背を向け、整備車両へ歩いて行った。

 さんざん愚痴をこぼしてから立ち去るとは、相当参っているらしい。

 ワステード元司令官でなくとも、兵士は誰しも気落ちしている。士気は最低だ。

 それでも、この地点で夜明けを待たなくてはならない。これ以上進んでしまうと、先に避難したボルスの住民に追いついてしまう恐れがあった。

 ボルスの戦闘音が激しさを増す。おそらくは大型スケルトンが放ったものだろう大火球が雨空へ斜めに進んで行って掻き消えた。

 兵士たちが祈る様にボルスの方角を見つめている。


「……ミツキ、索敵に出よう」

「少し早いけど?」

「ここだと息が詰まる」


 俺はディアを起動させて、索敵に出発した。

 ミツキもパンサーに乗ってついてくる。

 超大型魔物から逃げてきた甲殻系魔物が散発的に襲ってくるが、索敵に引っかかっている以上闇夜でも奇襲されることはない。

 ぐるりと周囲の索敵を終えて問題がない事を確認し、防衛陣地へ戻る。

 この防衛陣地付近にスケルトン種がいないという事は、ボルスに残っている決死隊が戦い続け、食い止めている証拠ともいえる。

 沈んだ雰囲気の防衛陣地を横切って持ち場に戻る。

 ボルスから届く戦闘音は夜明け頃になって唐突に止んだ。

 ボルスに残った決死隊は、生き残っていれば早朝を待って街道上を撤退してくるはずだ。

 もしもボルスの決死隊が防衛に成功したのであれば、最初にこの防衛陣地にやって来るのは車両だろう。

 逆に、防衛に失敗したのであれば、やって来るのはスケルトン種の可能性が非常に高い。

 全体に緊張が走る中、日が昇って街道が照らしだされる。

 街道上に、動くモノはない。人も、車両も、魔物の姿もない。

 じりじりと焦燥感に苛まれながら、ただ待ち続ける。

 不意に、足音が聞こえた。

 人の物ではない、質量の大きな足音だ。

 同時に、街道上にそれが姿を現す。

 真っ白の頭蓋を晒し、精霊人機の遊離装甲を身に纏う、両手にハンマーを持った大型スケルトン。

 大型スケルトンの足元には取り巻きらしきスケルトンが歩いている。

 街道上に大型スケルトンが姿を現した瞬間、防衛陣地に暗鬱な空気が漂う。

 ボルスの決死隊が全滅したと判断して、ワステード元司令官が全体に指示を出した。


「昼までこの防衛陣地で凌ぎきる。総員、心してかかれ」


 スカイ、スイリュウが各々の武器を構えて森を切り開いた広場で戦闘態勢を整えた。

 後方で雷槍隊機が二機、駐機姿勢で待機している。

 ワステード元司令官専用機ライディンガルを除いて雷槍隊機は全部で五機存在したが、一機は操縦士がロント小隊の生き残り機体に乗り、二機の雷槍隊機と共に決死隊として残っている。つまり、ここには雷槍隊の操縦士二名と機体が三機しかない。

 今後の撤退戦を考えて全戦力を投入することができず、この防衛陣地で主に戦闘を請け負うのは開拓団の機体だ。

 両手ハンマーの大型スケルトンが顎を打ち鳴らす。カスタネットのような音が響き渡ると、取り巻きのスケルトンたちも同じように顎を打ち鳴らして唱和した。

 大型スケルトンが顎を閉じた瞬間、ボルス方面から似たような音が響いてくる。


「遠方の仲間と連絡を取ったか。つくづく知恵が回るようになってるな」


 対物狙撃銃のスコープで大型スケルトンの眼窩を覗き見る。

 これまでと違って日の光の中ならばスケルトンの頭蓋の中にいる白い人型を確認できるかもしれないと思ったのだ。

 しかし、体長十メートルを超す大型スケルトンの頭蓋は大きく、日の光が内部まで届いていない。この距離では確認する事も出来なかった。


「素直に魔術スケルトンの数を狙撃で減らしていくしかないね。私が目標を指示するよ」

「頼んだ」


 俺たちが安心して狙撃できるように作られた分厚い土嚢の裏から、魔術スケルトンの頭蓋骨の中へ銃弾を飛び込ませる。

 相変わらずアップルシュリンプの甲殻で頭を覆っている魔術スケルトンたちだが、日の光の下では眼窩を狙うのも難しくない。

 俺以外の何人かの狙撃兵もうまく頭蓋骨の中に潜んでいるだろう白い人型を撃ち殺せている。命中精度は相変わらず低いが、変なところに当たる分、魔術スケルトンたちも狙撃兵の位置を割り出せなくなっており、ちょうどいい攪乱になっていた。

 淡々と魔術スケルトンを処理していると、焦れたように両手ハンマーの大型スケルトンが動き出す。

 だが、両手ハンマーの前にスカイが立ちふさがった。

 スカイと向き合った両手ハンマーが唐突に上半身を右へ逸らした。

 明らかに隙を生んでしまう両手ハンマーの動きの意図がつかめず、スカイが身構えた瞬間、森から新たな大型スケルトンが立ち上がった。

 匍匐前進をするように森の中を進み、今まで姿を隠していたのだろう。スケルトンと人間との戦闘音に紛れて移動する際の音が聞こえてこなかったようだ。

 スカイが対応しようとした直後、新手のスケルトンが掲げた武器を見て兵の間に動揺が走った。

 大型スケルトンが掲げたのは、大型魔物の腱を弦にした長さ六メートルを超える長大な弓だ。

 それはベイジルが操る弓兵機アーチェの専用武器。

 大型スケルトンが弦を引き、ロックジャベリンの矢を番える。やはり、学習能力が異様に高い。

 しかし、放たれた石の矢はスカイではなく全く見当違いの森の中へ飛んでいった。

 アーチェと戦い、武器を奪う事は出来てもベイジルの技量を奪うことまでは出来なかったのだろう。大型スケルトンが立て続けに二本の矢を放つが、こちらの損害はない。

 だが、兵士に与えた心理的な影響は計り知れなかった。

 ベイジルだけが扱う特殊機体アーチェの代名詞ともいえる長弓を大型スケルトンが持っているという事実が、否応なしにボルスに残った決死隊の最期を想像させたからだ。

 意気消沈した兵士たちにトドメを刺す様に、街道上をボルスからやって来る別の大型スケルトンが現れた。

 規格もばらばらの遊離装甲を身に纏ったその大型スケルトンは右手にタラスクの甲羅を四重に浮かせている。


「なんで、アイツがまだ出てくるんだよ!」


 前線の兵士が叫ぶ。

 雷槍隊の連携で打ち取られたはずの四重甲羅を扱う大型スケルトンの登場は、兵士たちに終わりのない戦いを予期させ、心を折っていく。

 俺は後方のワステード元司令官を見る。すでに専用機ライディンガルに乗っているが、出撃できずにいる。兵士たちに動揺が走っているこの状況で迂闊に指揮官が前に出てしまうと、恐怖に駆られた兵士が逃げ出してしまう恐れがあるからだ。

 四重甲羅の大型スケルトンの頭蓋骨の中にいた白い人型を取り逃がしたツケが最悪の形で返って来た。

 弓兵大型スケルトンの前に立った四重甲羅が防御姿勢を取る。おそらくはボルスでベイジル率いる決死隊がとった戦術の模倣だろう。

 弓兵の命中率が低くとも、万が一当たると致命的な損傷を負う以上、スカイやスイリュウも警戒しなくてはならなくなる。

 魔術を使わないスケルトンは相変わらずばらばらに突っ込んでくるだけだが、タフな上に頭蓋骨を破壊されない限り仲間の屍から必要な骨を自らに組み込んで平然と復活してくるため、歩兵たちが徐々に押され始めている。

 簡易的な防衛陣地では長期間の防衛戦は到底不可能だ。現在の士気では昼まで持つかどうかも怪しい。

 雷槍隊の二機が立ち上がり、戦闘へ加わった。

 両手ハンマーと四重甲羅がスカイ、スイリュウ、雷槍隊機を相手取って戦う中、後方の弓兵大型スケルトンが命中しないまでも牽制としては抜群のタイミングで矢を放ってくる。

 防衛陣地の最前線が突破され、歩兵が白兵戦を始めた時、ワステード元司令官が随伴歩兵部隊を投入した。

 リンデたちの部隊だ。

 経験の浅い若い兵士ではあるが、随伴歩兵を務められるほどには戦闘力のあるリンデたちが最前線に投入された事により、順調に歩兵が撤退し、防衛陣地を一つ後方へ下げることに成功する。


「リンデたちもやればできるのな」

「裏切りとかね」

「言ってやるなよ。いまは警戒するだけでいい」


 リンデたちはボルスではなくマッカシー山砦の所属だ。ベイジルとの繋がりも薄く、決死隊に知り合いもいないため士気があまり下がっていない。だからこそ、ワステード元司令官も予備戦力として温存していたのだろう。

 街道上の防衛陣地を使ってスケルトン種の侵攻を抑えながら、少しずつ後退する。

 早朝ならともかく、日も昇り切った今になってもスケルトンたちは撤退の気配を見せない。終わりのない戦いを続けるうちに軍の士気は下がっていく。

 ギリギリの均衡を保ちながらの緩やかな撤退。予断を許さない状況ながら、表面上は計画通りに足止めと撤退を両立させていた。

 だが唐突に、大型スケルトンたちが戦術を変え、均衡を崩しにかかった。

 弓兵大型スケルトンが狙いを精霊人機から一般歩兵に切り替えたのだ。

 広がって陣を敷いている歩兵たちに対してならば、多少狙いがそれても別の歩兵に当たる上、長さ六メートルの長弓から放たれる石の矢は地面を穿って周囲の歩兵をまとめて殺傷させる威力がある。

 狙いに気付いた瞬間、雷槍隊の二機が弓兵大型スケルトンが放つ矢を槍で捌くために立ち位置を変える。穴を埋めるようにスイリュウとスカイが動くが、魔力の消費量の問題で派手な立ち回りができず、押され始めた。

 後退の速度が上がり始める。

 精霊人機と大型スケルトンの攻防に合わせた撤退に大きさの違う歩兵たちが歩調を合わせる。しかし、精霊人機たちの戦闘範囲は広く、歩兵たちの移動距離も広くなる。

 自然と、疲労の蓄積が早まり、一か所で抵抗する時間も短くなり始めた。

 スケルトン種の撃破数が極端に下がると同時、交戦時間と移動時間の差が広がり、全体の足並みが乱れる。

 もはや、全体の状況を理解できているのは狙撃手として後方にいる俺と観測手のミツキ、指揮を執っているワステード元司令官くらいのものだろう。

 しかし、ワステード元司令官は矢継ぎ早に指示を出しながら軍の統率を維持し続けている。ロント小隊長を含めて各部隊の隊長も、リットン湖での戦いを生き延びただけあって現場判断を正確にこなしている。

 太陽が中天に差し掛かる。全面的な撤退を許される時間だ。

 今頃はボルスの避難民もマッカシー山砦に到着しているはずである。

 俺は狙撃を続けながら、ワステード元司令官の撤退指示を待つ。

 負傷兵を乗せた整備車両が走り去った時、ワステード元司令官の乗る特別機ライディンガルが戦闘態勢を取った。


「後の指揮は任せる」


 ワステード元司令官が拡声器越しに指揮権を移譲すると、整備車両にいた雷槍隊の副隊長が頷き、敬礼した。整備車両に副隊長が乗っているということは、いま雷槍隊機に乗って戦闘している二人のうちのどちらかは予備の操縦士だろう。

 他の雷槍隊機よりも一回り大きいライディンガルが動き出したことに、大型スケルトンたちが警戒したように動きを止める。特に、四重甲羅は慎重に後退し間合いを計っているようだ。


「みな、よく耐えた。後はマッカシー山砦まで逃げ切るだけだ。この場は私が引き受ける。雷槍隊機は私と共にここに残れ」

「了解」


 二機の雷槍隊機の拡声器から放たれた声が重なる。

 各部隊が撤退を開始する。

 部隊長がライディンガルの横を通る度、ワステード元司令官は声をかけていた。


「――ロント、お前は部下を生かす事に長けている。出世しろ」


 どれも短い言葉ではあったが、部隊長たちは最敬礼を返し、街道をマッカシー山砦方面へ向かい、速度を上げていく。

 前線で団長が戦っていた青羽根と月の袖引くも雷槍隊に後を任せて整備車両へ乗り込んだ。


「青羽根、月の袖引く、ここまで共に戦ってくれて感謝する。君たちの未来が明るいものであることを祈る」


 二つの開拓団の整備車両を追い駆けようとしたスケルトンを槍の一振りで薙ぎ払い、ワステード元司令官が乗るライディンガルが俺たちを見た。


「依頼の報酬を渡せずじまいだったな。調査はさせていたのだが、すまない」

「そう思うなら、生き残ってくださいよ」


 ライディンガルに向かって言い返すと、ワステード元司令官は口を閉ざした。

 ミツキが俺の服の袖を引っ張る。


「そろそろいかないと」

「……そうだな」


 俺はミツキと共にワステード元司令官や雷槍隊の二機に見よう見まねの敬礼をして、戦場を後にする。

 街道をディアに乗って走りながら、俺は併走しているミツキに声を掛ける。


「俺、趙雲とか好きなんだ」

「長坂の戦いとか?」

「まさにそれ」


 ミツキを見ると、笑って森を指差していた。


「行こっか」


 俺は笑い返して、街道を逸れ、ミツキと共に森へ飛び込んだ。



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