第二十六話 決死隊への置き土産
超大型が撤退したことで、ボルスはひとまず安全となった。超大型が甲殻系魔物を蹴散らして腹に収めてくれたこともあり、中型、小型の魔物も含めてボルスの周辺には魔物のいない空白地帯が形成されている。
俺はミツキと共に崖を下りて、月の袖引くや青羽根と合流する。
「撤退してくれるとは思わなかったな」
ボールドウィンが駐機状態のスカイの足に背中を預けて座り込み、呟く。疲労困憊と言った様子で、青羽根の整備士長が投げ渡した濡れタオルを顔面でキャッチしている。
同じく駐機姿勢を取ったスイリュウの足元に座ったタリ・カラさんもタオルで汗をぬぐっていた。
「仕留めそこないました。申し訳ありません」
タリ・カラさんが頭を下げるが、相手が悪すぎただけでタリ・カラさんに落ち度はない。むしろ限られた魔力しかない中でギリギリの戦いをして生き残った事を称賛されるべきだろう。
ひとまず危機は去ったという事で、俺たちは倉庫へ戻る。これからの撤退戦を見据えて精霊人機の整備や車両への魔力補充などを行わなければならないからだ。
ディアとパンサーもメンテナンスをしなければ危ない。
倉庫に入ると、各員が分かれて作業を始める。
俺もミツキと一緒にディアとパンサーの洗浄や摩耗した部品の交換を始めた。
「パンサーの魔力とディアの魔力を折半しておく?」
「そうしておこうか。どちらにせよ、カノン・ディアは撃てないだろうけど」
ミツキの提案に乗って、パンサーとディアの魔力を均等になるように割り振る。
摩耗した部品の中には既製品を改造したものも含まれていたため、交換には時間を要した。設備が整っている港町の貸家であれば、予備部品もあって三十分ほどで終わる作業だが、ボルスではそうもいかない。
まだ使える部品は労わりつつ使う事にして、今できる精いっぱいのメンテナンスを終えた。
最終チェックをしていると、倉庫に整備士君が訊ねてきた。
「鉄の獣、伝令と……頼みがある」
「伝令の方を先に聞かせてくれ」
頼みの方は予想がつくし。
整備士君は倉庫に入ってきて、伝令の内容を口にする。
「魔物を撃退したものの、スケルトン種が夜に来襲する可能性もあるためボルスの放棄は予定通り行うそうだ。すでに軍も撤退を開始している。各開拓団も撤退の準備が整い次第、出発してほしいとの事だ」
「了解。それで、頼みの方は?」
水を向けると、整備士君が頭を下げる。
「ベイジルさんを助け出してほしい」
「無理だ」
決死隊に残ることが決まっているベイジルは、階級や人望などを勘案して現場の指揮を執ることになっている。
つまり、ベイジルが生きて帰ってくるとすればボルスで明日の朝まで生き残り、他に生き残った決死隊と共に緩やかに撤退して先に撤退した友軍に追いつく他にない。
甲殻系魔物はあらかた消えたが、スケルトン種はまだ大型が残っている。他にも大型スケルトンの別個体が潜んでいる可能性もあり、今晩の戦闘は苛烈な物になるだろう。
「悪いが、これからボルスは激戦区になる。俺たちの実力では生き残れない」
すでに魔力の余裕はなく、弾薬に関しても軍から提供されたものを使用している有様だ。
俺たちの体力的な問題もある。
整備士君も答えが分かっていたのだろう。肩を落とすだけで何も言わなかった。
「ベイジルは何か言ってたか?」
俺の質問に、整備士君は首を振る。
「何も、言ってなかった。ただ、いつの間にかガレージから姿を消していた。多分、墓場にいると思う」
「らしいと言えばらしいのかもな」
壊滅した弓兵機部隊の操縦士たちの墓にお参りするベイジルの姿が容易に想像できる。
ミツキが長い黒髪を人差し指でクルクルとまわして弄りながら、ため息を吐く。
「死んでほしくないならそう言えばいいでしょ。少なくとも無理をすることはなくなると思うし」
「なんなら、呪っとくか。絶対に生きて帰らなくちゃならない様に」
「お、おい、なんだよ、その不穏な計画は」
整備士君が突っ込みを入れてくる。
別に、わら人形に五寸釘を用意したりはしない。
ミツキが面白そうに身を乗り出してくる。
「どんなふうに呪うの?」
「計画を話す前に、ちょっと人を集めるか」
俺は整備士君を振り返って、決死隊に友人などがいる者を集めるよう頼む。
走って行く整備士君を見送って、俺はミツキに計画を話し、準備を頼む。
ミツキは楽しげに笑って、頷いた。
「ボルスを守るか、守れなければ昔の仲間みたいに死のうと思ってるだろうベイジルにはちょうどいいお灸だね」
準備すると言って、ミツキはパンサーにひらりと飛び乗った。
「ヨウ君はワステード元司令官に許可取っておいてね」
「任せろ」
ミツキを見送って、俺もディアに飛び乗り、ワステード元司令官がいる司令部へ向かう。
見張りの兵士はあまりいい顔をしなかったが、俺とミツキの戦果も知っているため無碍にはできず、ワステード元司令官へ取り次いでくれた。
俺が司令部に入ると、司令室ではなく一階の休憩室へ通された。
ワステード元司令官は雷槍隊の副隊長と共に書類の整理や破棄を行っている。
書類を分別しながら、ワステード元司令官は俺をちらりと見る。
「悪いが、あまり時間が取れない。このまま話を聞かせてもらう」
「構いません。大した話でもないので」
「……大した話でもないのに、君が一人で訪ねてきたのか?」
意外そうな顔をするワステード元司令官に苦笑しつつ、計画を話す。
すべて聞き終えると、ワステード元司令官より先に副隊長が反応した。
「意地の悪い事を考える奴だ。決死隊は思い残すことなく逝かせてやるべきだろう」
「それじゃあ、困るでしょう。決死隊だからといって死なないといけない道理はない。だから呪ってやるんです。死にたくないと思うくらいに。たとえ、おせっかいでもね」
俺が副隊長に言い返すと、ワステード元司令官が笑う。
「良いだろう。しっかりと呪ってやってくれ」
「では、呪いの品を作ってきます」
休憩室を出て、俺は司令部前に停めていたディアに跨り、兵舎へ向かう。
すでに整備士君が集めた決死隊を呪う会のメンバーにミツキが計画の概要を説明していた。
俺を見つけた整備士君が手を振ってくる。
「ワステード副司令官からの許可は?」
「取れたよ。しっかりと呪ってくれとさ」
ミツキが服の袖をまくりあげる。
「それじゃあ、最後の晩餐だと思った? 残念、生きて帰ってきたらもっとおいしい物を食べさせてやるからな計画を始めよっか」
「なんだその無駄に長い計画名。俺そんな名前付けてないぞ」
まぁ、いいけどさ。
計画の内容はいたってシンプル。決死隊として残る兵士と仲の良かった者達によるお手製の弁当を残してボルスを発とうというものだ。
このボルスで死んでも構わない、なんて思っている英雄気取りたちに、戦友を思い起こさせ、生きて帰ってきてもらおうという意地の悪い計画である。
「手紙の文言は湿っぽくならないように注意してね」
弁当に添えておく手紙は各自に書いてもらう事にして、書き終えた者から弁当作りに入ってもらう。
献立はミツキと俺で考えたが、思い出の品がある者には追加で作ってもらう。
冷めても美味しく頂けるように、弁当文化の伝道師ミツキと俺が短時間に練り上げた献立は、油は控えめながら肉をメインに据えて活力が得られるようになっている。
ハンバーグに食欲をそそる辛みの利いたスパイスを練り込み、薄味のソースに浸して味をなじませる。弁当箱を開けた時、ソースが他のおかずに絡んでしまう悲しい事故を経験則で知っている日本人だからこその工夫である。
ソースを別に用意する方法もあるのだが、かさ張る工夫は弁当の神髄から外れているとしてミツキが断固拒否した。
ソースを染み込ませてしまう分、ハンバーグに味のメリハリがつかず食べている途中で飽きてしまう事態を防ぐため、ハンバーグの中心付近にはチーズを仕込む念の入れようだ。
アップルシュリンプの身で作ったはんぺんと数種類の野菜でサラダも作った。長イモがないため片栗粉で代用したが、アップルシュリンプの身の弾力のおかげで前世の知識にあるはんぺんとは違った食感の物が出来上がったものの、美味しいので問題ないだろうと割り切る。
その他数種類の料理を作って弁当箱代わりのお椀に蓋をして、食堂においておく。きちんと名札をつけておけば完成だ。
整備士君がベイジル用の弁当を食堂において、手紙を添える。
「ベイジルさん宛ての手紙の内容はこれでいいと思うんだが」
不安そうな整備士君に断りを入れて、ベイジル宛の手紙を読む。整備士君その他、何人もの名前が寄せ書きのように書き連ねられていて、中央に必ず帰ってきてくださいと意外なまでの達筆で大書してあった。
ベイジルには結構な効果があるだろうが、それでもまだパンチ力に欠ける。
思うに、この手の手紙は如何に相手の心へ強烈な一撃を加えるか、またその一撃の威力がどれほど長く続くかで価値が決まる。
よし、ベイジルの心を鷲掴みにしつつ捻り潰すくらいの威力が出せる文言を考え着いた俺も一筆したためておこう。
「ミツキ、ベイジル宛に手紙を書こうぜ」
「ヨウ君ったら素敵な笑顔をしてるね」
ぐっと親指を立ててくるミツキに、俺も笑顔で親指を立てて返す。
整備士君がドン引きしていた。
「お前、本当にベイジルさんを呪う気じゃないだろうな?」
「呪うさ。ベイジルはもちろん、決死隊も全員生かして帰ってこないといけないぐらい、強烈に呪う」
手紙の内容はかなりシンプルだけど、ベイジルには何よりもキツイはずだ。
俺はミツキと連名でベイジル宛の手紙をしたためる。中身は整備士君にも見せず、ベイジルの弁当の上に置いた。
勘違いした英雄予備軍より、後悔を込めて。そう綴った手紙だ。
ヘケトの群れに襲われる弓兵機の仲間を見捨てて戦場から逃げた事を後悔していた勘違いの英雄ベイジルに、この手紙は強烈な毒を盛る。
さぁ、生きて帰ってこなければ、決死隊を残してボルスを出た軍人がみんな昔のベイジルみたいになるぞ。
俺は食堂を出て、ボルスを撤退する部隊へ向かう整備士君たちを見送り、ディアに跨る。
ミツキがパンサーに乗って俺の隣に並んだ。
「ベイジル、生き残るかな?」
「さぁな。スケルトン種だけが相手だとしても、激戦になる。市街戦を想定した部隊ならともかく、ほとんどはリットン湖周辺の湿地帯に合わせた装備だからなおさらな」
だが、一人でも多く生き残ってほしい所だ。
俺たちは青羽根や月の袖引くと合流し、ボルスを出る。
空は雨の気配を漂わせながら、曇り始めていた。