第二十五話 不完全燃焼
超大型を食い止めてくれと言われたものの……。
「始まらないな」
ディアの頭に両肘を突いて、ゲンドウのポーズをしつつ言ってみる。
隣にいたミツキが「あぁ」と演技がかった口調で返してくれた。
始まらないに越したことはないのだが、いつまた攻撃してくるか分からないため、超大型への監視の目は緩めない。
逃げ惑う甲殻系魔物を次々と胃の中へご招待している超大型魔物は、よほど偏食家なのか人間など眼中にないらしかった。
精霊人機にも注意を払うことなく一心不乱に食べまくる超大型に、甲殻系魔物は逃げ惑うばかりだ。
おかげで作戦を立てることもできたのだが、無駄になりそうな気配だった。
「昨晩、甲殻系魔物が撤退しなかった理由って、あの超大型が来てたからかもね」
もはや人間との戦いも忘れて逃げ惑う甲殻系魔物を見て、ミツキが呟く。
超大型は甲殻系魔物をある程度食べると口直しとばかりに木の枝をパリポリと食べる。
ロント小隊と共にワステード元司令官が待つ崖に向かっていた時に出くわした超大型魔物は甲殻系魔物を追い駆けながら林に向かっていたのを思い出す。
「林にも食害の後があったな」
「時系列的に、リットン湖攻略隊が分散してロント小隊が林に撤退、ロント小隊を追い駆けていた甲殻系魔物をさらに追いかける形で超大型が林に行って、今みたいに甲殻系魔物と一緒に林を食べていたってところかな」
ミツキの推理に穴はない。それどころか、もう一つ、思い当たることがあった。
「前回のボルス防衛戦で甲殻系魔物が襲ってきたのって、超大型に追い立てられたからじゃないか?」
「そういえば、河の上流から木の枝が流れてきたっけ」
てっきり甲殻系魔物が移動した時に折れたのだと思っていたけど、今目の前にいる超大型の食べっぷりを見ているとアイツの食べかすだったんじゃないかと思えてくる。
超大型の足元には甲殻系魔物の殻の破片やら木の枝やらが散乱している。あれが上流から流れてきたのかもしれない。
超大型を刺激しないように駐機姿勢を取っているスカイから、ボールドウィンの声が聞こえてくる。
「スイリュウのシャムシールでも超大型の甲羅は斬れないのか?」
タラスクを甲羅ごと両断したスイリュウの改造シャムシール、流曲刀は現在、駐機姿勢を取っているスイリュウの腰の鞘に収められている。
魔力の消費が大きいが、タラスクが相手ならば必殺ともいえる一撃を放つことができるため、超大型への効果も期待できる。
だが、タリ・カラさんが慎重な意見を口にした。
「タラスクの三倍近い大きさだからといって、甲羅の厚みも単純に三倍とは限りません。第二段階を出せば斬る事もできるでしょうけど、その後の撤退戦に影響が出ますから、使用時間は極力短く、あくまでも切り札として使いたいですね」
全体の魔力が足りず、どうにかやりくりしている現状で流曲刀の二段階目は使いたくないのが本音だ。
もっとも、これから超大型魔物に対して行う作戦を考えると、微々たるものではある。それくらい、今回の作戦では魔力を使い込む事になる。
ボールドウィンが言葉を返す。
「でも、作戦の最後には出すんだろ、第二段階。何はともあれ、このまま戦闘が起きずに超大型がリットン湖に帰ってくれれば、それが一番なんだけどさ」
「――そうもいかないみたいです」
タリ・カラさんがスイリュウの駐機姿勢を解いて立ち上がらせる。
超大型がまっすぐにボルスを睨みながら歩き始めていた。
「腹ごしらえは済んだってところか」
スカイが立ち上がり、ハンマーを肩に担ぐ。
「それじゃあ、作戦通りに行こうか」
真っ先にスカイが飛び出し、超大型との距離を詰める。
スカイは超大型が迎撃の体勢を取ると、方向を転換して側面へ回り込む。背後のボルスへ超大型の攻撃の余波が届かないようにするためだ。
「手の内、晒してもらおうか」
スカイが超大型の側面に回り込むと同時にハンマーを甲羅へぶつける。スカイの並はずれた攻撃力に、タラスクの三倍を誇る超大型の巨体が大地を滑った。
超大型が鬱陶しそうにスカイを一睨みする。
超大型の右側に回り込んだスカイはそのまま二発目を繰り出すべくハンマーを構えた。
だが、超大型は左後ろ脚を残して他の部位を甲羅にひっこめ、左前脚の甲羅の隙間から勢いよく噴出した水の勢いで反転、スカイを正面に捉えた。
全長三十メートルの巨体が一瞬で反転したことによって巻き起こった風が甲殻系魔物の残骸や木の枝を吹き飛ばす。
反転した超大型に、スカイがハンマーを振り降ろす。
振り降ろされたハンマーに対して超大型がとった行動は真っ向勝負だった。
引っ込めていたはずの頭が甲羅から飛び出し、スカイのハンマーに頭突きする。本来なら頭の骨を砕かれて絶命しているだろう無謀な攻撃だが、よく見れば超大型の頭には魔術で生み出したらしき石の兜があった。
スカイがハンマーを跳ね上げられて追撃を断念し、数歩後退する。
石の兜があっても衝撃はいくらか伝わったらしく、超大型も動きを止めた。
双方痛み分けの形で距離を取った超大型とスカイが睨み合う。
「直線を薙ぎ払う水のブレス攻撃に、方向転換を一瞬でこなす噴水。水魔術が主体かと思えば防御用に石の魔術も使えるのか」
同じカメ型の魔物であるタラスクがロックウォールを使っていた事もあり、事前に予想していた事だ。まさか頭突きに使って来るとは思っていなかったが、作戦を変更するほどのイレギュラーではない。
「あの方向転換の方法があると、範囲攻撃があってもスカイ一機に繰り出す必要がないね」
「そうだな。範囲攻撃の有無を調べるのが最初の達成目標だし……。タリ・カラさん、スカイの補佐をお願いします。流曲刀は使わないでくださいね」
「了解しました」
タリ・カラさんがスイリュウを操作し、超大型に向かって走らせる。
スイリュウの接近に気付いた超大型が手足や頭を甲羅の中に引っ込め、水を勢いよく口から吐き出した。
水のブレス攻撃だ。
しかし、超大型の水のブレスはスイリュウではなく地面へ向けられていた。
超大型が水の勢いで後方に飛び退き、手足を甲羅から出して着地する。
「あんなこともできるのか」
「カメなのに機敏だね。アキレスといい勝負しそう」
スカイとスイリュウが超大型へ走り込む。
超大型は面倒臭そうに体をスカイに向けた。
助走距離を稼ぐこともなく、超大型が走り出す。
スカイへ突進を仕掛けるつもりらしいが、助走距離が足りず速度が出ていない。
しかし、超大型はスカイの目前まで迫ると頭を引っ込めて尻尾から水を吹き出し、一気に加速する。
スカイが紙一重で回避するが、腹部を守る遊離装甲が超大型の巨体に衝突して吹き飛んで行った。空中を飛び行く遊離装甲はくの字型に歪んでいる。直撃を受けるのはもちろん、かするだけで精霊人機を破壊できるだろう。
スカイに避けられた超大型がまた噴水を使って反転する。
カメらしい鈍重さはかけらもなく、今まで相応の修羅場をくぐって来た事を匂わせる動きだ。
スカイとスイリュウが二手に分かれて超大型を左右から挟む様に陣取る。
超大型は左右の精霊人機を一瞥して、また水ブレスで後方へ飛び退いた。
ボルスから距離を取ってくれるのならこちらとしてもありがたい。
スカイとスイリュウが超大型を追い駆けて左右から挟み撃ちを狙い続けると、超大型も挟まれる度に水ブレスで下がっていく。
このままボルスから追い払えればよし、追い払えなくとも次の攻撃に移るだけだ。
俺はディアを街道に向けて走らせる。
「狙撃地点は?」
ミツキの質問に、俺は進行方向にある崖を指差す。
「あの崖の上だ。甲殻系魔物もスケルトンもあの崖は登って来れないから邪魔されない」
前回のボルス防衛戦において、砲撃タラスクが姿を隠すのに利用していた崖だ。それなりの高さがあり、視界を確保できる。
スカイとスイリュウが超大型を足止めしている間に崖に到着し、索敵魔術で周囲に魔物がいない事を確かめてからディアの健脚に任せて崖を登る。
以前にも河の側の崖を登った事があるため、登りやすいルートを自然と選ぶことができ、予定よりも崖を登り切るまでに時間はかからなかった。
崖の上から、戦場を俯瞰する。
「甲殻系魔物は前線から完全に撤退、スケルトンもいない。超大型魔物のおかげで余裕ができたな」
「後は超大型を退散させるだけだね。射程圏内に入ってる?」
「ギリギリだな」
カノン・ディアの射撃体勢を整えつつ、スカイとスイリュウに合図を出す。
対象を目標地点まで追い詰めよ、の合図だ。
「月の袖引くは?」
「蓄魔石を持って配置完了したみたい。さすがに動きが早いよ。いまは青羽根が準備を整えてる」
破壊されてしまったギルド所有の精霊人機に積まれていた蓄魔石に魔力を込め、同じく精霊人機に使われていた魔導鋼線を接続し、予定地点にミツキ謹製の凍結型魔導手榴弾を仕込む。
マライアさんの作戦の簡易版だ。今回使う蓄魔石は精霊人機用とはいえたったの一個、効果は控えめ。
スイリュウとスカイが超大型を左右から攻撃し、水ブレスでの後退を誘発する。目的地点まで誘導する事はもちろん、俺たちのいる崖やボルス、月の袖引くや青羽根の団員がいる地点に攻撃の余波が届いてしまわないよう、全神経を張りつめているだろう。
超大型は未だに水ブレス以外の広範囲攻撃を使わない。元から広範囲攻撃がないのか、それともスカイやスイリュウをなめてかかって魔力を温存しているのか分からない。
だが、噴水を用いた方向転換などを見る限り、甲羅の隙間から周囲に向けて水を噴出する魔術はあるはずだ。一方向にしか水を噴き出すことができないほど不器用な魔物にも見えない。
やはり、舐めてかかっているな。
予備として控えてもらっていたロント小隊の精霊人機に待機の合図を出し、準備完了の連絡を待ち受ける。
超大型が目的地点に追い込まれたのと同時に、青羽根から準備完了の合図が出た。
「ミツキ!」
「分かってる!」
ミツキが作戦開始の合図としてファイアーボールを空に撃ち上げる。
俺はディアの肩にあるボタンを押し、カノン・ディアを起動した。
石の銃口を超大型の目玉に向ける。目標まで一キロメートルとちょっと。修羅場をくぐって来ただろう超大型魔物も、こんな距離からピンポイントで目玉を狙う敵には遭遇した事が無いだろう。
スカイとスイリュウが得物を構えながら同時に超大型から距離を取る。
射線が通った瞬間、俺は引き金を引いた。
暴力的なまでの爆音が響く。しかし、弾丸は自らが奏でた音を置き去りに超大型魔物の目玉へ一直線に迫る。
超大型の頭がガクンと下がり、体格に比例した巨大な右目から血が噴き出した。
超大型が痛みに吼え、たたらを踏んだ、その瞬間――
月の袖引くが蓄魔石を熱し、大量の魔力を放出させる。
魔力を過剰に通された魔導鋼線が青い火花を放って凍結型の魔導手榴弾へ魔力を供給する。
次の瞬間、超大型の足元が一瞬にして凍りついた。凍結の余波は超大型の首にまでおよび、甲羅の中へ引っ込む事も防いでいる。
右目を撃ちぬかれた痛みに悶える超大型の頭へスカイがハンマーを振り降ろす。
無事な左目でスカイの動きをとらえたのだろう、超大型は石の兜を魔術で発生させる事で身を守った。
超大型がスカイに気を取られている間に、スイリュウが側面へ素早く回り込み、鞘から流曲刀を抜き放った。
真昼の強い日差しを浴びながら、魔導合金製の流曲刀は処女雪のような白さを見せつけながら、超大型の甲羅へ刃を当てた。
ウォーターカッターが発動し、甲高い音が鳴り響く。
しかし、超大型の甲羅の厚みはタラスクとは比較にならないらしい。超大型はスイリュウを左目で一瞥するだけで注意を逸らし、スカイのハンマー対策に集中し始めた。
「――やはり、出し惜しみは出来ませんね」
タリ・カラさんが拡声器越しに呟いた次の瞬間、流曲刀の真白の刃が黒く染めあげられる。
それは、流曲刀が第二段階へ移行したことを示す変化。
石魔術で生み出された微細な石の集合体が流曲刀の刃を黒く染め、刃から噴出されるウォーターカッターに乗って水を黒く染めていく。
石魔術で次々に補充される微細な石はウォーターカッターの高圧に研磨作用をもたらし、切れ味を格段に向上させた。
黒い高圧水流が残忍な裁断音を立てて甲羅を削り斬る。その切断力は凄まじく、瞬時に超大型の甲羅に切り込んだ。
このまま両断できるかと思った瞬間、ボールドウィンの焦った声が響いた。
「――退避しろ、早く!」
スカイとスイリュウが飛び退いた瞬間、超大型を中心に水が螺旋を描いて周囲の木々を根こそぎ空へ高く打ち上げた。
超大型から上空へと螺旋状に昇って行く水流はまるで龍の飛翔のようで、上空数百メートルまで昇って虹を作り出した。
ばらばらと、水で吹き上げられた木々が森へ降り注ぐ。空高く打ち上げられて地に叩きつけられる木々は、退避が遅れた精霊人機の末路を想像させるのに十分なほど見事に砕けた。
スイリュウのウォーターカッターのような斬る水流とは違う、押し流すための水流だ。
木々と一緒に自らの足を凍りつかせていた地面も破壊した超大型は自由になった手足を確認するように数度足踏みをすると、ぎろりとスイリュウを睨んだ。
今までのように、ただ鬱陶しい邪魔者を見るような眼ではない。明確に排除すべき敵と認識した眼だ。
「甲羅の傷がふさがっている……」
スイリュウから、タリ・カラさんの息をのむ音が聞こえてくる。
流曲刀第二段階で甲羅に深く入れたはずの切れ込みは、石魔術で完全に塞がっていた。
仕切り直しとばかりに、超大型が口を開ける。
直後、大地が揺れた。
超大型の殺意を含んだ咆哮が空気のみならず大地をも揺らしたのだ。
「……まさかの最終プランか」
俺はもはやカノン・ディアを撃てないほど魔力を減らしたディアの頭を撫で、ため息を吐く。
ミツキも俺の隣でため息を吐いた。
「開拓団みんなで超大型の気を引きつつ、河まで戻った後、全速力で離脱だね」
勝てないと分かった以上、遠くに置き去りにする以外の方法はない。
俺がみんなに合図を出しつつ、崖を下りるべくディアを動かそうとした時、超大型がスカイやスイリュウから大きく距離を取った。
また広範囲攻撃を繰り出すつもりかと思い、超大型の動きを注視する。
だが、予想に反して、超大型はその場でくるりと反転すると、一目散にリットン湖方面へ駆け出した。
「撤退した……?」
遠距離から攻撃を仕掛けるでもなく、リットン湖方面へ走り去った超大型を見送って、俺はミツキと一緒に脱力する。
「散々引っ掻き回してあっさり撤退とか。拍子抜けするな……」
「全滅覚悟で戦うことにならなかったのは良かったけどね」
とはいえ、ひとまずは無事を喜ぶべきだろう。