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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第五章  二人は摂理から外れている
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第二十四話  超大型来襲

 四重甲羅の大型スケルトンが討伐された事で、歩兵たちが歓声を上げる。

 すでにボロボロの状態で、大型スケルトンの一撃で多数の死者も出ている。精霊人機も二機破壊され、スケルトンたちが撤退しても人間側の劣勢は変わらない。

 それでも、兵士たちは歓声を上げていた。己も、周囲も、奮い立たせなければ魔物に蹂躙されてしまうと分かっているがゆえに。

 俺がそれを見つけたのは偶然だった。

 極まった空元気を見ていられなくて、大型スケルトンの末路を見届ける振りをして顔をそむけたのだ。

 砕かれた大型スケルトンの頭蓋骨から何かが落下したのが見えた。

 白い、ともすれば頭蓋骨の破片に紛れてしまいかねない何か。

 直感的にスコープを覗きこみ、落下していくそれを見る。

 白い顔、白い矮躯、やせ細った子供のような、十センチほどの人型の何かが破片に混ざって落ちていく。

 白い人型は頭蓋骨の破片と共に森へと落ちていく寸前、重力に逆らうように一瞬だけふわりと持ち上がった。同時に。周囲の木々が不自然に揺れる。

 あの動きには覚えがある。他でもない、俺自身が行った事のある動きだ。


「風魔術での落下速度軽減……?」


 頭の中で歯車が噛み合う。

 大型スケルトンの頭蓋骨から落ちてきた魔術を使う白い人型。そんなモノ、正体は決まっている。


「あれが魔術を使うスケルトンのカラクリか」


 だとすれば、四重甲羅を始めとした魔術もスケルトンの頭蓋骨に入っていたあの白い人型の仕業なのか?

 いや、魔力膜そのものはスケルトンの魔術だ。甲羅に纏わせた炎が白い人型の仕業と考える方が妥当な気がする。

 問題なのは、四重甲羅の大型スケルトンの行動はどちらが主導していたのかだ。

 もしも、白い人型の方が意思決定を行っていたのだとすれば、ボールドウィンを出し抜いて歩兵を叩こうとした戦術眼の持ち主もあの白い人型という事になる。

 可能なら狙撃するなりして倒してしまいたいが、的が小さすぎて森に完全に隠れてしまっている。索敵魔術でも十センチなんて指定をすればトカゲやネズミまで引っかかってしまい追跡は困難だ。


「ミツキは見たか?」

「何を?」


 ミツキが首を傾げる。


「白い人型の何かが落ちて行った。多分、魔物だ。スケルトンが魔術を使ったのも多分、あれの仕業だと思う」


 大きさなどを説明すると、ミツキは頷いてロント小隊を指差した。


「報告しておこう」

「そうだな」


 ディアで前線のやや後ろに止まっているロント小隊の整備車両まで走る。

 スケルトンが撤退した事で甲殻系魔物のみを相手することになった歩兵隊が幾分か余裕を取り戻していた。

 夜になればまたスケルトン種が現れるのかも知れないが、今は小休止というところだろう。

 ロント小隊の整備車両に横付けして、俺が見たままを伝える。

 ロント小隊長は顎に手をやって考えながら、歩兵たちを見回した。


「鉄の獣が狙撃した魔術スケルトンの中から滴った血はその魔物の物か。死骸でもあればいいが、この状態では探すこともできないな」


 満身創痍の歩兵たちが四重甲羅で殺された仲間の遺体を運んでいる。甲殻系魔物の相手をしながらという事もあって、魔物の死骸の中から十センチほどの死骸を探す余裕などないだろう。

 問題の白い人型が魔術スケルトンの頭蓋骨の中にいたとすれば、跳弾したとはいえ対物狙撃銃の銃弾を受けたことになる。十センチ程度の生き物なら原形を留めているかは甚だ疑問だ。

 狙撃以外に無力化する方法がなかったとはいえ、一体くらい凍結型の魔導手榴弾で生け捕りにすればよかった。

 贅沢を言っても仕方がないと諦めて、森を見る。

 スケルトンたちがどこかへ消えたために森は静けさを取り戻している。

 雷槍隊機が手分けして四重甲羅に破壊された精霊人機から蓄魔石や魔導核、操縦士の遺体を回収している。

 ベイジルの乗るアーチェがボルスの中からやってきて、俺たちの側で駐機姿勢を取った。

 ベイジルが降りてきて、歩兵たちを見回しながら歩いてくる。


「……間に合いませんでしたか」

「ベイジルさんの気に病む事ではありません。ベイジルさんが弓で甲羅を狙撃してくれたから、歩兵隊は全滅せずに済んだ」


 ベイジルに答えたロント小隊長が腕を組んで息を吐き出し、森を睨む。


「だが、どうやらまだ仇は生き残っているようです」


 ベイジルが片眉を上げ、俺を見る。

 ロント小隊長にした報告をベイジルに繰り返す。


「それは、あまりにも小さいですね」


 ベイジルが頭を掻いて、愛機アーチェを見上げる。


「狙って射抜くのは難しそうです。死骸を調べればスケルトンとの関係など見えてくる物もあるでしょうが、この状況では諦めるべきでしょう」


 調査をしている暇がないというのはロント小隊長と同意見らしい。

 念のため、ワステード元司令官に話をする事になり、こちらに向かってくるライディンガルに手を振る。

 ワステード元司令官は人員の交代と撤退の準備を急ぐよう指示を出してから、俺たちの下に降り立った。


「――気付かなかった。しまったな」


 俺の話を聞き終えたワステード元司令官が舌打ちする。

 戦術的な思考ができる魔物を逃がしてしまった事を後悔しているようだ。

 だが、すぐに思考を切り替えたようにワステード元司令官は口を開いた。


「住民の避難が終わってまだ半日だ。いましばらくここで魔物を足止めする必要がある」


 そこで、とワステード元司令官が俺を見る。


「狙撃手を増やしたい」

「増やすって言われても、俺は一人しかいませんよ」


 肩を竦めて返す。

 現在、狙撃手の価値は大幅に上昇している。魔術スケルトンに有効打を与えられる唯一の歩兵だからだ。

 だが、魔導銃が普及していないこの世界で狙撃手などまず見つからない。ほとんどの人間が重たい銃を運ぶ手間よりも魔術を選ぶ。

 軍では多少の訓練を施しており、弾薬など備蓄があるが、魔術スケルトンの攻撃範囲外から眼窩を撃ちぬける腕の持ち主などいない。夜ならばなおさらだ。

 ワステード元司令官がディアを見る。


「照準を定める魔術があるのだろう?」


 なんで知ってるんだ。

 警戒を込めた眼で睨むと、ワステード元司令官が両手を上げた。


「鎌を掛けただけだ。確信はあったが、証拠はない」

「まぁ、あの距離から狙撃してればバレるのも当然か」


 それでどうするつもりだ、と視線で問うと、ワステード元司令官は目を細めた。


「我が軍に提供してもらえないだろうか」

「提供も貸与もできません」

「勘違いしないでくださいね。したくてもできないんです」


 俺の言葉をミツキが補完してくれた。

 照準誘導の魔術はそれ単体では役に立たない。ディアの首のように稼働する銃架が付属していなければならない。

 一日二日で量産できる構造ではないし、何より部品がない。

 ワステード元司令官は短くため息を吐き出して、次の提案を出してくる。


「半日の訓練でどの程度使い物になる?」


 やはり、司令官をやっていたような高級将官でも魔導銃の運用に関しては知識がないらしい。

 俺は苦笑しつつ、首を横に振った。


「訓練しないのと変わりませんよ」


 ワステード元司令官が空を仰ぐ。明けたばかりの空は青く澄み渡っていた。


「狙撃手を増やすのは難しいか」

「十日あれば照準誘導の魔術で底上げして使えるようにできましたけど、今回は諦めてください」


 ワステード元司令官は戦場に視線を移した。


「撤退時期を早める。本日の夕刻、ボルスを出発する」


 ベイジルが驚いたようにワステード元司令官を見る。

 住民が避難して一日置いてからの出発。戦闘を行いながらとはいえ、下手をすれば避難民に追いついて大混乱になる。

 俺が思いつく程度の事をワステード元司令官が考えていないはずもない。


「決死隊を組織するしかないだろうな」


 そう呟いて、ワステード元司令官は小隊長を召集するように伝令に声を掛ける。

 まるで召集がかかると予想していたように、小隊長たちがすぐにやって来る。開拓者からもボールドウィンとタリ・カラさん、凄腕開拓者の片割れがやってきた。

 戦場にほど近い商会の建物の中で、会議机を囲んで座る。

 俺はミツキと一緒に机から少し離れたソファに腰掛けた。席が足りなかったのもあるが、この会議は部隊レベルでの話をするため、俺とミツキは同席しているだけに過ぎない。

 ワステード元司令官は机を囲む面々を見回し、おもむろに口を開く。


「本日の夕刻に決死隊を残し、ボルスを撤退する」


 やはり、という顔をする小隊長二人と、凄腕開拓者とは異なり、ボールドウィンは納得いかなそうな顔をしていた。

 凄腕開拓者がボールドウィンを片手で制しつつ、口を開く。


「戦略上、犠牲を払ってでも足止めを残して撤退する意義は分かります。ですが、われわれ開拓者は軍人ではありませんので、決死隊には参加いたしませんぞ」

「あぁ、開拓者は決死隊に入ってもらっては困る。君たちにはボルスへの撤退を終えた後、各地のギルドへこの度のリットン湖攻略の顛末について広めてもらいたい。癖のある新種ばかりが現れたからな」


 カメ型の超大型魔物に始まり、大型スケルトン、スケルトンが魔術を使う原因らしき白い人型、どれも小規模な開拓団が出くわせば壊滅しかねない。

 タリ・カラさんがワステード元司令官を見る。


「ワステード副指令はこの度の顛末が公的には語られないとお考えなのですね?」

「想像に任せる」


 ワステード元司令官はホッグスを含む新大陸派の動きを警戒しているのだろう。

 情報が揉み消される前に開拓者を使って事の顛末を広め、旧大陸派こそが最後まで現場で戦った事の証人にするつもりだ。

 ボールドウィンが不機嫌になっていく。


「納得いかねぇ」


 ボールドウィンが呟くと、ワステード元司令官やロント小隊長、ベイジルといった軍人たちが苦笑しながらも眩しいモノを見るような目を向けた。


「君たち開拓者が納得する必要のない話だ。願わくば、納得しないまま従ってほしい」


 ワステード元司令官が真摯な目で言うと、ボールドウィンは勢いを削がれて顔をそむけた。

 ワステード元司令官が苦笑を消し去り、軍人たちを見回した。


「決死隊の編成について話す。重傷者は三つの建物に分けて収容し、魔力供給をしてもらう。配偶者のいない三十歳以上を中心に歩兵隊を再編成――」


 ワステード元司令官は淡々と話を進めていく。

 部隊の再編成について各小隊長と意見を交換した後、ワステード元司令官は俺とミツキに目を向けた。


「酷な事をさせるが、狙撃手の配置について意見が欲しい」

「改めて言っておきますが、狙撃手三人で魔術スケルトンを一体倒せたら御の字だと思ってください」


 断りを入れてから、俺は壁にかかっているボルスの詳細な地図に丸を入れていく。

 見つかりにくく、見晴らしがよく、敵が狙撃手の位置を誤認しそうな建物が立っている場所。町を走る下水道の出口などの見晴らしが悪いが死角に入りやすく、退路を確保できる場所。いくつかの通りに障害物を置く事で敵の進路を限定し、その進路上の幾つかの地点を狙撃できる場所。


「運用上、既存の兵種との互換性がないな。流行らないわけだ」


 ロント小隊長が呟く。

 精霊人機を中心にその他の兵種を運用している以上、待機を基本にした狙撃手の運用はあまり実用的ではないという事だろう。育成するのにも時間や金がかかる。

 狙撃手の配置について話し終えた後、ワステード元司令官が部隊の配置について詰めていく。

 狙撃の有効射程についての意見を求められたりしながら、部隊配置の計画を固めていく。


「――では最後に、精霊人機についての話に移ろうか」


 ワステード元司令官はそう言って、ロント小隊長を見た。


「ロント小隊の精霊人機は動かせるな?」

「魔力を込め最低限の修理をすれば動かせます」


 ロント小隊長の険しい顔には言及せず、ワステード元司令官は小隊長たちを見回す。


「我が隊の操縦士をロント小隊の精霊人機に乗せ、雷槍隊機二機と共に決死隊として残す」


 その時、ワステード元司令官の声を遮る様に、ベイジルが声を上げる。


「自分も残らせていただきます。決死隊を奮い立たせるにはわかりやすい偶像が必要でしょう」

「……すまんな」

「こんな自分が最後までボルスで働くことができる。謝られては自分の立つ瀬がなくなってしまいますよ」


 朗らかに笑って、ベイジルが会議を締めようとした時、部屋の扉が開かれた。

 扉に立つのは息を切らせた伝令だ。


「皆さん、避難を! 超大型が――」


 伝令の言葉は最後まで続かなかった。

 地揺れを感じたのはほんの一瞬、文字通り瞬く間に伝令が立っていた場所が水に飲みこまれて視界の端へ消え去った。

 何が起きたのかを理解する前に、俺はロックジャベリンで背後の壁に大穴を穿つ。


「ミツキ、脱出するぞ!」

「みんな、呆けてる場合じゃないよ!」


 俺が空けた穴を潜り抜けざま、ミツキが目の前で起きた事態を処理しきれずにいる会議室のメンバーに活を入れる。

 俺はミツキに続いて穴を潜り抜け、建物の外に出ると同時にディアまで走った。

 ディアに騎乗し、同じくパンサーに乗ったミツキと共に手近な建物の屋根に飛び乗る。

 振り返った俺は目の前の光景に息をのんだ。

 ボルスの建物が、リットン湖方面の崩れた壁から対面の壁まで一直線に薙ぎ払われていた。

 建物の瓦礫が湿っている。伝令と同じく、水で押し流されたのだ。

 一直線に伸びる崩壊の爪痕を目で辿る。数キロ先に山のような巨体を晒すカメ型の超大型魔物の姿があった。

 超大型は先の一撃で混乱した甲殻系魔物をバリバリと咀嚼している。

 森からブレイククレイが飛び出し、木々が吹き飛んだ崩壊の爪痕に足を踏み入れてしまう。哀れなそのブレイククレイを、超大型は素早く首を伸ばして噛みつき、音を立てて噛み砕き、飲み込んだ。

 森から魔物が飛び出す度、超大型は首を伸ばして腹の足しにする。

 まるで、足元の獲物が見えにくいから森を薙ぎ払ったのだと言わんばかりに、超大型はその場から動きもせずただ捕食を続けていた。

 奴が食欲を満たすための行動の余波だけで、この崩壊がもたらされたのか。

 人間と戦う事すら忘れた甲殻系魔物が四方八方へ散って行く。

 歩兵たちも、ロント小隊の精霊人機も、ただ茫然と超大型の捕食行動を見守る事しかできていない。

 タラスクや大型スケルトンを相手に奮い立たせてきた気力すら、かけらも残さず吹き飛ばされたのだ。

 幸いなことに、超大型は甲殻系魔物を食べることに夢中で人間に注意を払っていない。精霊人機すら眼中にないようだ。

 建物から出てきたワステード元司令官が超大型を見て、右耳の黒い二重リングのピアスを指先で弄ぶ。


「よりにもよって、いま出てくるか」


 ワステード元司令官の視線がボールドウィン、タリ・カラさん、ミツキと流れて俺で留まる。


「部隊の編成が終わる昼まで、超大型のボルス侵入を食い止めてくれ」



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