第十一話 デュラ回収依頼
魔物に襲われたはずのデュラだったが、俺の記憶にある町並みは所々に見て取れた。
たった一度この町を訪れただけの俺でさえ、記憶に引っかかるくらいだ。隣にいる芳朝には廃墟の町並みといえども庭のようなものだろう。
「第三番通りに入るには、次の十字路を右折です」
芳朝が告げると、運転手は整備車両のウインカーを出す。
後方右側を走っていたデイトロさんが愛機レツィアを加速させ、整備車両より先に十字路に到着、進行方向に敵がいない事を確認すると右手を挙げて合図する。
町の南西門から進入した俺たちは、最初にギルド所有の精霊人機の回収に向かっていた。
整備車両が第三番通りに入ると、奥に大破した精霊人機が放置されていた。
左足が外れ、遊離装甲がはじけ飛んで民家に突き刺さっている。カメラ付きの頭部は巨大な手で胴体から引き千切られたようなありさまだ。よほどの力で握られたのか、うっすらと指の跡がついている。
こんなことができる魔物は大型の人型魔物、ギガンテスだろう。
精霊人機の周辺には随伴歩兵の物と思われる乾いた血痕や武器らしきものが転がっていたが、死体は見当たらない。
「やっぱり食われていたか……」
運転手が痛ましそうに呟き、舌打ちする。
整備車両は精霊人機を素通りして十メートルほど行ったところで停止した。
アイドリング状態でバックミラーを覗き込む運転手に倣って、俺も後方の様子を見る。
運搬車が大破した精霊人機に横付けし、回収屋所有の精霊人機が二機で協力し合いながら大破した精霊人機の四肢を武器で斬り飛ばす。
「あんな乱暴なことをして大丈夫なんですか?」
「一番値が張る魔導核や蓄魔石は胴体にあるからな。いちいち乗り換えて運搬車に乗せるなんて時間のかかることをしていたら、魔物に囲まれてなぶり殺される。乱暴でも、分解して部位ごとに運搬車に放り込んだ方が、効率がいいんだよ」
大破した精霊人機を運搬車に積むと、すぐにその場を後にする。
迅速で無駄のない行動だ。回収屋の名は伊達ではない。
後方を走る運搬車両の拡声器から焦ったような声が響く。
「伝達! 大破した精霊人機の頭部にギガンテスの指の痕跡あり。薬指の欠損を確認! 〝首抜き童子〟が町に潜んでいる可能性あり!」
伝達に耳を澄ませていた運転手が舌打ちした。
緊迫感を増す回収屋の面々とは逆に、俺と芳朝は何がなんだかさっぱりだ。
芳朝が首を傾げるのを見て、運転手が口を開く。
「貿易都市トロンク周辺にいると考えられているギガンテスの個体識別名だ。獲物の首を胴から引っこ抜いて脊髄をしゃぶるのが趣味のイカした奴だよ」
「強いんですか?」
「中型から大型の魔物が主食って言えば、強さが分かるか?」
なんとなく想像がついた。
精霊人機レツィアから、デイトロさんの声が響く。
「首抜き童子を見つけたら即報告、デイトロお兄さんがかっこいい所を見せている間に方向転換して逃げるように」
存在が確認されていても、作戦に変更はないらしい。
芳朝が左折を指示した後、腕を組む。
「続行するしかないでしょ。いまさら町を出ても、群れの仲間をやられたギガンテスたちが興奮状態になってしばらく近づけなくなるもの」
「人型の魔物は仲間意識も強いからな」
運転手の補足に納得しつつ、窓の外を注意深く観察する。
ときおり体高一メートル前後のゴブリンを見かけるが、精霊人機を見ると慌てて逃げ出していく。
回収屋たちは逃げていく魔物に興味はないようで、追いかけて止めを刺すようなまねはしない。
「左折後、直進すればギルドです。かなり広い通りに加え、近くには広場があるので魔物との戦闘に備えてください」
「おう、心配すんな。兄貴がかっこよく活躍する場が増えるだけだ」
軽口を叩きながら、運転手がウインカーを出す。
デイトロさんが操る精霊人機、レツィアが曲がり角へと走り、突如急停止したかと思うと大鎌を建物に向かって投げつけた。
壁の石と窓ガラスが弾け飛ぶ。
「総員、北門に向けて全速撤退!」
レツィアに遅れて剣を構えた精霊人機から団員の声がする。
崩れていく建物の向こうに、体高八メートルほどの人型の魔物が見えた。
赤い肌は岩肌のようにデコボコとした筋肉で盛り上がり、ギラリとした険の強い三白眼がこちらを視界に収めていた。
ギガンテスと呼ばれる大型の魔物だ。それが建物の裏に二体、確認できた。
すぐさま運転手が拡声器のスイッチを入れ、魔力を流す。
「曲がり角の確保を頼む。道幅が狭くて反転は無理だ!」
視線を曲がり角へと向けると、中型魔物であるゴライアがやってきていた。足元にはゴブリンが二体ついている。
次の瞬間、レツィアが大鎌の鎖の先端を投げ、ゴライアの首に巻きつけた。
レツィアが左手で大鎌を建物に突き立て、片足を引いて地面に踏ん張る。
「小型はそっちで片付けろ」
デイトロさんの声が響き、ゴライアが宙に浮かぶ。レツィアの強化された両腕で鎖を思い切り振ったのだ。
鎖に従って吹き飛んだゴライアが建物の裏にいたギガンテスに横からぶち当たる。
バランスを崩したギガンテスを横目に、整備車両は曲がり角へと進入し、北に向けて全速力で走りだした。
わらわらと出てくる小型魔物に運転手が舌打ちし、俺に目線で指示を出してくる。
俺は窓から左手を出して、魔術を発動する。
「ロックジャベリン」
返しのついた石製の槍を打ち出す魔術を発動し、前方のゴブリン二匹を串刺しにして道の端まで弾き飛ばす。
「上出来だ、新入り!」
運転手に褒められつつ、進行方向にいる魔物へロックジャベリンを撃ち込んで行く。
北門までの最後の直線に入る頃、ギガンテスをあしらってきた精霊人機、二機が合流した。
灰色の塗装に魔物の物らしき赤い血が斑点を作っているレツィアからデイトロさんの指示が飛んでくる。
「北門を抜けてデュラから離れる。ここはかなり不味い」
飄々としたデイトロさんにしては余裕のない声だった。
何かがあったのだろうが、撤退戦の間は余計なことを考えずに指示に従えと言い含められているため、俺は目の前の仕事に集中する。
北門に弁慶よろしく仁王立ちしていたゴライアにロックジャベリンを三発撃ち込むが、ゴライアは町のどこかで拾ったらしいテーブルを盾にして防いでいる。
「人型はこれだから嫌なんだ」
運転手が悪態を吐く。
俺はロックジャベリンを受けて砕け散ったテーブルの木片に、上向きの突風を生み出す風魔術アップドラフトを発動させる。
舞い上がる木片に視界を奪われたゴライアに改めてロックジャベリンを撃ち込んだ。
万が一腕で防がれても大丈夫なように魔力を多めに込めたからだろう、ゴライアの腹に突き刺さったロックジャベリンはそのままの勢いでゴライアを北門の外へと弾き飛ばした。
これで北門を抜けられる。
そう思ったのも束の間、道の左側にあった小さな家が吹き飛んだ。
崩れた家から立ち上る土煙の中から赤黒い腕が俺たちの乗る整備車両に向けて伸びてくる。
俺は魔術を撃つために窓から出していた腕を反射的に車内へ引っ込めた。
だが、赤黒い腕は開けられていた整備車両の助手席の窓を掴む。
整備車両は全速力で北門に向かっているところだ。
左側の窓から突き込まれた指は走行中の整備車両を止めるにはいたらなかったが、それでも人外の膂力で助手席の扉を引き剥がした。
後方へ吹き飛んでいく助手席の扉を見送った俺は、シートベルトの上端を固定する金具が衝撃で半ば外れかかっている事に気付く。
「ふざけっ――」
運転手が悪態を吐きながら、バランスを崩してスリップしかけた整備車両を安定させるために逆ハンドルを切る。
確かに、整備車両は安定した。
だが、大きく左右に揺られる助手席の壊れかけたシートベルトは俺を支えきれるはずもない。
俺の体は、整備車両が右に大きく振れた瞬間、外へ投げ出されていた。
背筋が寒くなるような浮遊感を味わった俺はとっさにポケットに手を入れる。
ポケットの中の硬い感触を確かめ、なりふり構わず一気に魔力を注ぎ込んだ。
最善を尽くさなければ死ぬと、頭の中で警報が鳴り響く。
同時に、前世で味わった強烈な喪失感がよみがえり……俺は考えてしまった。
大事なモノを作らなくてよかった、と。
「――おい、やめろ!」
運転手の声がした瞬間、俺の後を追うようにして芳朝が飛び出す。
直後、ポケットの魔導核が刻み込まれた魔術式に従って魔術を発動する。
自作の風魔術、圧空。
俺の体と地面との間に一瞬で空気が〝発生〟する。
発生した空気が全方位への突風を生み出し、俺の背中を持ち上げた。
整備車両から投げ出された勢いを殺すと同時に、飛んできた芳朝を抱き留める。
再度、圧空を発動させようと試みるが、間に合わずに地面へたたきつけられた。
レンガ敷きのおしゃれだが硬い道路を転がる俺と芳朝の横を運搬車両が通り抜けていく。
俺たちが整備車両から投げ出されたことには気付いているのだろうが、むやみに速度を落とせる状況ではない。
俺たちが整備車両に乗って走って来た道から体高八メートルのギガンテス三体を始めとした群れが走ってきていた。
俺は痛む体に鞭打って起き上がる。
「芳朝、お前まで投げ出されてどうするんだ」
腰をさすりながら立ち上がった芳朝が俺を睨みつける。
「死ぬなら一緒。そうでないと、私は誰に必要としてもらえばいいのよ」
「あぁ、分かった。そうだな。死ぬなら一緒がいい。芳朝がいないと俺は孤独死確定だからな」
俺は芳朝の手を取って北門に走る。
北門を抜けた整備車両と運搬車両を背に、デイトロさんの操るレツィアともう一機の精霊人機が俺たちを迎えるために走り出していた。
合流すれば、精霊人機に掴まってデュラを離脱できるはずだ。
だが、俺たちの淡い希望は横合いから飛んできた火炎の魔術に打ち砕かれた。
人間程度なら容易く飲み込んでしまえる直径の火炎の球がレツィアの前を横切る。
「こんな時に魔力袋持ちが出てきやがった!」
デイトロさんの声が拡声器から漏れ聞こえる。
俺たちからは建物が邪魔で見えないが、どうやら魔術を使用できる魔物が横から接近しているらしい。
俺たちが足を止めた瞬間、建物を破壊して俺たちと精霊人機の間にギガンテスが躍り出た。
石造りの家を障子でも破るように突き崩したギガンテスの右手には薬指がない。
「しかも、こいつが首抜き童子か……」
もう一機の精霊人機から団員の苦々しい声が聞こえてくる。
ギガンテスが二機の精霊人機を視界にとらえる頃には、崩された家の瓦礫を乗り越えてゴブリンたちが道を塞ぎかけていた。
どう見ても、俺と芳朝には突破できない。
後方からはギガンテス三体を中心にした魔物の群れが迫ってきている。
決断はデイトロさんの方が早かった。
「地下道を使って町を出ろ! 無理ならギルド周辺で待機。二日以内に迎えに行く!」
言うが早いか、レツィアの大鎌を俺たちの後方へ投げつけて魔物たちの足を止める。
俺はデイトロさんに頷いて、近くの民家の扉にロックジャベリンを撃ち込んで破壊した。
「芳朝、道案内任せた」
「任された」
走り出した芳朝の後を追って、俺は民家に飛び込む。
芳朝がロックジャベリンで窓を吹き飛ばすのが見えた。
芳朝と一緒に玄関の反対側へ飛び出し、通りを挟んだ向かいの家も同じように破壊して進む。
家主に怒られそうな逃避行で戦場から抜け出した。
「芳朝、ギルドに向かおう」
「なんで?」
「道の後方から来た魔物は俺たちを追ってきた連中だ。大半はギルド周辺からついてきてる。だから、いまはギルド周辺の魔物が少ない!」
芳朝が肩越しに頷いて進行方向を左に向けた。
北門でデイトロさんたちが魔物を引きつけているらしく、激しい戦闘音が聞こえてくる。
おかげで、俺たちの走る道には魔物が少ない。
たまに鉢合わせる魔物には風魔術で巻き上げた砂埃をくらわせて視界を奪い、戦わずにやり過ごす。
息が切れ、脇腹の痛みを堪えながら走り続けた俺たちはギルドへと滑り込むように駆け込んだ。
「芳朝、休むな。バリケードを作るぞ!」
床にへたり込んで荒い呼吸を繰り返す芳朝を叱咤して、職員と開拓者が話をするときに使うテーブルを入り口へ運ぶ。
さすがは開拓者の建物というべきか、窓は鉄製の鎧戸で内側から補強されている。入り口は扉が設けられていなかったが、俺と芳朝が運んだテーブルで塞ぐことができた。
ゴブリン程度なら問題なくやり過ごせるだろうが、中型のゴライアには効果がないだろうし、大型のギガンテスに至っては建物ごと破壊される可能性があるのでまだ安心はできない。
芳朝が胸に手を当てて息を整えつつ、受付カウンターに体を預ける。
「ギルドの地下通路は?」
「奥にあったはずだけど、使えるかな」
お互い全力疾走の後で息が上がっていたが、逃走経路が確保できるかどうかでこの後の身の振り方が変わってくる。
俺と芳朝はギルドの奥へ慎重に進む。
耳を澄ましていると、戦闘音がやんでいる事に気が付いた。
「デイトロさんたちは撤退したみたいだな」
「早く合流したいところね」
廊下の奥の両開きの扉をくぐった部屋に、目的の地下道を見つける。
芳朝に明りを頼み、俺は安全を確認するため先に地下道へ入った。
「……運がないな」
「転生するくらいだもの。期待しちゃダメでしょ」
芳朝と顔を見合わせて、ため息を吐く。
地下道の奥は土砂で埋まっていた。