第二十話 新兵器、流曲刀
森を燃やす火を消し止めるため、貯水池から水を汲んでくるようロント小隊長が部下に命じている。
タラスク四体は遠距離から大火球による攻撃を加え続けていた。
「一気にタラスクを叩く。雷槍隊はついてこい」
このままでは被害が増える一方だと判断して、ワステード元司令官が愛機ライディンガルを動かすと、雷槍隊機が一斉に動き出す。
三キロほどの距離をあっという間に駆けぬけた雷槍隊機が槍を振りかざした途端、タラスクたちは一斉に頭や尻尾、手足を甲羅の中に収め、巨大な石の壁を周囲に展開する。
自らをぐるりと石の壁で囲み自身も甲羅に引き籠ったタラスクたちは、その状態を維持したまま大火球を生み出した。
雷槍隊の槍ではタラスクの石の壁を突破できない。
ワステード元司令官の判断は早かった。
「タラスクの火球を槍で払い、精霊を散らして霧散させろ!」
ワステード元司令官は率先してタラスクの大火球に槍を突き出して振り抜く。タラスクが放出した魔力に群がって大火球を発生させていた精霊が槍で散らされ、大火球も霧散する。
大火球に突き刺した槍が無事なはずもなく、柄に巻かれた魔導鋼線がタラスクの魔力に反応して青い火花を放っていた。
俺は森の中の魔物へ狙撃を続けながら、タラスクと雷槍隊の戦闘の様子を窺う。
ここからカノン・ディアを放てばタラスクの頭を撃ちぬくこともできるだろうが、それをするには周りを囲んでいる石の壁が邪魔だ。
貯水池から水を運んできた運搬車両から水を受け取ったロント小隊の精霊人機が森の消火に入る。
精霊人機が消火活動に駆り出されているために中、小型魔物の圧力が高まり、歩兵が窮地に陥っていた。
ミツキが双眼鏡をポシェットに仕舞う。
「ちょっと行ってくるよ」
「爆発型は使わない方が良い。いきなりだと歩兵が混乱する」
「分かってる」
ミツキがパンサーに跨り、肩の収納部から凍結型の魔導手榴弾を取り出して屋根から降りた。
パンサーがしなやかに着地する。
押され気味の歩兵組にパンサーで駆け寄り、魔導手榴弾で甲殻系魔物の足を凍らせて進攻を鈍らせる。
ミツキが自動拳銃で銃撃を加えれば、アップルシュリンプが弾け飛んだ。
俺はディアの索敵魔術を起動して森の中の魔物を探し出して三人の狙撃手に指示を出しつつ、ミツキの前にいるブレイククレイの頭や鋏を狙って無力化を図る。
森の消火が終わって、ロント小隊の精霊人機三機が中、小型魔物の駆逐に復帰すると、歩兵組は盛り返した。
ミツキが屋根の上に戻ってきて、タラスクたちを見る。
「雷槍隊、攻め手に欠けてるみたいだね」
タラスクの大火球を散らす事しかできていない雷槍隊を見て、ミツキが目を細める。
「ロント小隊と入れ替わった方が良いと思うけど」
「ハンマーの方が槍より効果的だろうからな。ただ、操縦士の腕の問題もある。ロント小隊の新兵だとタラスクの相手は荷が重い」
現在、動いている精霊人機は雷槍隊の六機とロント小隊の三機、月の袖引くのスイリュウのみ。
他の精霊人機は整備中か、魔力の充填中だ。終わり次第、現在戦場に出ている戦力と交代するだろう。
これはあくまでも防衛戦であり、魔物を駆逐する戦いではない。
だが、タラスクをこのまま生かしておくのは危険すぎる。
「――弾薬の追加です!」
整備士らしい軍人が箱を持ってやって来て、屋根の下から声をかけてきた。
俺は弾薬を持ってきてくれたその配達員に伝令を頼む。
「ロント小隊長に、月の袖引くと俺たち狙撃手が後方に引く代わりにタラスクを仕留めるとしたら、戦況はどちらに傾くか、訊ねてきてください」
配達員は首を傾げつつ、ロント小隊長の下へ走って行った。
ミツキがパンサーを下りる。
「ディアの魔力を込める?」
「そうしよう。多分、撃つことになる」
俺もディアを下りて、ミツキと二人掛かりで魔力を補充する。
俺もミツキも徹夜で戦闘を続けているため、魔力の残りは少ない。
配達員が戻ってきた。
「もしも倒せるのなら引いて構わないとの事です」
「よし。狙撃ポイントを確保する。ミツキは月の袖引くに連絡を頼む」
作戦内容をミツキと話してから、俺はディアに跨って屋根を下りる。まずは左端のタラスクを仕留めやすい位置に陣取る必要がある。
付近で一番高く、頑丈そうな建物を探す。
見つけたのはとある宿屋だ。
屋根の上にお邪魔して、ディアの腹部にあるレバーを引き出し、膝の裏に当てる。
ディアの背に腹ばいになりながら、対物狙撃銃をディアの角に乗せる。
ミツキがパンサーで駆け戻ってきて、俺のいる屋根の上に飛び乗った。
「月の袖引くから了解を取ったよ」
「それじゃあ、始めるか」
タリ・カラさん操るスイリュウが、歩兵が守る前線を離れ雷槍隊とタラスクのいる最前線へ向かう。
右手に持っていたシャムシールを腰の鞘に収め、もう一振りのシャムシール、流曲刀を抜き放った。
反りのある片刃の流曲刀は白磁のような滑らかな光沢をもつ白の魔導合金製で、同じ大きさの既製品シャムシールよりも重量がある。ただでさえ白い刀身の中に、白波のような流れを描いた真白の刃が鋭く輝いている。
配達役が見惚れるほど、スイリュウが持つ流曲刀は美しく、芸術的だった。
だが、流曲刀は美術品ではない。
タラスクの下に辿り着いたスイリュウが左手を石の壁に押し当てる。
直後、甲高い音がして、驚いたようなタラスクの吼え声が響き渡る。
ロックウォールとタラスクの間にはある程度の距離があるはずだ。石の壁に穴を開けた左手のウォーターカッターでも、タラスクに届く頃には勢いを失って貫通力はないだろう。
スイリュウは追撃を加えずに素早くそこを飛びのく。
スイリュウが左手のウォーターカッターで開けた石の壁の穴の奥に、甲羅に頭を収めたタラスクが見えた。
スコープ越しに目があって、俺は笑みを浮かべる。
ディアの肩にある二つのスイッチを押す。
対物狙撃銃の銃身が石の筒で延長された。
「引きこもりへ鉛玉のプレゼントだ」
引き金を引いた刹那、防衛拠点ボルスに爆音が轟いた。
ディアの首が縮まり、俺が受けた反動を相殺するために膝の裏に当てたレバーが後方へ下がる。一度きりの寿命を終えた石の銃身が魔力を失って霧散する。
放たれた弾丸は音を置き去りに歩兵の頭上を飛び越え、森を超え、三キロ先にある石の壁に開いた直径一メートルほどの穴を潜り抜け――タラスクの頭を速度の暴力で撃ち砕いた。
タラスクの命が露と消え、木霊した銃声が長く響き渡る。
残響の中、スイリュウが流曲刀に魔力を流し、新たな屍を築くべく石の壁に切っ先を突き付けた。
重々しい銃声の残響を掻き消す、高圧の水撃音が流曲刀の切っ先から奏でられる。
甲高い水音を響かせて石の壁に穴を開けた流曲刀が壁に突き込まれた。
壁の内側に籠っていたタラスクが身じろぎするが、もう遅い。
タラスクの甲羅に流曲刀の切っ先が付きつけられ、水が破壊をもたらす。
甲羅に穴を開けられ、内部をウォーターカッターで斬り裂かれタラスクが想像を絶する苦痛に絶叫を上げ、石の壁を掻き消しながらスイリュウの迎撃に移ろうとする。
だが、遅い。致命的なまでに遅い。
スイリュウが流曲刀を甲羅の中へ差し込み、腕を横へと振る。
次の瞬間、スイリュウが流曲刀を振り抜いていた。それ自体が水を放出していた流曲刀は返り血を一滴たりとも寄せ付けず、純白の刀身を太陽の光に晒す。
スイリュウの前には甲羅を半ばから斬り裂かれたタラスクが絶命していた。
ただでさえ堅い甲羅を身体強化で補強し、更には石の壁で周囲を覆う鉄壁の構えを見せていたタラスクを斬り伏せる、常軌を逸した切れ味と返り血を寄せ付けない高貴なまでの白き刀身を提げて、スイリュウが残り二体のタラスクへ向かう。
左手で一体の石の壁に穴を開けざま、右手に持った流曲刀をもう一体のタラスクが生み出した石の壁に突き刺す。
先ほどの一幕が奇跡でも幻想でもない事を知らしめるように、流曲刀がもう一体のタラスクを両断する間に、俺はカノン・ディアの二射目を放つ。
流曲刀の水撃音と、カノン・ディアの爆音と、タラスクの咆哮の三重奏。
タラスク四体が絶命し、前線の部隊から歓声が上がった。
スイリュウがボルスに戻ってくる。
「魔力を補充するため、戦線を離脱します」
スイリュウの拡声器からタリ・カラさんの声がすると、月の袖引くが前線から下がり始めた。
タラスクが死亡した事で手が空いた雷槍隊が前線に戻り、中小型魔物の殲滅を始める。
スイリュウと同じく魔力が切れたディアに乗る俺も、戦線を離脱するため屋根から降りた。
「タラスクがいなくなったのに、甲殻系魔物が引かないな」
「中、小型の魔物が多すぎるから、群れのボスを倒したくらいじゃ効果がないのかな」
魔力切れの俺たちに出来ることはないため、軍に後を任せ、月の袖引くとともにギルドの倉庫へ引き上げる。
街中では軍人向けの炊き出しが行われており、精霊人機の整備点検、補修などを行うために整備士が行きかっている。
ギルド倉庫に引き上げると、青羽根が出撃準備を整えるべく忙しく働いていた。
何故か軍の整備士君が倉庫の外でボールドウィンや青羽根の整備士長と話をしている。
整備士君に険しい顔を向けていたボールドウィンが俺たちに気付いて笑顔になる。
「お前らも魔力切れか?」
「カノン・ディア二発ぶっ放してタラスクを二体仕留めたんだ。大戦果だろ」
「つくづく、歩兵の戦果じゃないな」
笑い出しながら、ボールドウィンはタリ・カラさんを見る。
「月の袖引くも無事に帰って来たんだな。ビスティがずっと心配してたぜ。いまは中にいる」
倉庫を指差したボールドウィンに頭を下げて、タリ・カラさんは団員たちに倉庫の中へ入るよう指示を出す。
「スイリュウへの魔力供給、それから水の補給もしてください。もう空になっているはずです」
「お嬢様、お食事の方は?」
「炊き出しを利用させてもらいましょう。ボルスからの撤退作戦で保存食を使う事になるかもしれません」
タリ・カラさんの言葉に頷いて、レムン・ライさんが炊き出しを利用することを団員たちに伝える。
タリ・カラさんがボールドウィン達に睨まれている整備士君を見た。
「軍の方がこちらにどのようなご用件でしょうか。伝令役には見えませんが?」
「伝令の数が足りないので、整備士まで駆り出されてるんです。それより、月の袖引くの方にもご協力をお願いしたい。鉄の獣も聞いてください」
仕事中です、とばかりに丁寧な口調の整備士君に言われて、耳を傾ける。
「現在、稼働している精霊人機の数に対して魔力供給者が圧倒的に足りません。避難前の住人にも魔力を提供していただいているものの、このままでは二日目に稼働している精霊人機は半数に減っているはずです」
現在、ボルスで稼働している精霊人機は軍の所有機が十四機、青羽根のスカイと月の袖引くのスイリュウを加えて全部で十六機だ。
軍の所有機の中にはワステード元司令官のライディンガル、雷槍隊機の五機、ベイジルのアーチェの七機も含んでいる。
半数となると、残すのはライディンガルなどの特殊で戦闘能力の高い機体を優先して残すことになるだろう。
ただ、この手の特注の機体は部品の問題が出てくる。
その証拠に、青羽根のスカイは改造セパレートポールを大型スケルトンに奪われて今は板状の遊離装甲を装備しており、戦闘力がやや落ちていた。
ボールドウィンが不満そうに腕を組んで整備士君を顎で示す。
「こいつ、というか軍からの要請で、スカイとスイリュウに回す魔力を軍の精霊人機に回せ、とさ」
「――は?」
つまり、開拓者の機体を機能停止させる代わりに軍の精霊人機を稼働させようという考えか。
「お断りします」
タリ・カラさんがきっぱりと告げて、これ以上話すことはないと態度で示すように倉庫へ歩き出した。
ボールドウィンも整備士長を連れて倉庫へ踵を返す。
「命がけで仲間を守るため、軍人にならずに開拓団を立ち上げたんだ。魔力は回さねぇよ」
ボールドウィンも倉庫へ消えたのを見送って、整備士君がため息を吐く。
前髪をかきあげた整備士君は空を見上げた。
「そりゃあ、そうだよなぁ……」
しみじみと呟くからには、整備士君も魔力を融通してもらえるだなんて欠片も思っていなかったのだろう。
視線を向けてきたので、俺は肩を竦める。
「足をもがれることに賛成はできないな」
「右に同じ」
俺の言葉にミツキが続く。
整備士君が苦笑した。
「だよな。自分もこの要請は頭おかしいと思うんだが、階級が上の奴に言われるとどうしようもなくてさ」
「どんな奴?」
「お前らと一緒にリットン湖から帰って来た奴」
どうやら整備士の中ではそこそこ階級が高い者からの命令らしい。
俺は呆れつつ、整備士君に同情する。
「とりあえず、軍人と開拓者は別の組織の人間だ。摩擦を生みかねないからあまり無茶を言うなってその整備士に伝えておけ。次やったら、ワステード元司令官かベイジルに直訴するから」
「そうするよ。後で他に誰か来るかもしんないけど、同じこと言って追い返してくれていい。どこもかしこも忙しすぎて混乱してるんだ」
「帰還と同時に防衛戦だからな。夜までには落ち着くといいが」
「まったく、しんどい防衛戦だ」
互いにため息を吐く。
まだ始まったばかりだというのに、ひどく疲れていた。